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見惚れてしまう様な綺麗な月が空に浮いていた。
ついつい見入ってしまい、気が付けばもう真夜中を過ぎていた。
風はまだ少し寒くて頬が強張る。
こんな夜は耐えがたい落胆の思いが込み上げてくる。
月が自分を照らしていると誰かに守られているような、そんな不思議な感覚に包まれる。
それと同時に月が自分を冷たくあざけているかのようにも思える。
自分は永遠とも言える時の中で生を紡ぎ生きている。
でも時々思う。時々感じる。自分の体は息をしてても、心が死んでいる様な気がする。
夜になるといつも思い出す。父のこと、友人のこと、失った様々な人々。
そして・・・。
そこでユエの思考は止まった。
入り口から誰かの影が漏れている。
こんな時間に・・・?ユエは不審に思い、
「誰だ?」
と影に向かって問い掛けた。
「きゃっ!!・・・あー、なーんだ。ユエさんかぁ。」
明るい聞き覚えのある声が入り口から聞こえた。
ユエが顔を上げると目の前にはメグがいた。
メグはユエの声に驚いたのか目をパチクリと開いている。
「メグ、こんな時間にどうしたんだい?」
ユエがメグに問い掛けると、メグはすたすたとユエに近づいてきた。
そしてユエが腰掛けているレンガの階段の一つ下の段に腰掛けた。
「う〜んとねー。からくり丸探してた途中だったんだけど階段に誰かいるみたいだったからちょっと寄ってみたの。」
そう言うとメグは膝に顔を埋める。
「どこ行っちゃったんだろうなー、からくり丸ーぅ・・・。もぅヘトヘト〜。」
珍しく弱気なことを言うメグにユエは苦笑した。
だが実際、からくり丸にとっては『生死』がかかっているので笑い事ではない。
そう、からくり丸は自分が生き抜くために必死に樽に化けて隠れているのだ。
メグだってそう簡単にはみつけられない。
多分今日も一日中からくり丸を探していたんだろう。
「まぁ、僕はからくり丸の気持ちもわかるような気がするけど?」
悪戯っぽく笑うユエ。そんなユエを見てメグは頬を膨らます。
「何よー!?それー!!」
頬を膨らませたままメグはユエに不満の声を上げる。
「そういえばユエさんはどーしてこんな所にいるの?」
メグはユエの方を向き聞いてくる。
ユエはその問いに暫しの間を置き、答えた。
「月を見てたんだ。」
その答えは簡潔だった。
「月?」
ユエの答えにメグは首を傾げたが、空を見上げた途端歓喜の声を上げた。
「うっわぁ、綺麗〜!!今日は天気が良かったもんねぇー!!」
メグは立ち上がり月を抱え込むように両手を広げる。
「そーいえばユエさんの名前も『月』っていうんだよね?」
メグはくるっと後ろを振り向き、ユエに聞く。
突然ユエは痛い所を突かれたような感覚が心を覆うのを感じた。
『自分の名前』。昔は嫌いじゃなかった。
いや、むしろ好きだった。
月は夜を思わせる、夜になるといつも失った大切な思い出を思い出してしまう。
そんなことから最近はこの名前に嫌悪感を抱くようになっていた。
ユエの表情が曇ったことに気付いたのか、ハッとメグは口を閉ざす。
慌ててユエは弁解しようと試みる。
「いや、ゴメン。月は・・・、少なくとも月の光は嫌いじゃないんだ。でも・・・。」
言葉が止まった。ユエは自分の胸に渦巻くこの思いをどうやって言い表したら良いのかわからなかった。
メグもそんなユエにどういう言葉をかけたら良いのかわからず暫く視線を泳がせる。
気まずい雰囲気が辺りを漂う。
冷たい風の過ぎる音だけが耳元で聞こえる。
突然メグは何かを思いついたのか自分の工具袋を漁り始めた。
そして何かをみつけたのか、パッと表情が明るくなった。
「あー、あったあったぁ!これこれこれっ!!」
メグは工具袋の中から鳥の形をしたからくりの玩具を取り出しユエの目の前に差し出した。
「ほらほらっ!ユエさん、これ私が作ったのよ。すっごいでしょ!?」
満点の笑みを浮かべてメグは言う。
「すごいな。飛べるの、これ?」
ユエの目の前にあるその鳥のからくりは形こそはちゃんとしているが何せメグが作った物だ。
鳥のからくりの羽を指で摘まみ動かしながらユエは聞く。
「当ったり前!!見ててね〜!!」
そう言うとメグは鳥からくりの下のほうについたネジを巻く。
そしてメグがネジから手を離した瞬間。
ボンッ!!
鳥のからくりは音を立てて小さく爆発した。
ユエは思わず目を瞑る。
メグは短い悲鳴を上げ腕で顔を覆った。
次にユエとメグが目を開けた時には鳥のからくりは白い煙を上げて地面に落ちていた。
「え〜!!また失敗ー!?何が悪いんだろ・・・?」
メグは苦い顔をしてプスプスと白い煙を上げている鳥のからくりを拾い上げぽりぽりと頭を掻く。
「大丈夫か?・・・、飛べなかったな。」
ユエはメグに近づき鳥のからくりに視線を向ける。
しかしユエの言葉には残念そうな気持ちは含まれてなく、『またか』と言う気持ちが含まれている。
「ちょっと待ってて、すぐ直しちゃうから。」
そんな事ではへこたれず工具袋の中から工具道具を取り出すとメグは目の回るような速さで修理を始める。
ユエはその修理作業を黙って見ていたのだが、その異様な速さに不安を覚えずにはいられなかった。
カチャカチャとからくりの部品が鳴っている。ユエは耳を澄まし、その音を聞き入っていた。
「出〜来たっ!じゃーん、ほらほら見てよ。完璧でしょ!!」
工具用具を投げ出し、メグは鳥のからくりを空高く掲げる。
鳥のからくりはすっかり元通りになっていて、それにはユエも感心せざるを得なかった。
カランッ。
ユエの足元で何かが鳴った。いや、何かが落ちてきたのだ。
ユエはしゃがみ込みそれを拾い上げた。
ユエが拾い上げたそれは月の光によって鈍い輝きを放っている小さなネジだった。
多分それは鳥のからくりの物であろう。
「メグ、ネジが落ちてたよ。君のだろ?」
ユエはメグにネジを差し出し言った。
「ああ、良いの良いの。私が修理すると必ずネジが一本か二本は余っちゃうのよ。」
あっけらかんと笑いながらメグは手を振る。
それは絶対に笑い事じゃないだろう。
と、ユエは一抹の不安を感じたがあえて口には出さなかった。
「ネジって月の光に当てると結構綺麗よね。何か小さな月みたい。・・・あ、そーだ!」
メグはネジを覗き込んでいたが何かを思いつき両手を叩いた。
「ねぇねぇ、このネジをユエさんの月にすれば良いよ!月は嫌いじゃないんでしょ?さっき変な事言っちゃったからね、お詫びにこれあげる!」
突然メグが言い出した事に暫しユエは思考を止めていたが、すぐに意味を理解し笑った。
メグは意味不明と言うか何と言うか、突拍子のない事をたまに口にする。
ユエはいつもマイペースで周りをまったく見ていないメグが励ましてくれた事が嬉しかった。
夜は更に更け、メグは自分の寝室へと戻っていった。
ユエはまだ階段に腰掛けてネジを眺めていた。
夜になるといつも思い出す。父のこと、友人のこと、失った様々な人々。
そして・・・。
そして自分の知る優しい人々、自分を支えてくれる様々な人々。
大丈夫。まだ僕は、僕の心は息をしている。ちゃんと何かを感じ、それに答えられる。
これから先、幾日も幾日も時は巡る。
そしていつかまたこんな夜が訪れた時にその夜がこのネジによって暖かい想いに包まれる事を祈りながらユエは静かに瞳を閉じた。
Fin.
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