長い長い夜を越えて
〜後編〜
16666hitキリリクSS
| 音を立て、目の前の火が消えた。 どのくらい、我を忘れていたのだろうか。 音に導かれるように、私は伏せていた顔を上げた。 話し始めたころの空は、ぬばたまの闇に覆われていたが、今は、微かに明るい。 もう一時ほどで、日が昇るのだろう。 無意識に息をつく。 ため息など、つきたくはないのだが…。 意識しなくても出てしまうそれを情けなく思いながら、私は立ち上がった。 法衣の裾についた泥を手で払いのける。 一応の火の始末をする。 自らの荷物を手に持って、私は足を踏み出した。 彼女が去っていったその方角へと。 それは、ドロシーに自らを釈明したいわけではなく。 さりとて、哀れみを請いに行くわけでもなかった。 ドロシーとの、決別の為だ。 たとえ彼女が、私の顔を見たくなかったとしても、私はちゃんと別れを告げたかった。 それすらも、私のエゴかもしれないが。 彼女がどこに走っていったのか、知っているわけではない。 ただ、ドロシーの気性から、どこか入り組んだところに入る事はないという確信があった。 そして、それは的中した。 真っ直ぐに進んで行った先。 ひときわ大きな大樹に寄りかかって。 ドロシーは座り込んでいた。 駆け寄りたいような。 …逃げ出したいような。 そんな奇妙な感覚に陥りながら、私は普段と同じ足取りでドロシーの前に立った。 規則正しい寝息が聞こえる。 恐らく、泣き疲れ、眠ってしまったのであろう。 ドロシーの目の周りは、赤く腫れ上がっていた。 腕には先程まではなかった傷跡。 ここに来る前に怪我をしたらしい。 かがみこんだ私は、自然に手を伸ばし、指で眦に触れる。 「ドロシー…」 無意識に、名前を呼んだ。 それに反応してか、ドロシーの睫が震える。 ゆっくり、目が開かれる。 「しんぷ、さま」 驚いたようにさらに目を見開くドロシー。 「どうしてここに…」 「追い駆けてきました。あなたを」 「でも、どうして…」 「どうしても、言いたい事があったのです」 私は、立ち上がった。 自らを奮い立たせるようにして。 ーーー次の言葉を言う事を、ここに来るまで何よりも恐れていた自分を。 決別。 この瞬間が来る事を、ずっと確信しながらも。 それが来ない事をずっと望んでいた。 でも。 「お別れです。ドロシー」 言わなければ。 「!!」 「あなたは私の側に居るべきではありません」 「…そんな!!」 自らで告げる一言一言が、自身をえぐるような痛みを伴って私の心に刺さる。 彼女を失いたくないと願うこころが、痛みに疼いた。 「あなたの良さは、その純粋さ、その心の清らかさにあるのです。…本当の姿を偽った 私とならともかく、殺人者としての私を知ってしまったあなたは、私と居るべきではない」 「違う…そうじゃない!!」 首を振り、何かを否定する様子のドロシーに構わず私は続けた。 一気に…終わらせてしまいたい。 私という人間を…必要としないドロシーの顔は、もうみたくなかった。 「違いませんよ。その証拠に、あなたは私を拒んだ。…でもそれを咎める気はありません。 私もある意味それを望んでいたのですから」 「…違う…」 「真っ白いあなたを、汚したくなかったのです。自分などで」 私は手に持っていた杖をドロシーの腕にかざした。 この傷を癒したら、彼女と別れよう。 そんな想いを抱きながら。 「では。さよならです。ドロシー」 言葉と共に、杖に魔力を送る。 が、治癒の杖は、光を灯さなかった。 おや?また…スランプですかねえ。 魔力を行使できないという場面であるのだが思わず場違いな事を私は思った。 「すみませんドロシー。何でだか解りませんが、杖、使えなくなってしまったようで…」 とりあえず、その場を取り繕うと、話そうとした私を、思いがけない程大きな声で、 ドロシーが遮った。 「神父さま!!」 「なんです大きな声を…」 「神父さま…何もわかってないです。あたしのこと、勝手に決めないでください!!」 「はい?」 「あたし…あたし…恥ずかしかったんです。だから…」 「何の事だかわかりませんよ…ゆっくり話して御覧なさい」 「あたし、神父さまと逢ってからずっと、救ってもらってばかりだった。なのにあたしずっと、 神父さまの悲しみに気付けなかった…!!」 突如、ドロシーの手が伸びた。 治癒をしようと屈みこんでいた私の首に両手を回し、押さえつけるように再び座り込む。 「ごめんなさい…神父さま。ごめんなさい。あたしは、あなたを拒んだわけではないんです」 「ドロシー」 泣き止んだかと思ったら再び溢れ出す涙。 頬に落ちてくる暖かいそれに、胸が熱くなるような気がした。 「でも。あなたは、私の前から去ったではありませんか」 「だから、そうじゃなくって!!あたしは、自分の思い上がりが、恥ずかしかったんです」 「思い上がり…?」 「そうです…。あたしは、ずっと、神父さまの支えになりたかったんです。 あたしを救ってくれた神父さまの恩に報いる為にも。…でもそれは…甘かった」 いつしかドロシーの片手は、私の頭に移動していた。 その手が、頭の上で、握りこぶしを作る。 「あたし、神父さまが何か重いものを背負ってるって、なんとなく判ってました。 へらへらした外見よりも、内面はもっと深い人なんだって事だけはなんとなく」 「……」 「でもそれは、少なくとも両親に存分に愛情を受けたあたしでは、想像する事も難しいくらい 深いものだった…。それを、おごがましくも支えてあげたいなんて、思ってた自分が、 …どうしようもなく、恥ずかしかったんです」 「ドロシー、あなたは」 「驕りに満ちたあたしでは神父さまに合わせる顔がないと…そう思ってつい、逃げて しまいました…。でもあたしは!!」 引き寄せられたのと同じくらいに突然に。 ドロシーは私の肩をつかみ、目一杯に両手を伸ばした。 必然、ドロシーと私の間には人一人分くらいの間隔があく。 何事かと目を見張る私に、ドロシーは潤んだ目を真っ直ぐに向けた。 「それでもあたしは…支える事は出来なくても、神父さまに手が届くくらいには、近くにいたい そう思ったんです。寂しい時には、辛い時には、傍らに人がいるだけで暖かい気持ちになる。 あったかいお茶で、癒される事だってありますよね」 恐らく無意識なのだろう、祈りの形に手を組むドロシー。 縋るような瞳で、さらに言い募った。 「あたしが重荷になるのなら、常に近くにいたいとは言いません。でも…、本当に辛い時、 悲しいときだけでも、かたわらに居ること位、許してくれませんか…!?」 ーーーそれこそが、私の願い。 ずっとずっと、怖さゆえ、言う事の出来なかった、こころの奥底に眠った想い。 ドロシー。あなたという人は…。 涙が一筋、頬を伝った。 私は足を一歩前に踏み出した。 彼女の体を、抱きしめる。 きつくきつく、ドロシーが顔を上げる事すら敵わないくらいに。 「神父さま…!?」 ーーーどうして、私がずっとずっと、ほしかった言葉を、いとも簡単に言い当てる事が…。 「もう、充分です。私には、あなたに近くにいてもらえるだけで…。充分なのですよ」 「じゃあ、あたし…」 「ええ、これからも、着いてきてくれますか?」 …出来る事ならば、ずっと。 未だ、発するのが怖い問いだったけれども。 私は震える声で、それだけを、問いかけた。 「はい…」 心なしか、嬉しそうに感じる彼女の声。 「ありがとう…。悲しい想いをさせて、すみませんでした……おや」 言葉と共に、急に手に淡い光が灯る。 先程は発動すらしなかった癒しの光。 ドロシーの傷口に当てて、それを癒す。 「どうしてでしょう…」 頬に残る涙の後を拭うことも忘れて、私は唖然と自分の手を見た。 「怠慢だったんじゃないですかー?」 普段と変わらない、そんなドロシーの返しに、思わず苦笑する。 「そんな事はないですよ!私はいつも…」 「はいはいはいはい、わかってます。もう行きますよ!」 何事もなかったかのように、荷物を持ち、先へと歩いていくドロシー。 「あ、待って下さい…」 私も、荷物を持ち、彼女のあとへと続いた。 恐らく、杖が発動しなかったのは…。 大事な人からの拒絶の後だったからだろう。 一度は、母からの拒絶。 もう一度は思い込みとはいえドロシーからの…。 やれやれ、結局天賦の才を持っているからとはいえ、魔力はメンタル面に左右されると そういうわけですか…。 そして、その力を左右する人間は。 今はドロシーだと…。 ーーードロシー。 あなたは癒しを行えないと嘆いていましたが…。充分使えるようですよ。 私の癒しの力の原点は…あなたのようですからね…。 私は天を仰いだ。 闇に染まっていた空にうっすらと白が混じっている 長い長い夜は、もうすぐ終わる。 夜明けはもう、すぐ側まで来ていたーーーー。 (おわり) |
| *一言言い訳* 長い!! 長すぎる!! そしてまとまりませんーーーー!!!! が、書きたい事は大体書いたつもりです。 ドロシーがあまりにもできた人間過ぎるようにサウル視点からだとみえるのですが、 実はそうではありません。 これのドロシー版もアップ予定です。てか、それないと 「サウルの過去に触れたドロシー」クリアならずですので…。 ともかくキリリクサウル版は終了です。 うりはらさんこんな感じでよろしかったのでしょうか…(超不安) |