朧月夜
9876hitキリリクSS 


厳粛な雰囲気が漂う。
そこは礼拝堂。
流石、ヨーデル司祭の本拠地、レーミーだけあってつくりは華美を極めている。
彼にとって始まりの場所、…今となっては久方ぶりと感じられるそこの、
礼拝を受ける者が普段腰を下ろしている長椅子に、サウルは座っていた。

外は、暗い。
日が沈んで数刻たつ。


礼拝堂の中は、蝋燭がひとつ、灯されていた。
100人は入るであろう広さを持つため、礼拝堂の隅々まで明るく灯すことは不可能である。
が、大きく掲げられた聖女、教団の名前にもなっているエリミーヌの肖像画をほのかな光
で映し出すことは出来るようだ。


宗教画として、描かれるエリミーヌの姿は、大抵は、神に祈りを捧げるものだったり、
雄雄しくも魔道書を掲げ、人を導いていたりするものが多い。事実、アクレイア教団本部
の礼拝堂に掲げられているのは、神へと、たえなる祈りを捧げている聖女の姿だった。

だが。

ここレーミーは違う。


顔を上げたサウルの視界には、杖を掲げ、慈愛の笑みを浮かべる聖女が大きく映しだされて
いた。



…エリミーヌ様。私は、戻ってまいりました。

始まりの終わりと。

これからの始まりのために。


小さく呟いたつもりのそれだったが。
誰もいない、そして反響しやすい礼拝堂の中に彼の声は響いていた。


絵の中のエリミーヌは 変わらない微笑をサウルに投げかけている。

その微笑が、頭の中の人物とだぶってみえる。


ーーードロシー。



そう。あなたとの、始まりの終わりと、これからの始まりのために。

私は。ここを選んだのです。

神父としての私の始まりの地。

そして、あなたにとってもある意味で始まりの地であるここを。



あなたとの始まりは。
ひどく、衝撃的だった。


『あたし、あなたを撃ちたくない』


私に向けられた言葉ではなく、彼女の両親を殺した人間に弓矢を向けながら彼女は
こう言ったのだ。


賊を追い払い、泣き崩れる彼女に遠慮がちに声をかけたときの、彼女の射抜くような強い瞳。



他人の前では気丈に振舞っていたけれど。

両親を喪って、悲しんでいた彼女の本当の涙を見ることが出来たのは、多分。自分ひとり。


そのときは、同情だと。

そう思っていたけれど。


ーーー今思えば、もしかしたらそのときに、射抜かれたのかの知れない。

ーーー心を。彼女に。


今、この時になってわかることは。

ドロシーは人に涙を見せるのを極端に嫌うところがある。
というところだろう。

彼女とはもう5年以上の付き合いになるが、涙を見たのは出逢いを含め僅かに3回。


一回は、彼女をかばって、私が大怪我をしたとき。

意識を取り戻した時に最初に見たのが、彼女の大粒の涙だった。

私を護ることが出来なかったとの、悔しさに。

…初めて人を傷つけたことの哀しさに。

彼女は、泣いていた。



そして、もうひとつの涙は、つい最近のこと。

ドロシーの故郷での事。


「…その言葉が。聞きたかったんです。ほんとうは。ずっと」


私を見上げ、涙をこぼしながらも微笑む姿。


ひとは。

嬉しいことがあっても泣くのですね。


「…な、泣いてなんか、いません。き、気の所為です…だってあたし、すごく、嬉しいんです」

あなたはそういうけれど。

頬を伝う涙を指で掬って、目の前に持っていく。


ーーーほら、泣いているでしょう。

「…神父さま、意地悪です…」

伝う涙を、乱暴に拭い。




どうして、こんな時に。

彼女の涙を、思い出すのだろうか。

新しい始まりの前夜に相応しくないのだが…。


開いた窓から朧げに月が見える。

薄雲に阻まれて、輪郭ははっきりとしない。


と、遠慮がちな音を立てて、礼拝堂の前、本来は司祭が出入りする扉が開いた。


「…やっぱり、ここに居たんですね」

「おや、このような夜中にどうしたのです?」

上掛けの下はおそらく夜着なのだろう。
彼女には珍しく白い長衣に、暖かそうな上掛けを羽織ったドロシーが、顔を覗かせた。


「探していたんです。今日、どうしても神父さまに言わなくてはいけないことがあったから」

サウルへと、歩を進めながらドロシーは言う。
長衣が朧月に照らされて鈍く光る。

「…何です?」

サウルが腰掛けている椅子の、目の前に立って。


「神父さま…」


深々と、頭を下げて。



「長い間、お世話になりました」



…はい?

一瞬…どころではなく、事態が飲み込めない。

どうして、今になってこんな事を言われるのか。


…考えたくもないが…今になって嫌になったのだろうか、ずっと私と居ることが。


呆然と、頭を下げたドロシーを見、顔を上げると、変わらず微笑む聖女。


思わず、口に出た言葉は自分でも情けなくなるほど震えていた。


「…どういうことですか?ドロシー…」

顔を上げたドロシーはきょと、とサウルを見る。

「神父さま。あたしが初めてここに連れてこられたときのことを、覚えていますか?」

「…?」

「神父さま、あたしとの事聞かれて。『親子みたいなものです』って言ったじゃないですか」

サウルは記憶をたどる。

そういえば。
初めて彼女をこの教会に連れてきたとき、ヨーデルに詰め寄られてそんなことを言った
覚えがあった。
ドロシーは、忘れていなかったようだ。

「たしか…言ったような気もします」

「言いましたよー。あたしそのとき悔しくて。そこまで子供じゃないのにって」

でも、
ドロシーはサウルの隣に腰を下ろして言う。

「神父さまはきっと、あたしのことをそれほど近くに思ってくれてるのも嬉しかったりするんです。
 あなたにそういう大きな気持ちで護ってもらっていたことは本当だから」

大地の髪が僅かに揺れた。

「親のような、子供のような気持ちに終りを告げたかったんです。…だって、明日からは」

言いかけるドロシーの肩をサウルは抱いた。

「そう。明日からはあなたと私は、対等です。今までの神父と護衛ではなく、一人の人間として。
 私はこのときをどれほど待ち望んでいたか」


本当に。待ち焦がれていたのです。

あなたと、対等に歩む日を。

何気ない日常に、愛した人としてのあなたの笑顔を見ることを。

あなたに。

解るだろうか。全て伝わっているのだろうか。

ーーーわたしがどれだけ、あなたを愛し、慈しんでいるのか。



朧月に彩られ、朧に見える彼女。

そのまま、消えてしまうような錯覚に陥り。

サウルはきつく、ドロシーを抱きしめた。


「神父、さま?」


戸惑いがちに声を掛けるドロシー。


自分が包み込んでいるはずなのに、触れ合って感じるぬくもりに、抱きしめられているような
感覚にサウルははっとする。


ああ、そうか。

ーーー彼女の泣き顔ばかり思い出していたのは。


もう。ドロシーの泣く顔は見たくないから。


笑顔や、呆れ顔、怒った顔、嬉しい顔、考え込み、困り果て…。
そんなたくさんの顔は見たいけれど。

悲しみに沈む顔は、泣き崩れる痛々しい彼女はもう見たくないから。


これからは、ずっと傍に居るのだから。

あなたが、ずっと私に呪文のように言ってきた言葉を。

ーーー捧げましょう。


「これからは私が、あなたを護りますよ」

「神父さま。あたしより弱いんだから無理しないでください」


抱きしめられたままだからか、幾分くぐもった声で応酬するドロシー。


「…せめてこんな時くらい格好つけさせてくださいよ」


やれやれ、結局は、負けてしまうようですね。

顔を上げると、薄く差し込む朧月の光。
柔らかく幻想的なそれ。

そして、窓に切り取られた夜空には、薄雲の切れ目から星の輝きがひとつ。


明日は、晴れそうですね。


これからの始まりに相応しく。



朧月夜の今この時が。

2人にとっては、始まりの終り。そしてーーー。

これからの始まりであった。





(おわり)


きりばんべやへ     サウドロ部屋へ



*一言言い訳*
 今回のキリリクはなんと!「サウドロ結婚前夜」でした。
 ムテキ設定とは違います。いちおうこちらがもともと私が考えていた方の話です。
 とはいえ、悲恋もできあがってるので、これも可能性の一部ですね。
 なんと申しますか、微妙です。なんか単なるサウルノロケ話になってしまいました。
 Belleさま。大変お待たせしまして…。申し訳ありませんでした。苦情はいつでも!