「真夏の落し物(仮)」

 第一話 「真夏の星空、そして遭遇」

 第一節 「今まで」


 前からやりたかった。

正月の初日の出を見逃し、学校の42.195キロのフルマラソンも完走出来ず、遊園地

の入場ゲートに陣取って朝から晩まで入場客の人数を計測しようとするも途中で挫折、無

駄使いを抑える為に小遣い張を付け始めるも三日坊主ならぬ一日坊主で終わり、親に必死

に泣きついて買ってもらって結局まだ一度も手をつけてないスポーツカーのプラモデル。

 

あの数々の失敗を経た今、これだけはやってやろうと心に決めた。

 

 今夜、真夜中二時、流れ星がこの町にやってくる。

 それを自らの目でしかと見届けてやろうと霧澤勇希は思った。

 

ジリリィリィリリリッー!!!

 愛想もくそもない電子音がけたたましく部屋中に鳴り響く。

霧澤はだらしなく手をさげて、仰向けに、もう随分と太陽の光をあびていなくてかび臭い布団に横たわっている。

そんな場合じゃないのに。

四角い十五インチのテレビが部屋中に電磁波を撒き散らしながら面白くも何ともないお笑い芸人の漫才を映し出している。

開けっ放しになった窓から真夏の生ぬるい風が吹き込み、これまた薄汚れた緑色のカーテンを揺らす。

長い棒と短い棒が顔に張り付いている機械の固まりが達観した顔で時間ダヨとひたすらに霧澤を呼び続ける。

二階建ての霧澤の家のせいで日が当たらない裏の庭では日頃の仕返しと言わんばかりに最早

伸びきって人の背丈以上になっている草むらの中で虫達が盛んに非難の声をわめき散らしている。

ピッ。と、ここで寝返りをうった霧澤の足が床にほったらかしになっているリモコ

ンに当たり、テレビのチャンネルが変わった。声だけ聞いたら皆、同じにしか聞こえないキ

ャスターの声が真夜中のニュースを告げる。

 

 さて、今夜はペルセウス座流星群の極大日です。本日、午前二時から三時頃がピークだとみ

られており、空の暗いところなら一時間で50個くらい、時には100個を数える事もあります。

ぺルセウス座流星群は明るいため、近くに街頭があったりという悪条件の下でも一晩で30

〜40個は観察できると言う事です。最近の流星群ブームとともに観測する人も増えています。

皆さんも観察してみてはいかがでしょうか。それでは次のニュース…。

 

 

 目が覚めた。薄ぼんやりしていた風景に、次第に焦点が合ってくる。

照明が消えているため、ただブラウン管の光だけが異質な物として部屋全体を青白く染め上げている。

下から見上げると、天井は青白い光と深い影の色が混ざり合っていてひどく気持ち悪い。

窓の外には青白い光と対照的な暗い闇の色が何処までも視界の果てまで埋め尽くしている。

行かないと。

だけど…霧澤は窓の外を見た。

あいも変わらず闇はただ厳然とそこに存在している。

行くのか。行かないのか。

つい先ほどまでの壮大たる決意は今や厳粛たる悪魔へと姿を変え、霧澤へと襲い掛かる。

 そうだ、中学一年生にもなって真夜中に一人で外に出るのが怖いのか。

 霧澤勇希よ。お前はそんな肝っ玉の小さい情けない奴だったのか。

 お前のその名の勇の字は偽者か。これからは勇希ではなく実は弱気でしたと名前を改めるのか。

 早くいけ、時間がないんだ。

 流れ星はお前が来るまで待っていてはくれないぞ。

 そんな言葉が頭の中に浮かんでは消えて行くがそれが自分に対するただのお飾りの言葉にすぎないということは自分がよくわかっていた。

 その証拠に暗闇を前にして、全く動く事が出来ずにいる。

 早くしなければ。

 早くしないと、流れ星が全て流れきってしまう。

あぁっ、目覚し時計をもっと早い時間にセットしていたら。

すでにどのくらいの時間がたったのか。

もしかしたらもう夜中の三時過ぎかもしれない。

だとしたら最早手遅れだ。

いや、まだそんなに時間は経ってはいないだろう、実際せいぜい二時前くらいのはずだ。

ああっ、目覚し時計をもっと早い時間にセットしていたら。

今頃、自分はすでに準備万端で、観測する予定の森の中で、今か今かと流れ星が落ちてくるのを待ち構えているはずだったのに。

ああ、うらやましい。

いや、そんな事考えてどうする。そのときの自分に出来るなら今の自分にも出来るはずだ。やってみろ。

勇気を出せ。なんだ大の男が真夜中に一人で外に出るくらい。

蜂に刺された事はないが、蜂に刺されるよりよっぽどましだ。痛くも痒くもない。

ほら、どうした。このまま朝までこうしているつもりか。意気地なし。勇気を出せ。

そうだ!!暗いからいけないんだ。明かりをつければ。

 

 パチッ。一瞬瞬き、そして部屋に白色光と言う名の天使が舞い降りる。

 安らぎを感じる瞬間。  なんだ、簡単だ。アホらしい。

 ふと、時間が気になって時計を見た。 ―― 一時三十分。  いける。 

ニュースで今日のピークは二時から三時と言っていたのを思い出す。

 

 急いで、カバンに荷物を詰める。懐中電灯、腕時計、他にいるものは…。

 そうだ、確かここらへんに。

壁際に高く積み上げられたガラクタの山に手を伸ばしなにやらがさがさとあせくりだす。

芸術的なほどバランスよく積み上げられたガラクタの山が脆くも崩れ去る。

「うわっ!?」 霧澤は散らかった物々の下敷きになった。

 あぁ…びっくりした。何はともかく、あったぞ。これだ。 

霧澤は体の上にのしかかっている漫画本や、ゲームソフトを払いながらそれを取り出した。 

 ―星座早見盤だ。

彼は小学校の時、市内にあるプラネタリウムが主催している天文クラブに所属していたので、その

ような物も持っているのであった。

むろん、当然のごとく望遠鏡も持っている。しかし、流星群の観察に望遠鏡は必要ない

…というよりもそんなもので流れ星を捉えようと思ったら年末ジャンボ宝くじで一等三億円が当たる

ほどの人並み外れた強運を必要とする。

流れ星を見るには肉眼が一番だ。 

霧澤は用意した物を小学校時代から愛用している黒色のポーチに詰め始める。

そして、これも。 

ガラクタの山の中から、今年の春の入学祝いに買って貰ったポータブルMDプレイヤーを

おもむろに取り出す。

お気に入りの曲が詰まったMD。

この計画を思いついた時から彼は、

流れ星を見る時はこの曲を聴きながらにしようと深く心に決めていたのであった。

 

 他に用意するものはないか。霧澤は周りを見渡す。そこにあるのは敷かれたままの布団、

”本当だったら十万円するところが本日限り、何と一万円!! きゃ〜安ーい!!信じられないわ!!”

などとわざとらしく視聴者にかたり掛けている通販番組、以前にもましてさらに散らかったガラクタの山。

 ただ、それだけ。

 本当に何もないのか。再び周りを見渡す。何もない。

 …行くしかないのか。

 ここで霧澤はふと気付いた。

さっきまで喧しい程に鳴いていた虫の音が止んでいる。

 何の音もしない。

 聞こえているのはただ、自分の呼吸音と人でない人の声。

 なぜか息が詰まる。動けなくなる。明るいのに。もう、悪魔はそっぽを向いてどこかに行ったはずなのに。

 でも、行くしかない。

自分に残された選択はそれしかない。そう強く感じた。

 そうさ、悪魔が何処までも憑いて来るならそれよりも早く走り抜けてやる。

 そう思った瞬間、身体が軽くなった気がした。荷物を持って走り出す。

 築30年の痛みきった木造の階段を走り抜ける。ぎしぎしとあの特有な音がする。

 そして、あっという間に玄関までたどり着いた。

 そして靴を履き、外へ出ようとしたところで霧澤はふと、気付いたのだ。

 自分のしでかした大きな過ちを。

        ―俺、まだ、パジャマだった。

 

 

 木造住宅一戸建て、築30年。遥か昔、日本が未だ、高度経済成長期真っただ中だった頃に、

霧澤父、源蔵(58)が”将来、この辺は発展しますよ。今、開発計画が進行している真っ最中なんです。”

などという売り言葉につられ、破格の値段で購入したマイホーム。

 そして今現在もむろん、開発などまったくされてはいない。

 そこから出てきた一人の少年。霧澤勇希(12)。中学一年。彼女いない暦はもちろん12年。

 

 夏特有の生ぬるい風が頬をなでる。霧澤はこの身体に絡みついてくるような風が好きだ。

 なぜだかわからないが胸を締め付けられるような思いになる。

 それは、昔、友達と行った祭りの時の記憶が思い出されるからかも知れないし、

それが理由ではないのかもしれない。

何かを好きになるのに理由なんかない。そうとも思う。それでいい。

 家では、霧澤母、茂子(38)と、父、源蔵(58)が寄り添うようにして寝ている。

 妹、知美(10)は何か夢でもみているのだろうか。やけにニヤニヤした顔で少しよだれを垂らしている。

 夢を見ているのだとしたら、きっといい夢を見ているのだろう。

 誰もいない夜道を一人歩く。空には兎が少しかけた月が浮かんでいる。

 餅つきは正月の行事なのに、なぜ兎は年がら年中餅をついているのだろう。

 そのついた餅を誰にささげるのだろう。

 歩いて、靴底が地面とすれる音が誰もいない夜道にこだまする。

 

 

 

 第二節 「流れ星」

 

玄関を出て、家の裏手へ回りこむとそこにあるのは開発されず昔のままの姿を留めている森。

 ”危険!立ち入るべからず”という看板。捨てられたまま決して片付けられる事のないゴミの山。

 

その様子は霧澤が幼稚園の時から変わる事はない。

街灯がほとんどない為に、懐中電灯で照らさないとよく先を見る事は出来ない程に辺りは暗く、

どこかで”カァ”とカラスが鳴く声が聞こえ、空にはぞっとするほど大きく妖しい光を放つ満月の月。

ふと、光を空にかざしてみた。光の筋が空へと向かって一直線に伸びつづける。

懐中電灯を上下させると、 それにあわせて光も上下する。

闇の中に突き刺さる一筋の光。振り回すとその重さは少し手にのしかかってくる。

光は孤を描き、まるで生き物のように夜空を飛び回っている。

そうしていると霧澤は小5の時、林間学校で山道を懐中電灯片手に友達と歩いた時の事を思い出した。

そうだ−あの時もこうして懐中電灯を振り回してまるで”光線のようだね”とかなんとか言って面白がったっけ。

真っ暗な闇の中に懐中電灯をかざすと一筋の光が歩く先を照らしてくれる。

それだけの事なのに何故か少し嬉しくて、誇らしげに思う。そんな自分は変わってるのかなぁ。

”きっとそんな事はない”そう自分に言い聞かせ、先へと歩き出す。

深い闇の中を、小さい頃の記憶をなぞりながら歩きつづける。

 

どこまでも真っ直ぐに続く道。

霧澤はふと、後ろを振り返り光をかざした――もと来た道は暗く、もう家は見えなくなっていた。

 

 

確かここら辺のはず。右手を照らすと確かに、人によって踏み固められた道があり、

右手、森の奥へと進む。パシッ、木々を踏みつける感触。

真夏の生温い風が木々を揺らし、ザワメキの音を立てる。

どれも、霧澤の背より遥かに高く見上げなければ頂は見えない。

そして目の前に広がるのは昔”秘密基地ごっこ”をして遊んだタイヤ、木、”割れ物注意”と書いてあるダンボールの残骸。

もう少し歩くと道は広がって”森の空洞”にぶち当たるはずで、そこが今回の目的地。

よし、後少し歩けば目的の場所に着く。

出る前は外に出るのが怖くてびくびくしていたが、何の事はない。

やってみればたいした事はないではないか。

そうだ、大体、夜中に外に出たからといっていったいどんな恐ろしい事態があると思ったのか。

…狼に襲われる?いきなり後ろから人が出てきて刺される?

ハッ、馬鹿もやすみやすみ言え。そんな事が本当にあると思ったのか。

今まで中途半端に終わってきた事だって決して根性がなかったからじゃない、 本当は大してやりたいと思ってなかったからに違いないんだ。そうだ、やればできるんだ。

霧澤が心の中でそう思って歩き出したそのとき。

「…っ、痛いっ」

確かにザクッと音がした気がした。

何かが思い切り足の裏に刺さった。

ううぅぅっあぁぁぁあぁぁぁぁー!!!!

勢いでその場を転がりまわって、足の裏が地面に触れて、激痛が走って、そして本気で泣きそうになった。 声にならない声が自然と喉から漏れ出す。

「うぅっ…」

うめきながらも何とかかかとを浮かして、足の裏を覗き込んだ。

足の裏がどうなっているのかは暗くて良く見えなくて、というより、そんなもの顔も見たくも無いと思ったが、 ふん。なら、お前はここでずっと立ち止まっているのか?座っている気か?と一秒ほど自問自答した結果仕方なく覚悟を決めて、 人生でいまだかつて経験した何物にも比較する事の出来ない痛みを感じながら懐中電灯で足の裏を照らすと、

驚くべき事にそこに存在していたのは、靴下を貫通して刺さった直径1.5cmはあろうかという鋭い木のトゲであった。

…そして再び霧澤は泣きそうになった。

あぁっ、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。

なんで僕がこんな目に会わなくちゃいけないんだ?何か僕が悪い事をしたのか?

親の財布から金を少し掠め取った事か?それとも、今日友達の家に行った帰りに道に空き缶を捨てた事か? もしや、夏休みも入ってかなり経つというのに宿題に一つも手をつけていない事なのか?

そんな馬鹿な事があるか。くそっ。なんでぼくがこんな目に会わなくちゃいけないんだ?痛いっ、痛いっ、痛いっ、痛いっ。

頭の中にはやっぱり来なければ良かったという後悔の念。

剥き出しの靴下に刺さった直径1.5cmのトゲ。自分の身体に自分以外の物が突き刺さってるという感覚。

抜くべきか?抜かざるべきか?それこそかの有名なハムレットの命題の如く自らの身に重くのしかかってくる。

そして、霧澤は実はその命題の本当の意味を良く知らない。

抜くしかない。その結論はただ当たり前の事としてそこに存在していて、決して当たり前とは認めたくないもの。

トゲの先端に指を当てると、木独特のザラザラした触感が手に伝わってくる。そして、そのトゲは自分の身体に繋がっている。

ぐっ、力を込める。痛いっ。全身が悲鳴を挙げる。痛いっ。激痛が全身に走る。

おおおおおおおおおおおおおっ。ざくっ。肉をえぐって、異物は体から取り除かれた。

うぁぁぁあぁぁぁぁおあおあぁっ!!!

血がだらだらと足の裏から流れ出す。血は青でも、黄でもなく、真紅の赤色をしている。

靴下が血色に染まる。

必死で黒い色のポーチをあせくりだし、家からも持って来た救急セットを探しだし、 消毒液とバンソウコウをとりだす。

消毒液を足裏に振り掛ける。

ぐあぁぁぁぁぁあっぁ!!!

今までの局部にのしかかる痛みと違い、じわっと広がるような痛みが全身を襲う。

バンソウコウを持つ手が痛みのあまり、震えて焦って中身が取り出せない。

袋を破って取り出すと、靴下の上から無理やり張りまくった。

バタッ。痛みを虚空に逃がすかのごとく霧澤は夜空を見上げ仰向けになった。

 

「……はぁ……はぁ…。」

仰向けになって、あまりの痛さに自然と涙が出てきて、そして霧澤は考えた。

”本当、何でこんな目に僕が会わなくちゃいけないんだろう…。”

あぁ、僕は世界一、それこそあの有名なのび太より不幸な少年なんだ…。間違いない。

あぁ、のび他の奴め、ジャイあんに苛められた位で、テストで零点取った位で、

世界一自分が不幸だなんて、勘違いにも程があるわっ。お前にはドラえもんがいるだろうよ。

未来の世界からやってきて、何が秘密なのかわかんないけど秘密道具で助けてくれるんだろうよ。

それでも、本気で不幸だって?甘えるんじゃねーよっ。僕と代わってみやがれ。

 

あぁ、本気で痛てぇよ…。本気で痛てぇ…。

夏の湿った地面に横たわって、土のざらざらした感触を頭に受けて、その土の重みを頭の上に感じている僕は

まるで、棺桶の中に寝かされている死人みたい。

辺りは相変わらず、木々が風に揺らされ、僕はこの場から一歩も動けず、

またどこかでカラスが”カァ”と鳴いた。

世界が逆さまになる感覚。

僕はただ地面という天井に貼り付けれていて、遥か彼方まで広がる世界はただ僕を引き離してどこまでも駆け上がっていく。

今、あんなに近くにあった空が、遥か遠くに。

吸い込まれそうになった。

 

そのとき、さっきまで吹いていた風が急に止んだ。               

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