長い長い夜を越えて
〜前編〜
16666hitキリリクSS
| ずっと怖かっただけなのかもしれない。 自らの罪を。 血にまみれた過去を。 ーーー知られてしまう事が。 その一方で、望んでいたのかもしれない。 私の事を、知って欲しいと。 ………彼女にだけは。 エレブ大陸を動乱の渦に巻き込んだ戦は終結を迎え、私たちは再び2人になった。 リキア同盟軍に従軍する前に。戻った。 だが、以前と変化した事もある。 ドロシーだ。 彼女が私を見る真っ直ぐな瞳の中に、違う色が入りだしたのはごく最近の事。 知らない振りをして、微笑みかけると、朱が刺したように赤くなる顔。 ずっと待っていた、その反応。 『神父さま』 呼ばれるその声に微かに甘みを感じては。 私は幸せな気分になっていたのだ。 押さえてきた過去の扉。 それを叩くその音を聞くまでは。 「神父さま…ってどうして神父さまになったんですか?」 突然の彼女の問いかけ。 神父になったきっかけ…それは私にとって、真っ直ぐに過去を示すものであった。 いつもは封じている、過去への扉の鍵を握る、その言葉。 封じているからこそ、易易と、その封印を解くことなど、できなかった。 だから。私は視線を彷徨わせた。 「遺言…ですよ」 「遺、言…?」 「ええ、私の母は10歳のとき亡くなりました。死の間際に、私にこう告げたのです。 『全てを愛する心を、忘れないで』と」 別の人間に、同じ事を聞かれた事は何度もある。 そのたびに、語った過去を、再び語る。 偽りだが、真実以上に何度も話したその内容は、私の口から淀みなく滑り出た。 …何時まで偽り続けるつもりなのか。 自らの言葉に思わず嘲笑したくなる。 「ですから、母との約束を果たす為、私は神父という立場に身をおいたのですよ」 「ほんとう、ですか?」 しばしの沈黙の後、ドロシーは疑うように私を見つめた。 「ええ、勿論…年上の女性に聞かれた時には何時もこのように応えていますよ」 どこか白々しく聞こえる自らの冗談。 普段であれば、ドロシーがそれに嘆息し、『もう良いです』といって話は終わる。 だが、今回はそうではなかった。 「茶化さないでください」 咎めるように私を見るドロシー。いつの間にか彼女の顔が近づいていた。 「嘘、つかないで。ごまかさないでください」 「ドロ、シー?」 「あたしは…あなたの事が知りたいんです」 それが、封印を解く鍵。 私の中の隠れた思いが、ゆっくりと目を覚ます。 過去の自分を、知って欲しいという、その気持ちが少しずつ、あふれ出す。 かたり。 こころのなかで、鍵が…解かれた。 「ドロシー」 私はできうる限り優しい声音で、ドロシーに語りかけた。 「これから私が話すことは、あなたにとっても面白い話ではありません。それ以上に、 私を憎む事になるかもしれない。…それでも、聞きますか?」 「…はい。それが、あたしの知りたい事ですから」 ドロシーの瞳が強く光る。 そう。それこそが。 私が求めた真っ直ぐな光、純粋な心。 それゆえ、彼女がこれから受ける衝撃は、きっと大きなものだろう。 …耐え切れなくて、私の前から去ってしまうかもしれないな…。 一抹の、予言めいた不安に一瞬こころが凍りつく感覚を覚える。 「…解りました。少し、長くなりますよ」 私は、夜営の為に起した火を突付きながら、自身のこころを奮い立たせるかのように ひとつ、息を吸った。 「神父になった理由を話すには…少し、私の生い立ちを話す必要がありますね」 ドロシーは黙ってうなづいた。 「私の父は、エトルリアのとある地方の領主でした。母もまた、下級貴族に名を連ねる出自です。 が、母には別に想う相手がいて、父と母が出会ったときには、既に子供がいました。 …私の兄です。簡単に言えば、母に一目ぼれした父が、強引に母を妻にしたという訳ですね。 その結果…生まれたのが私というわけです」 「お母様…かわいそう…」 顔を曇らせ、眉をひそめるドロシーに私は苦笑した。 「まあ、そういった経緯がなければ私は生まれてもいませんし。…さて、続きを、話しましょうか」 覚えている限り、最初の記憶。 『どうして…こんな子に…あの男の子供などに…神の…奇跡が…』 抱きしめられるのが当然だと、母の許に歩いていった私が彼女から、最初に聞いた声。 絶望と、嘆き。 そして深い憎しみに満ちた瞳。 それが、記憶の中で最初に見た、母の姿だった。 「私は、生まれながらにして、奇跡を使う事が出来たみたいです。気がついたら、杖の力を 借りずして、癒しを使う事が出来ていたのです。まるで、息をすると同じくらいに自然に」 『あの力は、奇跡などではないわ…。呪いよ。あの子を生んだ私にはわかる。あれは… 忌子…。あの子供を…外に出さないで…!!!』 『おかあ…さま?』 訳もわからず顔を上げた私に浴びせられるのは、呪詛のような言葉だけ。 『近寄らないで!お前など私の子供ではないわ!!私の子供はあの子だけよ…!!!』 「父は、素直に奇跡と取ったみたいなのですが、母は違いました。呪われし子供だと、 そうとったのです。それゆえ、私は一つの部屋に半ば監禁状態で育ったのです」 何度目か、痛みに導かれて、目を覚ます。 薄暗い部屋に浮かぶ、長身の影。 『………』 何も言われず振り下ろされる鞭。 うつぶせに寝かされている故、背中に熱い痛みが走る。…だが。 声を上げる事など、無駄な抵抗だということは、もう解りきっていた。 助けを求める行動など、滑稽なだけだ。 『母さん…もう止めてあげてよ』 もう一つの声が聞こえる。 『………』 それを無視し、鞭は再び軽い音を立てた。 痛みとともに冷たい感触。 それもまた、いつもの事で。 痛みをこらえ顔を上げると、薄暗いながらもはっきりと見える、母の目に浮かぶ涙。 何かとせめぎあっているような、そんな涙だった。 「ーーー悲惨でした。 母は兄を溺愛する一方で、私の事は毎日のように鞭で叩いていました、時には水攻めも。 その影響から父は私には冷たかった。…ただ、兄は…止めようとしてくれてはいたようですが」 ドロシーの瞳にうっすらと涙が浮かぶ。 まだ続きがあるのだからと、私はドロシーに苦笑してみせ、再び話を続けた。 「そんな中、私が10歳のときに母が、死にました。 流行病とも、毒殺だとも言われていますが、今となっては真偽は不明です」 ただ、兄に連れられて母を治療しようとした、私に向けた母の最後の言葉は… 『お前など、居なければ私はもっと…幸せだったのに』」 服が汗でまとわりつくほどに嫌に暑い午後。 私は珍しく母の自室に通されていた。 兄に、手を引かれて。 『サウル…お願いだ。母さんを…助けて…お前の力で』 懇願するかのように訴えかける瞳。 私は、ゆるゆると手を伸ばし、癒しの力を使おうと、母に手をかざした。 そのとき。 『そんなもの…要らない。どうしてお前がここにいるの!!早く居なくなりなさいよ!!』 絶対安静として、手を動かすことすら難しいとされていた母が起き上がった。 ものすごい形相で私を睨む。 『でも母さん!!本当に死んじゃうよ!サウルに助けてもらってよ』 『あなたは黙っていなさい!』 兄の制止すら振り切って、母は私を見つめた。 それは、見た事もない悲しみに満ちた表情で。 ゆっくりと。言葉を紡いだ。 『お前など、居なければ私はもっと…幸せだったのに』 こころが、凍りついた。 言うと同時に、母は倒れた。 兄の声が遠く聞こえる。 促されるままに、気を失った母に、癒しを行使しようとした私の手は…光る事はなかった。 「私は、母を癒しの力で救う事が出来なかった。何故だかわかりませんが、母の言葉を聞いた 直後、癒しの光が使えなくなってしまったのです」 火に視線を向けたままのドロシーは、ただ、唇をかみ締めていた。 涙は、あふれて零れ落ちている。それすら気づいていないようだった。 私は、ひとつ、ため息をついた。 「もう、止めておきましょうか」 「いい…え、お願い。続けてください」 「葬儀のあとはもっと悲惨でした。錯乱した父が私を殺そうとしたのです。 『お前が奇跡を使わないからあの女が死んだ。お前も死んで詫びて来い』 とね。私から言わせれば、そもそもの元凶は父じゃないか!そう叫びたくもなりましたが」 月光に輝く銀の光がまぶしく目を射抜いた。 私はただ呆然とそれをみていることしかできなかった。 『お前があの女を殺したんだ。お前も…死んで詫びて来い』 恍惚とした表情で、父は私を見遣った。 手には短剣。 …もう、いいや。疲れた。 私はどちらにしても抵抗などできなかったのだから。 ーーー死んでしまおう。 ゆらり、近づく父の影。 『止めてください、父上』 と、乱暴な扉の音と共に部屋に響く兄の声。 『お前に、止める資格などないだろう。これは、お前にとっては異父兄弟なのだから』 『でも、もう、嫌なんだ!もう、僕もサウルも…こんな苦しいのは…嫌なんです!!』 『五月蠅い!そこを退け!!』 蹲って握り締めていた手にに、冷たい感触がはしる。 勢いよく顔を上げると、そこには私を庇う様にして血に、まみれた、兄が居た。 『兄上!!』 『サウル…ごめん』 兄の口から出た言葉は、それが最期だった。 父は何度も兄を刺していた。恨み言を呟きながら。 『もともとこいつは忌まわしい男の息子だ…』などと。 私は、こっそりと、立ち上がった。 貴族の嗜みとして、一応持たされていた、短剣を握る。 ゆっくり、兄を刺し続ける父の背後へと、回り込む。 渾身の力で、刃を振りかぶったーーー。 「でも、兄は私を救おうと、命をかけて私を庇いました。その結果兄は殺されます。 逆上してしまった私は…父を、この手で殺しました」 ドロシーが息を呑む。 殺すという言葉に、反応してしまったのだろう。 「家族全てが、私を元凶として、死んでしまった。そんな私に、生きている意味など、 見つかりませんでした。奇跡の力すら、役に立たないんです。本当に助けたい人を 救う事が出来ないのですから」 ぱちり、 火が大きく爆ぜた。 「全てに絶望した私は、川に身を投げました。もう、疲れたと。流されているのを、 ヨーデルさまに発見されまして。何とか一命を取り留めたというわけです。 その後、何故か私の手に、奇跡の力は戻っていました。癒しは、何事もなかった かのように、行使する事が出来たのです。私がいま、神父という職にあるのは、 贖罪という自己満足と、言霊を以って人を救っているという自己欺瞞の為に過ぎません」 「神父さま…」 「いいえドロシー。私はそんな敬称で呼ばれるにも相応しくない。ただの殺人者なのですよ」 「神父さま…それは違う…!!」 涙に濡れた瞳が射るように私を見つめた。 「違いません。これは事実なのですから。こんな私に、着いていたいと思いますかドロシー?」 「……い…いや……」 いやいやと首を振り続けるドロシー。 「しん、ぷさま。…あたし……あたし…!!」 ドロシーは突如立ち上がった。 荷物を乱暴につかみ、逃げるようにして、火の元を走り去った。 「やれやれ…」 私は、立ち上がろうとしたが、腰を浮かせたまま躊躇する。 しばし逡巡したが、その場に座りなおした。 …予想はしていたとはいえ。やはり堪えますね。 この、血の気が引いていくような感覚。 それは、最期の瞬間、母に『お前など居なければ』と言われた時に感じたものと、 奇妙なほどに一致していたーーーーーー。 |