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だから空を見上げよう。
それは誰かが言った言葉。
ふぁあああ。と大きな欠伸をした。
目に涙が滲んだ。視界がぼやける。
午後は眠い。食後だと尚更だ。
窓を開けると心地良い風が吹き抜けてきて、暖かな光が頬に当たった。
窓の外から空を見上げると、空は雲一つ無く、青く澄みきっていた。
「ああ、今日はこんな天気の良い日だったんだ・・・。」
それは本心から言った言葉。
最近は忙しくて空を眺めるどころか寝る事すら満足に出来なかった。
しなければならない事が沢山あって、やらなければならない事が沢山あって。
外の事になんか目を向けてる余裕が無かった。
晴れていても、雨が降っていても、彼の日常には関係の無いことだった。
新しい国の指導者。
それは十代の少年には荷が重過ぎている。
だが彼はそれを立派にこなしていた。
睡眠時間は無いに等しい時も、仕事が沢山あって一日中机に向っていなければいけない時も、文句一つ言わず、泣き言一つ言わず、彼は仕事をしていた。
皆はそんな彼に尊敬の眼差しを向ける。
そんな彼の日常。
ふうっ。と今度は大きな溜息を吐いた。
「ムムムムムムーッ!!ムー!!」
突然彼の視界に茶色の物体が入ってきた。
「う、うわっっっ!!ムクムク!?」
赤いマントを翻し、ムクムクと呼ばれたムササビは彼の顔面へ激突した。
視界を塞がれ彼は体勢を崩し、そのまま後ろへ転倒した。
ゴッ。
という音が頭の中で響く。
その少し後に鈍い痛み。
「ム・・・、ムクムク〜・・・。」
ムクムクは彼の顔から離れると、ポーズを決めて「ムッ。」と鳴いた。
「遊びに来たの?それともパトロール?」
彼は頭を撫でながら上半身を起こした。
「ムムムーッ!!ムム!!」
ムクムクは楽しそうに鳴くと、またマントを翻し空へと飛び立った。
「相変わらず忙しそうだな。」
少し顔に笑みを浮かべて彼はムクムクを目で追った。
赤いマントが青い空によく映えて、空の青さがより一層引き立った。
窓から眺めるその光景は、まるで一つの絵画のようにも思える。
そういえば。
そういえばこんな事があったな、と彼は思った。
あれはゲンカクが亡くなってから暫く経ったよく晴れた日だった。
ナナミが空を見上げて何か呟いていた。
何をしてるんだろうと思い、問い掛けてみたらナナミは満面の笑みでこう言った。
『じいちゃんにお話してるの。』
彼は一瞬言葉に詰まった。
まさかそんな答えが返ってくるなんて思わなかった。
『いつもお墓の前でお祈りするのも良いけどさ。』
ナナミが俯き、言葉を続けた。
自分の発言が少し恥かしかったらしい。
『ほら、今日はすっごくいい天気でしょ。雲一つなくて。』
彼は空を見上げ、頷いた。
『だからなんだかじいちゃんの所まで声が届きそうな気がしたんだ。』
ナナミはそこまで言うと空を見上げた。
『きっと見守ってくれてるよ。だからたまに空を見上げるんだ。』
「声が届く・・・、か・・・。」
立ち上がり椅子に腰掛ける。
視線を机に戻し、書類を片手に持つ。
そんな彼の日常。
いつも隣で微笑んでくれていた友人はもういない。
いつも傍で支えてくれていた少女はもういない。
それでも届くだろうか?
もう一度彼は空を見上げ、心の中で呟いた。
空は答えを返す筈が無く、青く晴れ渡っていた。
『きっと見守ってくれてるよ。だからたまに空を見上げるんだ。』
それはナナミが言った言葉。
『私の声と、私の想いがじいちゃんに届くように。』
それはナナミが彼に言った言葉。
もう二度と聞けない言葉。
けれど、それは決して消える事無く彼の心の中に刻み込まれた言葉。
ある晴れた日、一匹のムササビが赤いマントを風になびかせ空を飛んできた。
そして一人の少年の前に着地した。
「ムムムムムーッッ!!」
「あ、ムクムク。今日もパトロール?僕はこれから昼寝。」
ムクムクは「ムー。」と鳴くと彼の傍にうずくまった。
「うん、一緒に昼寝しよう。」
大きな樹に寄り掛かり、彼は答えた。
久しぶりの散歩に昼寝。
「今日も晴天だね。雲一つない。・・・、声が届きそうなぐらい・・・。」
隣りに目をやるとムクムクはもう寝息をたて始めていた。
「僕の声は届くかな・・・。」
そう呟くとほぼ同時に彼は心地良い眠りに落ちた。
だから空を見上げよう。
それは誰かが言った言葉。
一番近くに居てくれた人達はもういないけど。
それでも君達が見守ってくれてるなら。
僕の声と、僕の想いが君達に届くように。
だから空を見上げよう。
END.
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