第二話
琴奈と椎名とマホロバと
この専門学校には、1時間毎に駅からのバスが通っている。
生徒達はそれに乗って、登校し、下校する事になる。
琴奈は、息を切らしながら、走り去っていくバスを呆然と見つめていた。
(やっぱり、あの話は、余計だったかな。)
内心そう感じながら、後輩達との雑談を思い出す。
バスは、あと1時間経たないと、ここに来る事は無い。
何より、もう日が落ちかけている。バスなんて待っていたら、マホロバが活発に動き出す時間だ。
こうなってしまったら、歩いて駅まで行ったほうが、多少は早い。
(足がまだヒリヒリするのに・・・)
さっきの巨大マホロバの触手には、酸が含まれていたらしく、足に軽い火傷のような傷を負っていた。
と、目の前を、一台の車が過ぎ去っていく。
教師の車に、生徒達が乗っている。
本来、4人乗りの車に、生徒が5〜6人詰めて乗り込んでいる。
乗せて下さい。と、言いたいのはやまやまだったのだが、その光景はそれを抑え込んだ。
(あれは・・・満員バス以上のモノがあるよ・・。)
そんな彼女を尻目に、車は過ぎ去っていく。
車の通りが無くなると、余計に虚しくなってくる。
「こうしてても仕方ないか・・。しょうがない、歩こう。」
琴奈は渋々と車道の脇を歩き始めた。
駅までは歩いて40分くらいで着く。その間には歩道の無い、車道だけの道路がある。
周囲を森に囲まれたその道路は、車の通りが無いと、恐怖感を覚える。
琴奈は、なるべく明るいうちにそこを通り抜ける為に、早足で歩いていた。
次第に日が暮れて、辺りは真っ暗になり、同時に所々に点々と立っている街灯に灯りが灯った。
その灯りは、この周囲の不気味さを余計に引き立てる。
月は出ていない。雲が空を覆いつくしている。
「あらら・・・。明日は、雨だね・・。」
恐怖を紛らわす為かは分からないが、琴奈が何の意味もなく独り言を呟いている。
なにやら、鳥の鳴く声が聞こえる。森の葉っぱがこすれる音も・・。
琴奈の聴覚は、桁外れに良い。
そのせいで、周囲の静けさを余計に思い知ってしまう。
と、鳥や葉の音の他に、何か違う音が琴奈の耳へと入り込んだ。
弱々しい、男の声の様に聞こえる。
だが、弱りきったそれは、「言葉」として認識することはできなかった。
声は、左脇の森の中から聞こえてくる。
琴奈は、よく目を凝らして、森の中を覗き込んでみた。
そこには、見慣れている警察車の残骸が、無残に転がっていた。
「誰か、居るの?」
問い掛けると、言葉ではない声が、ボソボソと返ってきた。
琴奈は注意深く茂みの中へと足を進めると、辺りを見回した。
ふと、木の影に積もっている葉の山を見ると、下のほうから足のようなものが突き出ている。
琴奈は急いでその葉を払いのけると・・・・。
木に、警察の制服を来た若い男がもたれかかっていた。
頭から、かなりの出血をしている。その目は、開いているのか閉じているのか、判別し難かった。
「だ・・大丈夫ですか!?一体何が?」
男は口をパクパク動かしているが、やはり言葉として聞き取る事はできない。
とりあえず琴奈は、自分のハンカチ等を使って、頭の怪我を止血する事に専念する。
なんとか血は止まったが、男に活気が無いのは変わらない。
「困ったな・・・。病院まで結構あるし・・・。」
琴奈が眉をしかめて、転がっている警察車を見る
が、すぐに深い溜息をついて、男の方へ向き直る。
そこで琴奈は、彼の右手に目をやる。
「なにこれ・・・?便箋かな・・?」
琴奈は彼の右手からその便箋のようなものを手にとり、グルグルと眺めた。
(勝手に見ちゃうわけには・・いかないしね・・。)
とりあえずこんな場所では来る助けも来ない。
まずは車道へと男を運ぶ事にした。
「重・・っ。」
彼の身長は、ざっと見て180近い。
琴奈が背負うと、むしろ引き摺るように映る。
彼を、なんとか車道まで引き摺り上げると、もう完全に日が落ち込んでいた。
「ますます真っ暗だ・・。ちゃんと家に帰れるのかな・・。」
その瞬間、車道の先から、大きな気配を感じた。
人のモノではない。マホロバのモノ。そして、その気配は・・、殺気として感じた。
琴奈は左手に三節根を握り締め、何気に、男の腰のホルスターを見た。
単発式の拳銃が一丁腰に差してあった。
「ちょっと、借りるね。」
右手に彼の拳銃を持ち、構えていると、次第に車道の奥に影がうっすら浮かび上がる。
大きい。遠距離の為、正確な大きさは分からないが・・。
近づくと、琴奈の身長なんて、軽く越えてしまうことだろう。
(今日一日で、新型のマホロバと2体でくわす事になるだなんて・・。)
そのマホロバの体は、次第に正確に浮かび上がってきた。
その姿は、まさしく肉食獣、熊とそっくりだった。
違いと言えば、両手の爪が異様に大きい。
それ以外は、熊と間違えて猟師が近づきそうな容姿をしている。
とりあえず、先手必勝。琴奈はまず銃のハンマーを上げ、撃った。
銃弾は、マホロバの体を突き抜けて、奥へと飛びぬけた。
「ダメかぁ〜・・・。やっぱり、大きければ弾丸が中で止まるって訳じゃないよね」
そんな気楽な事を言っている場合ではなかった。
銃で撃たれた事に動転したマホロバが、一直線に走ってくる。
琴奈は、三節根を構え、それを迎えうつ。
マホロバが走ってくる勢いを利用して、力任せに眉間を殴りつける。
が、マホロバが何もなかったかのように、すぐ爪を水平になぎ払う。
琴奈は、車道の脇へと吹き飛ばされた。
(ダメだ、よろめきもしないっ!さっきの奴よりも、丈夫かも・・・。)
マホロバは、迷う事無く琴奈の方へと近づいてきた。
とりあえずは三節根よりも拳銃の方が効果はあるようだ。
単発式の拳銃の装弾数は、6発。
最高であと5発、最低でもう弾は残っていないことになる。
ハンマーを親指で上げて、マホロバに再び撃ち込む。
弾丸は、体内で止まることなく、やはりマホロバの体を突き抜けていく。
(どうする、琴奈!このままじゃホントに死んじゃうよ!)
マホロバが、巨大な爪を上空へと振り上げた。
琴奈は思わず目を閉じ、したこともない「神頼み」をしてみる。
願いが届いたのかどうかは定かではない。
が、マホロバの体には、発砲音と同時に三発の銃痕が生まれた。
その発砲は、マホロバの背後からのもので、琴奈が撃ったものではない。
琴奈が目を開けると、マホロバは、ズシリと倒れこむところであった。
(えっ・・?何?)
消え去ったマホロバの奥で、警察の制服を着、頭にハンカチを巻いた若い男が
長身のライフルのような物から、硝煙を吹かせていた。
「あ・・・ありがとう・・。大丈夫?」
琴奈が恐る恐る男に近づいて尋ねる。が、男は答えなかった。
男はそのまま、糸が切れたように、その場に倒れこんでしまった。
「あーっ、ちょっとちょっと!病院まで歩いて行けない!?行けるよね!返事しなさい!!」
男は、答えなかった。
午後8時頃。琴奈はハリィ第三病院の待合室の椅子に腰を掛けていた。
(全く・・・。疲れた・・。)
(大体、なんで私が彼の目が覚めるまで病院に居なきゃいけないんだ。)
(あーあ・・・。絶対、怒るよね、ママ・・。)
次々と、口には出さずに頭の中で愚痴をこぼす。
琴奈は、ふと、ポケットに手を突っ込む。
硬貨が一枚出てきた。
立ち上がり、自動販売機の前まで歩き、数秒間固まる。
(お茶・・・。コーヒー・・・。・・・お酒、買っちゃおうかな。)
彼女は、優柔不断な所が多々あるようだ。この性格に至っては、警察に不向きだ。
最も、先程こぼしていた愚痴の内容も、警察を目指す者として褒められたものではないが。
彼女は、さんざん迷った挙句、缶コーヒーを選んだ。
ここでアルコールを選んでいたら、ますます警察としての資格を疑われる所だった。
プルタブを片手で開け、軽くコーヒーを飲む。
また、琴奈は固まる。今度は迷ってる訳ではなく、ただ単に不意をつかれたからなのだが。
(・・・苦い。)
缶の中のコーヒーは、黒々と輝いていた。
缶に書かれた文字を見逃す洞察力の低さも、時々、見られるような気がする。
結局のところ、琴奈はエリートというわけでもない。
いざ警察になれば、他と同じく、「新米警察官」として扱われるに違いない。
が、異種生命体捕縛部隊に誘われる、戦闘の実力と、戦闘時の判断力は、それなりに高いようだ。
午後8時30分。
琴奈は、椅子に座ったまま静かに寝息を立てはじめている。
治療室の扉が、静かに開く。
かすかに聞こえるドアのかすれる音を琴奈の耳は聞き取り、眠りの底から引きずり出した。
「おめでとうございます!無事目を覚まされましたよ!」
別に、私としてはめでたい出来事じゃないんだけど・・・。と、言おうとしたが、流石にやめておく。
どうやら、医師は琴奈の事を、妹か何かと勘違いしているのだろう。
医師が、病室への入室を琴奈に勧めた。
本来なら、役目が済んだところで、すぐにでも帰りたかったのだが。
仮にも、琴奈はあの男に命を救われている。その礼くらいは言っておいてもいいだろう。
琴奈は軽く医師に頭を下げて、病室へと入る。
頭に包帯を巻いたその男は、ベッドに腰を掛け、こちらを見ていた。
脇には、汚れた制服がたたんで置いてある。
歳は、琴奈とあまり変わらない。1〜2歳年上に見える・・・。19歳くらいだろうか。
琴奈は、すぐに尋ねたい質問を整理し始めた。
半分謎は解けたのだが、何故あの場所であんな怪我をしていたのか。
右手に握っていた便箋のこと・・。
あんなライフルで、どうやってあのマホロバを一撃でしとめたのか・・。
あとは個人的に、だが。名前も聞いて置きたかった。
琴奈が話し掛ける前に、話しかけられる。
「助けてくれて感謝するよ。君、名前は?」
早速ながら名前を聞かれた。
「私は、浅原琴奈。こっちも聞きたいことが・・・。」
とりあえず自分の名前を教えたどさくさで、色々聞き出そうとしていた。しかし。
「俺の名前と職業はこの名刺を見ろ。ある人物に手紙を届けるために車を走らせていたが、
途中、熊のようなマホロバに襲われて、車道の脇の森に転落してしまった。これでいいかな?」
男は早口で琴奈の聴きたかった事を答え切った。まだ、手紙の相手を聞いてはいないが。
琴奈はもらった名刺に目をやる。職業は、分かり切っている事だが、警察官。官位は巡査。
「へぇ、あなた、異種生命体捕縛部隊に居るんですね。」
「まぁな。まだ新人なんだけど。」
この男の返答は、恐ろしく早い。こちらの言いたいことが全て分かっているのだろうか?
名刺に書いてあった名前を見ると、琴奈の周りにクエッションマークが飛び交う。
名刺には、「椎名三鈴」と書いてある。
「椎名・・ミスズさん?・・・女の子の名前じゃない。」
「悪いかよ。別に俺が付けた訳じゃない。」
この反応も予想していたらしい。名刺を渡すのも勇気が要った事だろう。
「へぇ〜・・・。じゃあ、みーちゃんでいいね。」
琴奈が、真顔で言う。
「な・・・何を言っている!み・・・名字で呼べ!呼ばなくても構わない!」
さすがにこのような展開は予想してなかったのだろう。少し取り乱している。
「あ、ごめん。みー君の方が良かったかな。」
「・・・・・。」
椎名は黙り込む。返答する気力も無くしたらしい。
(勝っちゃったかな。)
琴奈は、どういう訳か、妙に達成感を感じていた。
ふと、右手の時計に目をやる。
「うわぁ・・・。9時過ぎちゃったよ・・・。ごめん、もう帰るね。」
「そうか。じゃあな。恐らくもう会う事もないだろうが。」
この返答は早かった。と、言う事は、密かに「帰って欲しい」と思っていたのだろうか。
「それはないかな。多分、今年の4月には顔、見れると思うよ。」
琴奈はそれだけ言って病室を出た。
「どういうことだ・・?」
琴奈は病室を出た後に、ライフルの事と手紙の相手を聞き忘れている事に気付く。
そして、助けてもらった礼は、言われたが言ってない。
やはり、もう少し慎重に行動した方が、良さそうだ。
が、戻ると先程の言葉の意味を追求されそうなので、やめておく。
時は3月25日。
2週間後には、浅原琴奈という有望な新人が部隊へと入隊する事になる。
そこから、歴史は本格的に狂いを見せていく。
やがてその狂いは、琴奈と椎名とマホロバとを中心に、周り始める事になる。
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