抜き書き言葉集
あらゆる書物や映画その他から、自分の心に残った言葉を集めてみました。
これらの戦闘の物語は、敗北を決して認めようとしない不屈の英雄の物語と、過ちを決して認めようとしない尽きることを知らぬ虚栄心の物語とともに、三部作をなすものである。それは臆病者であることを――自分に対しても――告白するよりむしろ死を望んだ百万の人たちの物語であり、同時にまた、指導者として大ヘマをおかしたと――自分に対しても――白状するよりは百万人が破滅する方を望んだ二ないし三人の個人の物語でもある。
ロイド・ジョージ(第一次世界大戦時の英首相)
「ヒトラーもチャーチルもスターリンも同じことを言います この犠牲は正義のためだと…… 人間にとって正義がひとつならばなぜ戦うのだ!? より多くの犠牲を生まないための小さな犠牲…という理屈は 本当に正しいのか? ならば…偶然通りがかった彼の正義はどうなる!? それとも彼らに正義など無いとあなたは言い切るのか!? 言い切れるのか!?
これは…犯罪だ… 自分勝手な都合だけで犯した人殺しだ …ならば…まったく同じ理由で… 勝手な正義で起こす戦争も同じ… ……犯罪だ…」
「おかしな人だなあんたも軍人だろ… 信じる正義を貫くために力を使うべきではないのか? どうするのだ我々に協力してあの男を倒すのか?」
「やる… だが… 英雄としてではない… 人殺しとしてだ どんなに高邁な理屈で飾ろうが… 罪は罪なんだ!!」
津田大尉とシュタイナー大佐
「ジパング」 かわぐちかいじ
「自分たちののぞむ場所に、敵の兵力を集中させるのです。それがまず戦法というものの第一歩です」
いかに武勇があろうとも、それを費いきる以前に勝利をおさめること、無理をしないことが戦法の価値だ、とナルサスは言うのである。(略)
「ダリューンのような勇者は千人に一人もおりません。だからこそ価値があるわけで、軍の指揮者たるものは、もっとも弱い兵士を基準として、それでも勝てる戦法を考えなければならないのです。これが一国の王者ともなれば、もっとも無能な指揮者でも敵軍に負けないよう、あるいは戦わずともよいよう方策をめぐらすべきなのです」
「アルスラーン戦記1 王都炎上」
田中芳樹
当時もいまも日本と朝鮮との関係は複雑である。隣国との関係はたがいに堂々たる他人であることが結局真の親善につながることなのだが、この原則を外すと、隣国だけにすぐ糸が鳥の巣のようにもつれてしまい、最後に感情がむき出すか、もっとわるい事態になる。
「街道をゆく13 壱岐・対馬の道」
司馬遼太郎
歴史は、武力による恫喝を多用する国ほど戦争を恐れていることを教えている。彼らは、戦争を望むから恫喝を行うのではない。武力以外に頼るべきものがないから、それを用いて外交を行う。であるならば、その国の外交にとって最初で最後の道具である武力を危険にさらす大戦争など、望んでいる筈がない。
「戦艦大和夜襲命令」
佐藤大輔
二〇世紀末の日本の国防力は、海洋国家でありながら、空母を持たず、南北に長い列島国家なのに海兵隊もなく、空中給油機もない。弾薬にいたっては、「たまに射つ弾にもこと欠く」ありさまで、作戦機能は欠落だらけである。
日本の指導者が二一世紀になっても、平城氏が慨嘆するように、米国の対日「びんのフタ」政策――国際政治の場での強い発言力を担保する軍事力を持たないように日本をびんの中に閉じ込めてフタをしておく政策――に甘んじ、防衛機能を欠落したまま放置して、万一、侵略によって日本の青年が敗北の血を流すことがあってもよいとするなら、戦争学を説く必要はないのかも知れない。
もし、これからも日本人が平和主義(pacifism)――欧米では敗北主義と同義語――にして日本を「軍事力不完全機能状態」に捨て置くなら、残念ながら平城氏の提案するような戦略以外に、日本を守る方法はないだろう。
自衛官はフランス軍に立ち向かったスイス兵のように、全員が血まみれの戦死で国防の任を行う以外に戦術はない。
蛇足ながら、侵略を受けたらゲリラ戦で抵抗すればよいという素人の発想は、無意味であることを付けくわえておく。なぜならゲリラ作戦には、
(一)ゲリラ部隊を受け入れる民衆がいる。
(二)退却できる聖域がある。
(三)陸続きの大国が武器などを支援してくれる。
(四)最終的に近代軍に成長して決戦する。
という原則があり、四面海に囲まれた日本では、(二)〜(四)が成り立たないのだ。
「名将たちの戦争学」
松村召力
「・・・・・・特攻は、やはり出せんのだな?」
「出せんのではない。出さんのだ。――全ては五航艦司令部の意志で決める。不可抗力の要素はない。――貴様こそ、パイロットたちに死を強制する戦法を捨てる気はないのか?」
「ない。貴様がどう思おうと、俺は特攻こそ日本を最後の勝利に導く鍵だと信じている」
「自己陶酔の悲壮美に浸るのはよせ」
「何とでも言うがいい。今、貴様に評価して貰おうとは思わん。日本が最後の勝利を得たとき、初めて後世の人間が正当に評価してくれるだろう」
「取り付かれてるな、貴様」
「何に?」
「戦争というものの魔性にだ」
大西瀧次郎と山口多聞
「八八艦隊物語5 弔鐘」
横山信義
「俺は、海兵受験を決めた頃、親父に諭されたことがある。――見かけの勇壮さに惑わされず、戦争の悲惨な現実、おびただしい死と破壊、そして残された者の慟哭を直視しろ、と。
その悲惨な現実に目を向けていた日本人がどれだけいたと思う。八八艦隊の戦艦群、マーシャル沖の大勝利、こういった上辺の勇壮さに目を奪われ、悲惨な現実は都合よく忘れている。そればかりか、『特攻』という、悲惨極まりない戦法まで編み出し、忠君愛国の言葉をまぶし、勇壮なものととして死を美化している」
山口多聞
「八八艦隊物語5 弔鐘」
横山信義
「自分の信じたことに殉じて死ねたら幸せだ――」
「そんな言葉は生きている人間の傲慢だ!」
「モノクロームの残映」
麻生俊平
神も悪魔も人の罪を告発する。
ただし、悪魔は「正義」を口にして、罪を断罪するときのその動機は「憎悪」である。
旧約聖書
「とにかく、たいした進歩だよね。たった五、六千年間に五つも六つもの高度文明が起ってだよ、それらが栄えて世界を驚倒させたかと思うと、たちまちまた衰えて消えて行った。だが、現在のこの文明以外には、まだ大量殺人のうまい方法を発明したというのは、一つとしてなかったわけだよね。もちろん人類最大の野心というのは人間を殺すことであり、現に人間の歴史はまず殺人をもってはじまってるわけだし――それぞれみんな懸命の努力はしてきたさ。だけど、その意味で誇るに足る勝利を記録したのは、キリスト教文明ただ一つってことさね。もう二、三世紀もすれば、もっとも有能な殺し屋というのはキリスト教徒だけってことになるんじゃないかな。そうなれば、異教徒たちはみんなキリスト教徒に弟子入りすることになるよ、きっと――それも宗教を教わるためじゃなくて、人殺し機械をもらうためにね。トルコ人もシナ人も、宣教師や改宗者を殺すために、そうした兵器を買いこむことになるよ、きっと」
「不思議な少年」
マーク・トゥエイン
私の手は血まみれです。
ロバート・オッペンハイマー
「科学ってのはね… できることと できないことがはっきりしているの。
―――人間の今の知識と技術で為せることは決まっている…それ以上のことも以下のこともないわ…実際、人間にはできないことの方が、たくさんあるのだけれどね。
でも…人間はそれが悔しくてね…悔しくて…できるようになろうとするの…誰かを楽にしてあげたくて…何かから解き放ちたくて…そして、そのために多くの実験動物を殺し、自然を壊し、研究者は科学の進歩を目指す…方法が…まちがっていてもね…」
ヘレナ・マーコフ
「うしおととら」
藤田和日郎
「人の叡智が生み出したものなら、人を救って見せろ!!」
ロラン・セアック
「ターンエー・ガンダム」
完全に勝つことは難しい しかしうまく負けることはさらに難しいものだ
霧間誠一
「ブギーポップリターンズ VSイマジネーター」
上遠野浩平
一八一二年のモスクワの状態を述べた周知のくだりで、モスクワ炎上後のロシア人の英雄的な業績から、人はモスクワの住人が自己犠牲の行為――国を救ったり、破壊を嘆いたりの――英雄的行為、殉教的行為、絶望等々に全身全霊を挙げて没頭していたと思うかもしれないが、しかし実際にはそうでなかったとトルストイはいう。人々は、それぞれの利害にかかずらわっていた。英雄的な感動を感じたり、自分は歴史の脚光を浴びた舞台のうえの役者であると考えたりしないで、普段の仕事をやっていた人々が、彼らの国と社会にたいしてもっとも有益な存在であった。他方、事件の全般的な進路をつかもうとして、歴史の中で一役果すことを望んでいた人々、信じがたい自己犠牲ないしは英雄的行為を演じて大事件に参加した人々は、もっとも無益な存在であった。トルストイの目から見てなによりも悪かったのは、「実際には誰にも責任の取れないような」ことについて互いに非難しあって、果てしもなく話している人々であった。
「ハリネズミと狐」
バーリン
医は生涯の業にして、とても上手名人には至らざるものと見ゆ。己上手と思わば、はや下手になるの兆(きざし)としるべし。
杉田玄白
凡(およそ)経済ヲ論ズル者、知ルベキコト四ツ有リ。一ツニハ時ヲ知ルベシ。二ツニハ理ヲ知ルベシ。三ツニハ勢ヲ知ルベシ。四ツニハ人情ヲ知ルベシ。
「経済録」
太宰春台
企業は実力の範囲内で健全な赤字部門を持たなくてはいけない。
宮崎輝
自由主義の効果は、ある特定のイデオロギーにとらわれることなく、必要に応じて自由にそこから抜け出られるというところにある。事実に合わない理論なら、その方がまちがいなのだから訂正すべきものだ。私は長い間、そう考えてきた。
石橋湛山
つまり積極的な平和の希求とは、積極的な戦争の肯定に他ならない。
「レッドサン・ブラッククロス」
佐藤大輔
「確かに恐ろしいことだ」と、ウィルソンは高らかに次のように述べたのである。「この平和な大国民を戦争に引き入れようというのだから。しかも文明自体が重大な岐路に立たされているように思えるほど、あらゆる戦争中でも最もひどく悲惨な戦争にである。しかし権利は平和より一層尊い。さればわれわれは、つねに一番大切なものとして担ってきた事がらのために戦うであろう。デモクラシーのために、自国政府の中に発言権を持たんがため権威に従っている人々の権利のために、そして平和と安全をあらゆる国々にもたらして全世界さえもついには解放するであろう自由な諸国民の協調が生まれ、それによって権利の支配があまねく行なわれんがために、である」
「燃え続けた20世紀 戦争の世界史」
A・L・サッチャー
なぜお前らは死んだのだと問うものあらば答えてやれ
われらが父たちの嘘をつきしゆえなりと。
ラディヤード・キップリング
ハロルド・ニコルソンは書いている。「彼はフランスという名の一つの幻想と人類という名の一つの幻滅とを抱いていた」。クレマンソーは軍事力による保障や賠償に代わるものとしての、高邁なレトリックなどに信を置かなかった。「永遠の平和」なんてものは年が変わるまでしか――それまでもてば上出来だが――続きはせん、彼はこう信じていた。そして法の支配によって団結した世界というウィルソンの夢ぐらい、クレマンソーを困惑させる代物はなかったのである。
「ウィルソン氏はデモクラシーがかなり安泰でいられる世界に生きてこられた。私の方は民主主義者を射つのが礼にかなうような世界に生きてきたのだ」
「燃え続けた20世紀 戦争の世界史」
A・L・サッチャー
諸条約の草案作成作業はだらだらと何カ月も続いた。「オープンなやり方で到達するオープンな盟約」というウィルソンの敬虔な願いは、たちどころに鼻であしらわれてしまった。要求と反対要求が入りまじる狂乱の中にあっては、指導者たちが内密の会合を開くことによって怒気をはらんだ不一致点を表ざたにすることを避け、意気投合をはかることが必要だったのは明白である。が、やっと形をなしたものがあっても、そのうえには、どう見間違いようもないくらいに駆け引きと取り引きの刻印がべったりと押されているのだった。
「燃え続けた20世紀 戦争の世界史」
A・L・サッチャー
ウィルソンと同じ時代の人びとに、彼の生涯についての判定ができなかったのは当然である。ウィルソンの担った使命に関する数多い論争と彼の人格的弱点の数々とに、余りに身近にいすぎたからである。ウィルソンとビジョンをともにした人たちには、それを打ち壊した連中が許せなかった。ウィルソンの確信に反対した人たちは、ヨーロッパを破産させたあらゆる種類の憎悪をむりやりアメリカに持ちこんだ、と彼を非難した。
「燃え続けた20世紀 戦争の世界史」
A・L・サッチャー
歴史の進行にとってもっとも重要な要素は民族、土地と共に相互間の交通ということがある。一地域に成立した民族はその血縁的あるいは歴史的に祖先から受けついだ稟性(ひんせい)をもって行動し、これをめぐる自然的環境がまたかれらの行動を啓発し、制限することが多いものであるが、しかし歴史はそれだけによっては動かされない。むしろ外界との交通が重大な作用を及ぼすものである。民族と民族、もしくは国家とが相接触し、相交通することは、同時に両者の間に生存競争が行なわれる。人類は競争によって、その文明が進歩したことは見逃すことのできない事実である。
「アジア史概説」
宮崎市定
「安心したまえ。この国が異常だと思っているのは、君だけじゃない」
「宣戦布告」
麻生幾
とはいえ日本は、次の数年に何がもたらされるにせよ、またそれによって種々の国際的関係がどう構築されるにせよ、世界大国の一員としての地位をすでに獲得してしまっている。日本は一つのことを立証した。地理上の国土は小さく、天然資源にはほとんど恵まれず、核能力を育てる意向を持たない国であっても、天分ある国民の意思とエネルギーがあれば、それは国際的地位の追求に際して第一義的資産でありうるということである。
「燃え続けた20世紀 分裂の世界史」
A・L・サッチャー
おもしろき こともなき世を おもしろく
高杉晋作