| 牢に入れられた走る迷い人 |
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新年度の桜の花見と同時に四月が始まっても読み終えたい長編物の事件物語が
未だに終わらず、コレといって大してやる事も変わらず、毎日微妙に変化しているかどうか さえ疑う日々を送っている。 前々から想像していた事なのだが、たった今現在は冒険や探検、ベタベタなドタバタ騒動、 友好的な交流等の裏にも少なからず目に見えない制限がかかっており、気付いたら意欲の拘束と 化して自分を縛り付けている、と感じてしまう。いざやろうとしても、状況や立場・物質、遂には 金銭までもが阻止し、どうしてここまでも行動が抑えられてしまうのかと世を嘆いてしまう。 そんな中、燃えている蝋燭と同様に日に日に暦を見るうちにゆっくり且つ確実に残り時間が 減っていくペースが速くなっているんじゃないかと認識しだした。なぜならば、幼稚園を除く 小学・中学・高学・大学と進む度に授業時間が長くなるのは当然だが頼んで無いのに帰宅距離も 比例して長く、そして遂には膨大で無駄な休憩時間までもが生まれる最悪パターンになってしまった。 このままでは立場が正反対になってしまい、ビミョーな気持ちになってしまう。もちろん、 たのスィ〜と言う気が居るが、目的あるならば別にいい。コチトラ最後の遊び全開放で ヘッド・オーバーヒートまで一っ飛びでその後頭痛のハンデなのだから。最後(?)の学習計画作戦を 展開していくが、正直自分が死にソ〜ダ・ドリンク、と、それだけならこの話は不要だ。 ココで怖いのは、「自分」が心(精神)の牢獄に捕まってしまっているという現実。人は知ってか 知らずか存在意義が出るが、僕の場合はそれこそ九十度何て言う易しい物では無く、単独存在全否定の 百八十度で、もし、今の名前と財産が全て消えたならば、存在諸共消えてしまうと。檻でも鍵は必ず 付いている筈なので、その鍵を探さなければ成らなくなってしまった。「自分」、一番簡単の様に 見えるが、最も難しいが、鍵を見つけて、開錠するしか方法は無い。自己生存を果たすために。 この際、誰かさんに伝えて欲しい。H・Sに。「終わる前に何とかしろ」と。 |
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