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―― 曼珠沙華〜宵〜 ――
熱に浮かされ、呼吸する事さえも忘れる程。 深く互いの舌を絡ませる。 「んっ・・・」 中禅寺が、徐々に体重を掛けてくる榎木津の胸を押し返すようにすると、漸く唇が放された。 「榎さん、寝室に・・・」 目を伏せ榎木津から離れようとすると不意に懐に手が差し入れられた。 既に早鐘のように胸が鳴っている。 中禅寺が熱い吐息を吐く。 「大丈夫だ。誰も来やしないさ」 囁きながら榎木津の手が中禅寺の肩から着物を滑らかせる。 蕩揺うような布地は抵抗無く肌を滑り、その儘重力に従いパサリと下りた。 濃密な肌の香が顕わになり、其の香を鼻孔で追うように背に顔を寄せる。 「寝台がいいんだ。ソファは狭いだろう?」 榎木津の追逐を逃れるように身を捩るとソファから滑り降り寝室へ逃げる。 榎木津が後を追う。 カーテンで斜陽が遮られた薄暗い部屋の中を覗いたが寝台の上は整然としていた。 「中禅寺?」 姿が見えない情人を目で探す。 するりとしなやかなモノが頸を掠めた。 「わっ!!」 驚いて横を向くと扉の影に隠れていた彼が声を殺して笑っていた。 「巫山戯るんじゃないぞ!」 「どうしてだい?巫山の陽台で戯れ合うというのもいいじゃないか」 にべもなく彼は云う。 「よぉし。いったな!覚悟しろヨッ」 そして二人は陽台ならぬ寝台に雪崩れ込んだ。
仄暗い部屋がカーテンから零れる夕日によって赤で満たされ。 白磁の肌が緋色に染まる。
部屋を満たすモノは二人の粘膜の接合部が立てる音。 そして空々しい血液を模した水溶液。
「ふ、・・・ん。・・・あ、ああん――・・榎さん・・・」 夕闇色の波間に埋もれながら中禅寺は嬌声を上げる。 溺れる事を抑制することなく只ひたすら行為に没頭する。 毒々しくも美しい溶液の中で二つの影が律動を繰り返す。 それは衝動で行動する快楽の追求。 「真っ赤だな。・・・彼岸花みたいだ」 赤く染まった肩胛骨に一際赤く鬱血の跡を残していく。 「え・・の、・・ん」 幾度と快感の波が訪れては体制を変え耐えてきたが、どうやら限界が近いようだ。 中禅寺は埋めていた顔をあげ肩越しに潤んだ目で榎木津を捕らえた。 榎木津は中禅寺を仰向けにさせ、細い足を肩に担ぐように上げさせた。 暫しの、一旦停止。
部屋を満たすモノは二人の湿った呼吸の立てる音。 此処は単色偏執狂の部屋を模した舞台。
荒い呼吸が収まる前に中禅寺が乞う。 「は、や・・く。榎さん・・・、きて」 自ら腰を押しつけて、彼は誘う。 二人はそれから制御不能の高みへと加速する。 泳ぐのを止めたら呼吸が出来なくなって死んでしまう魚のように。 感覚器が麻痺して、瞬間の永遠を望みながら到達する恍愡を求める。 相反する事象を渇望して失神寸前で引き戻されて。
部屋を満たすモノは二人の粘膜の接合部が立てる音。 そして空々しい血液を模した水溶液。
「ああ!・・・はっん・・う・・あっ、ああっ」
部屋を満たすモノは扇情的に揺れる喉が立てる悲鳴。 此処はマグマに浮かぶ島を模した寝台。
熱を放出したくて疼き出す。 「あっ、あっ・・え・・の、さん・・・もう」 「中・・禅寺・・・っ」 屹度オーガスムの瞬間は気が触れているのだ。
赤く照らされた視界が遮られ、舞台は暗転した。
日は完全に落ち赤い幻は消え去った。 「中禅寺、帰らなくて良いのか?」 榎木津がシャワーを浴びて戻ってきた。 熱は冷めて気怠い浮遊感が訪れる。 「帰りたくともこれじゃあ無理です。一歩も動けやしない」 中禅寺は弛緩した身体をそのままに頸だけ傾けた。 「電話しようか?千鶴さんもそろそろ帰ってるだろ」 「何だか気持ち悪いなぁ。あんたがそう何か遣ってくれるときはろくな事がない」 「ふふふ。さっき沢山奉仕してもらったからなあ。サービスだ、サービス」 愉快そうに榎木津が云うと中禅寺は頬を僅かに朱に染めた。 「馬鹿」
Fin
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