このゲーム、「奴隷」と書いて「おべい」と読ませている。日本語にはまったくない表記だが、きっと超空間では奴隷のことを「おべい」と発音するのだろう。その説明で分ると思うが、今回の作品『奴隷−オベイ−』は超空間(HYPERSPACE)の作品である。まあ、厳密に言うとブランド名が「GAIA」で有限会社エイアールアイが販売元になっているのだが、それが超空間の隠れ蓑なのは皆さんも先刻ご承知であろう。
この『奴隷−オベイ−』、何と言ってもゲームの紹介がアレなことで以前から有名だった。まあ、そのアレな文章は、発売前の宣伝以外にもパッケージにも書かれているので、まずはそれを見てみよう。
元公務員ながら、凶悪な犯罪者になった主人公。ある夏の日、避暑地の古い教会を見つけ、そこに入り込む。そこは実は教会ではなく、聖職者に捧げる女の性奴隷を育てる教育施設だった。そこで主人公は女奴隷達と出会う。
奴隷達は神の前で聖職者のいけにえにふさわしい女になると誓う。
実は主人公はそこの教育係であった。「捧げものの日」まであと一週間。
女達に性具の使い方を教えなければならない・・・。
元公務員だって凶悪な犯罪者はいるだろうなんてツッコミなんて、まだ甘い。そんなことは、とるにたらない事にしてしまうのが、「実は主人公はそこの教育係であった」という一文だ。こんな一文が平然と出てくるのが、超空間の超空間たるゆえんだろう。
ここで主人公の来歴について、元々は怪しい宗教の奴隷の教育係だったのが、それを辞めて公務員になったはいいが、やっぱり持ち前の異常さが出てきて凶悪犯になったとか色々考えてしまうのが人情だろう。だが、それは無駄なことである。2次元の存在が3次元を実感できないように、我々も超空間を正しく認識できないのである。
それは実際にゲームを開始してみると分る。まず、取説のないこのゲームの場合、最初から始めるとゲームの説明から始まる。しかし、それは、
「プレイヤーを動かすには画面の左端にある矢印をマウスで操作してもよいのですが、キーボードのカーソルキーを使って動かすと便利です。」
「ゲームの目的はマップの中から道具をさがし女の子と道具を使ってエッチをすることです。うまく全部の道具をプレーするとゲームオーバーとなります。」
という代物だった。このとんでもない解説は、『PIN-UP』のものとまったく同じである。おまけに、ほんの少しだけ表示されたゲーム画面まで『PIN-UP』と同じものだった。
なんか非常に嫌な予感がしたが、オープンニングストーリーに入ったら、違う展開になったので少し安心した。それによると、このゲームの主人公は、軽井沢の教会とその近くの館で無為に過ごしていることが分った。きっと、凶悪な犯罪者である主人公は、邪教の教会の手引きにより、ここに一人で潜伏しているのだろう。
そして、主人公が教会から館に戻ると、なぜか館の玄関の鍵が開いている。そして、館の中に入ると、そこには下着姿の女性が「あっ、おかえりなさい」と出迎えてくれるのだ。当然、驚く主人公、そして、それとは違う理由で驚く自分。主人公の驚いた理由は分るだろうが、自分が驚いた理由は、なんとこの館の中にいた女性、その姿(CG)が『PIN-UP』のキャラクター(紗菜)とまったく同じだったのだ。
彼女の名前は星家祈理(せいけいのり)と言うらしい。そして、この館にいることも、「だからあっ、首里さん(注:主人公の名前)の上司の方がオーケーしくれたんだってばっ。今日からここで、お祈りをあげていいってっ」と説明してくれるのだ。主人公の上司!? と思ったのだが、そこは超空間にしては珍しく次の主人公の台詞「!?・・・神父様がっ・・・!?」で説明してくれる。
そして、それから後二人のキャラクター、燭光聖香(『PIN-UP』の「くるみ」と同じCG)、弥勒地鞠亜(同じく『PIN-UP』の「ありす」と同じCG)が下着姿で現れてくる。この時点で、あまりの展開に頭がクラクラしてくるのだが、まだまだ甘かった。この後の台詞がいけない。
「えっへへーっ、三人娘、集合っ!」
「今日からあたし達、この館にやっかいにならせてもらうからねっ」
「あの・・・よろしくお願いします・・・」
「あっははっ、戸惑った顔をしていても、ホントはすっごくうれしいでしょう?」
そりゃ戸惑った顔ぐらいするわ! 全然、訳分らないし。しかも、このまま、主人公が自分の部屋の押入れにある道具を彼女達に使うことを決意しながら、共同生活が始まった日には、開いた口が塞がらない。
しかも、これ以降の実際のゲームに関しては『PIN-UP』とまったく同じなのだ。当然、あの8色程度しか色を使っていないファミコン時代のRPGみたいな町の表示もそのまま、そしてそこにある扉を開いてHアイテムをゲットして女の子に使うのも同じだ。しかも、町の画面が同じ所か、アイテムのある場所すら同じで使う順番も同じ。いや、そんなレベルを超えて、画面の左端にあるゲーム名の表示からして『PIN-UP』のままで、女の子のパラメーターの表示も「紗菜」、「くるみ」、「ありす」なのは、もう手抜きというレベルを超えているだろう。
二つのゲームの違いなんて誤差程度しかない。『PIN-UP』でテキストが「家」となっている部分が、『奴隷−オベイ−』では「館」になっていることと、CGが塗りなおされていることぐらいの違いだ。特にCGの塗り直しは凄い物で、バックを夕日にしたり闇にしたりして、それに反映するかのようにキャラの体色を褐色やら青紫色に表示しているだけなのだ。当然、人間らしさは前作より失われている。普通はこれを、改悪と言うと思う。
そして、なにより凄いのはエンディングまで『PIN-UP』のままということだ。よって、彼女達がここにいる理由が、主人公を性犯罪者にさせないために、主人公の母親に派遣されていた事もそのままだ。
当然、パッケージに書かれた奴隷なんて出てこない。そして、神の前で行われる聖職者のいけにえにふさわしい女になるという誓いもない。そして、ゲーム中に「捧げものの日」なんて言葉は1回も出てこない。そして、一週間なんて期間もなければ、超空間な単語「性具」の出番もない。そもそも、パッケージでは主人公は既に凶悪な犯罪者のはずだ。
ここにあるのは新しいゲームではない。導入が少しおかしい『PIN-UP』があるだけだ。だから「羊頭狗肉」って言葉の意味を実感したい人だけがプレイしたらいいと思う。ただ、自分の好みとしては、狗どころか羊だって臭くて嫌いなのだけどね。
(タコマロ)
|