10000Gとあなたの価値は
人の価値は何で決まるか、知っていますか? エトルリア軍は、ブルガルを臨む小さな村へと駐留していた。 ここ、サカはエリミーヌ教の普及していない地域ではあるが、それでも、教会はある。 その一室。 現在は司祭となったサウルが、部屋で寛いでいた。 常に彼に付き従う、エリミーヌ教団の護衛、ドロシーは近くにいない。 彼女はエトルリア軍盟主、ロイの命令のもと、ブルガルの偵察に出ているのである。 …そろそろ戻ってきてもいいのですが。 午後のお茶を楽しもうと、茶葉の選別をしている時であった。 コン、コン。 ノックの音。 サウルは短く居室を伝えた。 だが、扉が開く気配はない。 「どなたですか?」 再び応えを返す。 「…ドロシーです…」 扉の向こうから、くぐもった声。 「おや、どうしたのです。入ってきなさい」 「あのう…」 サウルは怪訝そうな顔つきになる。 彼女がこのように自分の部屋に入るのを躊躇うと言うことは…。 …何か厄介ごとでも拾ってきたのかもしれない…。 彼女は、心根の優しい少女だ。 それゆえ、捨て猫や捨て犬等を、拾ってくることも多かったのである。 「また何か、動物でも拾ってきたのですか?」 そう予想して声をかけたのだが…ドロシーは応えない。 扉越しに語りかけても埒が明かないと判断し、サウルは扉を開いた。 「あのう…また…拾ってきてしまいました…」 済まなそうに身をすくめる彼女が、担ぐようにして抱えている「動物」を目にした サウルは、思わず目を点にした。 「あの…ドロシー?これは何ですか…?」 声が掠れた。 思わず震える手で指をさし、引きつった顔で問いかける。 「捨てられていたんです…ブルガルの城門のところに…」 小さくなって言うドロシーにサウルは反論した。 「いや、私が問題にしたいのはそこではなくって…これは…」 「さっきから失礼だな…これって事はないだろう?」 「これは人間じゃないですか!!どこで拾ってきたんですか!?」 静かな声でしゃべったそれを無視しながらも、指を指しつつ、 何時になく声が大きくなるサウル。 「でも、放っておけなくて…」 「だめです!!今すぐ捨ててきなさい!!」 「そんな…」 「大体あなたもあなたです!大の大人が子供に拾われて恥ずかしくないのですか!」 怒りは顔を伏せたままのそれにも向かう。 その言われようにいささかムッときたのか、それは顔を上げた。 「そんなことを言っても…」 未だドロシーの肩に担ぎ上げられながらも、ぶつくさ言いつつ顔を上げたそれと、 サウルの目が合った。 どこか軽そうな顔つき。 青みがかった紫の髪。 そして髪を止めているんだかなんだかわからない細い紐。 …この顔…どこかで…。 そこまで考えた瞬間、サウルの記憶に(珍しくも)おぼろげにあった人物が浮かんだ。 「あなた…たしか…1万ゴールド!」 「『いちまんごおるど』さんですか?」 「ええ、以前のエトルリアの戦いの時に、ロイ殿が僅かな軍資金の中から、なけなしの 1万ゴールドを出して雇った方ですよ」 納得したかのように、ぽんと手を叩くサウルに、ドロシーは目を瞬いた。 同じ軍にいた人なら見たことはあってもいいのだが…。 彼女の記憶には彼のことが全くなかったのだ。 「あの時はドロシーは別部隊にいましたからねえ。私はロイ殿と行動を共にしていたので 彼が雇われたのを知っていたのですよ」 それにしては会ったのはあの時が最後でしたが。 そう付け加え、サウルは苦い顔をする。 「いつまでも抱えてないで、降ろしなさいドロシー」 「そうですね…」 部屋の中に入り、ドロシーは彼を丁寧に手近な椅子に降ろす。 「ところで、『いちまんごおるど』さん。どうして捨てられていたんですかー?」 「1万ゴールドじゃない!オレの名前はヒュウだよ」 ドロシーの素朴な疑問にいちまんごおるど…おっと、ヒュウは憮然として反論した。 「あ…ごめんなさい。話してくれますか?もしかしたらあたしたち、力になれるかも 知れないですから…」 ドロシーの笑顔とは裏腹にサウルは露骨に嫌な顔をする。 「あたし…たちですか?…嫌ですよ男の手助けなど」 「いつもふらふらしか、していないんですから。偶には神父さまらしい事して下さい」 サウルの顔など構わずにぴしゃりと言い放ったドロシーは、ヒュウの話を聞こうと彼に 顔を向けた。サウルもしぶしぶながらそれに倣う。 「あ、ああ、話すのも恥ずかしい話なんだが…」 「安心してください。捨てられてるってだけで十分、恥ずかしいですから」 「話に茶々入れないでください神父さま。…それで?」 言いにくそうに口ごもりながらも、ヒュウはそれまでの顛末を話した。 彼はロイの口調を真似たり、情景描写もしながら演技でもしているかのように 話していたのだが、それを端的に簡単に話すとこうなる。 1万ゴールドで雇われた彼は、ロイの『それ以上の働きを勿論してくれるんだろうね?』 の言葉に、闘技場へ行ったのだと言う。 …エトルリア軍の最後の軍資金、1000ゴールドを握り締めて。 だが、現在の彼にとって、盗賊は強すぎたらしい。瀕死になりながら降参したの だが、闘技場を出てくると、そこには、満面の笑みを浮かべたロイ。 笑顔のまま一言。 『マリナス。この役立たず、捨ててきてくれないか?軍資金がなくなった以上、彼のような 食い扶持を増やすわけにはいかないからね』 ヒュウは捨てられまいと粘ったらしいのだが、ロイは聞く耳を持たなかった。 …ブルガルの城門に輸送隊の馬車から捨てられて…今に至ると言うわけだ。 「とまあ、こういう訳なんだ…」 「…ほう…」 「……!!!」 「どうした?二人とも…」 話し終え、二人の反応を見たヒュウは思わず怪訝そうな表情をした。 サウルはあっけに取られたかのように息をつきこちらを凝視し、ドロシーは言葉にならない 声をあげ、お腹を抱えていた…。 「あの……いち…いやヒュウさん。あなた魔導師なんですよねえ」 「そうだけど…?」 「職換え、した方がいいのでは…?芸人とかに」 「は?どうして?」 思いもがけないサウルの言葉にヒュウは間抜けな顔つきで聞き返した。 サウルは無言で、ドロシーへと視線を向けた。ヒュウもそれに釣られそちらを見る。 ドロシーは未だ先程の態勢のまま。時折肩を震わせていた。 「これが、どういうことだか解りますか?」 何故だか笑いたそうな表情で問いを向けてきたサウルに、ヒュウはさらに訳がわからなくなる。 首を振ると、視界の端でドロシーが動いたのを捕らえた。 「大丈夫ですかドロシー」 「はい…すみませんつい…。あまりにもヒュウさんが面白く…でも、話はなんだか泣けてきて なんか、とても引き込まれてしまいました」 顔をあげ、ヒュウと目が合うと、ドロシーは恥ずかしそうにちょっと笑った。 それを認め、サウルは続けた。 「あなたには、…自分よりレベルの低い盗賊などに負けるあなたには…魔導師は適職では ないのかもしれません。魔導師としてのあなたには、一般的に見て…厳しいようですが… 1万ゴールドの価値はありません」 「……」 「自らの身の程を知らず、自らの傭兵としての商品価値を知らないあなたは、ロイ殿に分不相応 な値段で自分を売りつけたあなたは、雇い主に捨てられて当然だと思います」 「神父さま!それはちょっと酷いです…。本当のことですけど」 サウルの言葉と、さらにドロシーに追い討ちをかけられて。 ヒュウは小さくなっていった。 「さて。ここで…質問です。あなた、人の価値は何で決まるか…知っていますか?」 突如向けられた質問に、ヒュウは戸惑う。 「…ここは軍隊だから…強さ、か?」 いいえ、と首を振るサウル。 「強さと言うならば、私はここに居ていい人間ではありませんよ。…人を殺すことは出来ません からね。…しかし私はここに居ることを認められている」 「後ろ盾が大きいからだろ?それだって力じゃないか」 確かにサウルは大陸全土に広がるエリミーヌ教団の人間だ。 その実力者から命を受けここに居る。ヒュウにとってはそれも「力」だった。 立場…称号。それらだって力の証ではないか。『権力』と言う名の。 「それら全てがなくっても、ここに居る人間はいます。…あなたも見たでしょう。ララムさんを」 「……!!」 ヒュウははっとした。 記憶にある1人の踊り子。 アクレイアの攻防戦。あの混戦の中、一人武器も持たずに駆け回っていた少女。 彼女を見ていると不思議と力がわいてくる、そんな気を覚えた。 …戦場なのに、癒される。そんな気持ち。 「いいですか?価値というのは、力だけで決まるのではないのです。…人を殺す力だけに 価値がある。こんな理不尽なことはいくら軍隊でもまかり通ってはいけないのです」 だから。サウルは笑う。 「あなただけの価値を、見つけてください。…私たちを楽しませてくれる。それだって大きな 価値になるのだから」 「そうですよ!先程みたいに、ロイ様の真似をしたり。面白おかしく話してくれる…!それって あたし、凄い才能だと思います!芸人さんとしてのあなたなら、1万ゴールドの価値は あると思いますよ!!」 二対の目に見詰められ、ヒュウはたじろいだ。 拾われた挙句に、こうして2人に芸人としての道を説かれている。 解せないものを感じたが、ロイに罵倒されたことも響いていたのかもしれない。 褒められたことを、認められたことを本当に嬉しく感じていた。 「そう、だな。…オレはこれからは笑いで人を癒せるような人間になるよ」 「ヒュウさん!」 「あなたなら、出来ますよ。神もきっと祝福なさるでしょう。…あなたを」 入ってきたときとは見違えるような笑顔で、ヒュウは立ち上がる。 「へへ、…ありがとな。神父様。ドロシー」 神父ってのは本当に人を導く人なんだな…。 オレの未来ははっきりと見えた…。 軍で捨てられるような人間にならない! オレは芸人になるよ…!!! ーーー微妙に間違っているような決意を胸に、ヒュウは教会を後にした。 「よかったですねー。ヒュウさん、あんなに喜んで」 お茶を入れながらドロシーは上機嫌に微笑んだ。 サウルに彼が救われたことがよほど嬉しいらしい。 「私は当然の事をしたまでです。…でも!もう人間なんか拾ってきては駄目ですよ」 「…すみませんー。ところで神父さま?」 「なんです?」 「あたしの価値って、神父さまから見たらどのくらいですか?」 お茶菓子を置きながらのその言葉に、サウルは口元まで持っていったカップの手を止めた。 見上げると、ついさっきとは一変して何故か縋る様なドロシーの目。 「あたし、いくら力があるっていっても、男の人ほどではないし、この軍の人に比べて、全然 キレイじゃないし。弓もそこまで巧くない。あたし…いつか神父さまに捨てられますか?」 「やれやれ…何を言うのですドロシー」 ーーー捨てるわけ、ないじゃないですか。 「あなたにはあなたの価値が、神より授かったあなただけの価値があるんです」 ーーーあなたみたいな人を。 「あなたらしくないですよ。そのような考え方は」 ーーー捕まえる方に苦労しているって言うのに。 「そ、そうですよね。すみません変なこと聞いちゃって」 「ま、あなたの信仰心は1万ゴールド以上でしょうね……」 「ーーーはい!」 サウルは少し笑ってドロシーを見る。 視線の先のドロシーは満面の笑みを浮かべていた。 ーーー人の価値は、相手の物差しで…決まるものなのですよ? (余談) 芸人生活を始めたヒュウがどのような道をたどったのか正式な記録はない。 が、その夜のロイの天幕からはひとつの叫びが聞こえたという。 「ふざけるなーーー!!!」 と。 (おわり) |
| *一言言い訳* 10000ヒットリクエストは、「10000G拾ったサウルとドロシー」でした。 …何故、彼なのか。 1万ゴールド→ベオウルフ(聖戦ですね)→ヒュウという連想がたってしまったためです。 あ、この時ドロシー(スナイパー)、ヒュウ(魔導師)でよろしく。 そうでないと担げないみたいなので。 本当はヒュウのモノローグで終わらせるつもりでしたが、「それでは愛がない!」 と考え直し、サウドロ会話を追加しました。少しはラブっぽくなっているでしょうか…? ご期待に添えたかはものすーーーごく!!微妙なのですが…。 謹んで、はにわ煎餅様にお捧げします。この度はリクエストありがとうございましたv |