Tu fui ego eris
白い装束の人々
真っ黒な棺
行列
丘の上で弔いの鐘が鳴っている。
†††
白装束
ああ、あれは喪服だ。
とある地方の古い因習で、死んだ者の死装束と共に白い麻の布で縫った喪服を血族は着るのだと、
以前聞いたことがあった。
異様な光景。
頭からすっぽりと被るように白い布を纏った行列が丘へと続く。
丘の上には教会が――
いや、そんな馬鹿な。
行列の先頭を見た。
先頭には、
仏僧が
こんな葬儀は、ありえない。
あべこべだ。
神道と基督教と仏教
これは・・―――――
途端、
霧に見舞われる。
視界が奪われる。
「お弔いだよ」
声の方には、
――死神が
白装束の幼い少女が居た。
法皇の被るようなを角のよう帽子、此また法衣のような真っ白な衣装。
地に着きそうな程伸びた黒髪。
石膏の人形ような、無表情の日本人形のような顔。
魔導師にも見え、巫女のようにも見え、精霊のようでもある。
「誰の・・――」
少女はそれに答えるべく、
神託を下すように
人差し指の先で私の後を、指した。
いつの間にか、霧は晴れていた。
弔いの鐘が鳴っている。
丘の上には教会が。
黒い喪服の人々が、厳粛に祈りを捧げていた。
林立する墓石の中で牧師が立っている。
今まで何を見ていただろうか。
黒い礼服の中に
黒い和装の男が
何を、
何を泣いているのだ
誰が
これは誰の――・・
徐々に人が減り
一人が墓石の前に立った。
私は声を掛ける。
「中禅寺・・・」
目の前の男は振り向きもせず、まるで独白するように云った。
「トゥー・フィー・エゴ・エリス。――私は貴方であった。貴方は私になるだろう、か」
墓石を見やるとラテン語でそう、刻まれていた。
「あんたの呪いは最強だな。屹度一生解けない。だから僕はこうして後を追うこともできないんだ」
私は聞こうとした、
これは誰の
「会いたいよ、榎さん」
中禅寺は泣いている。
私は、此処にいる。
振り向いて欲しいのに
「どうしてあんたが先に逝くんだ」
ああ、
あの少女は
死神は、私を指したのだ。
私は悲しくなった。
泣く彼を抱きしめられないことが
何より罪な気がした。
†††
「――・・さん。榎さん、榎さんってば起きてくれよ。一体いつまで居る気なんだい。迷惑じゃないか」
再度強く揺すぶられて、ようやく榎木津は目を覚ました。
「んあ〜、寝起きに猿を見るとは目覚めが悪いッ。夢を忘れてしまうじゃないか」
榎木津は発条のようにして起き上がると、あアッ!!と珍妙な声を上げた。
「忘れた」
中野は眩暈坂の上、京極堂である。
季節は夏。
一体あれから何度目の夏だろうか。
奇妙で複雑で遣りきれない事件が幾度と続き、あまねくそれらに関わった人々にとって最悪の結末を迎え、
あれから数年――もう、既に日常を獲得し、彼等は何も変わらず暮らしている。
しかし、時の経過と共に彼等も少しずつ変わっていった。
関口は今も遅筆なりに何とか小説で暮らしていた。
年に一冊ずつ単行本を出して最初の単行本から数えて数冊、そこそこの域はでなかったものの、幻想小説の鬼才の位置を獲 得し、他誌の依頼も屡々来るようになった。
鳥口は、社員の増えた赤井書房から離れて、フリーの編集者として活躍している。
木場は万年刑事を相変わらずやってはいたが、青木は怪我を契機に仕事を辞めて、薔薇十字探偵社に入った。
薔薇十字探偵社も相変わらずだったが、今は榎木津は居らず、益田が中心になってからもなかなかの評判だった。
敦子は一流記者として現在も綺譚社で仕事をしていて、度々義理姉の元を訪れている。
榎木津は、
榎木津は暫く日本を離れていた。
友人の司と共に中近東あたりを放浪したり、世界各国を巡っていたのだ。
つい先月帰国したばかりだった。
そして、久し振りに此処を訪れた。
「それじゃあ、千鶴子さん。又来ます」
「ええ、雪絵さんに宜しくお伝え下さい。榎木津さんも又いらして下さいね。主人も喜びますから・・・」
「うん。また来るよ」
坂を下りる。
油土塀の中は墓場だ。
「榎さん、この後どうします?墓参りは明日行くとして、雪絵がご無沙汰だから会いたがっていましたよ。どうです」
「いや、行くところがあるんだ」
榎木津には、日本に帰ってきて一番に会いたかった人が居た。
只一人。
岸壁の切り立った岬。
岩礁に打ち付ける波が遙か眼下で飛沫を上げている。
榎木津は海の向こうから吹く潮風を受けて岬の先に立った。
「帰ったぞ。この馬鹿」
「榎さん、会いたかったよ」
榎木津は振り返る。
其処に立つ黒衣の――
「中禅寺・・・」
腕を伸ばす。
今度こそ、この手で
泣く彼を――
するりと、
風がふわりと吹き抜けるように、
彼が擦り抜けた。
「亡霊でもいい・・・。中禅寺、僕は――――」
え?
今何て。
風で良く聞こえなかっ――
†††
「ふーん。何だ?その夢は」
榎木津は中禅寺の顔を覗き込むようにして訊いた。
「さぁ。僕が死んでいたのは確かですけれど」
「何で死んでいるのに僕が居るんだ?おかしいじゃないかっ」
「はぁ?何でそうなるんです。第一夢におかしいも何もあったもんじゃ無いでしょうに」
中禅寺がそう云うと榎木津は拗ねたように寝っ転がった。
「もし、もしも逆だったらお前どうする?」
榎木津が呟くように云った。
「榎さん・・・」
「僕がお前で、お前が僕だったらどう思う?」
「何だか謎掛けみたいだなあ。僕は居残されるのは御免ですけどね。その時になってみないと判りませんよ」
「だったら僕が呪いを掛けてやる」
「呪いを?」
「Tu fui ego eris(トゥー・フィー・エゴ・エリス)。絶対に解けないぞ」
「それは困ったな」
「お前も掛けてみろ」
中禅寺は近づいてくる唇に触れる前にそっと唱えた。
「私は貴方でだった。貴方は私になるだろう」
誓約の口づけを交わし
そこで夢は終わった。
END
Tu fui ego eris、墓石に刻む言葉として有名だそうです。私も昔は貴方のように生きていた、貴方もいずれ私のように死を迎 えるだろう。と云う意味。
二人のどちらかが死んだらどうだろうと前々から思っていて、色々こねくり回したらこんな事に・・・。というか行き当たりば ったり・・・。
現実が1ミリも出てきませんね。
何てオチだ!という怒りの声が聞こえてきそうです。