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『あいつがライバル 〜勝負〜』   written by 佐渡 樹さま



……これは、どういうことだね」
「えっと……」
リビングのソファーに並んで座る私と
困惑したような笑顔を浮かべた恋人の膝の上には、彼女の面影がどことなく見受けられる、赤ん坊……いや、赤ん坊というにはすこし大きすぎるか……が乗っていた。

昨夜彼女から電話が掛かってきた。用件は、今日のデートをキャンセルしたいという事だった。事情を聞いてみると、親戚の子供を預かってしまった、というのだ。
よくよく話を聞いてみれば、子供はまだ2歳半、それを彼女が一人で預かるというのだから心配だ。「預かるの、始めてではありませんし、尽の世話もした事があります」とは彼女の弁。しかし、年長者の私が居た方が良いと判断、彼女の両親の承諾も得ての家まで来たところだ。
どちらにせよ……彼女のために一日空けてあったのだから。

「えっと、だから……親戚に不幸があって、従姉妹の子供を預かったって……言いませんでしたっけ? それを判ってて、お手伝いにきてくれた……んですよね?」
「そうだが……いや、私が言っているのは……」
私が言っているのは、どうしてこの子供は、君の膝にずっと座り、私を敵意に満ちた眼差しで見ているのか、ということだ。
あまつさえ、君の胸に甘えるように頬をすり寄せるなど。

「いや……何でもないのだ…なんでも」
射るような幼児の視線から逃れるように、膝の上に置いた自分の指を見つめていた。
彼女が在学中にも感じた事のなかった強い嫉妬の感情。
それは、彼女もこの幼児に心を許しているからだろうか。
今まで彼女に近寄ってきたどの男よりも彼女の気持ちに入り込んでいるからだろうか。

「ねぇ、ちゃん、このおじさんだぁれぇ?」
私を見ていたときの鋭い眼差しとは打って変わって、幼児特有の無邪気な瞳で彼女を見上げて訊ねる。

名前は、卓人(たくと)というらしい。響きはなかなか良い名だが。私がずっと呼べなかった彼女の名前をいともやすやすと呼んでいるこの幼児がうらやましく感じられる。いや、親戚なのだから、苗字で呼ばないのはあたりまえであろう。

「ええっとね、卓ちゃん、このお兄さんはね、ひむろれいいちさんと言って、お姉ちゃんの、せ」
「恋人だ」
私は、幼児むけに判りやすい説明、つまり私を「先生」と紹介しようとした彼女の言葉を正確な関係を表す言葉で遮った

!」
「なんだ。子供相手といえども、正確な情報を与えるべきであろう」
「それは……そうですけど」
抗議するに、卓人は「ねえ、コイビトってなぁに?」と案の定質問している。

「恋人っていうのはね、お互いに好きですって認め合った関係の事よ」
彼女は、『お互いに好き』という言葉を口にする時に、私のほうをちらりと頬を染めて見た。私は腕を組んで肯く。

「じゃあ、たっくんとちゃん、恋人だよね!」
「なに!」
即座に反応した私の声が、上ずっているのが自分でわかる。卓人はの膝に立て膝で立ち、その首に腕を回して、私を横目で見ながら言葉を続けた。

「だって、たっくん、ちゃんのことだぁいしゅきだもん。ちゃんもたっくんのことしゅきだよね!」
「それは、大好きよ」
他意のない子供の好意。彼女はそう思って、自分に良くなついているこの幼児の頭を撫でてやっている。

「じゃあ、たっくんたち、恋人だね」
「そ……それは」
さすがには言いよどんでいる。はっきりと否定しない彼女の語尾につけ込み、幼児は畳み掛けるように言葉を続けた。

「たっくんとはけっこんできるんだよね、ほうりつで」
……恋人という言葉も知らない子供が、『結婚』『法律』といった言葉を持ち出してくるとは思わなかった。
思わず私はため息を吐く。

挑むように私をずっと見ている卓人。私は彼を無視して、に話し掛けた。

、この子供は、2歳半と言わなかったか……?」
「ええ、そうです」
「それにしては……その、ずいぶん知能が発達しているようだが」
本人を前に、ずいぶんませた子供だとはさすがに言いにくい。

「ええ、上に年の離れたお姉ちゃんがいますし、保育園に行っていますから、成長が早いみたいですね」
なるほど。上に年の離れた姉がいると、弟がませてしまうのは、この家の弟で立証済みだからな。

「ね、ちゃん、たっくんとけっこんしゅるよね!」
困ったように私を見ている。ここで私が居なければ、「する」と恐らくその場凌ぎで言うのであろう。

私は横から助け船を出すつもりで、口を開いた。
「考えてもみなさい。君と彼女との年齢差は16程。君が結婚できる年齢になった時には、彼女は30をとうに超えてる。それまで彼女を待たせるのはいかがなものか」

ちゃんは、40歳になっても、50歳になってもぜったい可愛いもん!」
そ、それは確かにそうだろうが……。

「おじちゃんだって、そんな年で独身なんでしょ!」
…いや、それは……待ってるから、なのだが。

「しゅるよ、結婚! たっくん、ちゃんとお風呂に入った事もあるんだから!」
「卓ちゃん!」
慌てて、が幼児の口をその手でふさぐ。その手のしたで「なんでなんで、おててどけてよぉ」と彼は抵抗を続けていた。

「……本当なんだな、
「……はい、あの、何度か卓人くんは家にお泊りした事があるので……そういう時は」
……私は、がっくりとうな垂れた。
……この幼児は、私の知らないを知っている………………。
いや、まて。
この子どもは、生後2年半。私と彼女が知り合ってから3年半。

……勝った。

私は、薄く笑って幼児を見返す。

「そういう戯言は二次関数が解けるようになってから言いなさい」
「……ぶふぇ」
私の冷たい視線に、幼児がの胸に顔を埋めて泣き出す。
彼からしてみれば「戯れ言」「二次関数」といった未知の言葉を使われ、それでも侮辱された事が判ったのだろう。そして、そのレベルで対抗しても勝てないという事も。

だからこれは……嘘泣きだ。彼の勝てるレベルまで、私を引き摺り下ろすつもりだ。

、子ども相手にむきにならないでください」
「……すまない」
よしよし、と背中をポンポンリズミカルに叩かれていた幼児が、再び私をちらりと横目で見た。
……にやりと笑っていた。


ちゃん、たっくん、ねむねむ来た」
目を擦りながら、甘えた声を出す卓人。

「あら、そう。じゃあ、お昼寝しましょうね?」
「……ねんね の前は、お風呂なの」
「そう、判った。じゃあ、お風呂に……あ」

今までそうしてきたように、は幼児と一緒に風呂に入るつもりだったのだろう。困惑したように、私を見ている。

「……一緒に、入る、つもりだな?」
「……えっと、卓人ちゃんは、1人でお風呂に入れないので……」
至極もっともな意見だ。

「……よろしい。私が風呂に入れよう」
「ええ〜!!」
「ええ〜ではない。男同志、つもる話もある。迷惑でなければ、私がぜひともやりたいのだが」
今、目の前で一緒に入られたなら……私はその間、冷静でいられる自信がない。……たとえ、私の知らないところで今後この幼児とが一緒に風呂に入ったとしても。

「わ、わかりました。お風呂たててきます。それから、着替えとタオルも」


……そして、この後。
私はわがまま放題の2歳児を風呂に入れる事が、初心者にとっていかに大変かを思い知る事になる。
卓人の方も、馴れない人間に風呂に入れられて疲れたようで、風呂から上がったあと、すーっと寝入ってしまった。

「やっと、静かになったな」
眠っていれば天使のようなその顔を見ながら、私とは彼の布団の横で、少しくつろぐ事ができた。

、髪の毛、まだ少し濡れてます」
卓人の身体を洗うだけのつもりで、洗髪などする予定も無かったのだが、彼は湯船で私の髪の毛にばしゃばしゃと湯をかけてきたのだ。
傍らに置いたタオルを、私の頭にかぶせ直し、がごしごしと拭いてくれる。
こんなことが……前にもあった。あれは、去年の夏休み……。

「……?」
その手首をそっとつかんだ私をがどうしたのかと首を傾げて見つめている。

「黙っていなさい。卓人が起きる」
つかんだその手をぐっと引くと、は私の胸へと倒れ込んできた。その耳へそっとその台詞をささやく。
彼女の呼吸が私の懐に暖かい。
覆い被さるように顔を近づければ、唇が重なる直前に彼女がなにか拒絶の言葉を、声にならない声で発しようとしていた。

かまわず私は口付ける。

微かに首を振って、それを外そうと試みる一方、彼女の空いている方の手は、私の胸を押しもどそうとしていた。

「……ん……」
どちらの口から漏れた声か……。

さらに深く強く彼女を抱きしめ、彼女の舌をからめとる。やがて、の抵抗が止み、体中の力が抜けていくのが判った。

ようやく、私は彼女を開放する。
途切れていた呼吸を取り戻すように深く息をつくと、そのまま、は私の胸に顔を埋めた。

「ひどい、ひどいです、。卓ちゃんがいるのに」
耳まで赤くなっているが抗議の声を上げている。私は彼女の髪を撫でた。

「だから……だ。機嫌を直したまえ」

両手で君の顔を挟んで、表情を覗き込むと、まだ赤い顔をして、瞳は恥ずかしさからだろうか、それとも先ほどの口付けに酔っているのだろうか…潤んでいる。

ちゃん、たっくんに、ちゅー」

その声に、我々ははっとして、傍らに寝ている筈の卓人を見遣る。

「えへへ。ちゅー」
…………。寝言か。

タコのように口を尖らせて夢の中でキスをねだる卓人を可愛いと思ってしまった私は……今回は、負け、ということにしておこう。


「あいつがライバル 〜勝負〜」  −完−



むちゃくちゃカワイイです! 卓人くんが……先生が!!
そして、私の主張したいことはただ1つ。
「先生vv お背中をお流しいたしますわぁ〜vvvvv」
ああ、イケマセン。はなぢが……(お下品で申し訳ない……)
佐渡さま、素敵な煩悩をどうもありがとうございます!!!

October 17, 2002




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