正しき悪魔
本作品はフィクションであり、実在の個人・団体などとは一切関係ありません。
プロローグ
三月一八日付横浜新聞社会面より抜粋
一七日深夜横浜市中区の路上で、男性が倒れているのを巡回中の警察官が発見した。男性はすでに死亡しており、現金・貴重品等を所持していないことから、物取りの犯行が強いとみて、警察当局は調べをすすめている。
なお、中区では今月に入り同一手口の犯行が五件もおきており、神奈川県警察本部では目撃情報を募集している。
(1)
小春日よりなあたたかい日の朝、町田市郊外にある旧家の冠木門(かぶきもん)の前に1台のクラウンが止まった。クラウンの中には紺のスーツを身に付けた2人の中年男性が乗っている。運転席の男が胸ポケットから1枚の紙を出して助手席の男に渡し言った。
「今から会う男の資料だ。手短に読んどいてくれ」
助手席の男は紙を広げ読みはじめた。そこには、こんなことが書かれていた。
姓名 志野崎 俊(しのさき しゅん)
年齢 20歳
家族構成 父・幸太郎(死亡)
母・良子(死亡)
妹・由紀(17歳)行方不明
略歴 13歳の時に交通事故により両親と死別。
15歳から18歳の間、行方不明となる。その間の記憶は一切無い。
1年前から妹が行方不明となる。
古武術 一拳道(いっけんどう)正当後継者 以上
「青木さん。一拳道ってなんですか」
助手席の男が一通り読み終えて言った。
「なんでも、戦国時代にできた武術で、一撃必殺の武術らしい。故・幸太郎氏は、米国海兵隊の兵士を素手で倒したらしい。しかも、五人も」
「わかりました。とりあえず彼のもとへ行きましょう」
「よし、行くぞ。荒井」
クラウンの中から、青木と荒井が出てきて門の前のチャイムを押した。古い門に似合わない真新しいチャイムだ。
「はい。どちら様ですか」
チャイムから返ってきた声はやはり若い。
「ウチの杉浦さんからの紹介できました。神奈川物産の青木と荒井と申します」
「聞いてますよ。どうぞ」
二人は開け放たれた門をくぐり庭内へと入っていった。玄関へとつづく石畳の右手には、咲きみだれた梅の木が、左手にはつぼみを付けはじめた桜の木が植えられていた。玄関についた二人は中へと、声をかけた。
「青木ですが」
すると左手前の部屋の障子戸が開き、中から190cmはある白いTシャツ姿の若者がでてきた。なかなかの美男子で細身あるが、鍛え上げられた体をしている。
「志野崎さんですか」青木が尋ねた。
「そうです。まあ、上がって下さい」
志野崎は二人をその部屋に招き入れた。部屋は、6畳の和室で床の間に年代物の掛け軸が掛けられている。上座に志野崎が座り、向かい合うかたちで、青木と荒井が座った。
「初めまして。神奈川県警察本部捜査一課長の青木と申します」
「同じく、県警察本部少年課長の荒井です」
そう言うと二人は名刺を差し出した。青木は警視正、荒井は警視となっている。
「志野崎俊です。あいにくこのような物を持っていないので」と言って、指で名刺をこづいてみせた。
「名刺などいいんですよ」荒井は微笑みながら言った。
「内調(内閣情報調査室)の杉浦さんからの紹介ですよね」
「はい。実は、ご相談があってまいりました」
「お話を伺ってからのお返事で宜しいですか」
「結構です」青木はそう言うと喋りだした。
「今年に入ってから、横浜市中区を中心にしておきている連続強盗事件があります。手口はどれも帰宅途中の会社員を数人の若者で囲み鉄パイプなどで殴り、金品を奪うという凶悪なものです。殺人だけで一八件、傷害事件を合わせると五十件を超えます」
荒井がこの先を引き継いだ。
「志野崎さん。マッド・カンパニーというグループをご存じですか」
志野崎は首を横に振った。
「横浜を中心に暴れ回っている若者の犯罪者集団です。このグループが五十数件の事件に関わっているのです。マッド・カンパニーは、昨年半ばぐらいからその名を聞くようになり、三ヶ月程で横浜全域の悪餓鬼(わるがき)共を傘下に治めました。少年課でも内偵を進めているんですが、組織の全容がみえません。わかっている事といえば、メンバーが溜まっているクラブと、組織のボスがヒューラーと呼ばれていること。それに幹部が、鍵十字、クローケンハイツのピアスをしている、ということだけです」
志野崎はそこまで聞いて、口を開いた。
「溜まり場がわかっているなら捜査員を潜り込ませるとか、ガサ(家宅捜索)かければいいんじゃないですか」
「そこのクラブは、顔見知りの者しか入れないのです。捜査員も入れない、それじゃあ裁判所もフダ(令状)を下ろしてくれないんですよ」
「では、僕に内偵調査をしろと」
「いえ、違います。マッド・カンパニーの壊滅を」
青木があとを引き継いだ。
「我々警察も民間人にこんな依頼をしたくないのですが。数々のご活躍は杉浦さんより聞いております。また、ある方からのご紹介が有り、適任者が志野崎さんしかいないのです。引き受けて頂けませんか。なお、引き受けて頂ける場合は、警察庁長官、法務大臣、県警本部長、三人のこの事件に関しての不逮捕件を誓った誓約書を差し上げます。そのかわり、この件を口外しないという念書を書いて頂きます」
「ずいぶんコトが大袈裟(おおげさ)ですね。マッド・カンパニーにいったい何があるんですか」
志野崎の問に、二人が顔を見合わせた。やがて、意を決し青木が口をひらいた。
「口外しないで下さい。絶対に。お話した通り、マッド・カンパニーは何でも有りの犯罪者集団です。先月、横浜市内で現役閣僚の一人である方の姪(めい)がレイプされまして、県警に圧力がかかってきているのです」
「なるほど、納得がいきました。お引き受けします」
「有り難う御座います。何か、用意する物はありますか」
「市内にマンションを一部屋用意して下さい。それと、報酬は杉浦さんから聞いている額を口座へ振り込んで下さい」
「わかりました、マンションはすぐに手配します」
志野崎が念書を書いて渡すと、不逮捕権の誓約書三枚をおいて、二人は帰っていった。
(2)
その日の夕方、志野崎は県警の用意したマンションにいた。ワンルームだが、生活用品は一通り揃っている。JR桜木町駅から徒歩五分の場所にあるマンションだ。
部屋の中で志野崎は青木が書いて渡した、一枚の紙をみつめていた。紙には、クラブ<パラダイスドア>と書かれ、最寄り駅からの地図が記されていた。
志野崎は、おもむろに受話器を取ると、憶えたての番号を押した。3コール後に相手がとった。
「はい、神奈川県警捜査一課です」男の野太い声で応対された。
「シノダと言いますが、青木課長いらっしゃいますか」取り決め通りの偽名を名乗る。
「少々お待ち下さい」そう告げると保留音が流れ出した。
「おまたせしました。青木です」
「お訪ねしたいことがあります」
「なんでしょうか」
「女子高生を使ったデートクラブなんてありませんか。あったら、電話番号知りたいんですが」
「調べて見ます。五分後に電話します」そう告げると青木は電話を切った。
キッチリ五分後に電話のコール音がなった。
「青木です。デートクラブありました。番号言います、090-964×-××1×です。チェリーという店です。シノダタクマと名乗って下さい。後々こちらで処理します」
「ありがとうございます」
「ところで、何故デートクラブなんかに」
「一人じゃ、パラダイスドアに行けないので」
「ああ、そういうことですか」
志野崎は、もう一度礼を言うと電話を切り、デートクラブへ電話をかけてた。
「はい、チェリーです」女の子が明るい声で電話に出た。
「初めてなんだけど、システム教えてくれるかな」
「え〜と、デートは二時間一万円。基本的に、電話に出た子つまり私になるけど、プラス五千円で選ぶこともできるよ。それと、延長料金は二十分三千円です」最近の子にしてはちゃんとした口調で喋っている。
「君でいいよ」
「ありがとう。じゃあ、関内の・・・」女の子は、関内駅近くにある雑居ビルの名と部屋番号を告げ電話を切った。
志野崎は、ジャケットを着ると部屋をあとにした。
(3)
志野崎は、中華料理屋で夕飯をとっていた。向かいには制服を着た女の子が座っている。セミロングの髪を金色に染めた、どこにでもいる女子高生だ。
志野崎は、指定されたビルでこの子と出会った。名前は<みゆき>年は16、と自己紹介していた。
出会ってすぐ、この中華料理屋へ来た。回りからは好奇の目で見られたが、みゆきは気にもとめてなかった。志野崎自身五分もすれば慣れてしまっていた。
円卓の向かいに座っているみゆきが志野崎をジッと見つめている。
「ねぇタクマ君てさ、普通の人じゃないよね」
(出会ってまもない、4つも上の男に向かって君付けか)志野崎は心の中で呟きながら苦笑した。
「そうみえる」
「みえるよ。だって、私オヤジ達見慣れてるから、だいたいその人の仕事わかっちゃうんだ」
「ふーん。でも僕、二十歳だよ。オヤジはヒドイなぁ」
「うーん、なんか見た目は若いんだけど、落ち着いているっていうか、危ない感じがするの。ねえ、なにしてる人なの」
「武道家だよ」
「武道家、じゃあ強いの」
「どうだろう。それよりも、みゆきちゃんに聞きたい事があってね」
それを聞いたみゆきは真顔で言いはなった。
「ウリなら私はやらないよ。カイたけりゃ<チェリー>にもう一回電話しな。ウリ専門のコがいるからさ」
みゆきが荷物をまとめて帰ろうとしたので、志野崎はあわてて言った。
「ち、違うよ。別にヤリたいんじゃないんだ」
「じゃあ、なに」
「パラダスドアってクラブに行きたいんだけど、知ってる子いないかな」
「パラダイスなら、私カオだよ。週三ペースで行ってるからさ。店の人達もみんな友達だよ。タクマ君、パラダイスに行きたいの」
「興味があってね。紹介がないと入れない、って聞いていたもんでね。良かった、みゆきちゃん知ってるんだ」
「じゃあ、今から行く」
「今からってみゆきちゃん制服じゃん」
「大丈夫」みゆきはそう言うと紙袋を上げて見せた。
「私服、入ってるんだ」
「そうなんだ。じゃあ、大丈夫だね」
「うん。着替えてくるね」
そう言うとみゆきは紙袋を持って席を立った。二・三歩あるくと志野崎の耳元で囁いた。
「延長料金いらないから、入場料オゴッてね」
(4)
二人は、腕を組ながら山下町の倉庫街を歩いていた。途中、みゆきは携帯電話でチェリーに電話し、このまま帰ることを告げだ。
「ほら、そこを曲がると目の前だよ」みゆきが、指を指しながら言った。L字の道を曲がると、目の前にネオンが広がる。7色のネオンで<パラダイスドア>と書かれていた。外見からして元は倉庫だった事が判断できる。店の前では、若者達が地面に座り話をしている。それとは別に、店の入り口に黒のダウンコートをきた男が立っている。黒服がわりだろう。入り口に近づいたみゆきに男が声をかけた。
「みゆき、男連れかい」
「はーい、トオル。友達のタクマ君、新顔だけどいでしょ」
「オッケー。中へどうぞ、タクマ君」
そう言うとトオルは扉を開けた。みゆきが中に入っていくので、志野崎もあとに続いた。トオルの横を通る時、トオルが呟いた。
「中はなんでもありさ。新顔は目立つから気を付けな」
そんな言葉を聞き流すと前でみゆきが待っていた。
「早く、オゴッてくれんでしょ」
「ああ、そうだったね」
そう言うと志野崎は、横にある小窓に一万円札を入れ「二人」と告げた。小窓からおつりがだされ、前にあった自動ドアが開かれた。どうやら小窓の中からしかこのドアは開かない仕組みになっているようだ。中からは大音量のダンスミュージックが流れてくる。みゆきは志野崎の手をとり、中へ歩いていった。ダンスフロアは、半地下になっており、かなりの人が踊っている。ダンスフロアの回りを囲むようにバースペースがあり、中一階にはテーブルやソファーが並べられていた。
「何か飲む」
「まだいい。私、踊ってくるね」
みゆきの背中を見送り、辺りを見回してみる。客の殆どが十代半ばぐらいの顔をしている。探している<クローケンハイツ>のピアスをしている者は見つからない。ダンスフロアから探してみようかと思い付いた時、後ろから左肩を掴まれた。振り返ると三人の若者が立っており、真ん中の男が言った。
「お前みねえツラだな。新顔かい」
「え、今日初めてだけど」
「ここでの遊び方教えてやるよ。ツラかしな」
若者達は志野崎を囲むように非常口へと歩いていった。
「でな」外に出た二人が言った。その言葉に従い外へと出る。そこは、店の裏手にあたり岸壁に面していた。
ふいに、後ろにいた若者が後頭部めがけて殴りかかってきた。志野崎は気配を感じ、上半身を捻りながらパンチをかわし、左肘を鳩尾(みぞおち)へと入れた。「ウッ」という声を発しながら前屈みになる若者に、振り返っていた志野崎がこめ紙めがけて蹴りをいれた。若者はその場に倒れこむ。
「テメェ、この」
若者の一人が右手に光る物を握り向かってくる。ナイフだ。突進してくる若者をかわしながら、鼻頭に右ストレートをたたきこむ。ナイフを落とし、両手で鼻を押さえている。その手から、血が流れ落ちている。鼻骨が折れたようだ。
「お、俺ら誰だかわかってるのか」
一人残された若者が震える声で叫んだ。
「誰なんだ」
若者の真横で志野崎が言った。若者が驚いている。それもそのはず、約5mの距離を一瞬で移動してきたからだ。まさに、神速ともいうべきスピードだ。
「だ・れ・な・ん・だ」
志野崎は同じ言葉を繰り返した。
「マッ、マッドカンパニーの人間こんなにして、ただで済むとおもってるのか」
「ビンゴ」
「なんだよ、ビンゴって」
「アタマはこのクラブに来てるのか」
「なんで、テメエんそんなこ・・・」
志野崎は頬を叩くと、殺気を込めて言った。
「質問に答えろ」
「ヒューラーは居ません。お、俺なんか会った事ないけど。で、でも、幹部の人なら居ます」
若者は言い終わると同時に小便を漏らした。
「じゃあ幹部って奴を呼んでこい。いいか、戻ってこないとお友達が冷たい海に飛び込むことになるぞ」
「は、はい」
若者は走りながら店内に戻って行った。
三分とたたないうちに、非常ドアが勢いよく開けられ、志野崎と同じく位の伸長をもった男が出てきた。左耳にクローケンハイツのピアスをしている。
「テメエか、ウチの若いモン、ぶちのめした野郎は」がっしりした体をゆすりながら言った。
「売られたケンカ買っただけさ。それよりも、コイツらに教えときな、勝てない相手の見分け方を」
「ウチに、喧嘩売ってんだな。よし勝ってやるよ。タイマンだ」
そう言うと、男は志野崎に向かって行く。男の右ストレートが放たれる。それをかわした志野崎がカウンターで相手の左顎を打つ、打ち終わると右フックで相手の肝臓を打ち抜く。チンからレバーブローの連打を喰らい、男が倒れこんだ。
「シマヅさんがやられた」
「に、逃げろ」
若者達から声がおこり、蜘蛛の子を散らすように、逃げていった。
志野崎はシマヅと呼ばれた男を起こそうとするが気絶していて起きない。(しょうがないな)と思いながらシマヅの後ろに回り込もうとした時、パン、っとバクチクのような音とともに左二の腕に焼けるような痛みが走った。腕に構わずに、音がした方を見る。
そこには、拳銃を手にしたみゆきの姿があった。銃口からは白煙がでている。
「サツだったの・・」
みゆきが悲しそうに呟いた。
「違うよ、武道家さ」
志野崎が言った。不意にありえない想像が頭をよぎる。その言葉が口からでた。
「君が、ヒューラー」
みゆきが、微(かす)かにうなづく。
「動かないで、あなたを打ちたくないの」
みゆきが言い終えると、銃口の先にいるべき志野崎の姿が無い。
首筋に熱い物を感じる。手をやると血が付いていた。それが彼女の人生を締め括る最後の映像だった。彼女の背後にいる志野崎の手には、血に濡れたナイフが握られていた。
遠くからパトカーのサイレンが聴こえてくる。
(5)
町田市郊外にある志野崎の家。縁側であぐらをかいている男がいる。志野崎だ。彼は梅の花を見ながら呟いた。
「次は、どんな仕事かな」
エピローグ
都内にある旧家の一室。
「御前、あの計画の生き残りである、志野崎が仕事を終えたそうです」
四十代半ばの黒のスーツを身に付けた男が、和服を着た老人に言った。
「志野崎がのう。記憶はどうじゃ」
「取り戻せないようで」
「そうか、そろそろ良い頃合だな。二次の連中を当ててみるか」
「解りました。それと、三次計画は」
「スタートさせよ。急いでな」
「はい。失礼します」
スーツの男が部屋を出ていった。それを確認した老人が呟いた。
「わしも長生きせねばのぅ。楽しい催しがみれんからな」
完
なお、本作品は原稿用紙三十枚程度です。
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