瞳の奥に
39998キリリクSS






「おー、騎士様。こんな時間まで熱心だねえ」

「…ラガルト殿?」

無心に鍛錬をしていたイサドラは、不意にかかった声に顔を上げた。
辺りを見回すと、数歩先にいるラガルトの顔が見えるか見えないか、と言ったくらいに
暗くなっている。
イサドラが鍛錬を始めたのはまだ日が差していた時間だ。
思いもかけず集中していたらしい。

「あんたは十分強いじゃないか。どこかの従騎士のように鍛錬ばかりせんでも
 いいんじゃないのかい?」

「いえ!私はまだ未熟者です!・・・貴方にすら不覚を取ってしまうのですから」

「・・・ふうん。まだあれを気にしているのか」

ラガルトは鼻で笑う。
小馬鹿にしたような態度にイサドラはかっとなった。

「あっ・・・当たり前じゃないですか!いくら貴方が使い手だからと言って・・・簡単に
 封じられてしまって・・・悔しくないほうがどうかしてるわ!」

「それはそうと・・・あんたはどうして騎士になったんだ?」

誤魔化すかのように、ふと尋ねられた言葉にイサドラは押し黙った。
聞かれたくない・・・話したくない。
でも。
正反対の思いが交錯する。

「・・・別に、ちょっと聞いてみただけだから、無理に話せとは言わないさ」

「・・・私の婚約者は・・・騎士だったわ」

自らも気づかない間に、イサドラはそう言葉を発していた。
ぽつりと呟かれたそれにラガルトはかすかに目を見張った。
少々肌寒く感じられる風が、二人の間を通り抜ける。
言葉とともに伏された瞳を、イサドラは上げる事ができない。

「恋人を追いかけて騎士になったのかい?それは熱烈な・・・」

「そんなんじゃないです。私は唯・・・あの人の目線で世界を見てみたかっただけ」

「ほう」

「あの人と並び、あの人と同じところで、あの人が目指す未来を見てみたかった・・・
 私にとって、騎士になった理由はそんなものだった」

話が長くなると思ったのだろう。
ラガルトはイサドラを促しその辺の倒木に座らせた。
心の中に渦巻いていたこと、言葉になど出したことすらない想いが、自らの唇から
零れ落ちるのを、イサドラはどこか他人事のように感じていた。

「『騎士である、あり続ける』ことがどれだけつらく厳しいものなのか、その時の私には
 分かっていなかった。でも、あの人と同じ位置にいるんだと思ったら、全然平気だった」

「おい、さっき・・・その婚約者を、『騎士だった』と言ったな・・・今そいつは」

「エルバート様と一緒に・・・行方不明になったんです」

ラガルトの顔色が変わる。
確かフェレの領主エルバートは・・・。

「もしかして」

「エルバート様が亡くなられたから、おそらくあの人も生きてはいないでしょう」

対してイサドラの表情は色を失っていた。

「エレノア様は仰ったわ。『貴女はもう十分に働いてくれたわ。もう、楽になっていいのよ』」

「・・・・・・」

「でも!・・・それでも私はっ・・・」

何かを振り切るように顔を上げたイサドラは、次の言葉を発することができなかった。
気がついたら、ラガルトの腕に収まっていたのだ。
抱きしめられていることに気づいたのは、驚くほどに近くラガルトの声を感じてだった。

「イサドラ・・・騎士を辞める気持ちはないのか?」

名前を呼ばれ、俯いたまま目を見張るイサドラ。
一度だって、自分の名前を呼んだことなどない男が、何故・・・?

「今も尚、死者に義理立てする必要は無いんじゃないか?
 戻らない過去に心を縛られ・・・思い出に縋って生きることほど詰らない生き方は無い。
 未来を見据えて生きるのならば・・・騎士を辞めるべきだ」

「ラガルト・・・どの?」

いつに無く真剣な声色。
聞いたことも無い断定的な口調。
細身に見えたラガルトの体は、意外なほどにがっしりとしている。
自らの想像の範疇に無かった状況に、イサドラはただただ戸惑う。
思考回路が巧く回らない頭で、顔を上げると、酷く哀しげな、痛々しい瞳がそこにあった。

何をーーー見ているの?

読み取れるのは、哀しみ、後悔、・・・そして憐憫。

ーーー何故?

どれくらい、そうして見詰め合っていたのだろう。
時間にしたら10秒にも満たないかもしれないが、イサドラにはそれが永遠ほどにも
感じられた。

ふと、ラガルトの瞳の奥の感情の色が変わった。
ーーー見慣れた、軽口をたたくときの色に。

「何なら・・・俺が手伝ってやろうか?」

「ふっ・・・ふざけないでください!」

ラガルトの一言に戸惑いが怒りに変わる。
イサドラは反射的にラガルトを突き放していた。

「あなたには分からない!私が、何も考えなしに今此処に居るとでも思ってるのですか!」

「過去に縋って、自暴自棄になってる様にしか見えなかったがな」

「違う!今私が此処に居るのは・・・私なりのけじめです!」

「ほう」

「エリウッド様はあの人の遺体は見ていない・・・あの人が死んだと言う話も聞いていないと
 仰った。私は、どんな形でも良いから、私自身で真相を確かめたいと・・・」

「何も分からなかったなら、どうする気だ?」

「それでも、騎士を辞める気など無いです。確かに切っ掛けはあの人だったけれども、
 今は私の中に『騎士であること』の理由があるから」

「理由?」

「それは秘密です」

話しているうちに少しずつ落ち着いてきたのだろう。イサドラは静かに微笑んだ。

「でも、ラガルト殿はどうして先ほどあのようなことを・・・何か、らしくないですよ」

「・・・いい女が憂えている姿を見て、ほっとける奴など居ると思うかい?」

「しかし、それにしては何か違和感が・・・」

「おや、そこまで気にしてくれるとはね。俺も実は脈ありか?」

普段の飄々とした軽口を耳にし、再びイサドラに怒りに似た気持ちがこみ上げる。

「変な言いがかりつけないでください!」

言い捨て、イサドラは踵を返した。
結局、ラガルトは何を言いたかったのかまったく分からない。
歩きながらだんだん冷えていく頭で、考える。
全てに達観したような振る舞いを見せる彼が、自分に見せた初めての熱さ。

あれは、誰を見ていたのだろうか。

気になり、先ほどまでラガルトと共に居た方を振り返る。
自らが歩いてきた道はすっかり夜闇に閉ざされていた。
何となく、その風景が、ラガルトの心を表している様で。

『戻らない過去に心を縛られ・・・思い出に縋って生きることほど詰らない生き方は無い』

その言葉を、彼は自分にではなく、彼自身に言っていたのではないのだろうか?

確証はない。
ふとよぎった考えに過ぎないけれど。
もしかしたらいつか、話してくれるかもしれない。

「・・・行かなければ」

暫し夜闇を見つめていたイサドラは、そう独りごち、野営の灯火に向かって足を進めた。



(終)




■COUNT REQEST  ■home  ■and OTHER



*一言言い訳*
 久しぶりにリクエストを受け付けては見たものの、ラガイサにはなりませんでした・・・。
 書きたかったのは、過去を見ているようで実は未来を見据えているイサドラと、
 全てを割り切って未来を見ているようで実は過去に固執しているラガルトでした。
 大人!の二人なので、実験的に書いてみた感が強く出てしまっているような、
 そんな気がします。リクエストいただかなかったらきっと挑戦しなかった二人でした。
 そのような挑戦の機会を与えてくださったキシルさんに心からの感謝を。
 未熟ですが、捧げさせて頂きます。ありがとうございました!