第6話
過去の傷痕




午後10時半。大橋駅から急ぎ足で1人の女性が出てくる。
「だいぶ遅くなったな・・・。みんな、ご飯どうしたかな・・・。
 琴奈ちゃんは・・・・料理できないみたいだし。」
息を切らしながら、つぶやいている。
駅から出て来たのは、天城奈津であった。
駅から、部隊のビルに戻るには、大橋平和公園を通る必要がある。
奈津は、迷う事も無く、大橋平和公園のゲートをくぐる。
その姿を、木の上から見つめている少年がいた。
少年は木の間を飛び移り、先回りをする。
タイミングを見計らって、木の上から奈津の前へと飛び降りる。
その手には、銀色に光るナイフと、拳銃が握られていた。
「だ・・誰!」
奈津が反射的に足を止めて、そう口走る。
「忘れたとは言わせないよ。天城奈津。」
奈津は、暗闇の中に、赤く映る髪を見た。
小柄な体格に、その赤の頭髪には、見覚えがあった。
「双真・・・君・・?」
奈津はそう言って、少年に近づこうとする。
しかし、少年は右手に握られたナイフを、水平に切り払った。
「きゃっ!!」
奈津は寸前の所で身をかわしたが、刃の切っ先は左の頬をかすめた。
「僕は、マホロバ憑きだ。さぁ、捕縛してみろ。これが、あんたらが第一に優先する、任務なんだろ?」
少年のグレーの濁った瞳は、奈津の姿をジッと見つめていた。


「遅いな、奈っちゃん。」
太一が退屈そうに言う。
「そうだねぇ・・。もう、10時45分だよ。置き手紙の時間を45分も過ぎてる・・・。」
琴奈が相づちを打つ。
「大橋の駅まで迎えに行った方が良いんじゃないか?」
椎名が、出前のうな重をゆっくりと食べながらそう言った。
「そうだね、じゃあ、私行ってくるよ。」
そう言って、琴奈が立ち上がる。
「おい、ちょっと待て。俺が行く。」
椎名が立ち上がろうとしていたが、琴奈がそれを止める。
「椎名君は、早くそれを食べちゃいなさい。全く、食べるの、遅いよ。」
琴奈は椎名を座らせ、ひとり出口の扉を開ける。
「よ、椎名!大変そうやな、手伝ってやるわ」
突然橘が、椎名の背後からうなぎを箸でつまむ。
「や・・・、やめろ!」
椎名が、物凄い勢いでその箸を手で打ち払う。
「まぁまぁ、ムキになるなや。ちょっとしたシャレやんか。」
「・・・・・。」
椎名は、ムキになった自分が恥かしかったのか、黙ってしまった。
「おい、椎名。悪いが、さっさとそれ食って・・、もしくは、置いていって、琴奈の後を追ってくれ。
 どういうわけだか、何か悪い予感がする。」
太一が突然椎名に話し掛ける。
「悪い予感・・・?なんです、それ?」
「わからない・・。とにかく、嫌な予感さ。」
「そういう事やから、そのウナギはワイが食っといてや・・・」
「それは、断る。」
椎名は、スローペースで、うな重を食べ続けた。


少年はナイフで奈津へと襲い掛かる。
奈津は、ただ夕食会に参加してきただけであって、何も武器を持ってきていない。
「ちょ・・っ、なんで、あなたが・・あなたは、あの時・・・」
「あぁ、『あのとき』、あんたらに見捨てられて、冷たい谷底で永い時を過ごしたんだ!」
奈津は、つきたてられるナイフを、必死に避わす。
「見捨てたって・・・。あの深さじゃ・・・。それに、捕縛対象も目の前に迫ってて・・・。」
「それさ!それだよ!あんたらは・・・任務を優先したんだろ!」
少年が奈津の首をつかみ、地面に押し倒す。
振り上げた右手には、銀色に光るナイフが握られている。
「見捨ててなんか・・・!それに、あの時、太・・・。」
「黙れ・・!!」
少年の右手に握られたナイフは、降下運動へ移る。
奈津も、このままやられてしまうわけにもいかない。
渾身の力を込めて、少年の顎に、右掌底を叩き込む。
少年が少しよろめいた隙に、奈津はつかんでいた腕をふりほどく。
首を捕らえていた手は利き腕ではなく、いとも簡単にはがれた。
「そうだ・・・。捕縛しろよ・・・。僕は、マホロバ憑きだ・・・。」
少年を引き剥がしたはいいが、大したダメージは与えられていない。
再び、ナイフを握り直し、奈津へと襲い掛かる。
「あの時の捕縛対象は、並のマホロバじゃ無かった!あのままだとやられる所だったの!」
「言い訳、するなぁっ!!」
ナイフは、奈津の左腕に浅く傷を刻んだ。
「あのマホロバが、運良く崖の下に落ちてくれたから・・・私達は、なんとか助かった。
 でも、下にいるあなたは・・・。確かに、あの時死んだはずだった・・・。
 あの時の・・君の叫び声は、今も頭の中に残ってる。
 谷底への落下・・・加えて、上から落ちてきた、凶悪なマホロバ・・・・。
 救出は、できない・・・って、判断したの。」
「やっぱり・・見捨てたんじゃないか!」
「『死』を確認された者を助けるために・・・危険を冒す事なんてできなかった・・・!」
「ふん・・・。何を・・・。僕は、こうして生きてるじゃないか。」
「でも・・・。」
「うるさいな。僕はとにかく部隊の奴らを全員殺してやる。まずは、手始めにあんたさ。」
少年は、ナイフを大きく振り上げた。
次の瞬間、少年の右手に強い衝撃が走った。
何か、棒で殴られたような鈍い感覚。
痺れた右手から、銀色に光るナイフは地面に音を立てて落ちた。
「誰だ!!」
少年が振り向いた先には、「長薙刀」を握り締めている、浅原琴奈の姿があった。
「奈津ちゃん!!!」
「琴奈ちゃん!?何でここに!」
「・・・・。半人前のくせに・・・僕に攻撃を加えるなんて・・・生意気だな。」
琴奈は、奈津に襲い掛かっている少年を見て、ハっとする。
「君・・・昼間の・・・っ!!」
「今は、もう1人の大きい男は居ないようだが・・。2対1は少し分が悪いな。」
少年は、琴奈の問いを、半分無視してそう言った。
「双真君、ちゃんと話そう!あの時、太・・・」
「うるさい!!」
少年は、左手で、リヴォルヴァーを引き抜き、奈津の右足に撃ちこんだ。
弾丸は、骨に当たらなかったが、足の中で止まってしまった。
「・・・・痛ぅっ!」
奈津が、痛みで、顔に苦しい表情を浮かべる。
しかし、悪夢はまだ終わっていなかった。
ただ、足の中で止まっただけと思っていた弾丸が、突然中で破裂した。
粉々になった弾丸の破片が、奈津の右足の中をズタズタに切り裂く。
「うぁぁ・・・!!」
「ふん・・・。今日はこの辺で許しておいてやる・・。次は、本気で殺すぞ!」
そう言って、少年は琴奈と奈津に、背中を向けた。
「待ちなさい!!」
琴奈が、長薙刀を構えて、少年に斬りかかった。
しかし、少年はすぐに振り返り、琴奈の腹に、一発掌底を喰らわした。
それだけであったが、琴奈の体が、数メートル先に吹っ飛ぶ。
明らかに、人の力では、無い。
「無駄な事はするんじゃない。」
(な・・・なに、これ・・・。)
少年はすぐに、その場を立ち去った。それから、少し遅れて、椎名が到着する。
「天城!?浅原!?」
「みー君!そっち持って!」
とりあえず二人は、足から血を流している奈津を、ビルに運ぶ事にした。


「ふぅ・・・。とりあえず、足の中に残っている金属片はもうありませんよ。」
エリックが、なんとか奈津の足から、弾丸の欠片を抜き取った。
「奈津!誰にやられた・・・!?」
太一が、強い口調で尋ねる。
「・・・・・。双真・・・君。」
「な・・なんで・・そんな馬鹿な・・・。」
太一が、酷く驚いている。
奈津は、自分が少年から聞いた事を、太一や、部隊の全員に話した。
「つまり・・双真はワイらに復讐しようとしてるんやな?」
「ホローポイント弾まで持ち出している・・。これは、かなり本気でしょうね。」
橘とエリックが口々に言う。
ホローポイント弾とは、通常の弾丸の先端に、切り込みを入れているような弾丸だ。
目標に当たると同時に、衝撃で弾丸が砕け散り、金属片が飛び散るように出来ている。
「あいつ・・・生きてたのか・・・。やはり、あの時、俺が・・・。」
「君だけのせいじゃないよ・・。私達も、助けには行けなかった。彼が、死んだとばかり思い込んだ。」
太一が思いつめた口調で話しているが、奈津が弱い声で慰めかける。
「なぁ、さっきから聞いてて思ったんだけどさ・・。双真って、誰だい?」
そう言ったのは、椎名だった。
それを聞いて、エリックが静かに説明を始めた。


彼の名前は、綾咲双真。
4年前まで、異種生命体捕縛部隊第13小隊・探索・追撃担当に所属していた。
彼は、15歳の時に、酷い病気にかかり、奇跡的に一命をとりとめたものの、
体は成長をやめ、28歳となった今でも、その身体は15歳の時のままだと言う。
その時の病気で、彼の頭髪は、黒髪から、赤く染まってしまったとのこと。
太一と、その双真という少年・・・いや、青年は、同い年。
警察養成学校の同期生だという。
共に第13小隊へと入隊した、いわば親友と呼べる存在だった。

4年前のある日、凶悪なマホロバの捕縛が命令された。
そのマホロバはあまりにも強く、部隊が全滅する寸前まで追い込まれた。
その時、綾咲双真は、自分の体ごとマホロバに体当たりを仕掛け、足を踏み外し、谷底へと落下したらしい。
少しだけ油断の出来たマホロバに、橘が攻撃を加えた。
よろめいたマホロバは、双真が落ちた谷底へ、姿を消したらしい。
太一は、錯乱して、谷底に飛び降りようとしていたが、奈津と橘が、それを止めたとの事。
丁度その時、マホロバの雄叫びと共に、綾咲双真の断末魔の叫び声が響き渡ったと言う。
太一は、その場に座り込み、救出を断念した。
そして、部隊は『死亡』として本部に報告したのだった・・・。

「死んでるなんて、早合点しなければ、助け出せてたかもしれないのにな・・。」
太一が、悲しげな顔をして、そういう。
「双真が恨むのも仕方ないことなのかもしれへんな・・。」
橘がそう言う。そこで、椎名が話し出す。
「それって、おかしくないか?実際、あいつはこうして生きて俺達の前に現れてるんじゃないか。」
椎名が、正論を言う。
「そういえば・・・双真君は自分の事を、『マホロバ憑き』って言ってた・・・。」
奈津が口を開く。
「マホロバ憑きだって・・・!?馬鹿な!マホロバに憑かれた人間は、マホロバに制御されるんだ!
 双真本人の『恨み』なんて言う感情で付き動く訳がない・・!」
エリックが激しくそう言う。
「あの人の、力・・・。間違いなく、人間とは違ってた。
 マホロバが憑いているとしたら・・・納得はできるよ。」
琴奈が、殴られた部分を触りながらそう言う。
「とにかく・・・。あいつと、直接会う必要がありそうだよ。」
太一が、こもった声で言った。
「今日は休もうや。奈っちゃんだってこの調子やったら、しばらく行動でけへんやろ。」
「・・・そうだな。急いでも良い結果は生まれない・・よな。」
太一は、何やら思いつめた顔で、自分の部屋へと戻って行く。
「ゴメン、琴奈ちゃん、椎名君。部屋までつれて行ってくれるかな?」
二人はうなずいて、奈津を部屋まで運ぶ。
「油断はせん方がえぇ。今夜はワイがここで番をしとくわ。」
「えぇ。話し合いも何も、向こうに奇襲を掛けられてしまっては、話になりませんからね・・。」
橘とエリックが2人で話していた。



「・・・ひぃっ!なんだよ、お前!酷す・・・・。」
若い男の発言は、途中で止まった。
赤い髪の男によって、喉にナイフが突き立てられた。
「ははは・・来いよ、来いよ!早く捕まえないと、死人が増えるぞ!!」
赤い復讐者、綾咲双真は、笑いながら、赤いナイフで上空を仰いだ。
「はぁーーーっはっはっはっは!!」
双真の、はちきれんばかりの大声は、大橋の町に響き渡った。
「殺してやる!殺してやるぞ!!!」
五月の始めの夜が、ふけようとしていた・・・。





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