抜き書き言葉集
あらゆる書物や映画その他から、自分の心に残った言葉を集めてみました。
四月生まれの皆さん、お誕生日おめでとうございます。豊かな追い風があなたに吹きますように。
友を選ばば書を読んで 六分の侠気四分の熱
・・・・・・つい最近まで同等だと思ってた奴らが 悪名上げてどんどん駆け上がっていく
この海じゃあ 駆け上がらなきゃ死ぬしかねェことを奴らは知ってるんだ
進むか 死ぬか この海へ来る事を誰が決めたんだ?
バカが・・・ 泣くほどくやしかったら ・・・もっと強くなって見せろ!!!!
「ONE PIECE」
わがこころのよくてころさぬにはあらず。また害せじとおもふとも、百人千人をころすこともあるべし
アンドレア「英雄のいない国は不幸だ!」
ガリレイ「英雄を必要とする国が不幸なんだ」
中華そばには庶民を引きつける何かがある
すでに過ぎ去ったトラブルを思い出すことは、なんと快いことか
みんな歩いているし、どの道もまちがっていない
心配ないからね 君の想いが 誰かに届く 明日はきっとある
どんなに困難で くじけそうでも 信じることさ 必ず最後に愛は勝つ
「文章の価値を決定するのは内容(テキスト)ではなくて周囲の状況(コンテクスト)よ」
「蓬莱学園の革命」
最初から結論を持っているものには、何を説明しても無駄でしかないことが多い。たとえ彼の意見が革新的であっても、現実面では、経験を積んだ機会主義者とくらべ、遥かに劣る。
新城は、新奇な意見を持った(と自分では信じている)者こそが真の教条主義者であると考えていた。
佐藤大輔
才不才に惑うなどは二次的である。才なくとも才なきままに救われる道が確約されているのである。この世の多くの優れた作品が、一文不知の名もなき工人たちによって作られている事実をどうすることも出来ぬ。
批評家は自らの「好き嫌い」を「是非曲直」のオブラートに包んで差し出すところのインチキ薬剤師である。人がつかまされるのは------中身は要するに彼の「好き嫌い」にすぎない
結局のとこ、人間はどこまでいこーと自分の主観の中でしかモノを見れないしな。
悔やむことも当然・・・・・・やりきれぬ思いも当然
失ったものは大きく 得たものはない
------だがこれは前進である!!
戦った相手が誰であろうとも 戦いは起こり今終わったのだ!!
過去を無きものになど 誰にもできはしない!!!
・・・・・・・・・・・・この戦争の上に立ち!!! 生きてみせよ!!!
アラバスタ王国よ!!!!
「ONE PIECE」
「・・・・・・・・・・・・ゆくか?」
「・・・応よ!!」
なあ 本当の所 訊いていいか?
100年ちかくその中で生きてきて おまえ いちども人間に対して憎しみを持ったことがなかったのか?!
見た時は絶句したぜ その身体中の痕
何度裏切られた? 何度傷付けられた?
何度嘘をつかれた? 何度屈辱を受けた?
人間扱いされなかった事は? 大切なものを奪われた事は?
いわれなく疑われた事は? 笑われながら踏みにじられた事は?
現実を凝視しろ おまえは矛盾だらけだ
綺麗事と痩せ我慢の生き方が おまえの心を蝕んでいるんじゃないか?
ナイブズ
「トライガン・マキシマム」
作戦計画を立てることは誰にもできる、しかし戦争をすることのできる者は少ない
高い志にもかかわらず、自分でも嫌っている殺戮と惨禍をひき起こすのは、いつでもこういう純粋な信念の人、宗教的で夢中になる人、世界を変革し改善しようとする人であろう。
「ジョゼフ・フーシェ」
天佑をおのれの経験としたのだ
曹操孟徳
「蒼天航路」
君、説得の本質って知ってる?
説得とは相手を黙らせることでもなければ、服従させることでもない。ましてや、どっちが善であるかを決める綱引きでもない。いやまったく、勝ち負けというものから一番遠くにあるのが説得なのさ!両方が勝たなくちゃいけない。理屈だけでは足りないんだ。理屈はとても美しくて、まっすぐに働くけれど、僕たちは全員がまっすぐに出来ているわけじゃない。かといって感情に訴えれば、やり過ぎる危険がある。理屈は階段だけど、感情はスイッチみたいなものだ。ものすごく好きな相手なのに、ほんの小さなきっかけで大嫌いになることが、よくあるだろう?
僕らは真ん中を行かなくちゃならない
場合に応じて、どちらをつかってもいい。ただ、片方だけに寄りすぎちゃいけない
つまり、相手次第ってこと。
ジョシュア・ゲイルズバーグ
「蓬莱学園の革命」
客というものは、親切を示してくれた主人のことはいつまでも忘れずに思い出すものだからな。
「いかなる強制力もなしに人を個人として動かすもの。僕はそれを信義と呼ぶ。義務や名誉などという御題目に頼るなど、けして許せるものではない。人は、いまここにあるが故に、そうするだけなのだ」
「たとえ何度おなじ過ちを繰り返しても------」
「過ちが罪となりうるのは、それを犯している意味に気づかない場合だけなのだ」
新城は断定した。
「人は過誤からけして逃れられない。過てば義務の不履行を糾弾され、名誉にもとると非難される。しかし信義は汚れない。他のなにものからも傷つけられない場所にただある。だからこそ明日なにをなすべきかがわかる。同じことを二度繰り返して悪いという法はない」
「それが必要だと信じる限り」
「皇国の守護者」
志が簡潔ではっきりしていれば、その人物に寄り集まる人々が彼とともに、志の実現に力を尽くす。一介の個人の心を動かすことが、天を動かすのである。
らしく・・・・・・というのはいい言葉だよ。誰でもその人らしく振舞えばいいのさ
だれも他人に------ほんとにおかしいことだが------迷う権利を許さない。
「温順なクセーニエン」第一集から
恋はほどほどにするものだ。そのような恋こそ長続きする。
ある人間をにくむとすると、そのときわたしたちは、自分自身のなかに巣食っている何かを、その人間の像のなかでにくんでいるわけだ。自分自身の中にないものなんか、わたしたちを興奮させはしないもの。
人を不安にするものは、事柄そのものではなく、むしろそれに関する人の考えである。
過去にしがみついて前進するのは、鉄球のついた鎖をひきずって歩くようなものだ。囚人とは罪を犯したものではなくて、自分の罪にこだわり、それを何度も繰り返し生きている人間のことだ。
およそ共感というものは、理解によって限定されるものである。われわれは、われわれの理解できる限度で、他人に共感を持つことができるのである。
「心」