Crazy&Cries
11
街中に響いた爆発は、兵士達を緊張で縛り上げた。
「隊長! 今の音は?!」
「また始まったのですか、自爆テロが!」
第6地区を少人数で監視を続けていたエフリフが、荒々しく叫んだ。
黒煙の立ち上がる座標を、コンピュータで瞬時に割り出していく。
「H-4です。私自らが現場へ急行します。他の者は配置につきなさい。外で待機中の20番隊にも連絡を!」
瞬時に命令を下すと、エフリフは短銃を手に走り出した。
「隊長、危険です!」
「だから私が行くのでしょう? 行動に掛かりなさい!」
呼び止めた兵士に檄を飛ばし、彼女は瓦礫の山へと跳躍しようと膝を曲げる。
そこへ新しい声が制止をかけた。
「エフリフ隊長殿」
低く重い声の主は黒紫のアンドロイドだった。
「バルバス隊長殿?! どうしてここに?」
「話は後だ。今は首謀者を捕らえることを優先したい」
「首謀者が判ったのですか?!」
「考えてみれば当たり前のことだった。この閉鎖された空間で、だれが指導者に為り得よう? 教祖なれば、市民達に爆弾を強制させる力があろうか? 抗議さえ起こらぬのは余りに不自然。そうなれば、権力者より他に居まい! 絶対的な力を持つ者が服従させたと考えたほうが遥かに妥当だ」
「確かに……。では権力者というのは?」
「政府の者、軍の者……。 だが前者の場合、事は大きくなり、情報の開示は一瞬だろう。後者は市民からは不信とされている存在。いくら脅威があったとしても、簡単に頷いてくれるとは思えん。すなわち、内密かつ市民に不審を与えることなく、確実に事を進められた者があるとすれば……」
エフリフは驚愕に顔を歪ませた。
「ハンターズ……?」
バルバスが静かに頷く。
「偽りの英雄……。歪んだ正義を掲げた殺人鬼がそこにある」
バルバスが黒煙を見詰める。
「テロと見立てた大量殺人だ。これ以上の被害は許されまい! ……行けるか? エフリフ隊長殿」
「無論です!」
エフリフは力強く応えると、部下へ新しい命令を下した。
「今のを聞いてわかった? 相手は市民を人質に取っているだけよ。大量の市民に無差別に爆弾を埋め込む等ということは、手品でもない限り到底不可能よ。おそらく、食料等と一緒にナノマシンをばら撒いたか何かだと思います。至急体内の爆弾の解析を」
「し、しかし、いつ爆発するか……」
部下が反論する。
エフリフは拳を立てて怒声を上げた。
「人民の命を守ることが私達の使命でしょう! 今この時、市民の命が晒されている状況下で、己の死を恐れ、彼等を見殺しにすると言うのですか?!」
あまりの威圧に兵士達が押し黙った。
「死しても市民を守りぬかなければいかないのです! 我々の犠牲の下に市民の平和を築く、……それでいい。これが私達の仕事ではありませんか?!」
彼女の瞳は真っ直ぐに揺るぎ無い。
一瞬の沈黙。
ある1人の兵士が敬礼した。
「アンドロイドの自分にお任せください! 隊長殿は、早く首謀者を!!」
一同の視線が彼に集まる。
その彼に押されるかのように、他の兵士達も敬礼する。
「お任せください!」
「隊長殿、お願いします!!」
兵士達の声にエフリフは優しく頷くと、バルバスへと視線を送った。
機械の瞳が、彼女に肯定を返す。
「これ以上の被害は出させません! 任務に移りなさい!」
エフリフは兵士達に敬礼を返すと、黒煙の立ち上がる座標へと状態を向ける。
「いくぞ」
低い声を合図に、2人は跳躍した。
瓦礫の山々を縫うように跳び、一点を目指す。
ふと、エフリフが不謹慎にもバルバスに訊ねた。
「バルバス隊長殿は、死をどうお考えですか?」
バルバスは正面を直視したまま答える。
「我々アンドロイドにもそれの答えは判らない。ただ、哀しいことであると認識している。故に、我々は機械でありながらも、どこかでそれを怖れているのだと思う」
「……失礼を」
だからこそ、これ以上の死者は許されない。
兵士の言った言葉の意味。
『自分はアンドロイドだから』
きっと、相応しい言葉ではないのだろう。
彼女はそんなことを考えていた。
12
閃光……
船内の居住区を見渡せる程高層階の一室で、今起こった爆発を目撃した少女がいた。
「……ま、また誰か死んだの……?」
掠れて消えてしまいそうな声。それ以上に、彼女の身体を覆った悲愴が心までも大きく抉っていた。
人体爆弾という非道な行為。
想像すら超えた残虐な事件を目の当たりにし、恐怖に塗り替えられた心は、爆発の音を無意識的に拒絶する。
「もう嫌……お願い、やめて……」
弱々しく幼児が呟くように、しかし彼女の懇願は眼前の窓ガラスに届くこともなく、霧消してしまう。
今にも零れ落ちそうになる涙を必死に堪える。
隊長の言葉。「泣くな……」それを忠実にも守ろうとするのは、自分が泣いてはいけない立場にあるからだろうか。
市民が恐怖に震えて……、いや市民だけではない。前線で事件の解決に命を張る仲間達がいるのにも関わらず、今自分が泣くわけにはいかない。
その彼等を見捨て、恐怖から逃げ出すわけにはいかない。
軍属であり、市民を守るという使命感が、彼女をより健気に映している。
隊長は無事だろうか……?
今の爆発で頭に過ぎる、最悪な状況の数々。
隊長を信じている。頼りにしている。それだけは揺ぎ無い。だが、黒く赤く染まった心は、想う力をも呑み込んでいく。
不安を払おうと一心に頭を振る。だが、それらが消え去ることはなく、むしろ色濃く脳裏を浸食していくばかりだ。
「助けて……」
声には出さず、心の中でそう叫ぶ。
誰に届くこともない。縋りたい気持ちを決して表に出すことはできない。
今は待つことしかできなのであろうか。
無力に悔いる。しかし……、自分に勇気はない。
涙を堪えることが精一杯なのか……? それくらいなら誰にだってできる。
次第に湧き上がる自分に対する憎悪。
唇から血の味が広がる。
「らしくないぜ」
突然、背後から聞きなれた声がした。
振り向くと、そこには男の後姿があった。
「たかが爆弾如きで弾け去るような信頼か? 臆するもんかよ、負けるもんかよ、屈するもんかよ! お前の信じる隊長はそんなに弱いやつかよ? 挫けぬ心で帰りを待ってりゃいい。信じる力は勇気となり希望となり力となる。違うか?」
ほんの少し、安堵を与えてくれる男の言葉。
それは正しく、彼女の求めていた救いのそのものだった。
少女は口元を押さえ、何度も何度も頷く。
「俺も行って終わらせてくる。全部な」
ここにも、頼れるべき人物は存在した。
弱くてもいい。だからといって、無力無力と卑下するのはよそう。
今はそういう時ではないはずだ。
信じることが戦っている者達の力になれるのであれば、今は信じて念じよう。
隊長の言葉も、そういう意味だったはずだ。
「うん。……いってらっしゃい」
振り返ることのない男の背中を、出来る限りの精一杯の笑顔で見送った。
13
朦朧とする中、彼女の意識を現世に繋ぎとめているものは、耐え難い激痛であった。
壁に背をつけているのは、吹き飛ばされたからであろうか。
止め処なく喉から吐き出される血液の味が、口内一杯に広がり、不快極まりない。
胸骨は何本か折れているだろう。
内臓にも損傷があるかもしれない。
脚の感覚は殆どなかった。
装甲具を着ていなければ、間違いなく即死だっただろう。
それでも彼女は、なんとか瞼を開く。
視界に入ってきたものは、黒い霧。
硝煙のような焦げ臭さが辺りに漂っている。
何が起きた……?
記憶を巡らせる。
掠れ逝く視界を、力なく眺める。
そこに入ってきた人物を見て、彼女は覚醒した。
「しぶといな、軍人さん」
ふてぶてしい少年のような声。
彼女は声の主を見詰め返した。
「何をした……? なぜ立っていられる……?」
先程の電撃は、並みの人間であれば昏倒させる程の威力がある。
それを脳天からまともに喰らえば、いくらハンターズと言えど、ダメージは避けられないはずだ。
思考を巡らす彼女に、何かが投げつけられた。
彼女に当たったそれは、間抜けな音を立て地面に転がった。
「メイトか……。抜かった……」
それは彼女にとっても馴染み深いものであった。
メイトと呼ばれる、深い傷をもたちどころに治す高濃度の栄養剤と医療用ナノマシンを瞬時に摂取できる携帯用回復薬。
ハンターズどころか、軍でさえも当たり前のように携帯する道具の1つだ。
どうしてその存在に気付かなかったのだろう。
唇を噛む彼女を見て、男が笑い声を上げた。
「どうだ? これが人間爆弾の威力さ。強烈だろ?」
「人間爆弾、だと……?」
彼女は自分の身体を見回した。
衣服にべっとりついた血液、そして何かの肉片……。
それを見て彼女はあることを思い出す。
「ど、童子はどうした?」
男の笑い声は、その言葉に更に反応した。
「童子だと? いるじゃないか、そこに。お前の服にくっついてるだろ」
彼女は男の言葉が理解できなかった。
否、理解しようとしなかったのかもしれない。
「あ、あぁぁぁ……」
彼女の脳に蘇る記憶……
その記憶が彼女の精神の均衡を解いた。
「綺麗に散ったなぁ! これだからやめられないんだよ!」
狂った男の笑い声。
だが、彼女の耳に既にそれは届いていなかった。
彼女は夢の中に引きずり込まれる。
それは彼女にとって、最高で最悪の夢。
あの日、兄は笑っていた。
あの日、兄の姿が消えた。
兄と一緒に居られればよかった。
願いはそれだけだった。
離別の時。
彼女は父と母を恨んだ。
兄から引き剥がす運命を怨んだ。
そして母の死んだ日。
哀しさ以上にあったのは喜びの感情。
兄と共に暮らせる日がまた訪れるという喜び。
既に歪んでいたのかもしれない。
兄へ対する想い。
兄へ対する愛。
誰にも奪われたくはなかった。
自分だけのものでなければいけなかった。
彼女は父に縋りつく。
邪魔なものを消してくれと……。
そして彼女は懇願した。
2人だけの永遠を与えてくれと……。
父は確かに頷いた。
彼女の願いは聞き入れられた。
だが……。
目の前で踊っていた兄は、目の前で消えて無くなった。
その音、その光が、彼女から大切なものを奪い去った。
「兄殿……」
焦点の合わない瞳を彷徨わせながら、彼女が空虚に呟く。
今にも溢れ出しそうな涙は、決して流れることはない。
意識は白色に染め上げられ。
身を委ねる彼女を引き留める者はいない。
彼女は全てを思い出す。
母を、そして兄の命を奪った者は他ならぬ自分であると……。
胸の奥にあった、どす黒い何かが逆流する。
爆発によって封印されていたそれは、たちまち彼女の身体を残らず蝕んでいく。
「許せ……」
悲しみに濡れた身体を起こし、何かに縋ろうと足掻く両手。
だが、それが何かを掴むことはない。
僅かにして、永遠の時間が流れていく。
そして、絶命を前に、最後の懺悔を唱えるその彼女を嘲笑う男がいる。
「兄だと? 走馬燈でも見てるのかぁ? 安心しろ。兄もすぐにお前の元に送ってやるよ。ツガキ博士のこの爆弾でな」
いやらしい笑い声。
彼女にそれは届いていない。
しかし、微かに聞こえたある言葉。
ツガキ……。
彼女の頭にその名前が木霊する。
それは決して忘れることのない名前。
彼女は薄れた意識を無理矢理に引き戻す。
「ツガキ……、じゃと……?」
「なんだ? まだまともな意識があるのか?」
男は彼女の顔を覗き込んだ。
生気を失っても、尚も曇りのないその瞳に、不快な感情を覚える。
「ほんとにしぶといやつだな。まぁ、冥土の土産に教えてあげるよ。この爆弾はツガキ博士に貰ったのさ。原理は至って単純。水を酸素と水素に分解するナノマシンに超小型の爆弾を積んで人の体内に流し込む。あとは一定の時間が経った後、こちらから起爆コードを打ってやればボカンだ。高濃度に溜まった酸素と水素が、爆発の威力を激増させてくれるって仕組みさ」
ま、口で言う程簡単なものでもないらしいけどね、とつけ加えると、男は短銃を彼女の胸に定めた。
「祈りなよ、軍人さん」
止めを刺そうと、男が銃爪に指を掛けた。
だが、彼女は決して滅入ることなく男を睨みつけている。
「ツガキ……、あの男が、生きてこの船にいるのだな……?」
「博士を知っているのかい? わかったよ、じゃあ博士も一緒に送ってあげるから、君は先に天国で待ってるといい」
男は銃爪を弾いた。
心臓へと的確に放たれた一発の光弾。
しかし、それが彼女に被弾することはなかった。
「死ぬわけにいかぬ……。背徳はここで……、我の手でもって断ち切らねばならぬ!」
激昂の叫び。
彼女の身体は光の壁に覆われていた。
「な、なんだ?」
男の顔が驚愕の色で染まる。
彼女は激痛を堪え、フラフラと立ち上がり、左袖口より新しい札紙を取り出した。
取り戻した怒りの双眸。
情けのない声を上げ、男は銃を乱射した。
しかし、全て光の壁によって弾かれる。
「な、なんだ? なんで立ち上がれる? 重症のはずだぞ? それに、なんで銃弾が届かないんだぁ?!」
船内でテクニックは発動しない。
しかし、彼女は奇妙な札からテクニックを発動させてみせた。
だがあの瞬間、札を使用したとは思えない。
少なくとも、あの至近距離で彼女の不審な動きを見落とす程愚かではない。
では、いったい光の壁の正体はなんなのか。
男はふと、彼女の肩先に浮かぶ浮遊簿具『マグ』を仰ぎ見た。
禍々しい姿をしたマグが微かに輝きを放っている。
「マグの能力だというのか……!? 軍人風情のマグが、フォトンを無効化するとでもいうのかぁ!!」
男はヒステリックな叫び声を上げると、短銃を捨て刀を構える。
低い姿勢から地面と平行に跳んだ。
勢いをつけた斬撃が、彼女の首を狙う。
しかし、刀による攻撃も光の壁によって弾かれる。
叩きつけた質量をそのまま自身に返され、男は無様に転倒する。
強烈な振動に弾き飛ばされた刀は、宙を舞い離れた場所へ突き刺さった。
「その程度の物理的攻撃、通用せぬ」
よろめきながら立ち上がる男に、手にした札を飛ばす。
男の防具に張り付いたそれは、光を上げ炎爆発を起こした。
衝撃に男の身体が吹き飛ばされ、そのまま遥か後方の瓦礫の山に激突する。
急激な熱により揺らめく空間を抜け、彼女は脚を引き摺りながら男へと近寄った。
壁に叩きつけられた男は苦悶の声を上げていた。
装甲具は完全に粉砕されている。
「繰り返して為らん。このような行為はあってはならんかったのだ」
奥底から絞り出されたような彼女の叫び声が響く。
「何を怒ってるんだよ? たかが花火じゃないか? 頭の固い軍人さんは花火を知らないのかい?」
尚も笑みを浮かべる男に、札を突きつけた。
「解除コードを教えよ」
男は反応しない。
苛立ちを露に、彼女は再び声を上げた。
「解除コードを教えよ!!」
だが、男の顔は更に笑みを増した。
「勝った気でいるのかい? 軍人さん」
予期せぬ返答。彼女の一瞬の気の乱れ。それを男は逃さなかった。
彼女の左肩に深々と何かが突き刺さり、そして貫通した。
激痛に声にならない声をあげ、その場に膝をつく。
彼女の肩から飛び出したものは、先程弾いた刀。
見事に背後から刺し抜かれたそれは、彼女の力で引き抜くことは不可能だ。
「……主のマグの能力か?」
震えた声で男に問う。
男は狂喜の笑い声を上げた。
「そうさ! 油断したね、軍人さん。バリアを解除しなければ、こんなことにはならなかったのにね」
「下品な笑いを止めよ。虫唾が走る」
口の減らない男に向けた悪口も、もはや捨て台詞に聞こえる。
男は右腕を持ち上げると、甲を返した。
そこには、通信機とも違う何かがある。
「これが起爆命令装置さ。ここから自由に起爆コードを飛ばせる」
「何をやるか?」
「正直、軍人さんがここまでやるとは思わなかったよ。その君に敬意を称して、最高のショーをお見せするね」
「主、まさか?!」
男の口の端が吊り上った。
「聞いてなよ、君に捧げる最高の鎮魂歌さ!!」
「やめよっ!!」
男の成さんとすることを理解した彼女は、必死に身体を揺すった。
左袖口へと手を伸ばす。
だが、札紙は全て使い果たしていた。
(肝心なときに……!)
咄嗟に右袖口へと手を伸ばす。しかし、激痛で彼女の左腕は動かない。
後悔する猶予もなかった。
男が右手の装置を起動させる。
いい加減見慣れた男の笑みが、悪魔のように思えた。
「無力だな、軍人さん!!」
狂喜の叫びが、一帯に木霊した。
彼女は眼を瞑り、悪夢から逃避する。
……永遠にも思える数秒。
だが、彼女の耳に爆発音が聞こえることはなかった。
彼女はそっと瞼を開く。
彼女の視界から、男の姿は消えていた。
否、何か巨大なものに遮られていた。
「ぎゃあああああああああ!!!!!!」
気味の悪い男の叫び声。
彼女が視線を落とした先にあったものは、男の右腕。
「シュンカ隊長殿!!」
自分の名を呼ぶ声に彼女はそちらへと顔を向けた。
瓦礫の山の頂に白色肌の女性と、そして黒紫のアンドロイドの姿。
「エフリフ殿……。バルバス……」
彼女が彼等の名を小さく呟く。
それに応えるかのように、アンドロイドが地面座る男に向かって跳躍した。
巨体は、重量を感じさせることなく軽やかに飛翔する。
その美しさは、彼が機械であることさえ忘れさせる。
男の側面に舞うように降り立ったアンドロイドは、力任せに彼の頭部を掴むと片手で乱暴に持ち上げた。
岩をも砕く握力に、男の頭蓋が軋みを立てる。
悲鳴を上げる男に重々しい声が容赦なく叩きつけられる。
「解除コードを言え」
「知らない……! 離せ!!」
アンドロイドは空中で手足をバタつかせてもがく男を、殺気を込めて睨みつけた。
機械の双眸に、焔が燈る。
彼女の視界を遮った巨大な何かを空いている手で掴むと、地面に刺さったそれを思いっきり引き抜いた。
一見に剣のように見えるそれだが、余りの大きさと変則的な形は鉄塊と呼んだほうが相応しいかもしれない。
アンドロイドが再び男に声を投げる。
「もう一度だけ問う。解除コードを言え」
「知らない! 仮に知っていたとしても、だれがキサマらなん――」
鈍い音が、男の言葉を途中で止めた。
口から滴る血が、灰色に染まった地面を赤に変えていく。
「死にはせん。暫くは生死の狭間で己の罪を悔い改めよ、バーン=レバルト」
アンドロイドの手にした鉄塊が、男の腹部を容易く突き通していた。
「シュンカ隊長殿! 大丈夫ですか?!」
山を降り駆け下りエフリフはマハジャを抱きかかえる。
彼女の腕の中で、マハジャの視線はバルバスへと向けられていた。
バルバスが視線を合わすことなく話し掛ける。
「随分と無茶をする」
「許せ……。どうしても譲れぬものがあった故……」
バルバスが沈黙を返す。
マハジャはふっと微笑むと、静かに瞼を閉じた。
「暫し、眠る……」
「風邪を引くぞ」
数秒遅れての返答。
しかし、彼女にそれは届いていないだろう。
行き場を失くした彼の言葉に、エフリフがクスッと笑って答えた。
14
薄暗い部屋に佇む2つの影。
整理の行き届いたというよりは、それらしい物がないと言ったほうが適切だろう。
淋しげな空間で、2人は対峙していた。
片方は、白衣を着た中年男性。
薄汚れた白と無精髭が清潔感を取り払っている。
もう片方は、軍服を着た青年。
整えられた髪は肩口まで達しており、脇腰には棒のようなものぶら下げていた。
白衣が口を開く。
「君は何者かね?」
「ウリトン博士とお見受けする」
白衣の言葉は流され、返ってきたのはあちらの質問。
「如何にも、私がウリトンだが?」
白衣は気にした様子もなく、青年に肯定を返した。
暫くの沈黙が訪れる。
「あんたは、バーン=レバルトと云うハンターズに爆弾を渡しましたね?」
青年が沈黙を破る。白衣は静かに頷いた。
「ばれてしまったか。……仕方がない」
白衣は残念そうに首を落とした。
青年が静かに距離を詰める。
だが、白衣はそれを制止した。
「私を捕らえるつもりかね?」
「力にものを言わせる方法は趣味じゃないもんでね。出来れば話し合いで解決したいと思ってるんだが」
「やめておきたまえ。爆弾は止まらんよ」
「どういうことだ?」
白衣はふっと息をつくと、近くにあった椅子に腰掛けた。
「あの爆弾は自立生成型のナノマシンじゃ。あれらは親信号を元に、分裂増殖を繰り返す」
「随分とふざけたナノマシンで……」
しかし、青年に驚いたような気配はない。
「体内での増殖を繰り返し、一定量を超えるとやがて外へと飛び出す。名の通りナノサイズのロボットじゃ、空気に飛ばされても視覚での発見はできやせん」
「空気感染すると?」
「これは止められんよ。やがてこの船全体に広まるだろう……」
白衣は、どこか物悲しい表情をしていた。
「親信号といったね? それを断てばいいんじゃないのか?」
白衣は首を横に振った。
「確かに、信号を止めてしまえばやつらは機能を停止する。だが……、親はここに埋め込まれてある」
そういって白衣は自分の胸を指差した。
「これは私の心臓が停止したと同時に、起爆コードが発信される仕組みになっておる。また、こやつは私の身体に喰らいついておる。引き剥がそうとすれば、それもボカンだ」
「解除コードは?」
「教えられん」
「つまりは、信号元を断つことは不可能だと?」
白衣はゆっくりと頷いた。
青年は深いため息をつく。
そして、静かに口を開いた。
「15年前に起こった【バースト】事件。人体に爆弾を埋め込み、それを爆発させるという非道な事件だ。容疑者のボマー=ハキネは犯行を認め、彼は後々終身刑の処分を受けた」
淡々と語る青年。
「研究資料も抹消され、加担した助手達も処罰を受け、人体爆弾はこの世から消滅した……、はずだった。」
白衣の額には冷たい汗が流れている。
「大量殺人があった同日、街から行方をくらませた者がいた。名は、ツガキ=シュンカ。数日前に離婚の妻は内臓爆破で殺されており、そしてその日、2人の実子もボマー博士の研究材料となっていた……」
「…………」
「大切な者が奪われたにも関わらず、無関心にその男は姿を消したんだ。それで思ったよ、こいつは彼等が死ぬことを始めから判ってたんじゃないかってね」
青年は白衣へ視線を向けた。
「ボマー博士には子供がいたんだ、行方知らずのね。でも、以上のことからピンときた。この男が、ボマー博士の子息じゃないのかと。親の子供であれば、研究所の出入りは簡単だろう?」
青年が荒々しく声を立てる。
「そいつが殺したんだ……! 愛し合った元の妻を、子供達を!! そして……、残酷な事件は再び繰り返された! 人体爆弾の技術は抹消されちゃいなかった!!」
白衣へと視線を向けた。
「違いますか……? ツガキ=シュンカ殿」
「お、お主……?!」
白衣がガクリと首を落とす。
青年はそれをただ見詰めている。
「言う通りだ……、私がツガキであり、ボマーの息子でもある」
白衣は上目遣いに青年を覗いた。
「すごいな、君は……」
青年は数秒の沈黙を返し、問う。
「訳を、教えてくれねぇか?」
白衣に反応はない。
「これは俺の推測なんだが……、爆弾は娘さんの為に作ったのでは……?」
青年の意外な言葉に、白衣は動揺した素振りもなく、静かに頷いた。
「そうだ……。はじめて、はじめて娘は私を呼んでくれたんだ。はじめてお願い事をされたんだ……。あいつを消してくれと……。母親を、消してくれと……」
白衣がその場に泣き崩れる。
「はじめてだったんだ!! だから、私は……、叶えてやりたかった。応えてやりたかった。離婚して親権を自分のものにしてしまえばいいと思った。だが、娘は母方に引き取られることになった。私は……、娘に嫌われたくなかった! だから妻を殺そうと思ったんだ! そして娘を突っ撥ねてでも、危険から逃がそうとしたんだ!!」
白衣の声は掠れていた。
「妻が死んだ後、娘は笑っていたよ。最高の笑顔を、私に向けてくれたんだ……。私はそれだけで一杯だった。罪をも忘れ私の心は満たされた。だが……、娘は新たな用件を私に言ってきた」
「兄と一緒にしてくれと……?」
「その通りさ……。だから、だから私は……! 父の研究を使って、息子と共に娘を殺したのだ……!!」
白衣から流れる大粒の涙が、床に作った染みの面積を大きく広げていく。
「私は娘を愛していたのだ……。だが、失ってから気付いた。私は狂っていた……。歪んでいたのだ……!」
悲痛の叫び。
それは青年の心も悲しみに染め上げていく。
「怖くなったのだ、自分が。……私は罪から背き、逃げ出した……」
「だったら、どうしてこんな馬鹿げたことをまた繰り返した?」
「忘れられなかったんだ、娘との思い出を……、娘を忘れたくなかったんだ……」
青年はそっと呟く。
「娘さんに爆弾を埋め込まなかったのは、その歪んだ愛情故か……?」
「なぜそれを……?」
「生きてるんだよ……、あんたの娘は……。今でも元気に生きてるんだ!!」
「な、なんだと……?!」
白衣が勢いよく顔を上げ、乱暴に立ち上がった。
そのまま青年に近づくと、彼の肩を掴み、揺する。
「本当なのか?! 娘が……娘が生きているのか?!」
青年が頷く。
「今では軍の、立派な犬さ」
「なんということだ……」
白衣は手を放すと、涙を拭い、テーブルの上にあったカップに口をつけた。
「よかった……。本当によかった……」
再び膝をつき、涙を流す。
青年はそっと手を差し出した。
「自首してくれないか? 彼女の為にも」
しかし、白衣の瞳は行き場を失い、辺りを彷徨っていた。
「もう、あいつに会うことはできん。もう、手遅れだ……」
「何を言ってる。今からやり直せばいい」
白衣は首を横に振った。
「私はもう引き返せないところにいるのだ。娘には会えんよ。そんな資格はない……」
「親が娘に会うのに、資格なんているかよ! あんたは2度も娘を殺すことになるんだぞ?」
青年の怒鳴り声。
だが、それは白衣の嘔吐に掻き消された。
胸を押さえ、大量の血を吐き出す。
「お、おい? どうした? ツガキ博士? おい! 大丈夫か?!」
青年が白衣を抱きかかえる。
「あんた、いったい何をしたんだ?! しっかりしろ!!」
白衣の瞳は虚ろに彷徨い、その服には夥しい量の赤がこびりついていた。
青年はハッとテーブルの上のカップを見詰める。
「まさか……、あれに毒が……?」
白衣は焦点の定まらない瞳を青年へと向けた。
「これでいい……。これでいいんだ……」
「ふざけるな! なにがいいってんだ!! また沢山の命を奪うつもりか!!」
「私の罪が消えることはないよ……」
「コードを、解除コードを早く!!」
「なぁ、軍人さん……、あいつを頼んだよ。君なら、信頼できそうだ」
白衣はやがて瞼を閉じる。
「お、おい! ……クソったれ!! 暴力は嫌いっていっただろうがぁぁぁあああ!!!!」
刹那、何かが閃き、白衣の身体は宙を舞い壁へと叩きつけられた。
荒々しく肩で呼吸をする青年は膝をつき、その拳を何度も床に打ちつける。
「どうして……、どうしてだ……! 簡単だろ? コードを……、自分の娘の名前を呼んでやるだけでいいんじゃないか!! ……それだけで、たったそれだけで、全てが治まったはずなのに……!」
白衣は何も喋らない。
彼の心臓のあったその場所は、跡形もなく消失していた。
やがて、青年の咆哮は慟哭となって空に響いた。
15
「おい……。おい、起きよ」
聞き慣れた女性の声に、男は瞼を開ける。
そこには数センチの空間を挟み、女性の顔があった。
男は一瞬紅潮すると、声を上げその顔を振り払う。
男の手を難なく避けた女性は、いやらしい笑みを浮かべて見せた。
「頬を染めるとは、意外にうぶじゃの」
「やかましい!!」
男の怒声に、からかう様に女性が笑う。
左手に持ったコーヒーを男に投げつけると、ベンチに座る男の横に並んだ。
「隣、よいか?」
「愚問だぜ」
なんの感慨もなく、彼女は腰をつける。
男は今貰ったコーヒーを一気に飲み干した。
エントランスホール。
スクリーンに映し出されている深緑の光景が、疲れた心を癒してくれる。
幾分賑やかなそこに2人が並ぶ。
無関心な足が、彼等の前を通り過ぎていく。
男は空になった缶をダストボックスに放り投げると、彼女横目に伺った。
「怪我のほうは、もういいのか?」
「隊長であるものが、何刻も眠ってはおられんよ」
「でも、独断行動で謹慎中でしょうが。こんな時くらいゆっくりしてろよ」
彼女はお茶を飲んでいた。
男はため息をつくと、スクリーンへと視線を戻した。
「主は、また休憩か?」
彼女が男に疑問を投げた。
男は両手を頭の後ろに組む。
「いや、今日は懺悔よ」
「珍妙なこともあったものよな」
彼女もスクリーンへと目を移した。
「此処に、神は不在ではなかったか?」
男はふと、視線を落とす。
「神じゃない、今日はお前を待ってたんだよ……」
「ふむ……」
彼女は男の言葉を流す。
暫くの沈黙。
そして彼女が先に口を開いた。
「あの者の瞳は狂気であった。だが、それ以上に狂っていたものは我自身だったのだな」
彼女の顔が髪に隠れる。
男から表情は見えなかった。
「全て、覚醒した。かの件の因は我に在ったのだな……」
「自分を責めんな。お前が悪いんじゃねぇよ……」
男は腕を解くと、前屈みに頭を掌で覆った。
「……すまない。……俺はお前達の呪縛を、断ち斬ってやれなかった……」
震えた声。
自分は何の為に軍人をやっているのだろうか。
弱き者を守ろうと手にした刀。しかしこの刀でいったい何が斬れたのであろう。
守りたいものも守れず、救いたいものも救えない。
たった1つ生命さえ負いきれない者に、刀を振るう資格があるのだろうか。
声にならない叫びが一帯を彷徨う。
しかし、彼女は男の膝にそっと手を乗せ、向き直った。
「いや、感謝している。主は我を救ってくれた。我の心は開放されたよ」
男も振り返る。
彼女の瞳から流れるものを見て、男は言葉を失った。
「ありがとう……」
彼女はそういうと、男の胸に状態を預けた。
「暫し、胸を貸してくれ」
男は優しく包み込む。
行き場を失くした視線をスクリーンへと戻す。
そこには、いつの間にか、海と砂の景色が映し出されていた……。
第二話 完
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