Rouse&Rumble





23:36

 今日も彼女は何時ものように、展望室の窓から外を眺めていた。
 そこには、漆黒を彩る星々が煌き、そして、蒼く凛と輝く惑星の姿がある。『絶対美』とも表現できよう、その惑星から放たれる光は、全てのものに微笑みかけている。
「綺麗……」
 どこからか聞こえた、澄み切った音色は、その場の雰囲気を一層引き立てた。
 時が静止する。
 惑星の輝きは、彼女を優艶に包み込む。
 彼女だけの無限の時間が訪れる。一番好きな時、一番幸せな時……
 光の抱擁に身を託す。瞳を閉じ、惑星から聞こえてくる鼓動に耳を澄ます。
 大地の拍動、海の波音、木々のざわめき……そして、アラート音……
「……?」
 耳障りな音に、彼女は現実に戻された。
 音の発生が、隣の女性の通信機からだと認識した彼女は、再び意識を窓の外へ戻す。
 星の美しさに酔いしれたのか、ここ毎晩とこの展望室に通っている。
 感動を、はたまた粋狂であろうか…
 どれだけ満たされようとも、飽きることはない。
 だが、意識は再び現実に戻された。
 隣にいた女性の通信機より、切羽詰った声が聞こえてくる。
「あぁ、副長!助けてください!またあの2人が――!」
プツッ……
 皆まで聞かず、通信は断たれた。
 女性は荒立った呼吸を整えるため、深呼吸を一度。
 そして…

「こんな時間にまで……ふざけるなっぁぁぁぁぁああああ!!!」

 怒号により、ムーディな展望室は、たちまち恐怖一色に染まる。
 その場に居合せた者達全員の視線の先には、陽炎を揺らめかせ一歩一歩部屋を後にする女性の姿があった…
 彼女はその日、鬼を見た。

 数十分後――
 顔はボコボコに変形し、自慢のストレートヘアにパーマを掛けられた男と、黒コゲになったアンドロイドが、救護室に運ばれていった。




11:48

「面倒臭いな……」
 咥えた葉巻より、口一杯に煙を溜め込み、一気に吐き出す。灰色の煙が空に昇っていく様を見詰めながら、男はそんなことをぼやいていた。
 惑星「ラグオル」
 それは、母なる大地の衰えにより考案を余儀なくされた、大規模移民計画「パイオニア計画」にて、惑星探査により選抜された第二の母星である。
 計画に向けて足先に旅立ったパイオニア1を追い、7年の歳月を掛け開拓されたその惑星に到着したパイオニア2。
 だが希望の新天地は、彼らを原因不明の大爆発で出迎えた。
 パイオニア1との通信は途絶え、事態を重く見た総督府は、ハンターズによる調査団を地表に派遣した。生存者の救出、謎の大爆発の調査、そして惑星「ラグオル」の真実を見出すため、ハンターズ達は地へと降り立った。
 それから半年――ハンターズによって開拓されていった地表は、当初のそれよりも、いくぶん落ち着きを得ていた。

 セントラルドーム。開拓の中心であった巨大なシェルター。移民者達の住居となるはずであったそのドームは、今は廃墟として無残な傷跡を残している。
 ここはドームの周辺一帯に広がる森。
 その一角に軍服で身を固めた男が腰を下ろし、ため息のように煙を吐いていた。
 天候は良好。
 木々の隙間から降り注がれる光のシャワーをその身に浴び、地に這う小さな動植物たちは居眠りをはじめている。
 男はその様子に心を和ませる。
「いいところなんだがな……」
 呟いた直後、どこからか聞こえてきた銃声に苦笑し、火の消えた葉巻を吐き捨てた。
「状況は?」
 野太い声の先に、何時の間にか、美しく伸びた黒髪をポニーテールに束ねた、端整な顔立ちの美女が立っていた。発達したその身体には、やはり軍服を纏っている。
「はっ!」
 短い返事の後に続ける。
「現在、A-3ブロックよりH-15ブロックまでの――」
「あ゛ぁ〜」
 ふと、質問に対する報告を、男のガラ声で制止する。
「判りやすく簡潔に頼む」
 新しい葉巻を口に咥えた男は、女性に向かって、片目を閉じてみせる。
 その仕草を見て、女性はふっと肩の力を抜く。
「順調です。この調子でいけば、30分もあれば片付くかと思われます」
「上出来だ」
 女性の報告に、思わず男の口元が緩む。
 己の指先より発生させた炎で、葉巻に火をつけると、大きく煙を吸い込み……吐き出す。
「さて……」
 一息つき、のそり、と腰を上げる。
 ズシリ、と重々しい音を立て、男が立ち上がった。
 女性にしては長身である彼女をも、まるで小人と対峙するが如く圧倒するその巨体がそこに現れる。
 身長は2m……否、2m20cmは裕に超えているだろう。体重も、その巨木のように太く鍛えられた手足から、相当なものだと予想がつく。
 巨人……男を表現するのに、その言葉がぴったりだった。
「いこうか、ミイニ」
「イエス、ボス」
 ボスと呼ばれたその巨人の襟元に輝くものがある。
 軍大佐を示すそれが、巨人の正体を明らかにしていた。
 ハルス=マグライヤ大佐。軍部第6陸戦大隊総指揮官。
 通称6番隊、軍部屈指の戦闘大隊の総隊長だ。「ボス」と部下からは慕われている。
 褐色肌にどこか野生を思わせる顔立ち。右の眉から頬にかけて深々と抉った三本の傷跡が、さらに雰囲気を増幅させている。人のそれよりも長く尖った耳に、精巧に作られた実弾形のピアスを下げていた。
 咥えた葉巻が、見るからに豪快そうな男によく似合う。
 そしてハルスの横に並ぶ女性は、ミイニ=レーク中尉。
 軍部第6陸戦大隊参謀長。隊の中で言うNo.3の位置になる。
 軍服に身を固めた彼女の姿は、清楚で美しく、模範を思わせる程見事に整っている。
 現在、ハルス率いる6番隊は、一帯の森林地帯を巣食う、凶暴な原生生物達の掃討任務に駆り出されていた。
 部隊にとっては容易な任務内容から、やる気でなかったハルスだったが、葉巻を吹かし、ようやく重たい腰を上げた。
「気楽なもんだ……」
 そこに突然、彼ら以外の第三者の声が響いた。
 ミイニは反射的に腰に下げていたホルスターから銃を抜き、背後にある声の主に銃口を向ける。
 ハルスは、片手を上げて発砲を制止する。
「森で葉巻だなんて、下手すると大火事だぜ?大佐殿」
 陽気に話しかけてくる人物に、ミイニは警戒を強める。
 姿ははっきりと確認できないものの、人間であることは明確だ。
「何者ですっ!?」
 両手を上げ、姿を現す人物。
 アフロヘアにサングラスを掛けたその男は、彼女達と同じ軍服を纏っていた。
 見るからに怪しい……
「軍人?所属は?」
 彼女に答えたのは巨人だった。
「よぉ、またずいぶんと二枚目っ面になったじゃねぇか」
「モテすぎるのも困るんだがね」
 彼女は、上官と男との慣れた口ぶりに困惑する。
「ボスのお知り合いですか?」
「お前も知ってる相手だ」
 ミイニは意外な返答に目を丸くする。頭を軽く左右に振り、再度男を観察する。
 よく見ると、頬は赤く腫れ上がり、サングラスの上からでもわかるほどの、大きな青い痣を瞼の上に作っていた。
(誰……?)
 変形した顔のせいで、尚更わからなくなっているのか。少なくとも、自分の知る者にアフロはいない。
 彼女はその男の襟を確認する。青と白で十字を切ったそれが、胸元で輝いていた。
 それを見たミイニは状況を理解し、青ざめた。構えていた銃を咄嗟に戻し、深々と頭を下げる。
「失礼致しました、少佐殿。無礼を何卒、お許し下さい!」
 ミイニは己の無能を恥じる。
 部下の失態は、上官に責任を問われる。
 それだけではない。今の行為は、ハルス以下、部隊全体の株を下げることに他ならない。
 少佐ともあろうものに銃を向けた己の愚行に、彼女は唇を噛み締めた。
 だが、男からは返ってきた言葉も意外なものであった。
「それじゃ、お茶にでも付き合ってもらおうかな」
「は?」
 またも困惑する彼女に、男が迫る。
 すかさず、2人の間に割って入ったハルスが、それ以上の接近を阻止した。
「どうしてお前がここに?」
「偶然な、お仕事よ。20番隊と一緒に」
「なるほど……。それでそんな面になってるわけか」
「ま、そんなとこ」
 にやりと微笑む男だったが、腫れ上がった頬のせいか、それすらも辛そうだ。
 巨人が豪快な笑い声を上げる。
 上官のやり取りから、やっとのことで男の正体を把握したミイニが再度頭を下げた。
「36番隊隊長殿でしたか。いつもの容姿とは違ったもので……無礼をお許しください」
 自分よりも遥か上官にあたるものであるはずだが、先程の非礼よりも、随分軽い。
 気にするな、といわんばかりに36番隊隊長殿は軽く手を振って見せた。
 それに三度頭を下げる。
 ふとミイニは、前夜の出来事を思い出す…
「隊長殿、その傷はもしかして昨晩?」
「……な、なんでそれを?」
「よく飽きずにやるな、お前等は」
「ほっとけよ」
 目の前の2人からは、軍人特有の厳しい上下の関係が微塵にも感じられない。親しい友人に接するように、笑い合っている。
 その姿に、彼女の口元も微かに緩む。
 だが、微かに鳴った物音が、和やかなその場を緊迫した空気で一変させた。
 ハルスとミイニは短銃を構える。もっとも、巨人のそれは通常の物より2回りほど大きい。そして36番隊隊長はセイバーと呼ばれる、フォトン粒子で構成された刃を持つ剣を構える。
 空気中の粒子を焼くフォトンの音。そして、風に揺れる木々のざわめきが一帯を支配する。
「……相手はヒルデベア……数は1匹。……上だ」
 アフロがポツリと呟く。
 それを合図に3人が一斉にその場から散開した。
 今まで3人のいた場所へ、大きな影が上空より現れる。
『ウォオオオオオオ!!』
 大地を揺らし、雄叫びを上げるそれは、巨人よりも1、2回りも大きいゴリラのようなモンスター。
「ビンゴ!」
 指を鳴らし、疾風が駆ける。
 瞬く間に間合いを詰めた隊長は、ヒルデベアとよばれたそのモンスターの腹部に、深々とセイバー突き刺した。
「アフロはDangerだぜ」
 意味不明の決めセリフを前に、くぐもった断末魔の叫びを上げた異形のモンスターは、その場で絶命した。
 まさに疾風迅雷の出来事に、ミイニは訳もわからず呆然と立ち尽くす。
 ズシンと、モンスターの顛倒の音に、彼女はようやく我を取り戻した。
「お怪我はありませんか?」
「愚問だな」
 隊長に駆け寄るミイニに何故かハルスが答えた。
 短銃を腰に戻し、骸に目を落とす。
「どこに潜んでいたのか……」
「仲間の匂いを嗅ぎ付けて、ここまできたんじゃねぇの?」
 そういって、隊長は巨人を指差す。
「だれが仲間だっ!!」
 漫才のようなやり取りがはじまる。
 その様子を楽しく見守っていたミイニが、ふと、骸の片隅で輝く何かを発見した。
 拾い上げたそれを、光に翳してみる。
「……メモリーディスク?」
 漫才を中断し、2人が覗き込んでくる。
 彼女の手にする物は、確かに旧式の小型メモリーディスクであった。
「なんでそんな物がここに?」
 一同も、ハルスと同じ疑問を抱く。
「こいつが吐き出したのかね?」
「さっきまでは無かった物だ。その可能性も考えられるな」
「汚ね、そんなもん捨てちまいなLady」
「バカを言うな、戦利品だ」
「なんだ?やっぱりお前も食うの、それ」
「程々にしておけよ」
 厳しい言葉とは裏腹に、険悪さは感じられない。悪戯っぽい笑みを浮かべる隊長がハルスの脇を小突く。
 本当であれば、肩を叩くところなのであろうが、巨人のそこには、180cmを超える隊長でさえ届かない。
「ま、帰って中を見てみりゃ、これが何かわかるでしょ」
「安易なアフロだ」
「やかまし……」
 隊長の簡素な結論に、ハルスも冗談染みた言葉を返す。
「でも、もしかしたら、爆発事件に関しての重要な情報が入ってるかもよ?」
「尚更、勝手に見るわけにはいかんな」
 それもそうかと隊長が両手を上げ、肩を竦める。
 ハルスはディスクを受け取ると、それを丁寧にサックにしまった。
「まぁ、解析は必要だが」
「中身見る時ゃ俺も呼べよ?」
 目で合図を送る隊長に、ハルスはフンッと鼻息で答えた。

 優しく撫でる、心地の良い風。
 先程までの和気を取り戻す。
 それぞれが風の子守唄に身を預けていた。
「さてと…」
 数秒の沈黙を破り、眠気を払った巨人が重々しい身体を揺する。
「任務に戻るぞ、ミイニ」
「イエス、ボス」
 有るべき場に向かうべく、冷厳な表情を作る2人に、隊長がフッとため息を洩らす。軽く手を振る隊長に、ミイニが最敬礼する。
 それに困惑した表情を浮かべる隊長は、つかつかとミイニに接近すると、彼女の手を取った。
「Ladyは今から俺とお茶でしょ?」
「却下です、サイ隊長」
 ゴスッ…
 鈍い音と共に、澄み切った女性の声が響いた。
 戸惑う彼女の前で、目の前にある顔が血の気を失っていく。
 ミイニが視線を落とすと、サイの股間部にブーツの爪先がめり込んでいる。やがてサイは、声も無く崩れ落ちた。
 地に倒れたサイの後ろから、今時の声の主が現れる。
 グリーンの髪を三つ編みに束ね、ハルスと同じ尖った耳にピアスをした、大きな瞳が可愛らしい女性。彼女もやはり軍服を纏っている。襟元にはミイニのそれと同じものが光っていた。
「アトレイト副隊長殿」
 彼女はミイニの呼びかけに会釈し、ハルスへと向き直り、敬礼した。同じく敬礼で返事をしたハルスが笑い声をあげる。
「敵わんな、中尉には」
 メリー=アトレイト中尉。軍部第20機動中隊総指揮官補佐。
 軍部最強のアンドロイドと称される隊長バルバス率いる20番隊の副隊長だ。彼女もまた、中尉の身でありながら優秀功績を残しており、その知名度は高い。
 メリーは足元で悶絶する36番隊隊長、サイを睨みつけた。
「持ち場を放棄して、他隊の参謀殿を軟派ですか?アフロ隊長殿」
 なんとか上目遣いで、昨晩自分の顔を醜く変形させ、自分をアフロヘアにした女性を見上げるサイ。
 しかし、既にその瞳に生気はない。
「自業自得だな」
 大笑いを続けるハルス。
 サイの様子に苦笑するミイニ。
 そんな2人にメリーが敬礼する。
「任務中、大変失礼致しました」
「ご苦労」
 ハルスは敬礼を返すと、のそのそと歩き出す。隊長に慌ててミイニも続いた。
「ちょ、ちょっと、待って……。俺を見捨てないで……」
「アフロ!!」
 サイの救済を求める声も、メリーの怒鳴り声で掻き消された。
 そんな様子に、ミイニは顔を綻ばすのだった。





 夕食時で賑わう食堂街。雑多な通りが、ここ一番の賑わいを見せる。その中に、ある男女の姿があった。
 手を引く女の瞳は爛々と輝き、あれこれと軒先々を観察している。
 対照的に男の方は、冴えない顔で、渋々付き合わされているといった感じだ。
「俺、明日久々の非番なんだけど?」
「だったら尚更いいじゃない」
 女は男の言葉に、振り返ることなく答える。
 キャミソールにジーパン姿の彼女は、20番隊副隊長のメリー=アトレイト中尉である。
 対して、Tシャツに同じくジーパン。それにジャケットを羽織、情けない表情を浮かべているのは、36番隊隊長のサイ少佐だ。
 数日が経ち、彼のアフロヘアは、本来のロングストレートに戻っている。顔の腫れも幾分落ち着き、サングラスで隠す必要もなくなったようだ。それでも、近くで見るとまだまだ痛々しい傷が見当たる…。
 軍部最小最弱の36番隊……。
 構成員は、隊長のサイを含め僅か3人と異例の新部隊であった。彼らに与えられる任務はもっぱらの雑用である。他部隊への応援等ならまだいいにしろ、時には掃除等も言いつけられる。何をするにも沸き出る雑務の山は、彼らに休息を与えることはなかった。
 思い返してみても、自分はここ1、2ヶ月休暇を貰った記憶は無い……。
 そう思ってサイはため息を一つつくと、先導するメリーの横に並んだ。
「俺は悪くないんだけどね」
「ふ〜ん」
「あれは、オタクんところの隊長がだな……有無も言わさず襲い掛かってくるもんだから……」
「でも、受けちゃったんでしょ?決闘」
「いや、だから仕方なく……」
 先日の騒動の事情を述べるサイだったが、彼女の気は既に、今夜の食事へと向けられていた。
 サイは再びため息を吐く。
「あのな、メリー……」
「あのね!隊長同士の喧嘩なんて、部下が止めに入れるわけないんだし。結局いつもいつも呼び出されるのは私なんだからね!」
 何かを言おうとしたサイを、彼女の罵声が遮った。
 鬼の形相でサイを睨みつける…
 お前も部下だろ、と突っ込みたいところを、必死に飲み込む。
「それとも、私との食事がそんなに嫌?」
 メリーはそう言って、大きな瞳に涙を滲ませる。
「いや、そういうわけじゃ……」
 彼女はニコッと笑うと、手を離し足早に駆けていく。
「嘘くさ……」
「何か言った〜?」
「言ってません……」
 サイは完全に敗北を認めた。
(ゆっくりできると思ったが、よりにもよって今日とはね……)
 数日前に起こした20番隊隊長との乱闘騒ぎで、仲裁に割って入ったメリーに食事を奢る約束をさせられていた。

 36番隊隊長のサイと20番隊隊長のバルバスとの決闘は、軍部の名物の1つである。それも、過去の軍部武術大会で、優勝候補No.1だったバルバスをノーマークのサイが打ち負かしたことから、バルバスに執拗に幾度も決闘を挑まれるようになったのだ。
 二人は決して仲が悪いわけではないのだが、時には半強制的に、時には相手の挑発に乗り、時場所厭わずに決闘を始める彼ら。その隊長格の喧嘩の仲裁に呼び出されるのは、決まって20番隊副隊長のメリーであった。
 阿修羅を背にやってくる彼女に2人は頭が上がらない
「仲裁と言えば聞こえはいいが、あれはそんな生易しいもんじゃねぇ……半殺しだ……」
 当日のことを思い出し、身震いした。
 そんな彼を無関心に、人々の波が流れていく。
 サイは盛観な通りを一望する。
 いつもより豪勢な夕食を前に、笑顔で過ぎる人々。
 その平和な様に、口元を綻ばせた。
「サーーーイーーーー!!」
 向こうで自分の名を呼ぶ声に振り返る。
 店の前で、満面の笑みで手を振るメリーの姿があった。
「ここ!ここーー!」
「ガキかよ、全く……」
 仕方ない、という表情で、彼女の元へ駆け寄る。
 近寄ると、メリーが嬉しそうにサイの腕を掴んだ。
 傍から見れば、仲の良いカップルと思われるだろう。

 だがその時、彼女の手の下で通信機が声を上げた。
「悪ぃ、ちょっと通信」
 そういって彼女の手をほどくと、通信を開く。
 小型のホロモニタに現れたのは、粗野な顔立ちの大男だ。
『今晩は、少佐。こちらマグライヤ大佐だ』
「問題ねぇ、プライベートだ」
 改まって挨拶を告げるハルスに、サイが己の今の状況を教えた。
『好都合だ』
 ニッと笑って見せるハルス。
「用件は?」
『まぁ、慌てるな。先のディスクの解析が完了した』
 ハルスの報告に、先日森で拾ったメモリーディスクを思い出したサイは、口笛を鳴らす。
『わけのない、文書データのようだ。上に提出するにも、中身に目を通す権利くらいはあろう。……来るか?』
「いいね」
 サイが微笑する。
 それにハルスが右手の親指を立てて見せた。
 そこに、傍らで2人の会話に聞き耳を立てていたメリーが首を突っ込んでくる。
「ディスクって?」
「お、おい」
 モニタ越しに、ハルスも驚きの声を上げる。
 やがて、状況を確認したハルスが、にやにやと不気味な笑みを浮かべサイを見詰めた。
『なんだ、デート中だったか』
 2人が顔を見合わせる。
「バカ言え」
「冗談!」
 二人の声が重なる。
 本人達の否定とは裏腹に、息の合ったやり取りに、ハルスはにやけ顔のままだ。
 それを怪訝に見詰める2人。
 冷たい目線に気付いたハルスは、軽く咳払いをし、サイへと向き直った。
『まぁ、都合が悪いようだな。機会を改めよう』
 そう言って通信を切ろうとしたハルスを、メリーが呼び止めた。
「ディスクってなんですか?文書データっていうのは?」
 サイが面倒臭そうに頭を掻く。
 モニタ上では、ハルスも返答に困っていた。
「なに、この前ね、森でちょっとしたデータディスク拾ったのよ」
 教えてまずいことはではないと判断したサイが、彼女に説明する。それにハルスが続けた。
『旧式のもので解析に難を労したが、ようやく中身を拝見できそうでな』
「それって、つまりは拾ったディスクの中身を見ちゃうってことですか?」
「うむ」
 驚き顔のサイがハルスに言い過ぎとばかりに視線でそれを訴える。しかし巨人はそれに気付かずに笑みを浮かべている。
 地表にて拾得した物品類は、重要度の高低に関わらず全て上層へ提出することになっている。
 拾得物の所有権を持つハンターズの先行により、軍がそれらの発見することは稀であった。そのため、先移民達の残したデータディスク等の記憶媒体は、極めて高い重要性を持つ。本来ならば、真っ先に提出し、解析チームに事を任せるべきである。
 事の重大さを把握したメリーが声を上げた。
「大佐!本気ですか!?」
 モニタ上のハルスはやはりにやけ顔であった。
 ハルスの様子にメリーはため息をつき、黙考する。
「……ばれてもしらないから」
「ばれなきゃいい」
 サイの言葉に、無言で肯定を示すハルス。
 メリーは苦笑すると、再びサイの手を取り、元来た通りを歩き出した
「お、おい、どこいくんだ?」
 メリーはため息を一つ。
「データの中身、見るんでしょ!?」
「ま、まさか……。今からか?」
「同行します」
 背中のまま答える彼女に、モニタ越しに2人は顔を見合わせた。
「お前、だから喋りすぎ……」
『責任とれよ』
「俺かよ……」
 項垂れる男達を他所に、前行くメリーの顔は心なしか笑っていた。





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