手紙 3枚目


4月9日


 昨日病室で担当医と二人っきりになれたんで聞いてみたんだ。「俺の余命ってのはあとどの位だ」ってね。

 担当医は困った様な表情を浮かべ、暫く悩みながら一言こう言ったよ。「・・・三ヶ月」

 そのあと淡々とこう続けたよ。

「余命ってのは統計学的見地で導き出されるものであって、同じ様な症例の人でも、一週間しかもたない人も居れば、半年生きる人も居るんですよ。だから、余命ってのは宛になりませんよ」

 俺が思っている以上に残された時間は短いのかもしれない。長いのかもしれない。医者にも判らない俺の残された時間。皮肉な事だよ。俺は今まで無神論者だった。神なんてものにすがった事もなかったのに、何故かこの時初めて意識もせずに神様ってのにすがったんだ。「神様、もし貴方が存在するのだったら、この手紙を書き終わるまで俺を生かして下さい」ってね。

 冒頭から話が逸れたな。続きを書こう。

 佐伯さんが運転する車で食事に行ったんだよ。小一時間ほど車を走らせて着いた場所は中華街。適当な駐車場に車を止めて、佐伯さんの案内で一軒の中華料理屋に連れてかれたんだ。中華街はたまにデートなんかで使ってたけど、行くのは安い店。でもな、この時連れてかれたのは誰でも知ってるような有名な店。勿論値段も結構するって事は知ってた。恐くなって佐伯さんに言ったんだよ。

「こんな高い店、俺には支払えないっすよ」

「ああ、誘ったの俺だから、俺のオゴリだよ」

「遠慮しなくていいよ。この人がオゴるって言ってんだから」

 佐伯さんとその彼女が優しく笑いながらそう言ったんだよ。よくマンガなんかの表現で、『悪魔の微笑み』ってあるだろ。あれがまさしくそうだったんだよな。この時の俺はそれを知らないから、その一言で俺は二人の後ろについて、店の中に入って行ったんだよ。

 佐伯さんが店員に、「予約してた佐伯だけど」と一言告げると「皆様御着きで御座います」と店員が言い、店員の先導で個室に通されたんだ。有名店の個室だぜ。この時の俺には、幾らするかわかんねえよ。もう気分的に、ここは桃源郷って感じだったな。

 個室は大きめの個室で、円卓が2つあってさ、奥の円卓には40歳くらいの人が二人と、佐伯さんと同じくらいの人が二人座ってた。もう一つの円卓には、俺と同じくらいの年代の男が二人と、明らかに日本人の顔をしてない男が三人座ってたよ。佐伯さんに導かれるまま、奥の円卓まで行くと、佐伯さんが円卓に座ってる40歳くらいの二人に俺を紹介したんだ。

「葉山さん、杉田さん、後輩の元木です」

「元木っす。宜しくお願いします」

「おう、これからヨロシクな」

 髪をオールバックで決めている細身の男が右手を上げて返してくれた。この人が杉田さん。

「よろしく」

 太めで髪を短く刈り込んでる葉山さんが続けて挨拶を返してくれた。

「宜しくお願いします」

 もう一度俺が頭を下げた時に気が付いたんだ。テーブルの上に置かれた葉山さんの左手の指が4本しかない事に・・・判るだろ、小指がなかったんだよ。二人ともそれと見えない顔をしていたんだよ。それなのに、小指がないって・・・

 やばいなぁ・・・と、心の中で思ってると佐伯さんが声を掛けてきたんだ。

「こっちのテーブルに座ってもらいたいんだけど、一杯だから向こうに座ってくれ」

 佐伯さんは俺を手前のテーブルに案内すると、座ってるみんなに、「俺の後輩の元木だ。粗相無い様にな」と一言言うと、日本人二人が立ち上がって、「おあっす」とデカイ声で返事をするんだよ。何だこりゃ?体育会系かよって突っ込みそうになったのを我慢してさ、「元木っす。宜しくお願いします」と挨拶して、日本人二人の間の席に座ったんだ。

 料理が運ばれてきて、乾杯してさ、もう来ちまったもんはしょうがない。と、腹を括って料理食いながらビール飲んだたんだよ。グラスが空になると、隣の人がビールを注いでくれるんだけど、コイツも両手の小指がないんだよな・・・もうさ、この状況で気にしてもしょうがないじゃん。あんまり気にしないで飯食ってたよ。

 日本人に見えない人は中国人だったんだ。何で判ったかというと言葉で。だって、ジャッキー・チェンと同じ言葉で話してるんだもん。で、中国人達は三人で盛り上がってるし、日本人二人は俺に遠慮してるのか話さないし、飯食うしかなかったよ。

 二時間ちょっとで解散になった時には、俺は既に酔っ払っててさ当時持ってたポケベルの番号を、佐伯さんだけならまだしも、葉山さんと杉田さんにも教えちゃったんだよ。これが失敗だったんだって事は後々気付くんだけどな。

 その日はそれでお開きになって、佐伯さんに送ってもらってウチに帰ってきたんだ。その後は三日に一度は佐伯さんと飲みに行ってたよ。俺の知らない店、行った事もない様な高い店に連れてってオゴってくれる、佐伯さん。俺はこの時完全に佐伯さんに惹かれてたんだよ。ああ、『この人みたいになりたい』って思ってたんだよな。

 夏休みも終ろうとしてるある日。俺は意を決してずっと聞きたかった事を佐伯さんに聞いてみたんだ。

「佐伯さんって何してる人なんすか?」

「お前と飲んでる人」

 酔っ払った佐伯さんがジョークで返す。ここで笑って済ましておけば俺の人生は変わったかもしれない。いや、変わらなかっただろうな・・・俺はなおも突っ込んで聞いてみたんだ。

「それは今はっすよね。シノギの話っすよ」

 シノギ、堅気・・・一般の人と表現した方がいいかな?一般で使われる仕事という言葉に当てはまるシノギという言葉。これが俺の第一歩だったのかも知れない。

「シノギと来たか。元木も興味あるのか」

「興味って言うか、佐伯さんカッコいいっすから」

 興味。この時、興味という言葉の意味は俺と佐伯さんで大きく違ってたんだ。

「カッコいいかぁ・・・そんなに興味あるか」

「ええ」

「うんじゃ教えてやるよ。俺のシノギはな、『ゴト師』だよ」



 手紙 目次に戻る