彼岸花:学名Lycoris radiata Herb.Lycorisはギリシャ神話中の海の女神、Radiataは放射線状という意味。原産地は中、東南アジア。呼び名として、毒花、赤痢花、舌曲がり、痺れ花、気触れ花、苦草、目腐り、毒百合、馬の舌曲がり、手腫れ草墓花、火事花、提灯花、赤花、野松明、線香花、葬式花、仏花、幽霊花など九百以上の方言がある。

別名、曼珠沙華。(赤い花。天上の花の意。)

 

 

     

 

 

 

 

 

―― 曼珠沙華 ――

 

 

 

 

 

「それじゃあ、あなた。行って来ます」

「ああ。気を付けて。夕食は適当に済ますよ」

千鶴子は、今日は銀座に出掛けると言った。

屹度夕食も外でしてくるだろうと思い、中禅寺はそういって妻を送り出した。

 

帳場で一人になった中禅寺は読んでいた本を臥せると、ふと戸の外に目を遣った。

厳しい残暑も過ぎ、晩夏というよりもう秋の風情である。

 

――偶には外に出ようか。

どうせ夕食を店屋物ですますつもりだったのだから。

 

そう思いたつと、薄手の羽織を手に中禅寺は散歩に出掛けたのだった。

 

民家。電柱。板塀。電灯。路角。

いつも見慣れている街の風景。

さずがに未だ涼しいとは云えない気候だったが、幾分高い空がそんな日常の色を新鮮に彩っていた。

 

宛もなくぶらつくのも悪くないが一体何処まで行ったものか。

夕方まで随分と時間はある。

――こういうときは気の赴くままがいい。

 

つらつらと考えている内に自然と足は神保町へと向いていた。

 

 

 

 

 

カラン、と来客を告げる音と共に扉が開いた。

探偵は、その姿を確認するないなや、

「嬉しいゾ!京極!!御前がついでなしに此処に来てくれるとはッ。」

「はあ?千鶴子が午後から出掛けたので、夕食を外で済ませるついでにその辺で本を冷やかそうと思って、そのついでにここに寄ったんだ。詰まりついでのついでだよ。残念だったね。」

そう聞いても別段表情も変えずに、榎木津は中禅寺を引き寄せ口付けてきた。

「僕は別にそんな積もりで来たんじゃないよ。」

「ふふふ。まぁいいじゃないか。今日は下僕どもがいないんだ。ん?なんだそれは」

そこで榎木津は中禅寺の持っていたモノにようやく気付いた。

紅い花。

彼岸花である。

「だめダ!火事になるぞッ。ソレは」

そう云って中禅寺の左手を指さした。

中禅寺は一瞬キョトンとしてから、吹き出すように笑った。

「・・ああ。確かにこの花は火事花とも云って、家に持ち帰ると火事になるとかいうけれど。迷信だよ。妙なことを信じてるなぁ。それは寧ろリコリン(Lycorine)というアルカロイド、神経系に害を及ぼす毒があってそれを子供から遠ざける為の親の方便なんですね。食用になるノビルとか、アサツキ、アマナなんかと球根が似て居るんです。それでもこれは食べられるんです。毒抜きなんかして凶作時を免れたともいいますし。この花が忌み嫌われる本当の理由は、この花が伝来してきた時から一緒にわたって来たんだ。昔中国では葉と花を同時に付けない植物を嫌う習性があったんです。捨て子花や葉欠け花なんかというのはそれのせいでしょうね」

「そんなことは知らないが、僕はその花があんまり好きじゃないぞ」

榎木津はその儘中禅寺を抱きかかえるようにしてソファに座った。

「そうか。僕は好きだよ。だって綺麗じゃないか」

中禅寺はそう云って手元の花を見つめた。

「彼岸花は別名曼珠沙華ともいって、これは先刻云ったように花が先に咲くから『先ず咲く(マンズサク)』花という言葉から来ているとかもいうらしいけれど。サンスクリット語の紅い花、天上の花という意味からとったともされているんだ。彼岸時に咲くから死人花とかいわれているけど本当は天竺に咲く崇高なものだったんだね。毒々しい程に美しい様子が天上を喚起させさせたんだろう。かえって、後にこの鮮やかな赤色が強烈で、毒々しさから嫌われたのかもしれないね」

中禅寺は一息つくと振り返り榎木津の顔を見上げた。

「あんたもそう思ったんだろう?」

その赤い花を逆手に持って中禅寺は微妙な角度に頸を傾けた。

榎木津は、ハッとして中禅寺の漆黒の瞳を見つめた。

思いの外、彼が美しく見えたのだ。

白磁のような白い顔と血のように赤いその花とのコントラストが実に艶めかしかった。

 

この男が血を流したらこんな色だろうか。

 

榎木津はそう思って息を呑んだ。

そしてそんな自分の思考を嘲笑するかのように笑うと、

「いや。考えを変えた。僕もその花が好きだゾッ」

「だって綺麗だからな!」

そう云いながら榎木津は中禅寺を抱えるとソファへと押し倒した。

「榎さん!此処はっ・・・人が来たら拙いでしょうっ」

さすがにいつ来客があるか判らない事務所では行為は憚られる。

しかし抗議を聞き入れることなく、榎木津は彼の耳元に囁きを落とした。

 

「好きだぞ、中禅寺」

 

「だって綺麗だからな」

 

その声を受けて、中禅寺はその頸に手を回す為に

赤い曼珠沙華を床に落とした。


 

 


彼岸花が個人的に好きで・・・。

榎京よりもむしろそっちが書きたかったのかも。<!?

というかその為に壁紙までつくったし。

曼珠沙華・裏バージョンも執筆中です。