<暴れん坊将軍の感想文>
今日、暴れん坊将軍を観た。暴れていた。
そりゃそうだ。暴れない暴れん坊将軍なんて、変身しないクラーク・ケントみたいなものだ。
仮面を被ってない仮面ライダーみたいなものである。
今日はそんな彼の、将軍職をモノともしない暴れっぷりに動かされ思わず筆を握ってしまった次第である。
・暴れん坊将軍、暴れすぎ。
暴れん坊将軍はもちろん将軍だ。徳川家のアトトリなのだ、オヨツギなのだ。
なのにこの暴れ発着ぶりはどうだ。もう俺なんてどうなってもいいんだ、といわんばかりの暴れぶりではないか。
これには多分わけがあるのだ、お茶の間の主婦(せんべい)には思いもつかない様な理由が。
暴れん坊将軍(略してABBA)こと徳川吉宗は、幼い頃から将軍として教育を受けてきたわけではない。彼の上には何人か兄が居て、その内の誰かが将軍に就くだろうと言われていた為、幼い吉宗は割と自由に育ったらしい。が、突如上の兄が全員死亡し、あれよあれよという間に、吉宗が将軍になってしまった、というのが学界通説(マンガ日本の歴史より)である。
さて、徳田新之助こと吉宗は毎回自暴自棄とも言える怒濤の戦闘シーンを展開するわけだが、一国の将軍が毎回この様な生死を懸けた戦い(しかも一対一ですらない)をして、お咎めなしというのはあまりに無理な話である。
いくらストレス溜まる職業だからと言って、何かの手違いで吉宗が死亡する様な事があれば、付き人の五郎左右衛門なんて下手すればお家断絶モノだろう。そんな立場の五郎左右衛門は吉宗の自殺願望見え見えのお忍びに反対はすれども本気で止めるそぶりもない。
今風に言えば校長先生が二十人からのチンピラ学生の群れに真っ向からケンカ仕掛ける様なものだ。(俺が教頭なら死ぬ気で止める)
大体の話、いくら剣術に自信があると言って二十人三十人の浪人相手に二人三人で立ち向かおうなどと言う試み自体が馬鹿げている。
お庭番の才蔵、さぎりが居て、吉宗が柳生流の英才教育を受けているとしても、あの人数差を、あの様な開けた場所(何故毎回庭で闘うのだ)で相手するのは、絶対無理だ。俺のありったけの想像力を懸けてもいい。吉宗が常人の三倍のスピードで動くとか、それか浪人集団の戦闘力が幼稚園児並でない限り、あんな戦い方で毎回無事でいられるはずがないのだ。
では何故吉宗は毎回無事でいられるのか。何故五郎左右衛門はあんなにおざなりな止め方しかしないのか。ここで発想の転換と大胆且つ柔軟な想像力が求められる。
すなわち、吉宗改造計画である。
将軍職就任当時の吉宗は、幼い頃から英才教育を受けてきたわけではないので、当然有能とは言い難かったであろう。
これは吉宗が登用した役人がことごとく癒着騒ぎを起こしている事からも明らかである。あの毎回成敗されてる悪代官は、もとは吉宗が起用したわけだから、今の吉宗は昔の自分の尻拭いをしているわけだ。
大体起用した役人がことごとく悪代官ってそれこそ無能な証拠じゃないか。見る目なしである。新入社員が全員麻薬常習のトリガーハッピーだったとか、係長クラスから専務クラスまで全員セクハラ不倫痴漢男だったとか、それぐらいの人事無能ぶりである。
そんな吉宗と、後世に伝えられる有能、庶民派の徳川吉宗の間には、大きなギャップがある。これは一体どういうことなのか。
当委員会の想像(あるいは妄想)によれば、吉宗の無能ぶりに業を煮やした五郎左右衛門が伴天連の科学技術と東洋の不思議秘術をマックスに駆使し、ここに科学とオカルトの申し子、黒金のからくり将軍職、YOSIMUNEが誕生した!
通常の浪人の三倍のスピードを誇り、日本刀の直撃もなんのその。(ただし水には弱い)ちなみに黒船三隻分の金がかかっている(糸井重久が埋蔵金を見つけられないわけだ)しかも老中達の意見をよく採り入れ(文字通りの傀儡政権だ)庶民にも人気。そして定期的な性能チェックとデータ測定のため、ことあるごとに悪代官と浪人集団を潰して回っている、という事ではないだろうか。をぉ、いつのまにかつじつまが合ってしまっているではないか!もう俺の中で吉宗はロボ決定である。
<さて、ここで少々専門的、現実的な検証を挟む。興味が無かったら読み飛ばして頂きたい。
剣術には数えきない程流派があり、宗家伝家でまた違いも出てくる。それこそ客寄せ目的のインチキ剣術から長年の研鑽と研究を積まれた本物の流派までピンキリであるが、それ以前に、剣術は大きく二つの種類に分類される。
介者剣術と素肌剣術と分記されるのだが、介者とは鎧武者、素肌とは文字通り着物の事を指し、戦国時代に培われた戦場での剣を介者剣術と称し、江戸時代などに街道場で世間に広められた(柳生諸派や北辰一刀流などもこれに当たる)剣術を素肌剣術というのだ。
介者剣術は一対多数の泥戦場で培われ、防御は鎧に任せ、ひたすら敵の急所(鎧の隙間から刀を差し込んだりする)を狙うという荒っぽいモノである。対して素肌剣術は畳の上で摺り足で間合いを詰め、お互いの剣を避けながら闘うもので、現代の剣道もこの流れを汲む。
介者剣術は古流の為、江戸時代ですら一般には出回らず、密かに伝えられるものであったらしい。(現在では香取神道流などの古流道場が、介者流の剣を伝えている。)
吉宗の習い覚えた柳生の剣は素肌剣術であるため、実際問題として吉宗があの様な多人数を相手にする技術を習得していた可能性は低い。>
しかし、この高スペックからくり将軍にも問題がある。武器は強化できないという点だ。まさかプログレ(自主規制)だとかビームサ(自主規制)というわけでもないだろうから、吉宗の使っている武器は一般の日本刀であるとしていいだろう。
さて日本刀というシロモノは、日本が世界に誇る技術の一つであるが、同時に至極デリケートなモノであるそうだ。少々の血糊、血錆、刃こぼれによってその切れ味は激減する。日本刀にとっての天敵は使い込む事であるらしい。
4,5人斬ると大体の日本刀は使い物にならなくなる。これは剣術の師匠から実際に聞いた話なのでおそらく間違いない。という事は毎回ダース単位で浪人どもをブった斬っている吉宗は、一回の戦闘で何本日本刀を変えているのだろうか。
おそらく一回の出撃で4、5本は駄目にしているはずだ。それがあのペースで消費されるわけだから、江戸の日本刀産業は潤いに潤ったに違いない。もう徳川埋蔵金も使い込み放題である。(糸井重久が見つけられないわけだ)
話は変わるが、峰を返した際に刀が「カチャリ」と鳴るのは目釘が緩みきっている証拠である。そんな状態で刀を振り回したら、柄から先が明後日の方向に飛んでいきかねない。注意されたい。
それ以前に日本刀を腰に差して大阪界隈を歩くと公僕の手先どもが我先にと群がってくるので、そこも注意されたい。(奈良なら多分大丈夫と思うのだが。俺の行きつけの古本屋の主人も日本刀を所持している)
ちなみにとある暴将(通はそう呼ぶらしい)ファンは殺陣の時の上様の正体がバレるシーンがたまらなく好きだそうだ。溢れんばかり(溢れて無くなりそうだ)の上様への愛情に感動し、ここに無許可で転載させて頂いた(駄目だって)。
パート11の第一回、素晴らしかったですね!!
もぅなんというか、ファンならここは観たい!
というシーンがてんこ盛りで…。
牢の中で、栄吉に銃を向けられじーっと見つめる
あの瞳…。実際に自分が見つめられたら、と
考えるだけでも、心臓が止まりそうですわね。
くくく。
私は、殺陣の時に上様が振り返ってキッと相手を
睨む際に「カーン!」って音がして、
悪者共がひるむシーンが大好きなんですけれども、
今回の越智備前守のひるみっぷりは、もう
ほとんどホラーじゃないかという位大袈裟で
クラクラ来ましたわ…。
最高です。
次回も楽しみです。
「カーン!」ひるみっ!
「カーン!」ひるみっ!
二回は欲しいものです。
我々もこうありたいものだ。
ちなみに今回の論考に際して、いくつかのサイトの暴将情報を参考にさせてもらった。そのうちの一つにホントに好きなんだなぁと感心したサイトがあった。
上の書き込みもそこで見つけたわけだが、ここで紹介させて頂きたい。暴将に興味が湧いた方は是非ここに行って、その愛着っぷりをご覧頂きたい。(ただし、転載の件は黙っていて下さい)