抜き書き言葉集

あらゆる書物や映画その他から、自分の心に残った言葉を集めてみました。

 

或る才能をもつということだけでは十分でない。これに対して諸君のお許しをも得なければならないが、――どうだろう? 諸君は?

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ


 

横浜の病院に勤める胸部外科のお医者さんはつぎのように言う。

「わたしは、根気のよさが名医の条件だと思いますね。一般には、手ぎわがよくて、見栄えのする手術をするお医者さんが名外科医とされがちですが、実際にはどうもそうではないですね。たとえば、胸壁に癒着した胸膜をはがすこと一つにしても、多少の出血は仕方ないとばかりに、バッサリ切って手術時間の短さを誇るお医者さんより、多少時間はかかっても、一つひとつ根気よく癒着をはがし、出血量を必要最小限に抑えようと努力するお医者さんの方が、見栄えは悪いけど名医だと言えるんじゃないかな。

 それともう一つ、これは外科内科関係ないけど、俺は優秀だと顔に書いてある医者は例外なくダメですね。よくお医者さんの顔を観察してごらんなさい、ちゃんと書いてありますから。

 彼らは、どんな病気でも治せると錯覚してしまうから怖い。医者は治せないことのほうがはるかに多いことを自覚しなければだめです。しょせん、医者の技術、知識なんて、総合的にみれば、だいたいみんな同じようなものです」

 

 

「医者が尊敬されなくなった理由(わけ)」

永井明

 


つぎは、広島で皮膚科医院を開業しているお医者さんの意見である。

「名医というのは、患者さんをすぐに手放せるお医者さんですね。自分の医療技術では、客観的にみて、とても手におえないはずの患者さんをかかえこんで、自分で診ようとするお医者さんがいますね。ご本人は何とかなるのでは、と思っているのでしょうが、このようなときには、やはり専門医に紹介すべきです。

 また、若干ニュアンスは違うのですが、医院を開業しますと、どうしても患者さんは飯の種という意識になりますから、自分の診療所の治療では限度があることを知りつつ、ずるずると……。これらはやはり問題ですね。自戒もかねて、そう思います。

 自分の力量をちゃんと把握できていること、うぬぼれないこと、そして、目先の治療費に心を動かされないこと、これらが患者さんにとって一番いい、すなわち、名医の条件ということになるのでしょうか」

 

 

「医者が尊敬されなくなった理由(わけ)」

永井明


 

同じ広島で、外科病院の院長をしているお医者さんは、実際に話を聞くことはできなかったが、つぎのようなメモを送ってくれた。

一、    医者という仕事そのものが好きな人。

二、    医者以外の職種の友人が多いこと――とかく医者は同業者だけで固まりやすく視野が狭い。

三、    医者でない時間をしっかり持てる人――ストレスを四六時中感じていたら、くたびれはててしまい、いざというとき充分な治療ができない。

四、    借金がそれほどプレッシャーにならない人――開業医は多かれ少なかれ借金をしており、その返済に四苦八苦しているのが現状だ。どうせ借金が宿命なら「こんなもんだ」と開き直れるほうがいい。

五、    医者をやめて生活できると思える人――ほとんどの医者は、自分はこの仕事を一生つづけなければならないと思い込んでいる。いざとなれば、やめたっていいんだと思う心の余裕が必要。

 このコメントは、いわゆる名医の条件というより、このお医者さん自身がいま置かれている立場に対するいらだち、つまり、一から五まで、自分がそうしたくてもできない状態を書き記したと考えるべきだろう。今、お医者さん、とくに開業医がどんなことを感じているのかがわかって興味深い。

 

「医者が尊敬されなくなった理由(わけ)」

永井明


                                                                                                                                                    

元お医者さんという立場から、少し補充するなら、「医者センス」というものがあるのではないかと、ぼくは考えている。センスなんて、使いようによってはひじょうに危ない言葉なのだが、どうにもセンスとでも言っておくしかないので、とりあえずそう言い放っておく。

ほとんどのお医者さんは、それこそふつうのセンスなのだが、なかには一生懸命勉強し、患者さんにも誠実に尽くす、にもかかわらず、診療(患者さんとの対応も含めて)のツボをはずす――病気を悪くしてしまう。患者さんとトラブルをおこしてしまう。そんなお医者さんがときどきいる。ほんとうに気の毒なくらいだ。ただ彼自身、そのことに気づかないから、まだ救われるところはあるのだが……(患者さんは救われないか)。

また逆に、さっぱり勉強をしない、患者さんに対しても、なんだかちゃらんぽらんに見える。しかし、それでいて診療のポイントはけっしてはずさない、動物的なカンとしか言いようのないものをもっているお医者さんがいる。そのお医者さんにかかると、不思議と治る。患者さんとの関係もひじょうにいいのである。

このことをどのように考えればいいのだろうか。おそらく、対象(病気、患者さん)との距離感の取り方のうまい下手だと思うのだが、たしかなところはわからない。もちろん、これがいきなり名医、ヤブ医者ということにはならないだろうが、名医を考えるヒントくらいにはなるかもしれない。

 

「医者が尊敬されなくなった理由(わけ)」

永井明

 


 

 もう一つ、これも漠然とした話で申し訳ないのだが、ぼくはお医者さんと患者の相性の問題が無視できないような気がしている。

たとえば、ある患者さんからは神様のように慕われているお医者さんが、べつの患者さんには、なんとなく無愛想で不親切なお医者さんと思われる。そんなケースがよくある。同じことは、患者さんのほうからも言えるだろう。

センス、距離感だの相性だの、わかったようなわからないような話になってしまったが、まあ、それだけ、普遍的な名医の姿は想像しにくいということである。

 

 

「医者が尊敬されなくなった理由(わけ)」

永井明

 


 

それはさておき、看護婦さんへのインタビューである。最初に、短いコメントのようなかたちでいくつか紹介しよう。

――あなたの考える名医とは?

「決断の早い先生ですね。お医者さんの躊躇が患者さんに伝わってしまうのは、あまり好ましい状態とはいえませんから」

「器用なこと。処置がてきぱきして早いことかな」

「必要のない検査や複雑な治療法を使わずに、よりシンプルな方法で治療しようとするお医者さん」

「すぐに怒鳴ったりしないで、普通に話ができる先生。そして、患者さんや、その家族の人に、ちゃんと納得してもらえる説明のできる先生」

「たとえ治療に失敗しても、その失敗をカバーできる力を持ったお医者さん。だって、誰だって失敗する可能性はあるんですから」

「声の大きな先生。ボソボソしゃべっていると、患者さんはなんだか信頼感を持てないと思うから」

「何といっても顔ね。冗談抜きにハンサムなお医者さんがいい。自分の亭主より数倍素敵に思えたら最高ね。ガンだってなおっちゃうかもしれない」

「若くないほうがいい。見かけも大切。患者さんが信頼を寄せやすいから」

「明るく元気な先生。先生が暗いと、患者さんも暗くなっちゃいます」

「パートナーとして、看護婦の仕事をよく理解してくれるお医者さん」

「注射や点滴の上手なお医者さん。これが上手だと、患者さんは、それだけでも信頼しちゃいますからね」

 

 

「医者が尊敬されなくなった理由(わけ)」

永井明

 


これらの発言から、何が見えてくるのだろう――患者さんに信頼されるお医者さん。ぼくには、彼女らがそう言っているように思える。どうすれば信頼されるのか、その具体的なことについては、いくつかのバリエーションがあるようだ。決断力、説得力、外見の雰囲気……。しかしその中に、いわゆる高度医療技術への要求はない。「器用なこと。注射のうまいこと……」これらは、技術水準というより、むしろ熟練度について言っていると考えたほうが正解だろう。

 つまり、彼女らが考える名医像は、技術的にはまあまあふつうの腕があればよく、あとは信頼感を感じさせるパフォーマンスと、患者さんの心を巧みにとらえる話術、ということになる。

 

「医者が尊敬されなくなった理由(わけ)」

永井明

 


 

もう少しつづけて話を聞いてみよう。

「病院では、禁酒とか禁煙とか、病気を治療するために患者さんに守ってほしい生活指導というのがありますよね。だけど、それがなかなか守れないのが病人であって、人間であることを理解できれば、それで名医だと言えるんじゃないかしら。これは、同じことが看護婦にも言えるんですけどね。

 それと、いざというときに患者さんのそばにいてくれるお医者さん。嘘みたいな話だけれど、逃げ回っているお医者さんがけっこういるんです」

 

 

「医者が尊敬されなくなった理由(わけ)」

永井明

 


 

「医療技術とか、学会とか、そんなことではなくて、何かつまらないことに懸命になれるお医者さんがいいですね。そしてそのために、どこか本筋からずれてしまったお医者さん。まあ、言ってみればおちこぼれ医者ですね。患者さんにもいろんな人がいて、やっぱりおちこぼれとしか言いようのない不良患者がいるんですよ。そんな患者は、おちこぼれ先生しか診れないと思いますよ。

 あまり一般的な名医とは言えないと思うけど、そういうおちこぼれ医者もいてもくれなくては困ります。

 まっとうな、ふつうの患者さんは、どんなお医者さんでも診ることができるんです。よく、雑誌やテレビなどで、有名な大病院のお医者さんが名医として紹介されていますが、当たり前なんですよね。そんな有名病院には、いわゆるまともな患者さんしか行かないんですから」

 

 

 

「医者が尊敬されなくなった理由(わけ)」

永井明

 


「わたしたち放射線技師の仲間うちで名医と言う時、当然のことながらレントゲン検査技術にまつわることが多くなります。たとえば――A先生は飲ンべえでだらしがない。検査中にも酒の臭いをプンプンさせていることがある。しかし、とても他のお医者さんはできない業をやってのける――といった、まるでOK牧場のドク・ホリデーのような話になります。

しかし、これは多分に眉ツバで、わたしは実際に酒臭をただよわせてレントゲン検査をするお医者さんも、また神業のようにすごい技術を持った人にも、残念ながらあったことはありません。もし仮に、そのようなお医者さんがいたとしても、わたしとしては正直言って、そういう人とお付き合いしたくありません。

レントゲン検査など、誰がやったって、うまくいくこともあれば、失敗することもあるんじゃないでしょうか。検査技術など、ふつうでいいんです。そして、ごくふつうの神経を持ったお医者さんがいいと、個人的にはそう思いますね。

わたしなんかが、お医者さんについて考えるとき、どうしても一緒に働くというところから見てしまいますから、世間で言うところのいわゆる名医のイメージからは、どうしても遠ざかってしまいます。

わたし自身、病院勤務にあまり使命感を持っているほうではないので、お医者さんが何か目新しい検査をするとか、さっきも言いましたように検査技術が卓抜であるとか、そんなことは、まあ、どうだっていいんです。検査の予定時間にきちんと検査室に来て、事故なくこなし、予定通りに終わってくれるのが一番ありがたい。時間に遅れて来られるのがもっとも困ります。遅れて来て、なおかつ検査のときに威張りちらしていようものなら、それこそ蹴飛ばしたくなります。さすがに、そういったお医者さんは少ないんですが。

それでも、遅れてすみませんと一応は言うのですが、その口ですぐに――いや、まいった病棟の患者が急変して、と付け加える。そして、つぎもきっと遅れて来る。そういうお医者さんはけっこう多いですね。

本当はムッとしているのですが、そんなこと口に出して言えませんから――いえ何、いいんですよ、そう、患者さんのためですもの、なんてね。つい、心にもないセリフを言ってしまうのです。そう、わたしも立場弱いんですよ。それにしても、病院というところでは、患者さんのためという言葉が葵のご紋ですね。その言葉には誰も逆らえない。なんか、変ですね。

腹立ちまぎれにもう一言。

わたしたちが名医だと思うお医者さんは少ないけれど、俺は名医だと思っている人はけっこう多いですよ。だから、わたしらなんかより、名医の看板ぶらさげてるお医者さんに、 その条件とやらを聞いたほうがいいんじゃないですか。きっと、たわいもないことにこだわっているんでしょうけどね」

 

 

「医者が尊敬されなくなった理由(わけ)」

永井明


どうだって? 偉人だと? 私が見るのは常にただ自分自身の理想を演じる俳優ばかりだ。

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ


愛想のよさのうちには、人間憎悪は微塵もない。しかし、それだからこそ人間侮蔑が有り余るほどである。

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ


自分の不道徳を恥じること、――これは、終極において自分の道徳性をも恥じるようになる階段の一段である。

 

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ


労(いたわ)るような仕方で――殺す手を見たこともないような者は、人生を素朴に眺めて来た者だ。

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ


よい評判を得ようとして――自分自らを犠牲に――しなかった者がかつてあったろうか。――

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ

 


道徳的現象などというものは全く存在しない。むしろ、ただ現象の道徳的解釈のみが存在する――――

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ


 

 

今日では、認識者はとかく自分を獣化した神と感じたがる。

 

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ


 

 

 侵害・暴力・搾取を互いに抑制し、自己の意志と他人の意志を同列に置く、――このことは、もしそのための諸条件が与えられているならば(すなわち、彼らの力量や価値規準が実際に相似しており、しかも彼らが同一の団体の内部に共に属しているならば)、或る大雑把な意味では個々人の間の良俗となりうる。しかしこの原理を更に広く取って、できうべくんば社会の根本原理としようとするや否や、それは直ちに生の否定への意志であり、解体と頽廃の原理であるというその正体を露わにするであろう。ここでは、その理由を徹底的に考えて、すべての感情的な弱々しさを斥けなければならない。生そのものは本質上、他者や弱者をわがものにすることであり、侵害することであり、圧服することであり、少なくとも、最も穏やかに見ても搾取である。

 

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ


 

――しかし何のために昔から誹謗の意図を刻印されているまさにこうした言葉を常に用いなければならないというのであろうか。先に仮定したように、その内部で個々人が平等に振る舞っている――これはあらゆる貴族制において行なわれていることであるが、――ような団体にしても、それが生きている団体であって、死にかけている団体ではない場合には、他の団体に対しては、自己の団体のうちで個々人が相互に差し控えているようなすべてのことを自ら行なわざるをえない。それは力への意志の化身でなければならないであろう。それは生長して周囲を摑み、自己に引きつけ、優勢を占めようと欲するであろう。――それも何らかの道徳性や不徳性からではなく、むしろそれが生きているからであり、また生はまさに力への意志であるからである。

 

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ


 

しかるに、ヨーロッパ人の一般意識は、いかなる点においてよりもこの点において教えられることを嫌うのだ。いましも到るところで、科学的な仮面をすらつけて、「搾取的生活」がなくなるはずの社会の来るべき状態について熱狂的に云々されている。――これは私の耳には、有機的な諸機能を停止した生といったものの発明を約束することのように聞こえる。「搾取」とは頽廃した社会や不完全で原始的な社会に属するものではない。それは有機的な根本機能として、生あるものの本質に属する。それは生の意志そのものにほかならぬ本来の力への意志の一つの帰結である。――これが理論として革新的なものであるとしても、――現実としてはそれはすべての社会の根本事実なのだ。せめてこれを認めるほどに自己に対して正直であってもらいたいものだ!――

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ

 


 

「認識それ自身のための認識」――これは道徳が仕掛ける窮極の陥穽である。これによって人々はもう一度、全く道徳に巻き込まれる。

 

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ


 

「それは私がしたことだ」と私の記憶は言う。「それを私がしたはずがない」――と私の矜持は言い、しかも頑として譲らない。結局――記憶が譲歩する。

 

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ

 


  

 人々は自分の主義・原則によって自分の習慣を暴圧するか、是認するか、尊重するか、誹謗するか、隠蔽しようとする。――それ故に、同じ主義・原則を持つ二人の人間でも恐らく根本的に異なるものを欲することがありえよう。

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ


  

縛られた心胸自由な精神。――心胸を堅く縛って囚えておけば、その精神に多くの自由を与えることができる。私はこのことをすでにかつて言った。しかし、人々はこれを信じないが、それはきっと知らないでいるからであろう。――

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ


 

 

男の成熟、――それは子供の頃に遊戯の際に示したあの真剣さを再び見いだしたことを言う。 

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ

 


 

悪意のように見える不遜な善意もある。

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ

 


 

口では嘘を言うが、しかもその際の口吻でやはり真実を洩らす。

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ


 

諸君、功利主義者たちよ、諸君がすべての《功利》を愛するというのも、ただ諸君の嗜好を運ぶ車両としてだけだ。――諸君も本当はその車両の騒音に我慢ができないのではないのか。

 

 

「善悪の彼岸」

ニーチェ


 

明日へ続く坂道の途中で すれ違う大人たちはつぶやくのさ
「愛とか夢とか理想も解るけど 目の前の現実はそんなに甘くない」って

つまずきながらも転がりながらも カサブタだらけの情熱を忘れたくない

大人になれない僕らの強がりをひとつ聞いてくれ
逃げも隠れもしないから笑いたい奴だけ笑え
せめて頼りない僕らの自由の芽を摘み取らないで
水をあげるその役目を果たせばいいんだろう?

何度も繰り返した失敗とか 大きく食い違った考えとか
僕らの基準はとても不確かで 昨日より何となく歩幅が広くなった

背伸びをしながら打ちのめされながら カサブタをちょっとはがすけど答えは出ない

大人になりたい僕らのわがままをひとつ聞いてくれ
寝ても覚めても縛られる時間を少しだけ止めて
せめてふがいない僕らの自由の実を切り取らないで
赤く熟すその時まで悩めばいいんだろう?

大人になれない僕らの強がりをひとつ聞いてくれ
逃げも隠れもしないから笑いたい奴だけ笑え
せめて頼りない僕らの自由の芽を摘み取らないで
水をあげるその役目を果たせばいいんだろう?。

 

 

アニメ『金色のガッシュベル』主題歌

「カサブタ」歌詞

千錦ヒデノリ  

 



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