≠≠ 空想科学少女 ≠≠

 

 突然。

 唐突に。

 客人は、こう云ってのけた。

「ソレだ!!そうそう!まさにソレッ」

 口をやたらでかくあけて尚でかい声で叫んでいながらも未だ目は覚めきっておらず、眠そうな半眼である。

 こういう場合は迅速かつ冷静な判断に依る早急な対応が必要不可欠だ。

 ――僕はコンピューターが苦手だし、情報処理能力も上級ではない。

 だから前頭葉に負担が掛かる。このところ偏頭痛に苛まれ、質の悪い神経科医に掛かっているのはこういう面倒ごとが次々降りかかってくるからなのだ。

「其れと云われても葬送と云われても真差に反れと云われても僕は今頭が痛いんだ。此の痛みの為に食事さえ摂ってないんだ。君の云うことを一々汲んでいる余裕は1ミリ程も持ち合わせちゃ居ない」

「わかってるさぁ。キミがそこまでシリメツレツなんだから。アメでもふるかな?きっとあしたのあさにはとけてベタベタだ!アリンコがわくっ」

 客人は半分眠りながらも、起用に嬉々と笑った。

「君はイントネーションが悪いんだ。云っておくけど、空から降る雨っていうのは水の粒が大量に落ちてくる自然現象だよ。君は変に良く言葉を知っているが同音異義語には弱いみたいだね。まぁ、そこが日本語の難解で奥深いところだけれども・・・。あと、そろそろ漢字も学習したほうが善いんじゃないかな」

 ――嗚呼、顔の骨格を運動させる度に眼球が引きつるような痛みがする。自分が何をしゃべっているのか解らないほどに。

「まったくキミはアタマがカタいなぁ。いやカタいんじゃなくてイタいのか。ジョークだよ。ボクもイチオウAキュウライセンスとってるんだから。ユーモアがわからないオトコはきらわれるんだって。しってる?サヤがいってたよ」

 ――そう。沙耶。彼女が来てくれなければ話は始まらない。此の客人も僕も彼女が姿を現すのをこうして無為に時を過ごして待っているわけなのだ。

 油汗を掻きながら机に突っ伏している青年と、ソファの上で仰向けに足を組んでいる白髪の少年の(ような)外人は、かれこれ半日は此処に居っぱなしだ。

「ソウじゃなくてさぁ。アメもツブもカンジもカンケイなくて。さっきキミいったじゃない。『彼女がくる確率は1分毎に0.1パーセントずつ減っていっている。此は僕等が自力で此の問題に当たって対処しなければならなくなる可能性を大いに秘めているんだ。そしてそれは刻一刻と現実に近づいている。そうするとこうやって無為に暇をもてあましているなんてのは非常に非合理的なことなんではないのかな。嗚呼でもまた頭痛がしてきたなやっぱり昨日医者が・・・』」

 堪らず遮った。

「僕が過去に口にしたことを正確になぞらないでくれよ。・・・結局何が云いたいんだい?」

 半分眠っていながらも彼の記憶力は冴えていた。こちらは頭痛で神経がピリピリしているというのに頭にはさっぱり何も記憶されない。

「ああん、もう。ヒトのハナシはサイゴまでききなよ。そのあとにいったことだよ。」

「生憎、僕は君と違って数瞬前の自分の言葉も憶えていない程記憶力が劣っているんだ。僕が何て云ったって?」

 いつの間にか白髪の少年はすっかり起き上がってソファの上で胡座をかいていた。

「『あの偏屈で神経質な医者には一度直接的に制裁を与えた方が善い。僕は暴力というのは大嫌いだし肯定する気は微塵も無いのだけれどね、あれはいくら何でも非道い医者だ。』ってさ。ボクはコレにタイしておおいにシンパシーをもったのさ。」

「ああ。あの医者は全く以て酷い奴だ。毎回毎回トランキライザーを渡すのが医者の務めだと思っている。君にはあいつの人非人ぶりを今までに再三再四言い聞かせ続けているけれど、君はいつも『ソイツはいい!』とか『キミにピッタリだっ』とか云って、同情すらしてくれたことは無かったよ。それがなんだい?君が僕にシンパシーを持っただって?それこそ飴でも雪でも槍でも降りそうだな。1チャンネルでは晴れだっていってたぞ。天気予報はハズレだ。気象台に苦情のメールを発信しなきゃいけない」

 青年は、彼のロダンの代表作そっくり苦悩のポーズを固定して云った。

「ザンネンだけどね、べつにボクはそのイケンをかえたわけでもジゼンカにめざめたわけでもないよ。キミがイシャにクスリのジッケンダイにされそうになったり、あやうくイデンシジョウホウをケンサとしょうしてぬすまれそうになったりすることはボクにとってはオモシロイネタってことのイジョウでもイカでもないんだよ。むしろいまでもボクはそのイシャにたいしてコウカンをもっているのさっ。」

 少年は立ち上がって愉快そうに窓の外を覗いた。

「どうせ君はそういう奴だよ。そうさ。僕がホルマリン漬けになろうと人間標本になろうと君にとってそれは異状でも烏賊でもないんだね。僕は烏賊以下ってことか・・・だったら何だっていうのさ。十字以内で簡潔にこたえてくれよ」

「キミもジュウショーだぁ。イカイカってなんだい?まぁ、いいや。リクエストにおこたえしてジュウジでいうよ。“直接的制裁を与える事”ダッ。」

 彼は最後のダにアクセントを付けて振り向いた。手にポップコーンの袋を抱えている。「それは勿論あの医者に、じゃなくて、ってことかい?すると君は武力行使でこの問題を解決するっていうのか?いくら何でもそりゃ乱暴だよ。別に僕だって本当に医者を殴る勇気なんてないのだし・・・。だって君、下手すりゃ、いや確実に傷害罪だよ。僕等だって危険だ」

 青年もやっとそこで顔を上げて少年の方をみた。

 少年はコーンを一つ摘んで空中に放るとパクっと口で捕らえた。

「キミはニホンジンのくせにニホンゴがわかってないなぁ。コトバっていうのはジツにタギテキなんだ。アイテがつたえようとしていることと、ジブンがうけとったことがカンゼンにイッチすることなんてありえないのさ。イミをコテイしてうけとるのはまさにタンラクテキでオロカなことなんだよ」

「なんだか君だけには云われたくない気がするなぁ。」

 ――僕が、彼のコーンに手を伸ばし欠けたその時。扉が開いた。

 ヴァッターーン!!

 グァションッ、バキッ!

 ズダダダダッダダァーーン!!

「・・・・・・・・・・・・・・・――っっっ!!」

 ――屹度一瞬の出来事だったのだろう。物凄い騒音がして扉が開いた。と、思ったらチラリと重火器の様な物が目に映り、確認する間もなく閃光が走り、それは僕の耳を掠めて真っ直ぐ其の先の窓をぶち破った。

 青年が気が付いたときには、窓が在ったはずの壁は、爽やかすぎる程の青空の景色にすり替わっていた。

「サヤ!おそかったじゃぁない。まちくたびれたヨ〜。あ・なぁーんだ。テンキヨホーあたってたみたいだね。ねえ、シズ」

 ――紫月、もとい僕はといえば、いきなり現れたリラクゼーションCGのような風景を凝視したまま、恐怖だか畏怖だか、怒りだか悲しいんだか、それとも情けないんだかよく分からない心境の儘彫刻のように静止していた。只、泣きたくなったのは確かだった。

「天気予報が何だって?ま・いいや。お前等何をやってんだ?こんなせっまい匣ん中でじめじめと。御主人様(マスター)の御登場が遅れたらイジイジ待ってないで御迎えに上がることに決まっているだろうが」

 派手な登場を果たした二人目の客人(自称・御主人様)――沙耶は迷彩模様のつなぎのバックル部分を弄りながらドカッとソファに腰を下ろした。

「さ・・・沙耶。君はまた大変なことをしでかしてくれたじゃないか。おかげで頭痛もどっかに吹っ飛んだ。空がこんなに青いということも再認識できたしな。おまけに下に行きたいときは一々エレクトロンリフトを使わないでも此処からなら一気に降りられるよ」

 掠れた声も、やけになって台詞を吐き出せば冷静さと共に徐々に滑舌を取り戻していく。

「そうだろう?こんな陰気くさい部屋こうすればスッキリだ。これから毎晩星が見れていいなぁ?紫月」

 他人の住居を悉く破壊した張本人はサッパリとした顔をして云った。

「飴が降ったらベトベトだぁね・・・」

「あ・・・シズ。そ、そうだよ!ダイジョウブさっ。スミカをうしなったキミのかわりにパラレルワールドのキミのヘヤはブジさ!それにキミ、まえからあたらしいブッケンさがしてたじゃない。このさいいいとこにヒッコシてシンセイカツをマンキツすればイイヨッ」「ああ。心遣いに涙がでるよ。千璃、君が慰めてくれるだなんてね」

 何だかんだいって意外と気を使う少年――千璃は小股でソファににじり寄ると小声で沙耶の耳元に囁いた。

「ねぇ。これはちょっとやばいよー。シズのコエが1オクターブひくくなってる。ああみえておこるとこわいんだよ。シズ。あやまってみたらどう?」

「千璃、いいよもう。ところで、此処が何処だか君たち知ってるよね」

「知ってるよ。お前ん家だよ。悪かったよ。謝るよ。だからもういいじゃないのさ」

「そう。此処は僕の部屋で、低家賃のカプセルハウスで、超高層の空中アパートさ。典型的なBOXタイプの1LDKのこの部屋の壁は四面。厚さは僅か7センチ。ちなみに此処の最上階は321階。この部屋は277階。この上には44の同じタイプの部屋がのっかっている。そして遂今し方、四面のうちの一面の壁が沙耶の恐るべき破壊力をもつ創作物に依って消滅した。僕よりずっと頭の良い君たちなんだからもう解ってるよね。これでもう4回目なんだから――」

 

 ミシッ・・・

 ――!!

 その時。

ゆっくりと

 天井が。

    スローモーションのように

 天井が

 

 崩れ――――・・・ 

 

 

 

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