「空」の青と「海」の青
「皆で行ったあの海に行きたいっ!」
久しぶりに重なった2人の休暇はぼたんのこの一言から始まった。
以前は幽助達と行ったあの海。今度はぼたんと2人きりだ。
あの頃のぼたんに対する感情はまだ不確かなもので、仲間として純粋に楽しかった思い出なのだが・・・。
付き合いはじめた俺達が2人で見る海はどんなだろう。
なにか違うだろうか。なにか変わっただろうか。
遠出になるため車を出すつもりだったが、電車に乗ってのんびり行きたいと言うぼたんの意見を取り入れ俺達は出発した。
平日、ラッシュが過ぎた時間帯の電車はいつも自分が乗っている同じ乗り物とは思えないほど空いていた。
ぼたんは売店でお弁当・お茶。そしてなぜか冷凍みかんを購入し、満足げに笑ってこう言った。
「やっぱり旅にはこれだろ?」
俺達は途中で乗り換えボックスシートに向かい合うようにして座り、景色を眺めながら
すっかり冷めているお弁当を食べた。
山沿いを走る電車特有の揺れが心地よく体を揺らす。
「電車は正解だったな。」
流れる景色に誰ともなく呟くと、冷凍みかんを口に運んでいたぼたんがふんわりと微笑んだ。
「蔵馬はいつも忙しいからね。たまにはゆっくりしなくちゃ。
のんびりしながら色んなモノを見るのもいいもんだろ?」
そう言って剥いたばかりの冷えたみかんをひとつ、俺の口に放り込む。
新婚の夫婦ようなその行動に照れながらも、久しぶりに口にする冷たく、甘酸っぱいその味に
懐かしさが込み上げ自然と口元に笑みが浮かぶ。
「ありがとう。ぼたん。」
「どういたしまして。」
駅に着くと大きく吸込んだ風には潮の香りが混じっていて、改めてあの場所へ辿り着いたことを証明していた。
2人は朧げながらも見覚えのある道を歩きながら、次第に湿ったような潮の香りがどんどんと強くなっていくのを実感する。
シーズンを過ぎてしまった秋の海は夏の賑わいが嘘のようにひっそりとして・・・。
夏の海とは違った表情を見せる青は穏やかで、人の気が分散されてしまった海辺はほんの少しだけ寂しかった。
ぼたんを海を見つめたまま、蔵馬の手をそっと繋いだ。
「・・・。」
蔵馬はそんなぼたんに優しい笑みで答え、握った手に痛くない程度の力を込めた。
「海が・・・・・。」
「ん?なんだい?」
「海がなんで『青い』か知ってるかい?」
「ううん。そういえばなんで青いんだろね〜?すくってみると透明なのにさ。」
小首を傾げて考えるぼたん。
そんなささいな仕草にも彼女特有の愛らしさを感じる。
蔵馬は空を見上げながら話を続けた。
「海が空に恋をしたからなんだって。」
「恋?」
「うん。海は空に憧れて、恋焦がれて・・・・・。でもあまりに遠い存在で。
やがて自分に空を写し出すことによって、少しでも空に近付こうとしたんだ。」
「だから、青いのかい?」
「まぁ、昔の人の夢語りみたいなものだと思うけどね。」
「でもさ、どうして空の青より海の青の方がより『青い』のかね?」
「そうだな・・・。実際今でもずっと『海』は『空』を想い続けてるんじゃないかな。
それだけ想いが深くて・・・・もっと、もっと空を欲していて青を吸収し続ける。その深い青さなのかもしれない。」
蔵馬の言葉にぼたんはフッと空を見上げてから海に視線を戻して呟いた。
「『空』は・・・『海』の想いを受け入れたのかねぇ・・・」
「どうかな。でも俺はそうであってほしいと思うけど。」
「どうしてだい?」
「・・・・さっきから質問攻めだね。」
苦笑しながら蔵馬はぼたんを抱き寄せた。
回りに人がいないせいか、いつもより素直に腕の中に納まったぼたんに囁く。
「俺自身も今腕の中にいる『空』に恋焦がれているから、かな。」
ぼたんは驚いたように顔を上げ、恥ずかしいのかすぐに顔を隠すよう、蔵馬の胸に埋めた。
「それって蔵馬だから許されるセリフだね、まったくっ!!////」
「そうかな?」
「そうだよ!」
「で、ぼたんはどう思う?」
「な、なにが?」
「『空』が『海』の想いを受け入れたかどうかってやつ。」
「・・・・・・・受け入れた、と思う・・・よ。」
「どうしてそう思うの?」
「だって・・・『海』って一見冷たいように見えるけど、本当は優しくて暖かくて。全て受け止めてくれていて。
抱き締められてると凄く安心して幸せな気持ちなれると思う。・・・きっと好きにならずには・・・・いられないよ。」
「・・・それ聞いて安心した。」
「あ、あたしはあくまで一般的な意見として言ってるんだからねっ!?」
「ふ〜ん。そうなんだ?」
余裕で返された笑顔にぼたんは言った。
「・・・・・・・・・・ほんっっと蔵馬って意地悪なところあるよね。」
「そう?」
悔しくなったぼたんは蔵馬の腕からするりと抜け出し、海水を掬って蔵馬に向かってかけはじめた。
「うわっ!ぼたん、冷たいってっ!!」
「意地悪言うからだよ〜〜!べぇ〜〜だっ!」
舌を出し、尚も海水をかけてくるぼたんに蔵馬は反撃を開始した。
「きゃぁ〜〜〜!ちょっと、冷たいじゃないかっ!本気でするなんて大人気ないよっ!」
「大人気なくて結構。」
「お、やる気満々だね?だったらあたしも手加減しないよ。」
こうして数十分ほど続いた普通より若干(?)激しい水遊びはぼたんの「降参」で終りを迎えた。
「もう、蔵馬のせいでずぶぬれじゃないか〜。風邪でもひいたらどうするんだい。」
恨めしそうにブツブツ文句を言っていたぼたんを後ろからそっと包み込んだ。
「本当だ。体、冷えちゃったね。ごめん。」
「・・・蔵馬だって冷たいよ。」
ぼたんは自分の体を抱き締めている冷えた腕に自分の手を重ね、溜め息を零した。
「あ〜あ・・・・また捕まっちゃった。」
「今度はそうそう逃がさないけど。」
「バッ、馬鹿!」
蔵馬は真っ赤になったぼたんの体を自分の方に向き合わせる。
はしゃぎ過ぎたせいか空色の髪の毛は少し乱れている。
ぼたんの頬に貼り付いた髪を直し、そのまま優しく梳いた。
その行動1つ1つから蔵馬の優しさが伝わってきて幸せで、でも切なくて。どうしたらいいのか分からなくなる。
「あんまり・・・優しくしないどくれよ。・・・・離れる時が辛くなるからさ。」
ぼたんの口から切なげに紡がれた言葉に、蔵馬は考えるより先に行動に移していた。
「・・んっ・・」
いつもの優しいキスとは違って、少し強引で乱暴なキス。
驚いたぼたんは一瞬体を強張らせた。
その様子に気付いた蔵馬はすぐに唇を離した。
「・・・蔵・・馬。」
「・・謝らないよ。ぼたんがあんなこと言うから・・。俺も、セーブ・・・できなくなる。」
苦しげに呟く蔵馬が愛おしくて。
一瞬でも怖がり、蔵馬にあんな苦しそうな顔をさせた自分が嫌になる。
―――こんなに好きなのにね。
こんなに大好きな気持ち、伝えたがってるのにね。
ぼたんはおもいっきり背伸びをして蔵馬に口付けた。
―――初めてのぼたんからのキス。
今度は蔵馬の体が強張るのを感じた。
少し勇気を出して長めのキス。
蔵馬の強張りはすぐに解け、さっきと違って優しく応えてくれた。
時が止まっちゃったんじゃないかと思うくらい長い時間。
ううん。もしかしたらほんの一瞬だったのかもしれないないけど。
お互いの唇が離れたがらないみたいで、なんだかおかしくなってきた。
蔵馬も同じだったようでキスしながらもクスクス笑い出す。
笑いが込み上げてきて、お互いキスどころじゃなくって唇は自然と離れていった。
ようやく笑いをおさめてぼたんが言った。
「ちょっとしょっぱい味だったね・・。」
「ああ。・・潮の香りがした。」
蔵馬もやっと笑いが納まったようで一息ついた。
人気のない海辺を蔵馬はぼたんの手を繋いでしばらく歩いた。
聞こえてくるのは波の押し寄せる音と風の音。そして自分達が歩く度、踏み締めた砂の音。
時々、散歩をしている人と波打ち際ではしゃぐ犬の声に目を向けたりして穏やかな時間は過ぎていった。
太陽はゆっくりと傾いていき、気が付くと夕日に変わっていた。
朱色と橙色が混じって溶け出したような海のそれは皆で見た時とはまた違った美しさがあり、
その姿に蔵馬とぼたんはしばらく無言で魅入る。
「こんなに綺麗で沢山の表情を見せる豊かな海を、空が惹かれないわけないよねぇ。」
ほぅ、と溜め息をつきながらぼたんが言葉を発した。
「そうだね。」
夕焼けに向かって立ちすくむぼたんの髪も橙色に彩られ、いつもと違った印象を受ける。
また1つぼたんの違った表情が見れた気がする。
もっと・・・もっと君を知りたい。色んな君を見てみたい。
「ぼたん。」
「ん?なんだい?」
蔵馬はぼたんの方に顔を向け真剣な表情で彼女の瞳を捕えた。
「今日、ここに泊まっていこうか? 明日の朝焼けも一緒に見よう。 ・・・一緒に、いよう。」
蔵馬は夕日に照らされ、より赤みがかった髪を一層際立たせ燃えるように美しかった。
穏やかに微笑んだその表情は、いつもならぼたんの気持ちをかき乱すのだが今はなぜか心を落ち着かせた。
その言葉の意味することも分かっている。
だが何の抵抗もなくぼたんの心の内にスッっと入ってきたのである。
なによりぼたんも蔵馬と一緒にいたかった。 もっと蔵馬を身近に感じていたかった。
「・・・・うん。」
Fin
以前momoko様と秋月様がキリバンを踏んでくださった時、私の勘違いで同じ『秋の海』のイラストを2点
あげてしまったのでいつかお話の方を書こう、書こうと思いつつ季節はもうすっかり春。(苦笑)
蔵馬とぼたんっていわゆる遠距離恋愛みたいなものですよね。(私的に勝手に解釈)
そんな訳でもう1歩先に進もうとする2人を書いてみました。読んでくださった皆様、ありがとうございました。
ほのかさんより頂きました。
私、このお話の中に出てくる「海が空に・・・。」っていうエピソード、
むちゃくちゃ好きです。とても雄大な恋のお話ですよね。ロマンチックで素敵。
そしてそのエピソードに乗せた蔵馬とぼたんの二人の物語。
ゆっくりゆっくり、自分たちのペースで歩いていく二人・・・・・。
いつまでもお幸せにv
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