第5話
夢を見ない赤い影




あれから、夢を見ない。
あいつらが僕を見捨てて去った時以来。
復讐したいと懇願したさ。
どうやらマホロバっていうものは、こういう願いだけは聞き届けてくれるんだろうな。
僕の姿形が子供だからって、油断してないか?同胞達。
なぁ、あんたは俺の、親友じゃぁなかったのかよ?
あんたなら谷底だろうとなんだろうと、僕を助けに来てくれると信じてた。
だけどあんたは来なかった。任務を優先したんだ。
そうだよなぁ・・。『人間』は自分の保身が一番だよな。
なら、僕はあんたらの敵であるマホロバとなって、制裁を加えてやるよ。
マホロバ憑きだからって・・・。人間が制御されてるなんて、限らない。
マホロバに憑かれて、『人間』の意志であんたらに抵抗してやる。
さぁ、あんたらの任務だ。捕縛してみせろよ、同胞達!!!
僕は、あれから夢を見ない。
目を閉じると目の前が真っ赤になる。
眠るのが怖い。目を閉じたくない。
僕は、眠れない。死ねない。あんたらへの復讐を果たさない限り、赤い影に追われ続ける。
僕は・・あれから、夢を見ない。



西の町、「ハリィ」は5月に入った。
ハリィとは、略称で、実名は「西張入間町」(にし・はりいるままち)と言うのだが・・・。
そんな長い名前で呼ぶ者なんて居なくなった。正式な地図にも、「ハリィ」と記されている。
午前10時過ぎ。
ハリィの中心街、新摩町(にいままち)の大通りにある軽食屋に、ふたりは居た。
「全く。あんたはどうしてそんなに金の無駄遣いをするんだ?部隊の経費だというのを忘れるなよ。」
「別に、忘れてなんか無いよ。必要だって判断したから、買ったの。」
椎名と琴奈が、モーニングセットのトーストを食べながら、言い合っている。
「大体、あんたが俺と同じ突撃担当だと?全く・・・俺はひとりで充分だってのに・・。」
「前に、『ひとり』で怪我して、『私』に助けられたのは、どこのどなたでしたっけ?」
「そして、あんたはマホロバに殺されそうになった。それを、俺が助けた。
 あんたこそ、1人じゃなんにも出来ないんじゃないか。」
「だ・か・ら、同じ突撃担当なんじゃない。1人じゃ何にも出来ないからこそじゃないの。」
「・・・・・。」
やはり、琴奈と椎名がまともに言い合いしていては、琴奈に軍配が上がる。
琴奈が買ったのは、錆避け用のグリス。
橘に武器を作ってもらうとの事で、琴奈は希望として、近接戦闘用の武器にして欲しいと要求した。
橘が作ったのは「長薙刀」だ。
長い鉄の棒の先に、曲刀型の刃を着けた、特殊な形状の槍のような武器だ。
刃は取り外して、包みで包んで持ち歩ける。
使用時にの用意が多少面倒だが、近接戦闘用の武器としては、かなりの精度を誇る。
ただし、刀や、ナイフ、槍等は、刃の手入れに充分気をつけなければならない。
こまめに錆避け用のグリスを差す必要がある。琴奈がグリスを購入したのは間違った事ではない。
むしろ、金の無駄遣いは椎名の方であった。
彼が持つ、3本の銃。それぞれ、違う弾丸を使用する。
長身の単発式ライフル。彼は「熱線」と呼んでいる。使用する弾は7mm弾。
三発同時発射式散弾銃。彼は「爆風」と呼んでいる。使用する弾は12mm弾。
閃光弾発射式長筒。  彼は「輝光」と呼んでいる。使用する弾は小型閃光弾。
琴奈の意見としては、なぜ「熱線」と「爆風」の弾を一括して使用しないのか。と言う事。
椎名は、「俺なりに考えた最適の配合だ。」と言って、意見を変える気は全くないようだが。
「俺は・・・。グリスの事を言ってるんじゃない。トーストの横にある、それは何だと言っている。」
椎名が、モーニングセットのトーストと、サラダ、コーヒーの他にある皿を指差した。
赤いケチャップのかかったオムレツ。それに、野菜スープだ。
それは、琴奈側にはあって、椎名側には無い皿であった。
「いや、だって、これだけじゃ、味気無いし・・・・」
「朝食に味を求めるなよ。一日行動する活力がつけば、それで良い。」
椎名の体格からして、このモーニングセットだけで活力がつくとは思えないが、口には出さない。
「はーい。次からは気をつけまーす。」
琴奈の、気が抜けた返事に、椎名は溜息をこぼす。
「ホントかよ・・・。」
その後、早く食べてしまおうと、口数を減らして、食べる事に専念する。
琴奈と椎名は、同時に朝食を終えた。
「そんなに早く食ったら・・・。つく活力もつかないんじゃないのか。」
「・・・あなたが遅いんじゃないの?」
椎名がモーニングセット3種を食べ終えるのに要した時間は、20分。
明らかに、「琴奈の早食い」ではなく、「椎名の遅食い」であった。


二人は、朝食を終えると、新摩駅から、大橋にある捕縛部隊のビルへの帰路についた。
ゆっくりと歩いてビルの入り口の近くまでやって来た。
ビルの入り口の前に、見慣れない少年がじっと立ちつくしていた。
「おい、誰だよ、お前。」
椎名が、視線を落として少年に話し掛ける。
少年の身長は琴奈とさほど変わらない。150後半と、小柄だ。
フード付きの茶色いコートの下に、横じまのシャツを着ている。
何より印象的なのは、真っ赤な頭髪。顔は少し幼く、15歳くらいに見える。
「・・・。あんたら、このビルの人達か?」
少年が、椎名の質問に、質問で答える。
「君に答える必要は無いな。それより、俺の質問に答えろよ。」
「君達も異種生命体捕縛部隊か。ふ〜ん、見慣れない顔だ。新人だろ?」
端から見たら、全く噛みあってない会話にしか見えない。
「お前な・・。こっちの奴はともかく、俺は新人じゃない。入隊して1年経っている。」
椎名が口調を荒くして答える。
「1年なら立派な新人さ。たかだが365日程度の経験で、センパイ面してるのかい?」
「なんだと・・・?おい、お前、一体誰だ?」
「僕は・・・。元異種生命体捕縛部隊代13小隊・・・。探索・追撃担当さ。」
もちろん、椎名は担当なんて聞いていない。それよりも、椎名は熱くなりすぎて、洞察力がかなり低下している。
「担当なんて聞いてないぞ!名前だよ、名前。名前を言え。」
(短気だなぁ・・・。最初会った時はクールな人だと思ってたんだけどな。)
琴奈は、端からゆっくりと椎名の印象を心の中で告げていた。
最も、会話に入り込む隙を見失っているだけなのだが。
「君は、警察官に向いてないんじゃないか?相手の発言、ひとつひとつにもっと注意しなくちゃ。」
「何を言っているんだ?俺はちゃんと・・・・。」
「みー君、その子が異種生命体捕縛部隊員だって、知ってたんだね。」
琴奈が素早く割って入る。
「・・・・あ。」
「そう。そこだよ、そこ。そっちの娘はちゃんと注意してたみたいだ。もっとも、こんな言葉にも気付かない
 低レベルな警察官が居るというだけで、悲しいものだがね。」
「なんだと・・・?」
「そういう短気な性格からして、君は突撃担当だろ?わかりやすい。ま、適任じゃないか?」
椎名は、当たっているだけに、どうにも反論できない。
「それより、君はどうしてここに?名簿に名前が無かったから、今は隊員じゃないみたいだけど。」
琴奈が、少年に問い掛ける。
「君の洞察力も、△。ちゃんと『元』って付けたろ。名簿の事なんか持ち出さなくても、
 今は部隊に居ない、って意思表示はしたつもりなんだけどなぁ。」
「いいから、質問に答えろよ。」
「みー君、ちょっと黙っててよ。」
琴奈が鋭い一言を椎名に浴びせる。
(何で、後輩に・・・。)
「別に、大した用事じゃないよ。ちょっと知人に会いに来ただけなんだ。」
「・・・。ちょっと待て、今は部隊に居ない・・・って、つまり、俺達のセンパイって訳か?」
少し時間差で、椎名が問いかけた。
「ん、その調子。洞察力、85点ってところかな。」
「良いから、質問に答えろって。」
多少椎名の口調は落ち着いたが、やはりまだ喧嘩腰だ。
「んじゃ、答える。あんたの言う通り、僕はあんたらのセンパイだよ。だから、もうちょっと
 言葉遣いを正してもらいたいね。」
「断る。いくら先輩とは言えども、年下で生意気なお前に敬語使うなんて、虫酸が走る。」
(みー君、生意気でもなんでも先輩には敬語使うもんだよ・・・。)
琴奈は、心の中でそう思ったが、自分もほとんど敬語なんて使っていない。なので、口には出さなかった。
「年下?見たところ、君は20歳も満ちていないように見えるんだけどな。」
「ああ、俺は19だよ。俺にはアンタは15歳程度に見えるよ。」
椎名はストレートにそう言った。
「ああ、そうだろうね。僕の体は、15の時に成長する事をやめているから。」
琴奈と椎名は、一瞬固まった。その隙に少年はまだ続ける。
「僕はこの世に生を受けて28年になる。少なくとも、君達よりかは生きているつもりだけど。違うか?」
信用しようにも信用できない。が、信用するしかなかった。
「・・・・もういい。頭が痛くなる。その知人とやらに、さっさと会って帰っちまえよ・・。」
椎名はやはり敬語を使わずに投げ槍な返答をした。
「もう上には行ったよ。誰も居なかった。」
「なら、もう用は無いだろ。帰れ。」
「僕に命令するのは頂けないな。それに、僕を引き止めたのは誰だ?どっかの誰かさんが僕に話し掛けなければ
 とっくに僕は、電車の中さ。」
「・・・・・。分かったから、もう何も言わないから、とにかく帰れよ・・・。」
「帰るさ。君みたいに無礼で荒っぽい奴とは話すのも疲れるよ。じゃあな。」
そう言うと少年は、180度回転して、路地の細い横道へと消えていった。
「・・・?なんだったんだ?」
「みー君、やっぱ警察官に向かないかもしれない。」
椎名はガクっと落ち込んだが、琴奈はそのまま階段を昇り、椎名はそれをゆっくりと追う。




「おーう、お帰り〜。仲良くできたか〜?」
ビルの扉を開けると、アルコールの入った大丸太一がすぐさま声を掛けた。
「あれ?太一さん、居たんですか?」
「おーい、俺は邪魔者かい?残念だけど、太一さんは居ましたよ。」
「大丸・・。酔ってるな。」
唖然としている椎名と琴奈を、太一は不思議そうに見つめている。
「どうしたんだ?俺がここに居ることがそんなに不思議なのか?」
「いや・・・何ていうか、さっきここに誰か来ませんでした?」
琴奈が、太一に聞いてみる。
「ん?いーや。誰も来てないぜ。酔ってるし、気付いてないだけかも知れないがな。」
質問に返事できる時点で、太一の酔いは浅い事は分かる。気付かない、という事は無いだろう。
「おかしいな・・・。髪が赤い、15歳で28歳な子供なんですけど・・・。」
「なぁ、日本語おかしいぞ。」
琴奈の言葉に、椎名が軽くツッコんでいる。
「15歳で・・28歳?つまり・・・外見は子供、実年齢は28。そう言いたいのか?」
太一が、突然酔いが覚めたように二人に問い掛ける。
「え?えぇ・・。本人が言うには・・・。」
琴奈が困惑しながらもそう返答する。
「・・・いくらなんでも・・・な。いや、なんでもない。気にしないでくれ。」
太一は、話題を変えようと、テレビの電源へ手を伸ばしている。そして、電源を入れた。
モニターには、ニュース番組が映し出されている。
『昨日深夜零時頃、新摩町中央公園で、マホロバ憑きによるものと思われる殺人事件がありました。』
「マホロバ憑き・・・ねぇ。」
「人間の、な。」
琴奈の独り言に、椎名が言葉を加える。
『偶然目撃した町民の証言によりますと、マホロバに憑かれているのは、15歳くらいの少年で、
 おそらく、マホロバに制御されて、殺人を犯していると考えられます。』
「15歳・・・。まだ若いのに、可哀想だね・・。」
「マホロバは、憑く人間なんて選ばないからな。」
琴奈と椎名が、また口々に言う。
『まだその少年は捕縛されていません。なので、1人で道を歩くのは控えましょう。』
「・・・って、事は、近いうちに捕縛指令が来るぜ。人間のマホロバ憑きのな。」


太一が、そう言った。琴奈は、太一の口調がいつもより暗いのに気付いたが、特に気にはかけない。
「今日はみんな帰るの遅いし・・・。何して暇つぶそうか?」
琴奈が、無理にでも明るい話題へと持っていく。
「あんたな・・。今のニュースみた後に、良くそんな発想出てくるよな。」
椎名は、それを粉々に台無しにするのであった・・・。



その日の正午。人影が見えるその部屋を、隣りのビルの屋上から見つめる少年が居た。
彼の異常なまでの視力は、部屋に置かれている置き手紙の内容まで確認できた。
『東海林町で開かれている夕食会に参加してきます。夜10時までには帰るね。  奈津』
東海林からこの大橋に戻るには、大橋駅で降りるしかない。
また、大橋駅とこのビルの間にあるのは、大橋平和公園。
昼間こそ人通りがあるものの、午後6時を過ぎた辺りからは人通りはゼロに等しい。
少年はビルの屋上を飛び渡り、平和公園の木の上へと移動する。
「手始めだ、天城奈津。せいぜい、自分がした事に後悔するがいいよ・・・。」
少年は、声には出さず、笑みを浮かべている。
その右手には、銀色に光るナイフ、左手には単発式リヴォルヴァーが握られていた。
少年は、その場で、夜、漆黒の闇が公園を包み込むのを、待ち続けた。
握り込む2つの武器には、自然と力がこもる。



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