最近の不幸



 きっと、用事は別れ話なのだろう。
 恋人の決めたレストランは仰々しいまでに堅苦しく、肩がこりそうだ。目の前では恋人の幸介がぎこちない様子で料理を食べている。先ほどから会話一つ無い。
 近頃の私はかなりツイてない。まず、彼とうまくいってない。なんだか彼がよそよそしいのだ。他にも、職場の人間関係はますます悪化しているし、たまの休日はいっつも雨だし、最近ふとした拍子に顎が外れるようになって、そのせいで大好きなビックマックを頬張れない。これはかなり痛い。あげく腹いせに買った服は、着てみると思ったよりダサかったし、他にも挙げたらきりが無い。
 ここまで続けば、そりゃあ彼から別れ話の一つや二つ出てきたって私も納得してしまう。しかも何だこの店。普段一緒に行くのは居酒屋ばっかりのくせに、金無いって言っていたのに無理しちゃってさ。まあ、大きく口開けなくてすむし、顎には優しいからいいけれど。
 鬱々とした感情を渦巻かせながら、大きな皿にこぢんまりと盛られた料理を、さらに細かく切り分け、美味しいね、そうだね。なんてやり取りを繰り返す。彼がさっきからこっちを見ようともしない事にはとっくに気付いているのに。イラつく。
 理由は幾つか思いつく。二人で海千山千乗り越えて、いっぱい折り合いをつけていくうちに、時に変な折り目がついちゃったりしちゃう。そういうのって綺麗に直らないから、皺になって残る。彼が、そういうのをすっきりしたくなったのかも知れない。
「ねえ幸介、あたし達も、もう4年目だね」
 ジリ貧よりも、攻めの姿勢。そういう気分で言葉を繋ぎ出す。
「……ああ、それくらいやね」
「でもこんなお店って初めてじゃない? なんだか、逆に居心地良くないね」
 彼はそれに答えず、目を伏せて羊のローストを食べる。いつもなら口に入れたままでも喋るのに、明らかに余所余所しいじゃないの。こうなれば、とことん攻めてみるしかない。
 ワインで唇を潤して、私は核心を突く。
「ねえ、何か言いたいことあるんじゃない?」
「な、なんで?」
 どもるなよ。
「解かるよ。幸介のことなら大体解かる。さっきからずっと考え事してるでしょ。何なの? あたし大概の事じゃ驚かないよ?」
 また沈黙。
 実は他に好きな人ができた、とか。お前にはもう飽きたんだよ、とか。色々彼の台詞をシミュレートしていたら、やっと意を決したのか、現実の彼がやけに真剣な目で私を見据えてきた。私も頬を引き締める。
「麻利……結婚してくれ!」
 突き出された指輪には、少し大きめのダイヤモンドがのっている。
「……ふぁ? け、けっこ――ふがっ」
 余りのことに、また顎が外れた。
 彼が側まで来て、慌てふためいている。無理矢理入れようともしてくれて、それがちょっと痛くて、胸がいっぱいで、溢れ出した涙とか鼻水が、せっかくの料理に零れていたけど。
 そんな不幸は気にならなくなっていた。


草書