この頃、サウルがおかしい。
珍しく考え事をしているかと思えば、難しそうな本を真剣に読んでいる。
暇さえあれば女性の後をついて回っているのが常なのだが。
そのような素振りは全く見せない。
静かなら静かで不気味だな。
サウルが聞いたら苦笑しそうな事をドロシーは思っていた。
「ドロシー、花火をやりませんか?」
そんな折だった。
そうサウルがドロシーに声をかけたのは。
野営地での給仕の手伝いを終え、就寝の挨拶にサウルの天幕を訪れたドロシーは目を瞬く。
「花火…ですか?」
聞いたことはあるけれど、見たことは無い。
エリミーヌ教で行われる感謝祭の時にのみ、エトルリア本部で見ることが出来るそうだが…。
ドロシーは首を傾げた。
「ええ。ドロシーは花火を知りませんでしたね」
「…はい」
「では、行きましょうか」
「えぇ?今からですか?」
外は真っ暗である。花火と言うものが何かを知らないドロシーは驚愕した。
「はい。花火というのは夜にするものなのですよ」
手に、見たことのある書物を持って、サウルは立ち上がった。
「神父さま。どうして魔道書持ってるんですか?」
ドロシーの目に不安がよぎった。
サウルが司祭の称号を戴き、エリミーヌの天罰とも言われる光の魔道書を扱える
ようになったのはつい最近のことである。
ドロシーとしては本当はサウルに魔道書を使わせたくない。
癒しの奇跡を用い、人を救ける神父が、天罰を用い人の命を奪うことになる。
そんなのは、嫌だった。
一時期は太陽を見ても、光魔法を思い出して気分が悪くなったほどであった。
だが、サウル本人は至って飄々としたものだったのだ。
初めて天罰を人に用いた時ですら、その表情は変わらなくて。
本人がそんな様子なのにドロシーが何か言える訳でもなく。
複雑な思いでサウルを見上げた。
「花火に必要なのですよ」
天幕を出ながら、サウルは微笑った。
歩きながら、ふとあることが気になったドロシーは側を歩く
「他の方は誘われなかったのですか?」
夜に花火と言う珍しい物を見せてくれると言うのだ。
この神父であれば他の女性にまず声を掛けそうなのだが…。
「いえ、誘いましたよ。セシリアさんとか、イグレーヌさんとか、ユーノさんとか…」
「ああ、ああ、もー、いーです。どうせ皆さんに断られたんでしょう?」
「ええ、皆さん今日はご都合が悪いと仰って」
「やっぱり」
ドロシーはちらりと神父を睨んだ。
やっぱりとは失礼なと、憮然とした表情を見せるサウルの足が止まった。
「この辺で良いでしょう」
そこは野営地から少し離れた森に差し掛かるところであった。
「では、あなたに花火を見せて上げましょう」
そう言ったサウルはライトニングの魔道書を左手に持った。
短い詠唱と共に握った右手に魔法力が集まる。
サウルが右手を開いた。
普段戦場で見るよりはるかに小さな光球が宙に浮かんだ。
「行きますよ」
ふわりと浮かぶ光球を確認し、指を鳴らした。
「……うわあ」
ドロシーは目を輝かせた。
ぱちんと鳴らされた指の音と同時に、光球が色を変えた。
白く輝いていたそれは赤になり、青になりと色を少しずつ変えていく。
時折、バチバチと音がするたび、光球の周囲に色のついた光がはぜ、消えていった。
その幻想的な光景に、ドロシーは言葉も無く「花火」を見つめていた。
「これが…花火」
「そうです。花のように色鮮やかで、炎が燃える時のようなはぜる音を出すので、
いつからかこれを花火と呼ぶようになったそうですよ」
「…ライトニングの光って、白ですよね。他の色はどうやって出すんです?」
「その秘密は、これですよ」
僧衣のポケットから何かを取り出したサウルは、その手を広げてドロシーに見せた。
きらきらとした粉末状の物がそこにはあった。
「何ですか?これ」
見ただけではただの粉にしか見えない。粉末を凝視するドロシーにサウルは説明した。
「ライブ等の杖の核。宝珠、ありますね。あれを綺麗に丸く研磨する時に出るとても
小さなかけらなのですよ」
粉状のかけらをいまだ浮かんでいる光球に振り掛ける。
ばちりと音がして、赤い光が光球の周りを舞った。
「杖の種類によって使う宝珠も変わってきます。かけらから発生する色も違うのです。
例えばライブは赤、リライブは青、等といった様に」
「へえ…」
「では、とっておきを見せましょうか」
美味しいお茶を見つけた時のような満面の笑みをサウルは浮かべた。
「え、他にもあるんですか?見たいです!」
「聖女の杖、のかけらです」
「…それって、貴重品なんじゃ…」
聖女の杖と言えば、神将器に匹敵するほどの魔力を持つ杖だ。当然かけらすらも
貴重品である。それを持っていると言う神父にドロシーは眩暈を覚えた。
「どこで手に入れたかは、秘密です」
言うなりサウルは再び光球を出現させた。
指を鳴らすと、今度は光球が、七色に光った。はぜる光の色も七色だ。
「これ……本当に、綺麗ですね…」
あまりの美しさに溜息さえでる。
昼間、ごくたまに見ることのできる虹のような光であった。
「ゆっくり、深呼吸して、もう一度光球を見てください。…いま、光は何色に見えますか?」
目を閉じ、2,3深呼吸して、ドロシーは目を開けた。
光は、深い深い、悲しみさえ感じるような蒼い色をしていた。
「聖女のかけらは、その高い魔力故、心を映す鏡のように人々に違う色を見せるそうです。
…何か、心配事があったり、心にわだかまりがあると…深い蒼に見えるとか」
ドロシーは、ドキリとした。
確かにサウルが魔道書を扱うことを苦しい思いで見ていたから。
天罰を行使しても、なんら変わりない表情に痛みを感じていたから。
「…心配なら、いつだってしてます。神父さまがいつまたトラブルを起こすのかって」
ドロシーは無理に笑顔を作った。
「…言葉を慎みなさいドロシー」
「本当のことですから」
サウルを軽く睨んで背を向ける。なんとなく神父を見ることが出来なかった。
「ドロシー」
静かな、聖書を読み上げるかのような口調で、サウルは語った。
「『花火』は綺麗に見えたでしょう?心に明りが灯るような、そんな気さえしたでしょう」
背を向けたまま、ドロシーはこくりとうなずく。
「光魔法にはこのように天罰としてではなく、人の心を満たす使い方もあるのです。
いや、それが本来の使い方なのでしょう…。少なくともエリミーヌ様はそれを願って
光を世に残したのでしょう」
(…神父さま?)
「あなたにこれを見せたかった。光魔法は天罰の道具ではないと言う証を」
ドロシーの周りを踊るように2つの光球が廻った。
「光は、心の闇を照らす道標であるべきなのに…。あなたが正しいですよ。ドロシー。
神父たる私は、光の意味を知っている私は、天罰としての光は行使するべきでは
ないのでしょう」
花火が消えた。魔力を送るのをやめたサウルは、ドロシーのほうへ向き直る。
「今の私を、あなたは厭いますか?」
天罰を使い、人を殺めたわたしを。
突然の闇に視界が真っ暗になった。
ドロシーにはサウルの表情が見えない。
「そ…そんなことないです!!私が神父さまを厭うなんてことだけは絶対に無いです!!」
自分でも意識しないほど大きな声が出た。
あたしの葛藤を、神父さまは知っていたのだ。
だから、きっと、花火を用いて、光の光たる所以を見せたのだ。
「…そうですか」
肩に、重みを感じた。
そちらを見やると、間近に、サウルの頭があった。
突然の事態にドロシーの時が止まった。
「し…神父さま??」
ドロシーの声が裏返った。
「少しだけ…このままでいさせてください…」
いつに無く細い声だった。
縋り付く相手を求めているような。
ふと気づく。
サウルが初めて天罰を行使した時の表情。
あれは。
表情が変わらないのではない。
ずっと…。
(そう、ずっと、表情が無かったんだ)
心の中の葛藤を押し隠し。ただ、黙って自らの役割を果たしていただけだ。
どうして気づかなかったのだろう。
こんなに近くで見ているのに。
神父さまの迷いと苦しみを…!
ドロシーは無意識にサウルの頭を抱え込んでいた。
回した手に力がこもる。
どうしようもない悔しさと、やりきれない悲しみと、ほんのちょっとの嬉しさが
ない交ぜになったひどく不思議な、しかし強い気持ちになっていた。
視界が歪む。
鼻につんとしたものが来る。
でも、泣いてはいけない。あたしが、今泣くことは…。
ドロシーは唇を噛んだ。
必死で涙を押しとどめて、
「あたしは…神父さまに、たくさん救われました…。あたしにとって、神父さまは
光、そのものなんです…」
ああ、だからあたしは太陽を見ても笑えなかったんだ。
そんなことを思いながら。
それだけを、言った。
「私のほうが…あなたに癒されているのかもしれません。あなたが、居てくれてよかった」
あなたのその真っ直ぐな心が、私の心に光をもたらしてくれたのです。
失くしたくない者があるから私は『光』を手に取ったのですよ。
サウルは、後半の言葉は口にはしなかった。
さすがにこのような醜態を見せているので。
それでも、ありったけの感謝の気持ちを込めて。
「…ありがとうございます」
その一言を、彼の光に捧げた。
ドロシーはその言葉に、また胸が一杯になったけれど、今度は涙が滲むことはなかった。
ずっと、太陽を見ても笑うことが出来なかったけれど、
明日からは、笑うことが出来ると良いな。
抱きしめた腕はそのままに。
ドロシーは空を見上げた。
幾千もの星光が、空から降り注いでいた。
(おわり)
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