ふと隣りに目を遣れば、

 何時も居るのが当たり前で。

 ――考えもしなかった。

 

 彼が、

 

 いなくなるなんて。

 

 

     

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――  The Somnambulist in Outline ―――――

                                              2001,9,1

 

 

 予感、は内からされる希望的観測にすぎない。

 だから、何もないのに心が浮き立つとか、そわそわするなんていうのは、単なる幻想だ。 ――けれども

 彼。

 彼の存在が、私を幻想へと掻き立てる。

 

 特別な、

 特別な存在。なんていえる訳でもない。他の友人達と変わったつき合いをしている訳でもない。

 学生時代に先輩として出会ってから、二人の関係はなにも変わらない。

 

 何時からだろうか。

 

 その心地よさを覚えたのは。

 

 気付かぬ内に彼を目で追っていたのは。

 

 

気付いてはいけなかった。

悟ってはならなかった。

出会ってはならなかった。

 

 この、心の闇を、さらしてはならない。

 気を緩めては、ならない。

 

 自分は、

 一生、こうして

 生きるのだ。

 

 ボクニ アイヲ キヅカセナイ デ・・・

    

       

 

 

         

 

 

    1

 

   良い一日は朝に約束される、とある詩人はいった。

 では、その朝が、思いの外散々なるものだったならば、その時点で一日は決定されてしまうのだろうか。

 ――いや、散々なる朝など訪れようがない。

 日が昇るのは当たり前。目を覚ませば昨日と同じように朝食を摂って帳場に座り、何時ものとうりに本を読む。

 毎日が繰り返されるだけなのだ。事件だなんだと客が訪れようと、朝だけは変わることはないのである。

 

 そして、

 何時ものように、

 本を読む中禅寺の傍らには、

 惰眠を貪る長身の麗人。

 彼――榎木津礼二郎。

 

才色兼備 眉目秀麗 容姿端麗 全知全能 一網打尽 頭脳明晰 国士無双 縦横無尽 天下無敵 

泰然自若 傍若無人 大胆不敵 驚天動地 奇想天外 豪放磊落 独断専行 馬耳東風 悠悠自適 

天衣無縫 余裕綽綽 複雑怪奇 神出鬼没 前代未聞 快刀乱麻 奇人変人 奇々怪々・・・  

天上天下唯我独尊。

 

 彼を表す言葉は数知れないが、そのどれもが端的に彼そのものを言い表せることができない。

 言葉など、あってないようなもの。

 狭義の中に集約してしまうことなど、榎木津には無用なのだ。

 

「おい、何を考えている」

その声に、中禅寺は我に返る。何時の間にか寝ていた筈の麗人が顔を覗き込んでいた。

「何だ。起きていたのか」

本当は驚いたのだがそんなことは微塵も顔に出さない。

「お前が惚けているなんて珍しいじゃないか。僕はずっと見ていたぞ」

「関口君じゃあるまいし。別にたいしたことじゃないですよ。大体僕が何を考えようとあんたには関係ないでしょうに」

見ていた――ということは、分かっているのだろう。考えていたことといえば目の前の榎木津のことだ。関係ないことはない。

中禅寺は試すような自分の言葉に、心の中で自嘲した。

いい加減自覚しろと。否、認めたくないのか。

「僕を誰だと思っている。僕に隠し事は出来ないと知っているだろう。それにしても、どうしてお前は僕が寝ている処しか覚えていないんだ。毎回毎回僕が此処に寝に来ているとでも思っているのか?!」

そんなこと云われても、事実榎木津は寝るために此処を訪れている。大抵は寝ているのだから寝顔ばかり覚えているのも仕方がない。

正直にそう云ったら、榎木津は大変心外そうな顔をして、それは違うゾッと云った。

「ちゃんと用事がある時はあるんだ!今日だって用があって来たんだぞ」

中禅寺は意外なその言葉に思わず相手を凝視した。

「それは関君が締め切り前に原稿を仕上げることより珍しい。一体どんな用事なんです?」

わざわざこの人が用事などと。気になるではないか。

「京極。実はな」

急に深刻な顔つきになる榎木津を見て、何か胸の奥がざわついた。

「今日は名残惜しみに来たんだ」

「え」

 

何を

「明日から、僕は――」

彼は何を

「暫く南米に行くことになった」

 

 

 

――何時戻るか分からない。

彼はそう告げて、中禅寺の前から去っていった。

胸の奥のざわつきだけを残したまま――