第一話
歴史の分かれ目
ハリィ・・。西方の街と呼ばれる町。
街の中心地にある丘。名前は、無い。
そこに、警察育成用の、高等専門学校は、存在した。
今は、夏の長期休暇の最中で、校内に人は少ない。
ほとんどの者が、故郷へと、帰省している。
居るのは、試験の出来が悪く、補修を受けるハメになった者。
帰省せず、学生寮で寝泊りをしている者。
自主的に、勉強をしに来ている者・・・。等、様々。
中庭に、1年生と思われる生徒たち数人と、教師2名が出てきた。
この高等学校は、6年制である。長い期間をかけて、警察としての実力を身につけるのだ。
1年生の間には、普通の高等学校と変わらぬ学習が多い。
もともと、この学校は「警察部隊としての資質」を基本として入学者を選定している。
単純な学問を、得意とする生徒は、あまり多くない。
最も、1年の間の学習で、大抵身についてしまう為か、補修生は、1年生の割合が、微量に多い。
1年以降に補修を言いつけられるというのは、「警察としての能力」が低いと宣言されたようなもの。
本物の警察部隊へと入隊するためには、補修なんて受けていてはいけない。
一度でも自分の能力を否定されていたら、二度と追いつくことは・・不可能だ。
今、世界は、正体不明の異種生命体、通称「マホロバ」の存在に困惑している。
「マホロバ」は、たまに街の中に出現しては、人間を襲っている。
が、武器さえ持っていれば、「マホロバ」にも充分対応できる。
確認されている中では、人の背を越える大きさの「マホロバ」は、存在しない。
生命力が強い訳でも無く、武器で傷をつければ、他の生物のように、死に至る。
問題は、その異様なまでの攻撃性。
武器も何もない、無防備な状態で出くわした時には、生き残る希望は薄い。
よって、市内の全学校には、護身用として、小型の武器が生徒全員に支給されている。
単発式の小型拳銃。折りたたみ式のサバイバルナイフ。その種類も、多種多様。
大抵の生徒が、「カッコいいから」とかの理由で、拳銃を選ぶ。
が、貫通型の武器である拳銃は、実際、「マホロバ」に効果は薄い。
補修をするために中庭に出てきた教師のうちの1名が、別の方向に歩み寄る。
日光が射し込む中庭にある、巨大な百年樹。その大木の下で、分厚い本を黙々と読んでいる少女が居た。
セピア色の短い頭髪に、紺碧の瞳を持っている。歳は、17くらいだろうか。
背は、150強。比較的小柄の体格をしているようだ。
彼女の脇には、小型の、特殊警棒が立てかけられている。
「マホロバ」には、直接打撃を与えられる「棒」という単純な武器が、一番効果的である。
彼女のそれは、棒というより、むしろヌンチャクに近い形状をしている。
3つの節がある。三節根と呼ばれる武器だ。
「なんだ、浅原。また来てたのか?」
教師がおもむろに少女に話し掛ける。
「あ、先生。おはようございます。」
浅原と呼ばれた少女は、軽く微笑みながら返事をした。
「お前は、部隊からもう誘いがかかっているだろう?なのに、また勉強かい?」
彼女は、この学校の6年生。その優秀な成績から、警察部隊から入隊の誘いが来ているのだった。
17歳での入隊は前例が無い。彼女は中学を早期卒業し、11歳の時にこの学校に入学した。
それも、異種生命体捕縛部隊専門学科。。「マホロバ」を滅殺するために作られた組織に入るための学習の場だ。
「勉強は、多くしても損にはなりませんよ。先生もそう言ってたでしょ?」
彼女は、他人からの教えは、絶対に忘れない。言った当人が忘れていることでも。
「それもそうだが・・・。それよりも、君に、これ以上学ぶ事があるとも思えない。」
それは確かだった。彼女の成績は、ほぼ完璧に近い。身体能力もかなり、高い。
「学ぶ事に限界は無い、知識は、底上げされる。・・とも、言ってましたよね?」
「・・・。すまないな、覚えていない。」
教師が、苦笑の顔を作ってみせる。
「でも、もうそろそろ帰ろうとしていた所ですよ。先生も、授業に戻った方が良いんじゃないかな?」
「おっと、そうだったな。あの新入生共を鍛え上げなければな!」
教師は急ぎ足で、黒板の前に座っている生徒達の元へ歩いた。

その瞬間。
裏庭に、何か大きな衝撃が走った。
それに続くように、4〜5発の発砲音。
この街で、拳銃の使用が許可されているのは、「マホロバに対する、防衛手段」のみである。
少女は、三節根を左手に持って、裏庭を睨みつける。
直後、分厚い本を放り出して、音の元へと走り始める。
教師達は、呆然としている。武器を持ち歩いていない以上、手出しができないのだ。
裏庭には、7匹程の「マホロバ」が出現した。どれも、サッカーボール大の大きさである。
これだけ大勢の「マホロバ」が出現する事は、珍しい。
2人の生徒が、銃を構え、銃口からは、硝煙が噴出している。
「どうしたの!?」
少女は2人の生徒に話し掛ける。
「驚いた・・。いきなりこんなにたくさんマホロバが現れて・・・。」
「琴奈先輩!来てたんですね!見ての通り、マホロバが・・・。」
2人は、口を揃えて、さほど意味の違わない言葉を口走る。
この少女の名は、「浅原琴奈」というらしい。
「この数なら、相手に出来ない事はないよ」
だが、本当にこれだけなのだろうか?先ほどの大きな衝撃が、7体の小型のマホロバが起こしたものなのか?
琴奈は、少しだけ不安を抱いていた。
マホロバは、少しずつ近づいてくる。
生徒2人が、連続して、単発式の拳銃を乱射する。
が、マホロバ3体を撃ち倒した所で、無計画な発砲で、弾薬は底を尽きた。
「バカっ!そんなに撃ちまくるやつがありますかっ!」
琴奈は、とりあえず、先輩として怒鳴っておいた。
実際、2〜3発撃ち込まないと、弾丸でマホロバを殺せる事はほとんどありえない。
だからこそ、それ故に銃器類はマホロバ相手に、適してないと、琴奈は考える。
使用制限の無い、打撃具や、刃物類が、最も使いやすいという事も。
「あなた達は、下がってなさい。」
弾を使い切り、戦う術を無くした後輩達は、はっきり言うと、「足手まとい」だった。
琴奈は、三節根を手に、4体の小型のマホロバに向かっていく。
はっきり言って、この程度のマホロバなら、琴奈の敵ではない。
手に持つ武器を振り下ろす度に、マホロバは絶命していく。
5分も経たないうちに、その場に見えるマホロバに、生気は消えた。
「浅原先輩!流石ですね!」
「琴奈先輩!すっごーい!!」
2人は、やはり意味の違わない事を同時に口走る。
「マホロバは、これだけ?」
琴奈は、2人の言葉を受け流して、すぐに問い掛ける。
「多分・・・。私たちが来た時には、8体しかいませんでしたから・・・・。」
後輩の1人が、何の違和感も感じずに、そう口走る。
「・・・・。あなた、1体足りないじゃないの・・」
琴奈が、溜息交じりでそう言った。
途端に、後輩達は言葉を失う。
「で、そのもう1体も、こいつらと同じ型のマホロバ?」
琴奈が、飽きれながらも尋ねた
。
「いえ。なんか、土から生えてるみたいな・・・?」
「ちょっと細い・・感じの・・・?」
後輩達が言う型は、どうにも映像が浮かばない。
琴奈は、そんな型のマホロバは見たこと無かった。
(どうして・・・。そんな変なマホロバが居るの・・・忘れてたの、この娘達は・・・。)
内心でそう思いながらも、また五月蝿くなりそうなので、口には出さない。
それより、そのマホロバの行方だ。
土から生えているとなると、土の中を移動している可能性がある。
それから、20〜30秒近く、琴奈はその場に立ち尽くしていた。
突然、足の下で、何かが振動している感覚がした。
そして、それは自分の後ろへと過ぎ去っていく・・・。そう感じる。
地面が、震えた。悲鳴が、聞こえた。
まだ声変わりしていない高い声。一年生。
聞きなれている、低く、威厳のある声。先生。
琴奈の足は、自然と、中庭へと向けられた。歩幅が広く、なっていく。
「あなた達、校舎に戻って、弾薬を装填してきなさい!」
琴奈は後輩達にそう言い残して、早足で中庭へと戻る。
「痛っ!痛い!!」
「助けて!!」
まだ中等学校を卒業したばかりの、幼さ残る1年生の悲鳴が裏庭に響く
「あ・・・・浅原!!!」
裏返った教師の声が、琴奈の氏を叫ぶ。
「・・・!」
琴奈は声を失った。ただ、なにより驚いた。
大きい。そのマホロバは、縦は琴奈の3倍近い。横に至っては、両手を広げても、数倍のおつりはくる。
頭のてっぺんに突き出た、細く、短い管。後輩達が見たのは、大地から出たそれだったのだろう。
左右から伸びる6本の触手のようなものが、1年生5名を縛り上げて、上空へと掲げていた。
「浅原!私は校舎から武器を持ってくる!それまで、なんとか抑えておいてくれないか!」
教師は、返答をする暇も与えずに、校舎へと走っていく。
「大きい・・・どこを狙えばいいのかな・・。」
琴奈は困惑した。これまで自分より大きいマホロバを相手にしたことはなかった。
それ故にどうしても戦い方が浮かばない。
迷っていても仕方がない。とりあえず琴奈は三節根を深く握り直す。
巨大マホロバは、余っている触手を琴奈に向けて伸ばしてきた。
琴奈はそれを側転でなんとか回避する。
横転した琴奈は、素早く態勢を整え、跳躍する。
体重を乗せて、巨大マホロバに対し、三節根をふり落とす。
少しよろめいたようだが、また変わらず触手を伸ばし続ける。
琴奈は、回避に専念しており、攻撃にまで手が回らない。
何度も変わり無い動作を繰り返す度に、琴奈の動きはどんどんと鈍っていく。
いくら身体能力が高いとは言え、琴奈は20歳にも満たない少女。
その体力は、成人の男には大きく劣る。
動作の遅れた琴奈の足に絡みついた。
「あ・・っ、ちょ・・っ、離しな・・さいっ!」
琴奈は、踏ん張りの効かない体勢で、三節根を一心不乱に振り回す。
反撃も無意味で、琴奈の体は上空へと浮き上がる。
琴奈は体の自由を奪われ、その身に危険を感じた。
その時、数発の発砲音。
後輩達2人が琴奈の下へと戻って来ていた。
「せんぱぁい!大丈夫ですか!」
「今助けますね!」
後輩達は銃口を巨大マホロバに向けて構えた。
「・・・。一応言っとくけど、私とか1年生には・・当てないでね。」
射撃の腕を疑う訳では・・ないと思うが、不安を漏らす琴奈。
後輩達は、しっかりと狙いをつけて、マホロバに銃弾を撃ち込む。
銃弾は、マホロバのほぼ中心に命中した。
そして、体を突き抜けて貫通・・・しなかった。
巨大マホロバは、予想以上に苦しんでいる。
大きすぎる故に、弾丸が体の中で止まっているのだった。
次々と撃ち込まれる弾丸。そのうちの一発が、琴奈の顔から数センチ程横に食い込む。
巨大マホロバは、次第に形を崩していき、その姿は大地へと消え失せた。
触手から解放された1年生は、呆然としている。
琴奈は、多少驚いていたものの、すぐに立ち上がる。
「浅原先輩!どうですか!私たちも役に立つでしょ?」
「琴奈先輩!大丈夫ですか?怪我はないですか?」
後輩達は、琴奈に向かって、喜びの言葉を浴びせる。
「助けてくれたのは嬉しいけど・・・一発、私にあたりそうになったわよね?」
琴奈は、喜びと一緒に、不満も漏らす。
「当たってないじゃないですか。」
琴奈は、屁理屈を立てる後輩に、反論できなかった。
「浅原!大丈夫か!!」
妙に多くの長銃を両手に抱えた教師がもどってきた。
「・・・まぁ、あの人より、数倍役に立ったよ。ありがとう、助けてくれて。」
琴奈が、皮肉を存分に込めて、教師にも聞こえるように後輩達に礼を言った。
(銃・・・。私も持った方がいいかな・・・。)
打撃具よりも、銃器の方が効果を見せるマホロバもいる・・。そう思い知った。
「ね、先生。学ぶ事に限界は、ありませんでしたよね?」
琴奈は教師に向かってそう言った。
教師はキョトンとして、琴奈を見ている。
銃器は、貫通しなければ、絶大な効果を見せると言う事。
人以上の大きさを持つマホロバは、確認されてなかっただけで、存在している事。
今日1日で、2つの事を学ぶことができた。
ただ、後者は、「存在している」という表現は正しく無い。
数日前には、間違いなく、「存在」していなかった。
マホロバは、紛れも無く、「進化」を始めていた。
そして、琴奈はまだそれに気付く筈も、無い。
これが「歴史の分かれ目」であるという事に・・・。

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