桜色の願い
(1)
携帯電話のディスプレイを見つめている少女。
ディスプレイに映し出されているのは、≪布施≫と言う文字と、090で始まる11桁の数字。
少女の指が震えながら通話ボタンに掛かる。
触れているのか、触れいていないのか判らない指先。
震える指先は一向にそのボタンを押せないでいる。
「ふぅ」
少女は溜息をつくと、指先を通話終了ボタンに動かし、押した。
ディスプレイから11桁の電話番号は消え、替わりに可愛らしいウサギのイラストの待ち受け画面が表れた。
(何時までもこのままじゃ駄目だ。勇気を出さないと)
心の中で呟き、カバンの中に仕舞い掛けた携帯電話を取り出すと、ディスプレイに先程の11桁の電話番号を表示させた。
意を決し、通話ボタンに指をかけた瞬間
キッキッキッキィーー!
激しい車のブレーキ音が耳に聞こえ、少女の体に鈍痛が走る。
体は高く宙に舞い、意識を失いかけた瞬間、少女の穢れなき瞳に一本の桜が映し出された。
(桜、綺麗だなぁ)
薄れ行く意識の中で、声にならない声で少女は呟いた。
(2)
少女が意識を取り戻すと、そこはさっきまでの場所と違っていた。
一面が白い世界
その中で、ポツンと少女だけが立っている。
少女は辺りを見回し、目的も無く探した。
出口を、人を、物を。
何でもいい、ここが何処だか判るものを。
少女が何かを見つけ、目を凝らして見ている。
ピンク色の物体がその方向にある。
その方向に向けて、少女は走り出した。
感覚すら曖昧な白の世界で、少女は走り出した。
徐々にピンク色の物体が認識出来てきた。
(桜の樹?)
少女が桜の樹目指して走っている。
不思議な事に走っていても息が切れない。
桜の樹の前に誰かが居る。
(人が居る)
少女は他人の存在を見つけ嬉しくなり、そこへ走って行った。
人影は腰の折れ曲がった老婆だった。
老婆の視線は桜の花へ向けられている。
「あのぉ・・・」
少女は恐る恐る老婆へ声を掛けてみる。
「・・・可哀相に」
老婆が呟く。
「お婆さん、ここはドコなんですか?」
少女が呟きを無視して問いかけた。
「ほんに可哀相に」
今度は少女の方を向き、老婆が言った。
「何が可哀相なんですか?ここはドコなんですか?」
「ここはアタシの世界」
「はぁ?」
その答えを聞き、少女の顔に困惑の表情が広がった。
「お前さん、ここにくる前の事を思い出してご覧」
老婆に言われて、少女はここに来る前の事を必死になって思い出した。
「えっと、いつもの様に家を出て、駅までの道を歩きながら携帯電話で電話しようとして・・・」
「うんうん」
「でも、電話出来なくて、それで・・・あっ!」
「思い出したかえ、お前さんは事故にあったんじゃよ」
「って言う事は・・・」
「勘違いする、お前さんは死んじゃおらん」
「じゃあ、ここは?」
「今から順に説明するからな」
そう言うと老婆は近くの岩に腰を下ろした。少女もつられて腰を下ろす。
「さっきも行った通り、お前さんはまだ死んじゃおらん」
「・・・だか、助からんだろな」
「・・・そんな、じゃあ私・・・」
「ああ、残念だが・・・」
「そんな・・・私まだやりたい事ある!言いたい事もある!このまま死んじゃうなんてイヤ!」
「そう思うてな、ワシの世界に連れて来たのじゃよ」
「・・・ココって」
「お前さんが、最後にワシを見て『綺麗』と言ってくれたじゃろ。ホントはルール違反なんじゃが、お前さんが不憫になってな」
「私が綺麗って言った・・・」
「まあ、境遇がお前さんと似てた所為もあるんじゃが」
「・・・あっ!ってことは、お婆さんはあの桜!?」
「ああ、そうじゃ。お前さん達に判りやすく言うと桜の妖精ってやつじゃ」
老婆のその一言を聞き、少女が笑い出した。
「ごめんなさい、妖精ってもっと可愛らしいものを想像してたから」
「まあ、妖精ってのは西洋の概念だからな。日本式で言えば、九十九神や八百万神だな」
「神様だったら納得出来るかな」
「納得したところで質問じゃが」
「・・・はい」
「お前さん遣り残した事がある。って言ったな」
「はい」
「叶えたいか?」
「・・・はい!」
「わしの使える力は弱くて少ない。夜には力の効力は無くなるし、万に一つ生き残れる可能性をも消してしまう。それでも良いか?」
「私、ずっと伝えたい事を伝えられなった人が居るの。今朝も伝えようと勇気を振り絞ったけど、駄目で・・・」
「想い人かえ?」
「ウン。とっても素敵な人」
「そうかえ、じゃあ、その人に気持ちを伝えたいのじゃな?」
「・・・はい」
「本当に万に一つ助かる可能性を消してもいいんじゃな?」
「・・・はい!」
「判った。じゃあ、2つの事を守ってくれ。1つ、その想い人にしか連絡を取らない事。2つ、夜までに想いを伝えその人の前から姿を消す事。守れるかのう?」
「守ります!」
「判った、じゃあお前さんの望みを叶えてやろう」
「有り難う御座います。叶えて貰う前に、質問してもイイですか?」
「なんじゃ?」
「さっき、境遇が似てるって言ってたけど・・・」
「ああ、あれか。わしはな、もう直ぐ切られてしまうんじゃよ。わしがあそこに居ると、見通しが悪くなって事故が増えてしまうそうじゃ」
「そんな・・・あんな綺麗な花を咲かしてるのに・・・」
そう言い、少女の瞳が潤んだ。
「わしなんかの為に涙を流さないでおくれ。わしは十分生きたから満足じゃよ。毎春には人々の笑顔を見れたしな」
「でもでも・・・」
少女が嗚咽を漏らしながら呟く。
「涙をお拭き。その涙は想い人の為にとっておくんじゃよ」
「・・・はい」
「よし、じゃあ魔法を使ってお前さんの望みを叶えようかね。想い人の時間軸を一日ずらすからのぉ」
老婆は何処からか杖を出し、呟きだした。
「心の中で、想い人の名を、顔を想い念じてくれ」
「はい」
そう言われた少女は、胸の前で両手の拳を握り締め念じた。
(布施君、布施君、布施君・・・)
少女の周りを光が包む。
「さあ、想い人に想いを伝えてまいれ!」
老婆の叫びと供に少女の意識が薄れていった。
(3)
目を開けると、事故に遭った場所に立っていた。
少女の手には携帯電話が握られている。
(さっきまでの事は全部夢?)
少女が悩んでいると、交差点の所に夢ではない証しがあった。
割れたヘッドライトカバーの破片や、ウィンカーカバーの破片。それに落としきれなかった、血痕。
事故が遭った事が容易に判る現状。
それが、先程のまでの事を夢ではないと、少女に理解させるには十分過ぎる物だった。
少女は意を決し、携帯電話のディスプレイに≪布施≫という文字と、090で始まる11桁の番号を表示させた。
今度は躊躇う事無く、通話ボタンを押す。
コール音が鳴り響く
少女の心臓は破裂しそうなくらい早く鼓動を打っていた。
3回目のコール音
それが終わらぬ内に懐かしい声が耳に届いた。
「・・・もしもし・・・」
(寝起きの声だが間違いない。布施君の声だ)
「もしもし、布施君?」
そう尋ねた少女の顔は満面の笑みが溢れていた。
そう尋ねた少女の瞳からは涙が零れ落ちていた。
その少女の頭上から桜の花びらが待っていた。
Fin
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