〜あかうに観察日誌〜
3月分の日記です
3/31
〜昨日の補足です〜
なんだか一部の人に多大な誤解を与えてしまったのでちょっと補足です。
昨日の文章、改めて読んでみるとやっぱり意味不明なところがあり自分の文章力がまだ
だめだめだなぁと感じてしまう部分がありました。まだまだです。
今後さらに精進していきますので勘弁してくださいませ。
で、本題ですが、昨日私が一番言いたかったこととは
「無理な不幸自慢大会はもうやめてください(苦笑)」
これなんです。これを言うために実にえらい回り道をしてしまいました、、、。
例えば昨日一番に取り上げた「Kanon」、これを例にとって考えて見ますと、
(以下ネタバレにつき反転してください)
名雪シナリオは途中で秋子さんが謎(?) の交通事故に会い、秋子さん瀕死になって名雪が不幸モード。
あゆは木から落ちて7年間意識不明の植物人間という設定。
(この設定を見たとき悲しみよりも笑いがこみ上げてきました。スミマセン)
栞に関してはいきなり脈絡もなく「あの子あと1ヶ月の命なのよ」なんて泣きながら姉の香里さんに言われます。
(いきなりこんなこと言われてどういう反応をすればイイノデスカ?)
で、以上3人がKanonの中で特徴的な不幸設定です。
残りの二人は比較的緩やかな設定で不幸自慢大会とはいえないと思います。個人的な考えが入っていますが。
(それでも「呪われている」とか、「消え去る運命にある」など出てきますケド)
で、こういった不幸の数々なのですが、ここでポイントなのは不幸を
前面
に推し進めて物語を展開しているところです。主役は「不幸」なのです。
以前のゲーム、物語でもこういった不幸な設定がなかったことはないのですが、ここまで前面に
押し出してする手法はそんなにはなかったのではと思います。
その不幸ゆえに、昨日述べた意味合いでの「同情」という観念が生まれてしまうわけです。
(そりゃそんなこと言われたらある程度は同情しますよね)
この手法の流れを説明すると、
イキナリな不幸の設定>それを前面に打ち出す物語>そこから生まれる「同情」、「悲しみ」>総合的な演出による「泣き」
といえると思います。ある意味見事にはまっているなぁ。
はっきりと見てわかる不幸の数々。それを前面に押し出して進める物語。
結果として生まれる「同情」「哀れみ」によって展開される「泣き」。
これこそが私の言いたかった、「無理な不幸自慢大会」です。
これを感動というのはいかがなものでしょうか?
(やっとこれで昨日の分を説明しきれました(笑))
まだこの手のゲームをやっていない方はぜひ一度やってみることをお勧めします。
この手法はやってみないとわからないことばかりですから(苦笑)
3/30
〜真面目に論じることではないのですが〜
数年前に大ヒットしたゲーム「kanon」のせいで、巷では
泣きゲー
なるものがはやっております。何せSPA!で取り上げられたほどですから(笑)
実は何もギャルゲーだけではなく、様々なテレビドラマでもはやっているのは周知のことで、
(ビューティフルライフ、さらには金八先生でも体の不自由な、難病の人が出てきました)
この社会全体で泣きブーム、別名癒しブームがきております。
しかしながら、これだけで感動と呼べるものを表現してよいのでしょうか?
ちょっと私は疑問に思ってしまいます。
確かに体の不自由な、難病を背負っている人を見るとうるうるしてきます。
その人たちが何とかがんばっていこうとする姿を見るとさらにうるうるしてきます。
でも、それはその人、境遇に対する
同情
が含まれており、それを前面に出し「感動」と位置づけるのは何か違うと思います。
ぶっちゃげた話、不幸な境遇の人を見るとうるうるするのはヒトとしてのある意味
生理的現象によるものであると思います。
そりゃ「あなたはあと一週間の命です」といわれた人と接したら、その人の
ことを考えて悲しくなりますよね。普通の人間なら。
ヒトが死んだり怪我したりすることによって悲しくなり涙するのはあくまで表面的な
ことであり、真に感動するということはその場面で、その人を思い、偲び
涙している「ヒト」によってではないでしょうか?(これはあくまで一例ですが)
感動とは国語辞典に「深く感じて心を動かされること」と書いてあります。
つまり表面的な、外面的なことの問題で心動かされるのではなくそれを取り巻く
内面的な問題に自分の心が動かされて初めて感動と言えるのです。
表面的な事柄で心動かされるのは感動とは呼べないと思います。
上で取り上げたものすべてが「感動」に当てはまらないとは思いませんが、
今一度どういったものが「感動」なのか考えてみる必要があるのではないでしょうか?
3/27
〜ノート買いました〜
久々の更新でまことに申し訳ありません。
ここ1週間でどたばたしていたもので、、、。
さて、題目のとおり最近ノートを買いました。
買ったのはデンジャラスなバイオ(笑)で、スペックは値段の割には相当いいのです。
後怖いのはソニータイマーですね、、、。2,3年は発動しないことを祈っておりますが。
とりあえずこれで一通りのことはできそうなのでほっとしております。
自分が使っていた古いタイプのデスクトップではもう限界でしたし。
(ペンティアムMMX166、メモリー32、ハード2G)
後は暇を見つけてがんばるだけですね。
まだぜんぜんわからないですが。
3/19
〜ガンパレ〜
この休み期間しかできないと感じ、必死に進めております(笑)
前々から評判の高いガンパレですが、やはりなかなかおもしろいです。
まあ、気長に進めていくつもりですがいつまでがんばれるか。
そんな中で、お気に入りのキャラが舞姫こと「芝村舞」たん
彼女の怒った仕草とか恥ずかしそうな仕草がたまりません。久々の「萌え」です。
やはりキャラが立っているゲームは純粋におもしろいですね。
あとは恐怖のお姉さま、「原素子」さん。
お姉さまファンとしてはこれまたたまらないです。でもやっぱり舞たんだよなぁ(笑)
ギャルゲー、ボーイズゲーとして楽しめるガンパレはある意味究極的な
”エンターテインメント”
を追求しているゲームかもしれません。
それがユーザーにどう判断されようとも。
まだやったことがない方は是非一度やってみることをおすすめします。
とりあえずやっておいて損はないです。
あと、リーフファイト3,00で、久々に大きな大会に出たのですが
結果大敗で3−3という何とも言えない結果でした。
負けたのが自分のプレイングもさることながら、
”引きによる勝敗”
がかなりのウエイトを占めていたことにかな〜りへこんでいます。
初手の手札が真っ赤っかだったり、オレンジ一色では勝てるデッキも勝てません。
まあ、なんと言いますかこのゲームが
「降霊術」「ドローキャラ」「回復キャラ」
をいかに早く&多く引くかの勝負になっちゃっていますので、そろそろ限界か?
いやはや何とも言えないです。
やはりこれからは非常に楽しめるファンデッキが一番ベストかなぁ?
3/12
〜何というか、、、〜
3月に入って相変わらずの引きこもり状態が続いておりますが(笑)
まあ、何というかそれに拍車をかける出来事が多くて困っております。
今回はちょっと手短に紹介を。
「辞めちゃったんですね」
えー、このHPでリンクさせてもらっている(無断で)CHEMOOLさんが
某超大手ギャルゲーメーカーを辞められました。
氏の日記を見る限りでは自発的ではなく、まさに鈴木宗男議員よろしくな
出来事が起こったことによると考えられ、かなり残念です。
CHEMOOLさん、これからも自分の信念を貫き通してどうぞがんばってください。
こんな形でしか言えませんが、またコミケで作品にあえたらうれしいです。
しかしこれから本当にどうなって行くんでしょうね、あの会社。
そろそろ見切りをつけるときがくるのかもしれないです。
「リーフファイト3,00」
先週にとうとう発売されちゃいました3,00ですが、なんと言いましょうか
まったくもって新鮮みを感じないのは何故でしょうか?
(きっと自分だけではないはずです)
あの初めてカードを見たときに出てくるワクワク感が全然なかったです。
実はβを見たときからそうなのですが、2のころに比べ画期的なカードがないのが
最もな理由になるかと思います。まほサ、エクス、ショップ屋、ヒゲ、編集長しかりです。
カードにセンスを感じないんですよ、3,00は。
作れるデッキは前みたいに増えそうもなさそうですし、結局は今まで通りルミラ
安定の時代がくることは間違いなさそうです。むしろ炎多留でルミラが強くなったかも(ぉ
あとは強力なパワーカードが増えたため今まで以上に引きの勝負が出てくるかと
思います。あまりの引きゲーぶりにもしかして3,00で打ち止めになってしまうかも。
「厨房、逝って良し!」
なんか最近、あまりにひどい厨房が増えて増えて仕方がないように思えてくるのです。
人の言うことを全く聞こうとしない厨房、あーだこうだ勝手にやる厨房、等様々。
ホントにもうたくさんです。自分が先に逝ってしまいそうです。
これも学歴低下、親のしつけ問題からくるとホントに今の日本がこのままで良いのか
疑問に思ってしまいます。人として間違ってますもの、彼らは。
なんか愚痴っぽい日記でごめんなさい。
明日こそきちっとした物を書く、、、はずです。
今後ともよろしくお願いします。
3/10
〜やっと再開です〜
やっとHPを再開できました。
1月の間ほったらかしで結構ひどかったです。
コンテンツを何気なく1つ増やしておきました。
お暇でしたら見てやってください。
書きたいことはいっぱいあるのですがとりあえずこんなところで勘弁してくださいませ。
〜もどります〜