第4話
マホロバ憑き
「痛いですよ・・。」
「はいはい、動かないでね〜。」
琴奈はビルに戻って、天城から顔の傷の治療を受けていた。
ビルに居た男性陣は、とりあえず部屋に引っ込んでもらう。
第一印象が、傷だらけの顔だとは、耐え難い物がある。
「よし、こんなもんかな?」
軽く消毒し、バンソーコ―を貼っただけなのだが、天城はどこか満足気である。
「じゃ、みんなを呼ぶよ。自己紹介タイムね。」
天城はそう言うと、大声で、判別不可能な叫び声で、他の隊員を呼び戻す。
奥のドアが開いて、男が出てくる。右方向のドアからも1人。
「お、なんや、あんたが新人か?」
「異種生命体捕縛隊員が、そんなにオッチョコチョイじゃいかんぞ。」
ひとりは、坊主頭に、バンダナを巻いている。肌は、少し色黒だ。
服装は、迷彩柄のランニングシャツのようなもの。動きやすさを重視しているらしい。
もうひとりは、朝に「残飯処理係」との汚名を名付けられた、大丸太一であった。
「琴奈ちゃん、そっちのハゲは、名刺派だから、良く考えて返事してね。」
天城は、ぼそぼそと、琴奈に耳打ちしている。
琴奈には、何を言っているのか、イマイチ解らなかった。
「自己紹介はいらんわ、名前は知っとる。浅原琴奈、やったろ?これが、ワイの名刺や。」
名刺を手渡された。良く考えて、返事とは、どういう事なのだろうか?
『異種生命体捕縛部隊代13小隊 兵器管理担当 橘 祐宇』
漢字ばかりで頭が痛くなりそうだ。とりあえず、最後に書いてあるのが名前と言う事は理解した。
「タチバナ・・・ユウウさん・・・。」
「そのまま読むなや。」
返答が早い。反応を予想できるからこそ、名刺を渡すのだろうか・・?
「うぅぅぅ、タチバナ・・・・・。」
琴奈は、固まる。数秒固まった所で、坊主頭の男も、諦める。
「『橘 ユウ』や。以後よろしゅう。」
琴奈は、名前を聞いても、なにやら納得できてなかった。
「そんな・・・『祐宇』は、どうやっても『ゆう』だなんて読めないわ!」
言われてみては、そうだが・・・。人の名前にケチをつけていたら、ケチをつける相手は、100人単位で見つかる。
「いちいち気にしてちゃダメよ。自分が、変な名前してるから、名刺渡したがるのよ。」
「奈っちゃん、それ、酷い。」
大丸が素早く、静かにツッコみを入れている。同時に、足を軽く踏みつけられているのだが。
「どうせ、ワイの名前は、変や・・。」

橘は、いじけているが、もう誰も聞いていない。
「へぇ〜・・。自分が、変な名前だから、名刺を・・・。」
チラっと、左に居る男に視線を送る。
椎名は、誰もいない、何も無い、白い壁の方に顔を背けていた。
「それはそうと・・・エリックは?」
大丸が、話題を変えよう、と、もう1人場に現れていない男の名前を出す。
「あぁ、データの分析で忙しいそうだよ。手が放せないから・・って、用件も聞かずに追い出された。」
椎名が、おもむろに返事を返す。
「はぁ〜、エっ君ってば、ひとつの事に集中しすぎると、周りの事なんてお構いなしだもんね〜。」
天城が愚痴をこぼす。『エッ君』は、もはやもとの名前の原型を留めていない。
「しゃぁないわ。浅原ちゃん、直接行ってき。」
橘が、琴奈の背中をグイグイ押す。
「あ、え、あ・・。」
琴奈が声にならない言葉を口走っていると、もう一つ閉じていた扉が開く。
「何かと思えば、新人さんですか?琴奈 浅原 ですね。」
奥から出て来たのは、学者風の男で、金色の長髪を、首の後ろで束ねている。
かけた眼鏡が、彼の博識を引き立てている。
彼は、外人のようだが、この国の言語の発音は、ほぼ完璧に近い。
それだけに、名前を外国読みにされると、強い違和感がある。
「はじめまして、浅原琴奈です!よろしくお願いします!」
琴奈は手短に、典型的な挨拶をした。
「ご丁寧にどうも。僕はエリクスン・ブルフォード。友は、エリックとかエルフとか呼ぶけどね。」
「エリクスンさん・・・ですね。」
「エリックでいい。僕の名前はさん付けにすると聞こえが悪いからね。」
そう言って、更に続ける。
「もっとも、エリクスンって名前で呼ぶ人なんか、1人も居な・・・。」
「エリクスン。まだ中央塔からの指令は来てないのか?」
声の主は、椎名三鈴だった。確かに、彼が愛称で誰かを呼ぶ所なんて、想像もできない。
「彼の場合、さん付けもしないから、聞こえは別に悪くはないんだがね。」
エリックは皮肉を加えて喋る。
「指令は来てないのか?」
椎名が、荒々しくもう一度尋ねる。
「指令が、来たからこうやって部屋から出てきたんじゃないか。」
一同は、エリックの言葉に、耳を傾ける。
第13小隊には、中央塔からこのビルに直接指令が届く。
中央塔は、異種生命体捕縛部隊の最高機関で、一般構成員は、その中に入ることも出来ない。
異種生命体捕縛部隊の中でも、トップに立つエリート達がその中で指令を与えている。
第13小隊が担当する捕縛対象は、大型のマホロバや、【マホロバ憑き】と呼ばれる生命体だ。
「マホロバ憑き?」
同等の説明を受けた琴奈は、当然の如く質問する。
「マホロバっていうのはね、それそのものでも脅威なんだけど・・・。」
「動物とかに取り憑いて、その体を占領してしまう奴もいるのさ。時には、人間も、な。」
天城の言葉に、大丸が続ける。
「人間に憑いた場合、それは本当に厄介だぞ。普通の人間と見分けがつかないからな。」
椎名が、加えて説明してくれる。
「動物は、見分けがつくの?」
「動物の場合、知能が低いもんやから、明らかに異常やって解るんや。」
「へぇ〜・・・。」
琴奈は、また新しい事を知れた、と満足気だ。
「今回の指令は、マホロバに憑かれて暴走している巨象の捕縛です。」
エリックが、軽く指令の内容を説明する。
「巨象って・・・。動物園?」
「正確には、東海林駅の近くにあるサファリパーク、なんですけどね。」
エリックに素早く訂正される。
「とりあえず、大人数で行くと、他の動物を刺激しちゃうわ。数を、絞りましょう。」
天城が提案する。
「そんなに難しい指令やない事やし、浅原ちゃんも行かせたらどうや?」
橘の提案に、約一名を除き、無言でうなずく。
「え、私!?」
琴奈は混乱していた。
「安心しろ。探索・追撃担当のこの俺と、突撃担当である椎名が、一緒に行ってやる。」
大丸が、大声で口走る。
「何で、俺まで・・。大丸さんだけで充分じゃないですか?」
椎名が途端に悪態を突く。が、着々と銃の準備を始めている。
琴奈は、多少安心したものの、不安は残り、三節根を両手で軽く握っている。
「なぁ、浅原ちゃん。その棒で戦るんか?」
橘が、三節根を指差して言う。
「あ、いえ、いざとなったらこの拳銃もありますし・・・。」
軍から支給された小型拳銃を取り出して、見せる。
「この部隊で、その拳銃を使ってる奴はひとりもおらんで。一応、腰には差しとるけどな。」
橘から指摘され、琴奈は銃をホルスターにしまう。
「よし、この指令が終わったら、特別に、兵器管理担当の橘さんがあんたさん用に武具を作っといてやるわ。」
橘が、嬉しそうに、また、自信ありげにそう言った。
「信用しても大丈夫よ、琴奈ちゃん。この部隊の装備は、大抵たっちーの手が掛かってんだから。」
『たっちー』と聞いて、一瞬だけ誰の事か戸惑った。が、すぐに向き直る。
「ま、椎名は自分の武器は自分で作っとるけどな。」
橘が言う。
「それより、君達。目標は殺さないように。ちゃんと手加減を入れるんだよ。」
エリックが、話に割って入り、念を押すように言う。
「え、殺したら、いけないんですか?」
エリックと椎名が呆れた顔で琴奈を見ている。
「これは、あくまで『捕縛』なんだ。捕まえたマホロバは、中央塔に送らなきゃいけない。」
琴奈は、納得した表情で、うなずく。
「そういう訳だ。遠くで俺達の捕縛の仕方をよく見てるといい。」
椎名が進言する。
「うん、確かに、最初はそうした方が安全ね。」
天城が琴奈に対してそう言った。
「・・・わかりました。それじゃあ、捕縛の仕方を勉強してきます・・。」
「じゃ、行こうか、琴ちゃん。」
大丸の、二人称は変わっていた。
「へぇ〜、でっかいな。」
一匹だけ、異様に暴れまわっている巨象が、数十メートル先に見える。
「あれだけ大きな象だ。足4本を射抜いても死にはしないだろう。」
「そして、あれだけ大きいとなると、そのくらい弱らせないと送る事はできんな。」
椎名と大丸が何か会話をしているが、琴奈に内容は理解できない。
「よし、パッパと終わらせるぜ。」
大丸は、鞄の中から、大型のボウガンを取り出した。
そして、その矢の先端を巨象の足へ向ける。
椎名も、あまり見たことの無い長身のライフルを巨象に構える。
「おいおい、椎名君。散弾銃は、殺してしまう可能性がある。」
大丸が焦りながら椎名を止める。
「そうですね。では、軍用の単発式ライフルを使いますよ。」
椎名はすぐに銃を持ち替えて、構えなおした。
「じゃ、俺が合図したら、撃ってくれ。」
「解りました。」
大丸と椎名が打ち合わせをしている。
琴奈は、5メートル程後方で、成り行きを眺めていた。
「1,2ぃの・・・・3!!!」
大丸が合図をかけると、椎名と大丸は引き金をひいた。
弾丸とボウガンの矢が、巨象の足に向かって一直線に飛んでいく。
弾丸は、左後ろ足を貫通し、左前足の中に埋まりこんだ。
ボウガンの矢は、右後ろ足に的確に突き刺さっている。
3本の足を失った巨象は、体重を支える事も出来ず、その場に倒れ込む。
「よし、捕縛に入るぞ。」
そう言うと、大丸は手を振って、待機していたトラックを手招きで呼ぶ。
トラックは、巨象へと近づき、すぐさまワイヤーを引っ掛けている。
その巨体は、みるみるうちにトラックの中へと引きずり込まれていく。
「それじゃあ、後は頼んだぜ。」
大丸はトラックの乗組員に声を掛けた。
トラックは、巨象を乗せて、すぐに走り去って行ったのだった。
「と、こんな所だ。」
大丸が琴奈に話掛ける。
「あの・・・マホロバに憑かれた動物って・・・どうなるんですか?」
琴奈が悲嘆の瞳を、2人の男に向ける。
「中央塔に送るよう、指令を受けているが・・・。」
「扱いは、マホロバと同じさ。捕縛したマホロバがどうなるか、なんて聞いた事ないけどな。」
椎名と大丸は、続けて言う。
「なんか、可哀想な気もします。」
「人間のマホロバ憑きなんて、もっと事態は悲惨だぜ・・。」
「人間に憑いてしまったら、もう自らの意思で無意味な殺戮を繰り返してしまうんだ。」
「動物のマホロバ憑きは、こちらが近づかなければ危険は薄い。だが、人間は違うのさ。
向こうから、こちらに近付いてくる。俺達を、殺すためにね。」
琴奈は、納得出来ないと思いつつも、無理矢理それを押し込める。
「これから、こういう任務が続く。ちゃんと、心の準備をしておけよ。」
琴奈が、それから大きな指令に就くのは3週間後。
悲惨なまでの出来事が、起ころうとしていた。
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