Rouse&Rumble
4
○月×日
窮屈な空間。
重々しい空気から抜け出したいがため、僕は思い切って仮設居住区より外界へと足を踏み出した。
こっちにきて初めて見る外の世界。
木々の生い茂ったそこは、母星ですら目にしたことのないような美しい緑で彩られている。
空気も旨い。
陽気に誘われ小1時間ほどの散歩をした。
何事もなく、別段危険はなかった。
この調子なら、自由に外を出歩けるようになる日も、そう遠くはないんじゃないだろうか……?
しかし、この星は本当に素晴らしい。
○月×日
今日もこっそりと、前日の森へと足を運んだ。
監視の目を盗むことなんて僕にとってはわけもない。
自分の才能に感謝したい。
ここは本当に気持ちがいい。
居住区を出て、こっちで暮らしたいくらいだ。
例にもよって、また散歩をしていた僕は、河原で小さな生物を見つけた。
魚のような蛇のような…大きな目が可愛らしい。
害はないだろうと思った僕は、そいつを家へと持ってかえることにした。
○月×日
先日河原で見つけた生物は、何事もなく水槽の中で元気に泳いでいる。
雑食のその生物の飼育はそれほど苦労がない。
図鑑で調べてみたが載ってなかった。
やはりこいつはこの星独自の生物のようだ。
危険なのは百も承知だが、可愛いこいつを暫くの間飼ってみることにした。
名前は…チーズ。チーズにしよう。
○月×日
チーズは今日も元気だ。
いいのかどうかは判らないが、本当になんでも食べるから、エサには困らない。
それのせいなのか、連れて帰ってきた時よりは、1回りくらい大きく成長している。
成長が早いのはいいが、こいつは大人になると、どのくらいのサイズになるのかな?
○月×日
そう日はたっていないのだが、どんどん大きくなっていくチーズ。
この水槽では、狭そうだ。
新しく買ってきた大きな水槽に移し替えてはやるものの、この調子で成長されるとちょっとヤバイかな……?
○月×日
新しい水槽も、もはや狭く……。
僕は新たなチーズの住処を探すため、セントラルドームの地下にある洞窟に足を運んだ。
じめじめしていて気分のいいところじゃないが、僕のよんだ通り、地下河川が存在した。
奥に潜って、適当な場所を探す。
○○地点にいい場所を発見!
ここなら、チーズも発見されることなく、育ててやることが可能だろう。
○月×日
チーズを地下に移して数日。
それにしても、ずいぶんと大きくなった。
全長にして、1mはあるんじゃないだろうか?
でも、ここならどんなに大きくなっても大丈夫だよ、僕の可愛いチーズ。
○月×日
大変なことが起きた。
僕としたことが、警備兵に見つかってしまった。
解放してはもらえたが、僕に厳重な監視がついてしまった。
これじゃあチーズに会いにいけない。
あいつの面倒は誰がみてやるんだ?
エサはどうする?
やばい、やばい……僕の可愛いチーズが……。
○月×日
もう2週間が過ぎた……。
チーズは、チーズは元気でやっているだろうか?
ちゃんと食べているだろうか?
僕がいなくなって、寂しい想いをしていることだろう。
あぁ、待っててねチーズ。必ず、必ず君の元へ会いにいくからね。
監視なんて振り解いて、絶対に会いにいくからね。
絶対、絶対……。
5
薄明かりの下、沈黙したその空間で光が明滅している。端末機が並べられそこは、どこかのオペレーティングルームのようだ。
点灯する1つの端末の前に、4つの人影があった。
モニタを目の前に座っている、軍服姿の女性はミイニ=レーク中尉だ。
聡明なその顔が少し不気味に照らされている。
彼女はフッと息をつくと、背後にある3人の方へと体を向けた。
「以上が、このディスクに記されている内容です」
静寂に彼女の綺麗な声だけが響く。
各々の体勢で寛いでいた3人は、皆俯いて、何かを思案しているようだ。
1人が沈黙を破る。
「つまりは、飼育日記みたいなもんか……」
「なに?今までそれを考えてたわけ?」
突っ込みが飛ぶ。
声の主は、サイとメリーである。食堂街からその足でやってきた2人は、お互い私服姿だ。
中心で堂々と腰掛けていた巨人が、身体を揺すった。
「興醒めだな」
火のついていない葉巻を咥え、息をついた。無論、コンピュータルームで火気は厳禁だ。
「どういったものを期待してたわけ?」
サイの問いかけに、巨人は無言だ。
気にした様子も無く、サイは端末に寄り、先程の日記に再度目を通し始めた。
「しっかし、ミイニちゃん、あんな旧式ディスクをよく解析できたねぇ。たいしたもんだ。これじゃ解析班もビックリだな」
「そ、そんな……」
ミイニは称讃に少し紅潮する。
「でも、こんなこと上にばれたら懲罰謹慎ものだもんな。あいつに付き合うと苦労する……同情するよ」
「い、いえ」
小声で囁くサイに、困ったような笑み浮かべ、小さく手を振って否定してみせる。
「俺の部下は優秀だからな」
「部下は、だな」
「なにを!?」
いつもの漫才が始まる。
それをメリーが制止し、再び本題へと戻す。
「この人、チーズをすごく可愛がってたみたいね……。でも大佐、この生物、この後どうなっちゃったんでしょうね?」
「死んだか、今も元気にどこかで泳いでるか……」
「洞窟だろ?何度も足を運んだことあるが、そんな生き物は見たことねぇし。死んでるんじゃねぇの?」
ま、調査の必要はあるかもしれないがね。と付け加えたサイが大袈裟に両手をひらひらと振って見せた。ハルスはそれに頷くも、唸り声を上げた。
「このまま上層へ提出しますか?」
「そうだな……洞窟の見回りなんぞ、俺達がやるほどのことでもないしな。優秀なハンターズにでも任せておけばいい」
厭味が混じる。
6番隊は戦線の最前線に送りこまれる屈強の戦闘部隊だ。調査等の戦闘外の任務は彼らの出番ではない。
ハルスが重い腰を上げた。
「こいつをヒルデベアが腹の中にあったってことは……。主人は食われちまったのかね……?」
「差し詰め、慌てるあまり、ベアの巣に突っ込んでいったのかもな」
「人は食べません」
笑い出す2人に、メリーが苦笑して応えた。
そして再び画面へと目を戻す。
「悪いな2人とも。こんなくだらんもの見るために、わざわざデート時間を裂いてまできてもらって」
「デートじゃねぇって」
集会終了の合図に、サイは手を振り部屋の出口へ向う。
巨人は1人帰りだしそうなサイを見て、そしてメリーに横目を送った。
彼女は真剣な面持ちで、何かを深く考えている様子だ。
「どうした?まだ何かあるのか?」
メリーが顔を上げる。
「……ミイニ参謀、そこの座標って解かる?」
「え?あ、たぶんこのデータから調べれば、すぐに割り出せると思いますけど」
そういって、ミイニは端末に向かった。
室内にカタカタとキーを叩く音が響く。
退室しかけたサイも足を止め、その様子を面倒くさそうに見詰める。
「でました。洞窟F-31ブロックのようですね」
「はぁ?」
ミイニの報告に、一拍の間を置いてサイが驚きの声を上げた。
サイに視線が集まる。
「どうしたよ?急に」
「F-31つったか?ミイニちゃん、間違いないかい?」
「え?」
ミイニは再度端末に向かう。だがコンピュータはやはり同じ結果を弾き出す。
「間違いありません。F-31地点のようですけど……?」
「どこだよ、そりゃ……?」
今度は一同が驚きの声を上げた。
ミイニがキーを叩く。
次にコンピュータが返したものは、エラー音だった。
『Unknown』
「現時点での、最新エリアマップと照合。該当ありません」
「嘘?」
「ほぅ……」
出口まで行きかけたサイが3人のところへ戻ってくる。
「チーズも、そりゃ見つからないわけだ」
サイの顔は妙に嬉しそうだ。
「それって、未調査地域ってこと?」
「だろうね。もしくはそんな場所存在しないかだ」
「そういうことなら、調査の必要がありそうだな」
眉間に皺を寄せ、低い声でハルスが言う。己の丸太のように太い腕を組み、何かを決心したかのように、頷いた。
「ミイニ」
「はっ!」
「明日洞窟へ降りる、許可の申請を頼む」
突然の言葉に、ミイニが硬直する。
他の2人も目を丸くしている。
「ボ、ボス、まさか調査に?」
「無論だ」
声の調子から冗談ではないことを悟ったミイニは、顔に戸惑いの色を見せたが、遅れた返事を返し、申請書類作成の為端末へと向かう。
口笛を鳴らすサイを小突き、メリーが再度確認する。
「大佐、本気なのですか?」
ハルスはにっと笑って応えた。メリーは顔を落とす。
結果を教えてくれよ。等とぼやきながら、サイは再び部屋を後にしようと歩き出す。
メリーはそのサイを呼び止めた。
気の抜けた返事に、肩越しで視線を送った彼女が、ハルスへ向き直る。
「ここまで関わった以上、私達も最後まで御同行させて頂きます」
「「「は?」」」
その場全員が一斉に驚きの声を上げた。
「大丈夫です。ご迷惑は掛けませんから」
泡を食って固まる3人を前に、メリーは笑顔ではしゃいでいる。
「いかん、そうとうやる気だな……」
ハルスの呟きに他の二人も相槌を打つ。
そこでふと、サイが疑問を浮かべた。
「まてよ……。今、私『達』って言わなかったか?」
「だって、あなた明日非番でしょ?」
「いや、ちょっと待て……。俺は行くなんて一言も言ってねぇぞ? だいたい、お前明日の仕事はどうすんだよ?」
「あれ、言わなかったっけ?私も明日は非番よ」
サイの胸で、何かが割れる音がした。
希望という名の翼を失ったサイは、膝を落とし、項垂れる。
そこへ更なる追い討ち。
「責任とれよ」
「俺かよ……」
彼に休息の日はまだ来ない……。
6
洞窟。
セントラルドームの地下に広がる、巨大な天然洞窟帯を総称してそう呼ぶ。
内部は3区画に分かれており、マグマの沸き立つ熱地帯、湧水溢れる湿地帯、そして人の手が入った人工洞とで構成されている。
そのうちの1つ、湿地帯には地下水が沸き溢れ、いたるところに流れる河が雑食物を育てている。そこにはどこからともなく、陽の光さえ入ってくる。清涼なここは、地下のオアシスといったところだろうか。
「暇だな……」
サイが不謹慎にも大欠伸をする。
例によって、4人は湿地帯を歩いていた。
皆、いつもの軍服姿ではなく、各々の装甲服を纏っている。
そればかりでなく、大掛かりな武装も見受けられる。未開の地へ赴くにおいて、未知なる敵との遭遇及び交戦を考え、装備には抜かりない。
4人の肩に浮かぶものがある。
『マグ』と呼ばれる、生態防具だ。
マグとは、権威を持つ博士達が、持ち得る最大のテクノロジーを駆使して開発した、意思を持った防具である。一概に防具と言えど、装備者の身体的、精神的全ての能力を飛躍的に向上させる力を持つ。また、性格、環境、育て方等様々事象から、各個体で適応進化を起こし、それに見合った特殊な能力を身につける。
実験段階とは言え、非常に強大な能力を有するマグ。
ハンターズには当たり前のように支給されるものではあるが、軍部では正式な採用がなされていないため、それを所持しているものは戦闘階級が上位の一部の者達だけであった。
それこそがハンターズと軍部とのラグオル調査時の決定的な戦力差でもあるのだが。
「しかし、よくマグの使用許可まで下りたな」
先頭を歩くハルスにサイが問いかけた。
「権限は俺にあるからな」
ハルスは自慢げに煙を吹かす。
サイは大部隊の権力に肩を竦める。
「でも、6番隊総出で降りてきてるんだろ?他はどうしてるんだ?」
「リッシュに全て任せてある」
リッシュ=ラスィ大尉。6番隊の副隊長のことである。
金髪の小柄な女性で、沈着冷静で厳格な性格。過去に30番隊隊長の経歴を持つ。文武共に優秀で、ハルスの右腕として活躍している。
「ほんっとに好き勝手な隊長殿だな。リッシュちゃんも難儀だねぇ。いや、でもやっぱ一番は俺だろ……?」
ブツブツと呟きなが、サイは腰のホルスターに下げていたセイバーを引き抜き、刃を展開させると、そのまま側面へ投擲した。
勢いを持ったそれは、何処からか現れた鮫に四肢が生えたような異形モンスターの頭部に突き刺さる。
モンスターは悲鳴を上げてその場に崩れた。
ここにくるまで、アルタードビーストと呼ばれる洞窟に巣食うモンスター達と幾度と無く顔合わせになったが、軍部でも有数の実力者である彼らの敵ではなかった。
「でも、ある意味ドリームチームよね。隊長2人に副隊長1人参謀長1人」
感心したようにメリーが言う。
他隊と連携で行動を共にすることは珍しくはないが、隊長格同士でチームを組むことは非常に稀だ。
「俺はドリームチームより休暇のほうがいいがね」
「まだそんなこと言ってるの? 男でしょ?」
「フッ……男だからって引き摺ることくらいあるぜ」
「バカじゃないの? かっこつけて言う台詞じゃないわね……」
2人の様子に嘆息し、ハルスは小声で呟く。
「こんなところまできて痴話喧嘩か……」
「なにが痴話喧嘩だ!?」
「ちょっと、大佐! 聞こえてますよ!」
2人の矢先はハルスに向けられた。地獄耳に勘弁してくれと、両手を上げるハルス。無口だったミイニも思わず吹き出した。
単に緊張感がないのか、それともこうした最悪命の保障のないような任務にも慣れているのか……。
未開拓地の探索調査という危険極まりない状況下でありながらも、彼らはまるで遠足かのように、終始こういった状態だ。
仮にも、軍部の要を占める部隊の隊長達には、到底見えない。上下に縛られることのなく、まるで仲の良い友人達のように皆が笑い合っている。
ハンターズ達は、もしかしたらいつもこうなのではないだろうか。
ミイニはそう思いながら、楽しそうに3人を見詰めていた。
「ボス、そろそろ推定目標エリアです」
「あん? 妙だね。ここにくるまで、特別迷うようなところはなかったと思うが?」
「たしかに、ここから先がまだ未調査区域っていうのは不思議なところね」
サイとメリーが疑問を口にする。
ハルスが肩越しに視線を見送る。
「ミイニ、距離を」
「300メートルで目標エリアに到達します」
その報告に、3人の顔も引き締まった。
「了解した。これから先は何が出てくるかわからん。一同、気を抜くなよ」
ハルスが一括する。
各々は返事と同時に、武器を引き抜く。
空気がたちまち冷たくなった。
(さすが)
ミイニは心で関心し、端末へと目を落とした。
推測されるF-31エリアは目前に迫っている。別段、先程までと変わらぬ風景に、緊迫した空気が張り詰める。
未開拓地において、油断、浅はかな予測や推論は時として死を招く。
ミイニは上官であるハルスにいつもそう教えられていた。
雑食物を踏み分けながら、隙を作ることなく、感覚を研ぎ澄ます。他の3人も、口を開くことなく、周囲の警戒を続けていた。
僅か数分。
先頭を行くハルスが足を止め、緊張と沈黙を解いた。
「行き止まりだ」
新しい葉巻へ咥えなおし火をつけると、前方を指差す。
そこには巨大な鉄の門が構えていた。
「ゲートか。パイオニア1の連中が作ったもんかな……?」
サイはセイバーを腰に戻すと、門に歩み寄る。
「目標座標までの距離は?」
「このゲートの先です」
警戒を解くことなく質問したメリーに、ミイニが答える。
「こいつのせいで、調査してねぇっていうのかい? ロック解除コードくらい、解析班に頼めば一発だろうに」
頑丈な造りの門にサイの表情も硬くなっている。
ゲートとは、エリア及びブロック間を仕切る、重金属製の巨大な隔壁扉である。それらは様々な災害や障害から守るため、非常に強固に造られている。人工物であるその鉄の門は、先移民たちがこのブロックを開拓していたことを示しているのだ。
「どけっ!」
太い声と共に、砲撃音が轟いた。
サイが咄嗟にその場から飛び退く。
ハルスの巨体が小さく背負っていたパンツァーファースト――対戦車用ロケットの別名だ――が火を噴いた。
小型のロケットが煙を吐きながらゲートへと激突し、大爆発を起こす。
「おい!危ねぇだろうが! 俺じゃなきゃ死んでるぞ!!」
爆音の余韻の中、負けずとサイの怒声が飛ぶ。
「だから撃った」
「調子いいこと抜かしやがって……お前は脳味噌まで筋肉か? 破壊することしか考えられねぇのかね?」
内容とは比して、やはりというか、邪気も険悪さもなかった。
ミイニがサイへと駆け寄る。
「お怪我はありませんか?」
「あぁ……。ミイニちゃん、君だけが俺の味方だよ……」
言い聞かせるように、傷心に浸るサイ。
そんなサイの尻を蹴り上げ、メリーは黒煙で覆われたゲートへと目を細めた。
「さすがに、硬いわね……」
徐々に薄らぐ黒の先に、已然堂々構える鉄門の姿があった。焦げ痕はあるものの、外傷は1つ見当たらない。
流石のハルスも額を掻く。
「ミイニ、ロック外せるか?」
「やってみます」
ミイニはゲートの傍らにある電子パネルへと向かう。携帯していた小型の端末からコードを延ばし、パネルへと接続を手際よく済ませると、慣れた手つきでホロキーを叩き始めた。
「始めからこうしろよな……」
「今思いついた」
「適当言いやがって……」
ハルスは葉巻を吹かすと、その場に腰を下ろす。
やれやれといった表情で、サイは一帯の探索を始めた。それにメリーも続く。
オアシスには陰りもなく、陽の光が暖かい。
羽虫や水母のような生き物が、中空を舞っている姿がある。耳を澄ませば、小鳥の囀りさえ聞こえてきそうだ。
長閑な空間に張り詰めていた気が思わず緩む。
「気持ちいいところよね」
ふと、サイは横を向くと、そこに優しいグリーンの色髪をかきあげるメリーの姿があった。若葉の色が、麗らかな初夏の爽やかさを思わせる。美しいその仕草に、一瞬鼓動が高鳴る。
(いや、ありえねぇ)
サイは自ら感情を否定し、瞳を彷徨わす。
彼女がそれを不思議そうに見詰めた。
一拍の間を置き、サイは巨人の達の元へと無言で戻っていく。
からかうような笑みを浮かべたメリーは、サイの脇を通り抜け、ゲートへと駆けていった。
険しい顔のミイニへ声をかける。
「どう?難しい?」
「そういうわけではないんですけど……。現状態の設備じゃ、開錠は厳しいかもしれません」
「ほぅ? お前でもできんか……?」
重々しく座っていたはずの巨人が、意外な声をあげ、ミイニの元へと歩んできた。
データディスクを解析したことからわかるように、彼女の電子能力は非常に高い。ネットワークは勿論のこと、あらゆる機会言語を網羅し、困難なハッキングさえ軽々とやってのける。
コンピュータが当たり前のように繁栄した現世の戦闘において、電子機器への攻撃は、相手戦力を奪う行為に等しい。
電脳戦――裏舞台での戦闘で、彼女ほどの能力を持った者は他隊にも皆無であった。屈強の6番隊No.3の肩書きも伊達ではない。
「当時作られた物の中で、セキリュティレベルは5……。最大に設定されているようです。解除コードが何重にも暗号化されていて、解読には軍部のメインコンピュータとの参照が必要となります」
「その小型端末で、潜り込むわけにはいかんか」
「さすがにパワー不足ですね」
「なんつう会話をしてるんだ……」
軍のコンピュータを堂々にもハッキングしようとしていた彼女に、サイは呆れ顔で苦笑いする。すみません、と頭を下げるミイニだったが、どちらのことに対して言っているものかはわからなかった。
内も外も頑丈な扉に、皆頭を捻る。
「どうするよ、ハルス」
サイが指示を仰ぐ。
ハルスはじっと目を瞑って考え込んだままだ。
「民間人がこの扉を開けれたってことは、彼は相当なハッカーだったかしらね」
関心したようにメリーが言う。
「または、後に作られたか、だな」
サイが応えると、元来た道を戻りだした。
「サイ隊長?」
「こりゃ無理だろ?今日のところは諦めますか」
状況から、調査の続行が不可能の判断したサイは、諦めムードだ。帰還指示を心待ちにしているようにも見える。
黙考していたハルスが、サイに顔を向け、不気味な笑みを浮かべた。
何かを予感してか、サイが苦笑する。
「サイ、俺が許可する。開けろ」
「……本気かよ?」
「構うな。お前今日は休暇だろ? ぱ〜っとやれ」
2人の会話から事を悟ったメリーは、1つため息をついてゲートへと向き直った。
「私も協力してあげる」
背中越しに、サイに合図を送る。
「どうなってもしらねぇぞ……」
先程のメリーのものとは比にならない程大きなため息をついたサイは、渋々セイバーを引き抜いた。
光剣を構え、ゲートへと駆ける。
「俺は絶対、始末書もアフロもゴメンだからな!!」
そう言い残し、裂帛の気合と共に、光剣をゲートの電子パネルへと突き刺した。剣を残し、その場から飛ぶ。
そこへ、魔方陣を展開させたメリーの手のひらより、黄電が迸る。
「ギゾンデ!」
彼女の澄んだ声を、バチバチという電撃音が遮った。放たれた稲妻が、避雷針となったセイバーの柄を捕らえる。
高圧の電流がセイバーを伝い、ゲートのコンピュータ回路内を駆け巡る。
内部を尽く破壊されたゲートは、ついに"ボンッ"という悲鳴を上げ、白い煙を吐き出した。門の節部に僅かな隙間が生まれる。
ミイニが感嘆の声を上げるその傍らで、ゲートには負けずと、ハルスが煙をモクモクと吐き出していた。
「何、アホやってる?」
「うむ。ご苦労」
突っ込みを流すと、巨人がゲートへと歩き出した。
「あとは、任せておけ」
先の2人に親指を立てて見せると、煙を吐き終えたゲートと向き合う。
「いいのかね、壊しちゃったりして。なんて言い訳するんだか?」
サイが呟く。
「でも、あの先気になるでしょ?」
瞳を輝かせるメリーも、ハルス同様好奇心が先に立っているようだ。子供のような隊長格の2人を見詰めて、サイは情けないため息を吐いた。
その彼らの前で、節部の隙間に手を入れ、力任せに門を抉じ開ける巨人の姿があった。
重量にしてトンはあるだろう鉄門が、じわりじわりと隙間を拡げていく。
「……まったく、化け物だぜ」
怪力どころではない。ハルスの筋力は、人のそれを超越し機械にすら匹敵する。
元々、ハルスやメリーのように耳の尖った種族――ニューマンは、遺伝子科学で作り出された、人工生命体である。彼らは人間――ヒューマンと比べ小柄で、腕力、耐久力に劣る分、精神力と敏捷さに長ける。
しかしハルスは、ニューマンの特徴を真っ向から否定していた。
俊敏性に欠点があるものの、機械人――アンドロイドを上回る筋力を持ち、精神力まで兼ね備えた、スーパーニューマンだ。
彼の身体は、もはや天からの贈り物(ギフト)としか言いようがない。
感嘆するサイの他所に、女性2人は突入の準備を始めていた。
サイも面倒臭そうに立ち上がる。
やがて、轟音をたて、門は大きな口を開けた。
ガッツポーズを決めてみせるハルスの脇を、3人が薄情にも通り抜け、ゲートを潜っていった。
7
日記に記されていた"チーズ"を探すため、F-31ブロックへと足を踏み入れた4人。しかし、そこには、それらしき河川等は存在しなかった。洞窟の先住民アルタードビースト達の姿もなく、あったものといえば、不気味に口を広げた大穴の底へと続く小型の搬送用エレベータだけであった。
深く深く暗黒へと続く大穴は、4人を招いているようにも見えた…。
低い起動音と共に、エレベータはゆっくりと下降し始める。
暗闇が彼らを包み込む。
ハルスの咥えた葉巻が、微かに4人を照らしていた。
時折錆びた金属の擦れる音が、耳に障る。
「どこに続いてるのかな?」
「地獄だったりして」
メリーとサイの声が反響する。
沈黙の後に残るものは静寂。
マグ達の浮遊音だけが響く。
降下を続けるエレベータは不安定に揺れが激しく、それが一同に緊張を煽る。
「これ、大丈夫かしら?」
「"ボス"が重すぎんのよ、きっと。ワイヤー切れるぜ……」
「切れても切れなくても、要は下層に早く着くか着かないかの問題だ」
冗談が飛び交う。
しかし、湿地帯の時よりも、明らかに声が低い。
空洞に反響した空気の音が魔物の呻き声のような声をあげ、彼らの会話を制止し、それ以上の言葉を許さなかった。
やがて暫くの時間をかけて、エレベータが止まった。
開いた鉄の扉から視界が広がった先に、巨大な空窟が現れた。
そこには濁った水が、中心にある水路を奔流している。
エレベータから降りた4人に、鼻を刺すような悪臭が襲う。
全員鼻を摘まむ。
「あんだここは?げふいどうか?」
「下水かどうかはわからんが、地下水道であることは間違いなさそうだな」
等間隔に設置された電灯が照らしているものの、水道は薄暗く、気味が悪い。
「座標、一致ありません」
ミイニが報告に、それはそうだろうとサイが苦笑する。
ハルスとメリーは周囲の調査を始めていた。
「どこまでやる気だ? 引き返したほうが、賢いんじゃない?」
「確かにそうかもな」
ハルスも肯定する。
そこへメリーの皆を呼ぶ声が響いた。
皆、怪訝に彼女の元へと歩み寄る。
彼女が指差すそこに、点検用のボートが座礁していた。
ハルスはボートへと乗り込んでいく。
「人がいたみたいですね」
ミイニが珍しく口を開く。
「チーズはいないみたいだけどね」
その傍らで、メリーが叫んだ。
「チーーーーーズーーーーーーーー!!」
声が水道全体に木霊する。
「ま、いるわけないよね」
そういって、振り返った瞬間。
水道内に反響する、自分達のものとは根本かけ離れた何かの呻き声。
一同が一斉に声の聞こえた方向へと目をやる。
薄暗い視界の先には、暗闇が覆っている。
「お前の声の反響だろ…?」
「ま、まさか……私の声はあんなに汚くないわよ…」
『グウォォォォォォォォォォ………!!!』
メリーに応えるかのように、同じ呻き声がした。それも先程よりも近い場所だ。
突如、地響きと共に、足場がうねり始める。それに伴い、下水道の波も大きくなる。
振動により、古くなった内壁が崩れ出した。
「おいおいおいおい! あの声はお前の友達かぁ!?」
「知らないわよ!」
声が徐々に接近してくるにつれ、足場が崩壊していく。
危険を感じた3人が、慌ててエレベータまで走り出した。
「ボス、逃げます! 早く!」
未だ船内の残るハルスに、ミイニが声を上げる。
その時だった。水面下より2つ、異形の頭が現れた。
「何、あれ……? もしかして、チーズなの?」
メリーが呆然と巨大生物を見上げる。
「あれは……!」
ミイニは何かを思い出し、端末を叩き出した。
「やっぱり……。デ・ロル・レです!」
「デ・ロル・レだって!? そいつはハンターズが倒したんじゃないのか??」
「まだいたようですね……」
奇怪な外甲で身体を覆った、デ・ロル・レと呼ばれる体長十数メートルはあろうワーム型の2匹の巨大モンスターは、紫色の瞳を不気味に光らせた。2匹の視線の先には、はっきりと3人を捉えている。
「なんだよ?あれがチーズだっての? それともこいつに喰われちまったか?!」
その叫びに反応してか、うちの1匹が、異様に伸びた4本の触手が先頭をいくサイを捕らえた。
サイは咄嗟に身を屈めそれを避ける。
目標を損じた触手は内壁突き刺さり、砕いた。
瓦礫がエレベータへ続く通路を塞ぐ。
「クソったれ! 道を潰された!」
「やられたわ……。チーズの"ズ"って、複数形の"s"の意味だったんだ!?」
「今敗北を感じるところはそこじゃねぇだろ!?」
冗談なのか本気なのか、緊迫した状況下でボケとツッコミが飛ぶ。
気にする素振りもなく、メリーが叫ぶ。
「どいて!」
メリーが通路の瓦礫に向け魔方陣を展開させる。
サイはそれを見て、慌ててメリーを制止した。
「ばっか! 更に壊れるだろうが」
モンスターの咆哮が、水道に響き渡る。
計8本の触手が、第2撃目を繰り出そうと蠢いている。
その時、ハルスの乗ったボートがエンジン音を上げた。
そのまま猛スピードで走り出したボートが、3人の横へ漂着する。
「乗れ!」
ハルスの声に3人は、躊躇なくボートへ飛び移る。
3人の乗船を確認して、ハルスはアクセルを全開に踏み込んだ。
水流に従い、猛スピードで水路を駆け下りていく。
「大丈夫なんですか?」
「今動いてるのが証拠だ」
「そうじゃねぇ。脱出の当てはあるのかってことだ」
船に対してのミイニの質問を、サイが別の意味で塗り替えた。
「過去にハンターズが、あの化け物と遭遇したのも洞窟地下水道だ。やつらが戦った水道とこの水道とはおそらく繋がっているとみる」
「要はそこまでいけりゃ、座標の確認が取れるから転送装置で脱出できるってかい?」
「でも、簡単にはいかせてくれないみたいね」
1人甲板に立つメリーが、短銃を引き抜き、後方へ向かって銃爪を引いた。
銃口から放たれた数発の光弾が、暗闇を裂いていく。
照らし出された闇の先に、先程の異形の姿があった。
光弾は外甲に着弾し、弾ける。
しかし、眩い光の中から飛び出してきた異形は、更に速度を上げ、ボートに迫る。
「硬いな……。全然効いてない」
動じずにきっちり距離を縮めた異形の触手が動く。
「触手がきます! 大佐、避けて!」
「そんな簡単に避けてと言われてもなっ!」
質量を持った触手が、風を切り一斉にボートを襲った。
ボートはハンドルをきられ、何とかそれをかわす。
「やるじゃない、ハルスちゃん」
「無駄口叩く暇があったら、お前もあいつを何とかしろ!」
「ボス、右です!」
声に反応して右に視線を送る。
薄気味悪い紫の瞳を輝かした、異形の片割れが船と並行していた。
そのまま、巨大な身体をうねらせ、船に体当たりする。
強烈な衝撃。
船体が軋みをたて大きく傾く。
バランスを崩し、転倒しそうになるミイニをサイが受け止めた。しかし勢いは止まらず、壁に腰から激突する。
「す、すみません、サイ隊長! 大丈夫ですか?」
「痛っ……。こりゃ、船壊されるのも時間の問題かな……?」
息つく暇もなく、再び異形が身体を曲げた。
「フォイエ!」
その時、メリーの声が響いた。
彼女の指先より放たれた炎球が、異形の頭部を包み込む。
炎を喰らった異形は、悲鳴を上げ、水中へと潜っていく。
「ナイス、メリー」
「もう1匹がくる。大佐、回避を!」
後方には触手を伸ばした異形が船を狙っている。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ハルスが咆哮を上げ、ブレーキを踏み込んだ。
突然の出来事に一同がハルスへ振り返る。
急ブレーキを掛けられた船は、Gをかけながら、船尾を浮かし減速していく。振り落とされまいと、3人も船にしがみつく。
「やってられるか! 迎撃するぞ!!」
船の停止を待たずに、ハルスは操舵桿から離れ、パンツァーファーストを構えた。今にも触手を繰り出そうとする異形に、引金を弾く。
ロケット弾が異形の顔面を捉え、外甲に当たり爆発した。
爆発音と悲鳴が水道内に響く。
「やったか…?」
黒煙の先を見詰めるなか、1本の触手がハルスを襲った。
反応したハルスが、乱暴にも砲門でそれを殴りつけ、そのまま水道の内壁まで弾き飛ばす。
触手を引き戻し、薄れた煙の中から異形は顔を出した。
先の爆発で、外甲は所々剥がれ落ちているが、破壊には至らなかったらしい。
「たいした装甲だ……」
ハルスが感嘆の声を上げる。
サイが頭を掻きながら、ミイニへ顔を向けた。
「ミイニちゃん、やつの弱点は?」
「あ、はい」
端末に指を走らせる。
即座に返ってきた答えを、サイに告げる。
「やはり頭部のようです」
それを聞くなり、サイは異形に向かって跳躍した。
「ちょ、ちょっと、何やってるのよ!?」
「銃器が有効じゃないってなら、俺の出番よ。 勇姿を拝んでな!!」
空中でメリーにウィンクをして見せる。
「頼むぞ」
「お願いします」
3人の期待を背に、異形へと向き直ったサイは、腰のホルスターへと手を回した。
「いくぜ、チーズちゃん!!」
彼はセイバーを引き抜く……はずだった。
だが彼の手は、本来ホルスターに下げているはずのセイバーを掴むことなく、空を切る。「あ、ありゃ……?」
サイは自分の腰へと目をやる。
そこには、セイバーどころか、ホルスターさえも存在しなかった。
「ない?」
眼下に迫った異形の前で、時が静止した。
思考が巡る。
(まままままま、ままて、落ち着け……。思い出せ……。思い出すんだ! ……俺は確かにセイバーを3本用意してきた。1本目は洞窟でエネミーに投げつけた。2本目はゲート開ける時に使った。3本目は……? 3本目があるはずだ。最後の1本が残ってるはずだ!なのに、どうしてホルスターごと無くなってるんだ?どうして、どうして……!)
サイは船へと目を運ぶ。
輝く何かが、瞳の中へと飛び込んできた。
先程、ミイニを庇い、腰を痛打した場所。
そこには、床に転がる彼のホルスターとセイバーがあった。
再び時が動き出す。
サイは満足げな笑みを浮かべると、再び仲間達へと振り返り、最後の言葉を送った。
「俺は、Ladyを守ったんだぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」
異形の頭部の外甲に足をついたサイは、そこに張り付いた藻のようなものに足を滑らせ、着地することなく、無様に濁水の海へと消えていった。
「…………」
沈黙が訪れる。
「サイ隊長ぉぉ!?」
暫くして、我に返ったミイニが叫ぶ。
そのミイニの顔を、巨人の大きな掌が覆う。
「見るな! バカが移る!!」
彼らの背後で、メリーは頭を抱え、情けのないため息をついていた。
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