Crazy&Cries





 街には炎が立っていた。
 破壊されたビルの外壁、転倒炎上する飛行車両、割れたショーウィンド、散らばる瓦礫やガラスの破片。立ち上がる灰煙。
 もはや廃墟とかしたそこに、軽装甲具を着た男の姿があった。
 その左手には鋼の色の刀と呼ばれる武器…。そして、胸元に光る、円形の紋章。
 喧噪の残滓が、男の姿をどこか淋しく空虚に映し出す。
 空を仰げば、やはり黒煙の雲。
 男の表情には影が落ち……。しかしその瞳は狂気の色に染まっていた。
「素晴らしい……」
 子供のような声が、天へと向けられた。
 その人物の隣で、胡坐を掻いて座る別の男。両手首を背中で拘束されている。
「素晴らしい? どこがだ……? 俺たち市民を星へ降ろしてくれるのではなかったのか!?」
 座る男の眼は、既に精神の均衡を失っているようにも見える。
 その叫びに、狂ったように甲高い笑い声が重った。
「お前達は無能だなぁ。だからこうして、政府に声が届くように騒ぎを起こしてるんだろう?」
 そのどす黒い眼光は、もはや人間のそれではないようにも感じられる。
 座る男が身震いする。
 締め上げる畏怖…。これほど人間を恐ろしいと思ったことが過去にあろうか…。
 狂気の男は、胸倉を掴むと力任せに引き寄せた。
「愚図が人の役に立てるんだ。光栄に思うといい」
 狂気の奥に見え隠れする殺気がビリビリと大気を震わせる。
 全身に冷や汗が流れた。
 弾くように手を離すと、男の喉下に鉄の刃を向けられた。
 男は身体が震えそうになるのをなんとか堪え、刃先を直視する。
「こいつで俺を殺そうっていうのか?」
「どうして欲しい?」
「……やめておけ、俺はなんかを殺しても、なんにもなりはせん」
「つまらないなぁ。命乞いでもしてみなよ」
 しばしの沈黙が訪れる。
 身動きは愚か、満足な呼吸さえ許されないような緊張が、男を縛り上げていた。
 狂気の男は、微動だにすることなく、殺気を込めた刃を突き立てる。
 男は轡を振り解き、なんとか言葉を振り絞った。
「必ず……。必ず助けがくる!」
「お前達の望む英雄なんていないのさ!」
 男から流れる、溢れんばかりの涙。
 狂気の男は刃を引くと、踵を返し男から離れていく。
「そう、英雄はこの僕だろぅ?」
 その声が合図になったかのように、男の身体が赤く膨れ上がる。
 そして、不快な破裂音と爆発音が重った。

 強烈な閃光は、灰煙世界に連鎖して、輝いた。




 その日、基地はいつもより騒然としていた。
 人通りの少ない廊下からも、兵士達のどよめきが聞こえてくる。
 その声も届かない高層階に位置する司令室より、部屋を後にする2人の姿があった。
 正装で平静であるにも関わらず、2人はどこか只ならぬオーラに満ち満ちている。
 それは、上階級者であることを語っていた。
「バルバス殿、お互い死力を尽くしましょう」
 20番隊隊長バルバスは、隣の女性へと眼を落とす。
 見上げる女性は、微笑みながら見詰めていた。
 しかしその瞳には、炎が揺らぎ、またどこか翳っている。
 機械である彼にも、それがはっきりと判った。
「無論だ、エフリフ少佐。事態は深刻…これ以上の被害は許されん」
 堂々した口調が響く。
 確固たる自信に満ちたその声からは、『絶対』を約束しているようにも感じられた。
 エフリフと呼ばれた女性は、どこか安堵の笑みを浮かべ敬礼すると、踵を返し足早にその場を後にした。

 バルバスは彼女の背中を見送ると、逆方向に歩み出す。
「メリーか……」
 しかし、視界に飛び込んできた女性の名を、一歩を踏み込む前に無意識のうちに呼んでいた。
 グリーンの髪を三つ編みに束ね、その大きな瞳が可愛らしい女性。
 20番隊副隊長メリー=アトレイトは、その可愛らしい顔を強張らせ、バルバスを見詰めていた。
「隊長、どういう内容だったんです?」
「出動要請だ」
「状況の説明願います!」
 数時間前に起こった、第6地区爆破テロ。
 死者14名、重軽傷者38名。
 もはや警察や自警隊の監視粋を超えた未曾有の事件発生を受け、軍部部隊長達が緊急召集されていた。

 バルバスは足早に歩き始めた。
 メリーもそれに続く。
「テロっていうのは、事実ですか?」
「死傷者総数52名。これまでに例のない規模だ」
「52名ですって!? 嘘……いったい何が起こったの??」
「声を落とせ、余計な混乱を招く」
 バルバスの注意に、思わず口を塞ぐ。
 己の軽率な行為に反省した。
 俯くメリーを気にした様子も無く、バルバスは静かに話し始めた。
「現地時間1127、1度目の爆発が起こった。それに続き、1146に2度目の爆発。そしてその約1時間後に、10以上の爆発が連続に起こった」
「爆発って、爆弾なの?」
「断定はできん。だが、爆発物を使用したと見てまず間違いない」
 そういうと、バルバスの機械の顔がどこか蔭を落とした。
 メリーが不思議に覗き込む。
「テロリストは皆、その爆発物と共に自爆した」
「えっ!?」
 先程注意されたにも関わらず、メリーが驚愕の声を上げた。
「自爆って……、まさか……」
 続きを言おうとしたメリーを、バルバスが掌で制止する。
「それ以上口にするのはやめておけ」
 バルバスの言葉に頷く。
 しかしその大きな瞳には、微かに涙が滲んでいた。
「……命を、……なんだと思ってるの……」
 掠れた声で呟く。
 バルバスは足を止め、彼女の頭を優しく撫でた。
 見上げてくる彼女に、前を向いたまま静かに告げる。
「今から出動だ。首謀者を見つけ出し捕らえる。出れるか?」
「行きます!」
 裾で涙を拭うと、揺らぎ無い瞳でバルバスを見詰め返した。
 彼女と一瞬眼を合わせ、再び足を動かし始めた。
 歩幅の広いバルバスに、メリーが小走りで追いかける。
「我々20番隊は、エフリフ隊長率いる24番隊との共同作戦を実行する」
「了解!」
 メリーが足を止め敬礼する。
「……でも、24番隊っていうと……。治安部の?」
「機甲中隊だ。警察、自警団の相手にできないテロ等を主に扱う鎮圧部隊だな」
「どういうこと?治安部隊なら、精鋭の11番隊や29番隊もいるじゃない。わざわざ戦闘部隊の私達が出る理由は……」
 バルバスが僅かに沈黙する。
「鎮圧に向かった、その11番隊がやられた」
「嘘……」
 思いがけないバルバスの言葉に、メリーは戦慄で顔を歪ませた。
「……我々だけで事態が治まればいいが……」
 バルバスは、自分だけにしか聞こえない声で呟いてた。




 蒼天の元、漣の音が心地よい。
 黄金に染まった砂は煌き、押し寄せる空と同じ色をした波が、少女の足を無遠慮に濡らした。
 一度息を吸い込めば、潮の香りが口一杯に広がってくる。
 耳を澄ませば至福の笑い声。
 雲ひとつない空を仰げば、ちっぽけな1人の人間がそこにあり、海が一波に悩みを飲み込んでいく。
 人が抱える蟠りは、ここには存在していなかった。

 少女は、木陰で休む少年に手招きする。
 少年は頭の後ろで腕を組み、少女に向かって微笑みかけるばかりだ。
 少女は少しむっとした顔をすると、少年の元へと駆け寄り、手を引いた。
 無理矢理に立たされた少年は、やれやれといった表情で少女に身を委ねる。
 まだ冷たい海に引きずり込まれ、少年は一瞬身震いする。
 その様子を見ていた少女は悪戯っぽい笑みを浮かべると、少年に向かって水を掛けた。
 小さな手で掬った少量の海水……。それを頭から被った少年は、大きな掌で一杯の水を掬うと、お返しと言わんばかりに少女へそれを飛ばす。
 びっしょりと濡れた少女の顔を見て、少年が大口で笑う。
 少女はわなわなと身を震わすと、少年に向かって遠慮なく反撃を開始した。
 波沿いで水を掛け合う2人は、これ以上にない笑顔で笑っていた。
 輝く太陽が、ビーチ全体を包み込む。

 少女は嬉しかった。
 大好きな人と、最高の場所で、最高の時を共に過ごす。
 このひと時の、この幸せの……永遠を少女は望んだ。
 聖母の笑みを浮かべる太陽を仰ぎ見て、再び少年へと視線を戻したとき……。
 少年の姿はそこにはなかった……。
 虚ろな瞳に映る紅く染まった波が、彼女の足を汚した。




「マハジャ中佐……おい、マハジャ中佐!!」
 自分の名を呼ぶ声に、彼女の意識は現実へと戻された。
 眼を開ければ、僅か数センチ先に男の顔がある。
 彼女は一瞬頬を赤らめると、すぐさま男を振り払った。
 彼女の平手打ちを喰らい、男が大袈裟に横に吹き飛ぶ。
 しかし、頬を擦りながらもすぐさま立ち上がった男は、いやらしい笑みを浮かべていた。
「頬紅くしちゃって、なかなか可愛いとこあるじゃないの」
「冗談為らぬ、殺……」
 殺気を向ける彼女に、男は両手を上げて非礼する。
「悪かったよ。だから、頼むからそんなに機嫌を悪くしないでくれ」
 殺気を軽く流すと、遠慮なく彼女の隣に腰掛けた。
 すかさずそこに肘を入れる。
 脇腹にキツイ一発を喰らった男は、その場で顔を顰めて悶絶した。

 基地内のエントランスホール。
 眺めの良い高層階に設けられた大きなその空間には、中央の噴水を主に観葉植物が植えられ、アンティークなベンチが幾つも設置されてある。
 360度展開されたスクリーンが、昼夜関係なく優麗な風景を映し出している。
 ビュッフェやドリンク販売機、リラクゼーションルームまで設けられたそこは、もっぱら兵士達の憩いの場でもあった。

 男は苦悶の表情で、彼女の顔を覗き込んだ。
「め、珍しいじゃないの……。こんな処でお昼寝なんて……」
 痛みのせいで、その声には余裕がない。
 男の様子に、微かに表情を緩ませた。
「懺悔よ……」
「……尚更珍しいな」
 男はなんとか立ち上がり、ドリンク販売機へと向かう。
 そしてドリンクを2本買い戻ってくるなり、うちの1本を彼女に放った。
「お前はこいつが好きだったな」
 それはお茶と呼ばれる母星の飲料物で、緑色で味という味は無く、少々口苦い。
「感謝。よく、記憶しておるな」
「Ladyのことは忘れねぇよ」
 男は再び隣に座ると、自分の買ってきたコーヒーを口に運んだ。
 彼女もお茶で喉を潤す。
「効いたぜ、今の」
「愚か者」
 男が彼女の返答に苦笑する。
 それに反応は無い。
 暫くの沈黙が訪れる。
 男はコーヒーを飲み終えると、空いた缶を後方へと投げ捨てた。
 それはダストボックスに吸い込まれるかのように入っていく。
 それを見送り、ふと大きなため息を一つつくと、男は彼女の方を仰ぎ見る。
「この事態が事態って時に、こんな処で呑気にお茶啜ってていいのか? 11番隊隊長殿」
 しかし、お茶を口に運ぶ彼女から返事はない。
 今度は小さなため息。
「聞いたぜ。ヘス副長までも負傷したんだってな? 彼の怪我の方はどうなんだ?」
 再び彼女を仰ぎ見る。
 彼女の視線は、地に落ちていた。
 沈黙が続く。
「マハジャ!」
 耐えかねた男が、苛立ちの声を上げた。
 彼女……11番隊長マハジャはその声にそっと顔を上げた。
「主こそ、何故此処に?」
 返ってきたのは問い。
 男は頭の後ろに手を組むと、目の前に広がるスクリーンへと眼を向けた。
 スクリーンには森林地帯が映し出され、木漏れ日と小鳥達のさえずりが心地よいムードを与えてくれる。
「Tea Breakってやつよ。合間に息抜きいれなきゃね」
「主、休憩ばかりであろう?」
「失礼なやつだな……」
 男は苦笑する。
 2人の視線は、共にスクリーンへと注がれる。
「任務、解任じゃ」
「部隊からの負傷者11名だっけか? それでもって、首謀者の捕獲どころか民間人にまで大きな被害が出てる。未来の最強部隊がこの様じゃ、流石に上も気が気じゃないさ」
「…………」
 男の言葉に、マハジャは俯いた。
「まぁ、そう落ち込むなって。その前に反省と対策が先だろ?」
「厳しいな……」
「お前に同情なんて掛けると、怒るだろうが」
 マハジャが男に頷く。
「ま、道連れ自殺なんてのは、普通じゃないが……」
 再び沈黙が訪れた。
 辺りに人はなく、2人の呼吸だけが、微かに響く。
 男は立ち上がると、出口の方へと歩き出した。
「一応報告しとく。後任は20番隊と24番隊が継ぐことになった」
「あやつらであれば、頼もしや」
 マハジャの声はどこか低い。
 男が頭を掻く。
「いいのか? このままあいつらに任せっきりで。ここで気を休めようとしてるんだったら、見当違いだぜ?」
 マハジャから反応はない。
「ここに神なんていねぇだろ? 何の懺悔をしてるってんだよ」
 男は3度目のため息を吐くと、再び出口へ向かって歩き出した。
「兄が……」
「あん?」
 突然、先程までとはらしからぬ大きな声がホールに響いた。
 男は足を止め、声の主へと振り返る。
 マハジャはベンチに背を預けたまま、静かに話しだした。
「我には、兄がいた」
「……初耳だ」
「優しい兄であった」
 彼女の背中からは、どこか哀愁染みたものが感じられる。
「風で飛ばされた我の被り物を、兄は何刻も掛けて見つけてきてくれた。我が被虐を受けた時も、何所やらやってきて我を守ってくれた……」
「……いい兄貴じゃないの」
「我は兄が大好きであった。心優しき兄と共にいるだけで、至福であった」
 男の位置から、マハジャの表情は見えない。
 だが、彼女が笑みを浮かべていることは、男にも判った。
「じゃが、父母の別離により、我等兄妹は裂かれた。我は母に、兄は父に、其々に引き取られた」
「…………」
「我は、兄と離れることが辛かった。それ故、我は母にばれぬようひっそりと兄のもとへ通った。優しい兄は、いつも我を笑顔で迎えてくれた……」
 一拍の間をマハジャは置いた。
「だが、我を見たときの父の態度は酷であった。父の暴行から、我の心は父に対する畏怖に蝕まれていった」
「虐待か……」
「やがて暫くが経ち、我が8つの年を迎えた日……。我を祝してくれる母が、目の前で突然倒れた。理の判らぬ我は兄のもとへ走った。兄は優しく、そして父もその時だけは我を快く迎えてくれた」
「お前……」
「その日我等は涙を流し、3人で生きることを誓った……。だが、間もなくしてのことだ……」
 彼女の頭が下がった。
 微かにだが、肩が震えているのが見える。
「我等3人は、海へと出かけた。心地よい場所であった。我は母の死を忘れ、兄と戯れた。だが……」
 背中に蔭が落ちる。
「兄は我の目の前で、四散した……」
「なっ? どういう意味だ、そりゃ?」
「……兄の身体は、微塵に吹き飛んでいたのだ……」
 男の顔に戦慄が走った。
 マハジャは尚も、淡々と語る。
「その日、父も姿を消した。我は独り……、残された」
 彼女の悲哀が、ホールを冷たく包む。
 男は黙って、呆然と立ち尽くす。
「涙はその日のうちに枯れた。そして我は大きな障碍を負った……」
 マハジャは震える身体ごと男へ顔を向けた。
「我は……、爆弾が怖いのだ……」
 その虚ろな瞳から、涙が流れることはない……。




 第6地区――僅か数時間で廃墟と化したそこからは、未だ黒煙が立ち上がり、先の事件の傷跡が生々しい。
 負傷者の搬送は終えているものの、瓦礫の上に腰を下ろす市民達の顔には明らかに疲労の色が滲んでいた。
「なんていうか……、悪夢って感じよね……」
 防護服に身を固めた少女が、横に並ぶ黒紫色のアンドロイドに声を掛けた。
 アンドロイドは黙ったまま辺りを静観している。
 今、一帯を支配するものはまさしく絶望。
 顔を濁す市民達からは、言葉なくしてそれを語っていた。
「選び抜かれた3万の人々……。その中でこんな事件が起こるとはね」
「地表に降下出来ず、既に半年。しかし、政府からは何の表明もない。市民の不安は積もるに積もり……、終にはテロ事件。……必然と言えば、それまでだな」
 バルバスはそういって、視線を空へと向けた。
 天井に広がる巨大なスクリーンからは心地良い晴天の映像ではなく、無機質な闇……、宇宙空間そのものを映し出していた。
 空へと上がる黒煙が、その闇をさらに黒く染め上げている。
「星々を眺める余裕もないか」
 力強く輝く彼の瞳も、廃墟を彷徨った。
「バルバス隊長殿」
 声の方向へと振り向くと、そこには司令室で言葉を交わした女性の姿があった。
 エフリフ=テール少佐。第24機甲中隊総指揮官を務める白色肌の女性である。
 何故だかミドルネームで呼ばれることを極端に嫌っている。治安部と呼ばれる、主に民間での過激な事件時に出動するうちの一部隊であり、役柄は特殊警察隊に近い。
 機甲兵団ということもあり、兵士の過半数をアンドロイドが占めている。
 優れた攻撃力と防御力を兼ね備えた24番隊は軍部の中でも定評が高い。
 バルバスとメリーは無言で敬礼を返す。
 エフリフは先程のバルバスと同じく視線を周囲に巡らすと、再びバルバスへと戻した。
「荒れてますね」
「街も市民もな」
「現在、市民に事情聴取を行っています」
「こちらも現場への兵の配備は完了している。ゲートの方にもこちらから人員を回しておいた。警備ロボットでは不安が残る」
「御配慮感謝します」
 改まって敬礼をするエフリルを、バルバスは静かに見詰めた。
「貴官との任務は初めてだが、お互い気遣い合いは遠慮したい。今は現状調査と、そして一刻も早い問題解決を念頭に任務を遂行するべきだ」
 バルバスの言葉にエフリフはふっと肩の力を抜き、微笑んだ。
「中佐は噂通りの方ですね。安心しました」
「理解を感謝する。我々はこうした任務において不詳の身。指揮はエフリフ隊長殿にお願いしたいが、よろしいか」
 バルバスは敬礼をしてみせる。
「了解です。しかしお言葉ですが中佐。任務を遂行するにおいて、部隊個人が為さなければならないことは自ずと見えてくることかと思います。名高い第20機動中隊の活躍を拝見させて頂きますよ」
「ぬ……」
 思い掛けないエフリフの反撃に押し黙る。
 エフリフは微笑すると、敬礼を返し、自分の部隊の元へと戻っていった。
 一部始終を観察していたメリーが、バルバスの小脇を突く。
「期待されてるみたいね、私達」
「そのようだな」
 笑みを浮かべるメリーを横目に、バルバスは腕を組み黙考する。
 暫くの沈黙の後、バルバスはメリーへと指示を出した。
「現場の者達にはナックスの指揮に従うよう伝えろ」
「了解!」
 覇気のある返事を返したメリーは直ちに通信を開き、兵士達へ伝達する。
 バルバスは黙ってゲートの方向を見詰めていた。
「でも隊長、指揮を参謀に任せて、私達はどうするの?」
「行くぞ」
 バルバスは淡々と歩き出す。
 答えのない彼に、訳もわからずメリーはそれに続いた。

 数百メートル程歩き、やがて2人はゲートへとやってきた。
 ゲートとは、ここ他地区と第6地区とを繋ぐ出入り口となる門のことである。
 そこでは、警備に就く20番隊の兵士達と見知らぬ4人組の姿があった。
「やはりか……」
 バルバスは一言洩らすと、ゲートの兵士達の元へと歩いていった。
 未だ状況が掴めないメリーは、その場でバルバスを見送る。
 バルバスの姿に気付いた兵士1人が、声を上げて敬礼した。
「隊長、御苦労様です!」
「あぁん? そこのアンドロイドがこの兵隊さん達の隊長か?」
 4人組みの1人が柄の悪い声を上げた。
 バルバスは兵士に敬礼を返すと、4人組に顔を向ける。
「隊長さんよ、俺たちここを通りたいんだけど?」
 17、18歳くらいであろうか、整った顔立ちではあるが、どこか悪ガキのようなふてぶてしさがある。
「クエストか? ハンターズ」

 ハンターズとは、ギルドという完全独立組織に所属する、あらゆる権利を許された荒事専門家達のことである。
 報酬さえ出せば仕事は選ばず、便利屋的な存在でもあり、町のゴミ拾いから、傭兵まがいのこともやってのける。
 しかし、その個人の戦闘能力は凄まじく、実力者であれば軍の一師団に匹敵するとも噂される。
 闘争や混乱の中、英雄のように現れた彼等は今や人類の救世主的存在であり、市民からの支持、期待は大きい。

 バルバスの問いかけに、別の男が身を出した。
「仲間の無礼をお詫びします」
「お、おい、なんだよ無礼って」
 同僚に、だまっていろと手で合図をする。
「話の判りそうな方が出てきてくれて助かるよ。隊長殿でしたかね?」
「第20機動中隊のバルバスだ」
「僕はハンターズのエイト」
 重々しい声に、爽やかな声が答えた。
 エイトと名乗った青年が、バルバスに向かって右手を前に出す。
 バルバスはその手を取ることはない。
「ここは現在、我々軍の監視下にある。お引取り願いたい」
 青年は頭を掻いた。
「話のわかる人だと思ったんだけどなぁ」
「何言っても無駄だって、こいつの頭は鉄で出来てんだから」
 バルバスに対する誹謗に、後ろで様子を伺っていたメリーが怒声を上げた。
「ちょっと! 失礼だとは思わない!? ハンターズだからって許されないことがあるわ! 訂正して!!」
 今にも掴み掛からんばかりのメリーを、大きな腕が制止する。
 それでも尚勢いを止めない彼女を、強引に引き戻す。
「隊長! バカにされてるのよ?!」
「落ち着け」
 バルバスの真っ直ぐな機械の瞳が、メリーを見詰めた。
 迫力を持ったそれに、メリーはグッと口を堪えた。
 2人を見て、ハンターズは肩を竦める。
「ともかく、ここを通してもらいますね。こちらも仕事できているので」
「却下だ、ハンターズ」
「軍部に僕達を命令できる権限はないはずだ」
「それはお前達にも言えよう」
「軍と話し合っている暇はない!」
 ハンターズがバルバスを睨みつけた。
 対して、悠然な態度でそれを返す。
 一帯に険悪なムードが流れる。
 一触即発……あともう一押し何かがあれば、あってはならない戦闘が始まってしまいそうだ。
 互いの沈黙が暫く続く。
 凄みに圧される兵士達の背筋には、大量の冷や汗が流れている。
 ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。
 そして……。
 先に動いたのはハンターズだった。
 軽く半歩踏み出すと、大きく膝を曲げ、腰を折った。
「私達を飛び越えるつもり?!」
 メリーが叫ぶ。
 だが踏み切る直前、いつの間にか距離を縮めたバルバスの姿が彼の目の前にあった。
「な、に……!」
 驚嘆の声を洩らす。
 そこにいたもの全員が、バルバスの動きに反応できていなかった。
 4人組はハンターズの中では決してランクの低い者ではないのだろう。
 しかし、その彼等でさえバルバスの動きを捉えることが出来なかったのだ。
 油断。
 それを差し引いても上回る黒紫色のアンドロイドの能力に表情が歪む。
「キサマ……!?」
 ハンターズが腰のセイバーへと手を掛ける。
 一帯は一層緊張を増した。
 だが、その張り詰めた緊張は意外なことによって解かれた。

「ハンターズのお兄ちゃん……」
 幼い声。
 全員がそちらを振り向く。
 ゲートの内側に、どこからともなく幼い少女の姿があった。
 煤で汚れた衣服が、先の事件の残光を訴えている。
 少女は覚束ない足取りでハンターズのエイトと名乗った青年に近づくと、その足に縋りつくように倒れた。
「お兄ちゃんハンターズなんでしょ? お願いお兄ちゃん、助けて……。私を、パパとママを助けて……」
 少女の瞳から、流れ出るものがあった。
 彼は身を屈め、少女と目線を合わせる。
 その顔に、先程までの強張りはない。
 まるで哀れむかのような顔で少女を見詰めていた。
「大丈夫だ。お兄ちゃん達がきたからには、もう大丈夫だよ」
 彼は頭の上にそっと手をのせ、少女に優しく微笑みかけた。
「早く! 早く助けて!」
 しかし、少女には余裕がない。
 大粒の涙が量を増す。
「もう大丈夫だから」
 彼は微笑んだまま、頭を優しく撫で、抱き寄せた。
 その場の全員の瞳の中にも、少女を優しく抱擁するハンターズの姿あった。
 だが……
「あ、ああぁぁぁ!!!」
 先程までとは異質の悲鳴。
 少女は腕の中で突然叫びだし、ピクンと不自然に身体を曲げた。
「う、ウソツキウソツキウソツキ!!! お兄ちゃんのウソツキーー!!」
 それが少女の最後の叫び。
 そして少女は閃光を放った。
 全員が強烈な光に目を覆う。
 やがて……。
 ほんの数秒間に渡った閃光は晴れ、彼等が再び少女と青年の元に視線を戻したとき、そこには2人の姿はなかった。
 地面は抉れ、焼け焦げた地面には、血液と……、そして微塵になった人の身体が散乱していた。
「た、隊長……?」
「どういうことか……」
「あ、あ……、いやぁぁぁぁぁああああ!!!!!」
 目の前の爆発を直視し、メリーは叫ばずにはいられなかった。
 その悲鳴で、一同も現実へと引き戻される。
「な、なにが起こったんだ?」
「エイト! おい、エイト! どこだ?!」
 混乱。
 既に兵士達、ハンターズ達は平静を失っている。
 唯一、冷静に事態を把握したバルバスが舌打ちした。
 地に腰を落とし、その場にへたり込むメリーに向かって吼える。
「メリー、泣くな! 全兵に伝達、至急撤退命令!!」
 メリーはバルバスに気圧されるも、身体に力が入らないのか、コクコクとただ力なく頷くのみだ。
「エイト、エイト……、やられちまったのか? ……クソ! 敵は俺がとってやるからな!!」
 怒りに身を任せ、乱暴にゲートへ突っ込むハンターズをバルバスが叩きつけた。
「撤退だと言っている! これ以上死者を増やすつもりか?!」
 あまりに気迫に、ハンターズは怒りを忘れ尻餅をつく。
「撤退だ!!」
 天に放たれた彼の咆哮は、船内の空気を震わせた。
 剣虎の叫びに、メリーがようやく通信を開く。
 ゲート内に駆け出すバルバスが、一瞬視界に薄気味悪い何かを捉えた。
 足を止め、即座に振り返る。
 そこには、口元を微かに歪ませた1人のハンターズの姿があった。
「貴様……?」
 バルバスとハンターズの視線が絡み合う。
 その瞳の奥に揺らめくものは、狂喜の色。
 バルバスは状態を向けると、ゆっくりとした動作で背中にある武器の柄へと手を掛けた。
「……人体爆弾など……、あっていいものか!!」
 メモリに残った少女の最後の叫びが、まるでノイズのように頭の中を掻き毟り、幾重にも木霊していた。




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