Ability&Ablution





 軍と組織との闘争は、数度の銃撃戦の後終結した。
 拘束され、兵隊に両脇を固められた数人の男達。
 そして、その対面に佇む女性は、11番隊隊長 マハジャ=シュンカ である。
 彼女は男達を一瞥すると、中心の男へと歩み寄った。
「主等から公に姿を現すとは、らしからぬな」
「悪さをしにでてきたわけではない」
 男の顔色からは余裕が伺えた。
「解せぬ。狡知でなければ、何故この地区に赴いた」
「探しものをな」
「金蔓でも見つけたか?」
「神だよ」
 そういって男は下品な笑い声を上げた。
「神頼みとは、いよいよと詰まったの」
「あんたとの2年に渡る追いかけっこも、ようやく終わりが見えてきたものでね」
「有難いことじゃな。主格を吐いてもらえれば尚助かる。以降主等の顔を見なくて済もうからの」
 マハジャは兵士達に片手を上げて合図した。
 両脇を固める兵士達が男達をカートへと運んでいく。
 引き摺られながらも、男は嫌らしい笑みをマハジャへ投げかけていた。
「呪符術のシュンカ…お前はどこまで知っているんだ?」
「何のことじゃ?」
「…なるほど、只の犬と見える」
 マハジャが男を引く兵士達に制止をかけた。
「くどい。言いたいことがあるのであればはっきりせよ」
 男の口の端が吊り上がった。
「馴染みだ、1ついいことを教えてやる。この世には神となりうる人物達が存在する」
「戯言じゃ」
「人々はなぜ神に崇拝すると思う?地べたに頭を擦り付けてまで、全知全能の力を持つ神に屈服するのはなぜだと思う?」
 男の瞳の色が狂喜にかわる。
「それは神の絶対的な力に恐怖するからだ。愚かな人間達の心を支配するものは恐怖に他ならない。だから惨めな思いをしてまで機嫌を取ろうと懸命に媚びる」
「狂ったか…?」
「オレ達は恐怖を手に入れた。お前達が平伏すのも時間の問題だろう。今に解かるさ。3万の命がオレ達の手中に下る」
「そのようなこと、我等がさせると思ってか?」
「だからお前は只の犬なんだ。真実は、闇より深い場所にある…」
 黒い笑み。
 マハジャは狂声に無意識に身構える。
 しかし、血走った男の瞳は、彼女の背後を捉えていた。
「…待っていたぞ。さぁ、力を示せ!その神の力を!!」
 在らぬ方向に投げられた言葉。
 マハジャは背後を振り返る。
 遠方のシールド越しに見える、ブロンド髪の少女の姿。
 遠目からでも解かるほど、男の瞳に少女は怯えていた。
「民間人?紛れ込んだか?」
 マハジャの意識が離れた隙をつき、男は両脇の兵士の腕を振り解く。
 頭部に放った必殺の蹴りが、兵士達を昏倒させた。
 そして男は少女に向かって跳躍する。
 流れるようなその動作に、マハジャの反応も遅れた。
 男は一直線に少女との距離を詰めていく。
「どうして逃げ出した?無意味だということがわからないのか?リム!」
 迫り来る男の姿に、少女は竦み上がる。
 防護を約束するシールドが前にありながらも、男の威圧に足がふらつく。
「い、いやぁぁぁぁああ!!」
 耐えかねた少女の悲鳴。
 空気を引き裂くその声が、少女と男とを仕切るシールドを消滅させた。
「その力だ…!」
 障害はなくなり、拘束された両手を少女に伸ばした。
 畏怖からか、少女はその場で瞳を閉じる。
 両手が少女を捕えようとした瞬間、男の腹部に何かが押し当てられた。
 それが掌であると認識するまでに時間は掛からなかった。
「高速化のテクニックか?」
「逃がさぬ」
 低い声。
 同時に衝撃が男の身体を貫いた。
 大きく後方へ吹き飛び、地面へと転落する。
 それでも勢いは死なず、うつ伏せの状態で数メートル地面を滑る。
 2人の間に割って入った者は、他ならぬマハジャだった。
 今しがたまで男の後方を追っていた彼女の姿がそこにある。
「無事だろうか?」
 少女の疑問より先に、彼女が肩越しに尋ねた。
 緊張の眼差しを送り、そして小さく頷く。
 マハジャは僅かな笑みを返すと、上方に設置されたシールド発生器を見やる。
 それからは灰色の煙が吐き出されていた。
 視線を倒れる男へと戻し、歩み寄る。
「偶発…否、奇術か?」
 その瞳は鋭く、冷たい。
 男はなんとか首を上に向けた。
 既に瞳の焦点は飛んでいる。
 それでも尚かわらぬ狂喜の笑み…
「…事実だ。あれこそ神…」
「どういうことか?あの娘が…?」
 再び振り返った時には、少女の姿は消えていた。
「あの娘がシールドを破壊したとでも申すのか…?」
 悲鳴のような笑い声を上げる男。
 マハジャは瞼を閉じ、
 有り得ぬ。
 思考を止めた。
 しかし、開かれたその瞳は、ブロンドの輝きの余韻が残る場所へと注がれていた。





「どうした?」
 低い声に、メリーは自分がため息ばかり吐いていることにようやく気付いた。
 声の方へ顔を上げれば、そこに腕組みをした長身のアンドロイド。
 ただ静かにメリーを見詰めている。
 メリーはアンドロイドと視線を合わせると、先程とは違うため息を吐き、微笑した。
「らしくないですよね」
 コンピュータ危機が所狭しと並べられたそこは、20番隊のブリーフィングルーム。
 忙しく明滅するランプの中、頭を抱える自分がいる。
 人に見せられる顔じゃないんだろうな、などと思いつつ、メリーは顔を落とし再びため息を吐いた。
「切り替えなきゃいけないところですよね。申し訳ありません隊長…」
 不謹慎に非礼する。
 一拍おいて返ってきたのは別の答え。
「悩み事か?」
「悩み事…になるのかな?」
 メリーの脳に回る、昨日の出来事。
 リムと名乗った組織の少女との出会い。
 少女の怪我は組織にやられたものだろう。
 ボロ布を纏い倒れる少女は、きっと組織から逃げ出してきたのではなかろうか。
 そして…
 悲鳴だけで電子機器を破壊してみせた、少女の不可解な力。
 原理は解からない。
 本当に少女が起こしたものなのか、その証拠も無い。
 しかし事実として幾つもの電子機器が原因不明の故障を起こした。
 少女の力が真であれば、組織に属していることにも説明がつく。
 ならば保護することが自分の役目であろう。
 軍部とは只の戦闘集団ではないはずだ…
 だが、少女は戻っていった。
 涙を流して…
 自分の命を助けるために…
(私が守られたとでも言うの?市民達を守らなきゃいけない立場にある私が)
 メリーは心の中で、何度もそう呟く。
「力になれることはあるか?」
「えっ?」
 普段は無愛想で口足らずな隊長=バルバスの労わりの声に驚き、顔を上げる。
 2人視線が絡み合う。
「あ、いえ、別にそれほどの悩みってわけじゃないんです。相談するようなことでも…」
「ならばよい… 不足でなければ俺も力になるが…お前にも相談相手くらい居よう。お前のことは頼りにしている。早く調子を戻せ」
 そう言うと、再び俯いたメリーの肩に手を乗せた。
 その機械の掌は、どこか暖かい…
 自分には心配してくれる人がいる。
 手を差し伸べてくれる人がいる。
 頼れるべき人がいる。
 だが、あの少女にはそういった人物がいるのだろうか?
 辛い時に一緒になって泣いてくれる、励ましてくれる人物がいるのだろうか…?
 少女の流した涙には見覚えがあった。
 それは、孤児だった自分が、はじめて人の温もりに触れたときに流した、熱い熱い涙…
 空虚
 寒さ
 痛み
 苦しみ
 哀しみ
 全てから解放された時に流した、熱い熱い涙…
 今だからこそ解かる、涙の理由を。
 今だからこそ解かる、涙の意味を。
 少女にも伝えてやりたい…
 自分が深淵から救われたように、今度は自分の腕で少女を救ってやりたい…
 巡るめく記憶を辿りながら、メリーは隊長=バルバスを見上げた。
 機械の瞳が優しく輝いている。
「隊長…私にも、人を救える力があるかな?」
「………」
「あの時の私と同じ涙を流す少女に出会ったの」
 メリーは勢いよく立ち上がると、バルバスに縋りついた。
「できるかな、私にも。助けてあげたいの。あの子、きっと辛い思いをしてる。あの闇の中で怯えてるの」
 どこか潤んだ瞳を向けるメリーの頭に、バルバスはそっと手を乗せた。
「手を伸ばさない限り、届くものも届きはしない。掴めるものも掴むことはできない。己に掲げた思念を、理念を、意思を、全うしてみせろ」
 力強い言葉が、メリーの心に響く。
 その通りだ。
 やってみないと解からない。
 いや、その意思が無ければ、決して成しえない。
 メリーは何かを決心したかのように大きく頷くと、バルバスに敬礼した。
「いってきます」
 沈黙で応え、扉へ向かうメリーを見送る。
「隊長、ありがと」
「無茶はするなよ」
 肩越しに、バルバスは小さく呟いた。
 部屋を後にする彼女の背中は、思っているものよりもずっと大きい。
 バルバスは振り返ることなく、その眼光を落とした。





 その部屋の主たるものが中央に大きく座る。
 大きいというも、その言葉ではあまりに小さい。
 巨大…それでやっとおさまろうか。
 椅子に腰掛けていても尚、一般女性の身長を上回っている。
 その体格に厳つい軍服。
 そして大佐を示す襟章。
 口には時代錯誤な葉巻が咥えられている。
 部屋中を充満するその煙が、光の少ないそこを更に暗くしていた。
 男は一服吹かすと、目の前に対峙する2人の人物に向かってその野太い声を発した。
「豪勢というか馴染みというか… 会議以外で3人が顔を合わせるのも久しぶりか…」
 吸いきった葉巻を灰皿に投げ、新たなものを咥えなおす。
「すまんな、こいつを咥えてないと調子がでないもんでな。…しかし、今日はどうした。何用だ?」
「解からぬか?」
 低い声が巨人に問い返した。
「その口調から、穏やかではないようだな… デビルファングのことか?」
「左様… 我が捕えた捕虜を折檻したのは主じゃな、ハルス」
 巨人――ハルスが大きく煙を吐き出した。
「如何にもそうだが、それが何だ?」
「どういうつもりじゃ?!」
「話が見えんが…?落ち着けマハジャ」
 今にも飛び掛ってきそうな勢いのマハジャに、ハルスが首を傾げてみせる。
 その仕草に、彼女の神経は更に逆撫でされた。
「白切るつもりか?!」
「ちょっと待て。何だと言うのだ、いったい…」
 そう言ってハルスはマハジャの背後の人物に視線を送った。
「おいサイ、どういうことだ?」
「どうもこうも…俺も連れてこられただけだし、詳しいことは解かんないけど。まぁあれだ…お前がマハジャ担当してる組織の証人を半殺しにしたから怒ってんでしょうが。それくらいは察しろ。…って、マハジャも落ち着けよな…」
 サイが仲介に入り、マハジャも少しだけ冷静さを取り戻す。
「そういうことじゃ。主のことだ、何かの理由があってのことだろう。説明願えるか?」
「説明だと?お前聞いてないのか?」
 意外にもハルスが疑問を訴えた。
「どういうことじゃ?」
「…どこかに喰い違いがありそうだな」
 ハルスは前屈みに、正面で手を組んだ。
「…反政府組織『デビルファング』 数年前より治安部が追っ掛けてる武装集団… 何の因果か知らないが、政府の役人さんたちなんかを暗殺してる。組織自体は小規模なものだが、武器の密輸や密造、兵器やクスリ等の卸売りも行う非常に危険な集団として扱われている。それながらも一切の情報が掴めず、政府や軍さえも頭を抱える連中だ…」
「うむ……」
「その連中が今回、非公式の特異体を入手したという情報を受けた」
「特異体?」
「な、なんじゃそれは?我は何も聞いておらぬぞ?!」
「それの詳細を掴めと、総司令代行殿から命を受けたのが俺だ」
「司令代行殿に…?」
「てっきりお前にも話が通っているのかと思っていたが…その調子では、そうでもなかったというわけか」
 巨体は椅子に背を預け、ゆったりとした姿勢を取った。
「詳しくは司令代行殿に聞いてくれると助かる。俺が掴んだ情報は、後で正式な書類に纏めミイニに届けさせよう」
「何か有益が在ったか?」
「幹部クラスとはいえ、雑魚だ。割に頑固なやつではあったがな。奴がいうに、幹部共は昨今ニューマンの少女に付きっきりだったらしい」
「ニューマンの少女じゃと?!」
「以外は何も知らない様子だったがな。その少女とやらに何か心当たりでもあるのか?」
「いや…」
 マハジャはふと何かを考え込むように腕を組んだ。
「…馬鹿げた事を問うが、主等は奇術とやらを信じるか?」
 これに2人は首を傾げた。
「奇術つうと、手品か?超能力か?」
「後者のほうじゃ」
「信じるも信じないもない。お前の呪符術は、俺達から見ればそれに他ならんよ」
「左様か…」
 マハジャは再び何かを黙考すると、踵を返し出口へと向かった。
「邪魔をした。無礼を許せよハルス」
「何か解かったのか?」
「いや…やはり主格を捕えねばならんようだ」
「司令代行殿には俺からも話をしておこう。俺達に手伝えることが遠慮せず言えよ、マハジャ」
「感謝する」
 礼の言葉を残し、マハジャは部屋を後にした。

 ハルスは煙を吹かすと、残ったサイへと声を掛けた。
「どうした?ずいぶんと大人しいな」
「言ったろ?付き添いだって」
「忙しいやつだな」
「なに、あんた程じゃないよ。……何を企んでるのかは知らないがね…」
「ほぅ…何か言いたげだな」
「マハジャは何も突っ込まなかったが、拷問にしちゃやり過ぎでしょあれは… 放っておいたら間違いなく死んでたぜ?」
「サイ…何か勘違いしてないか?俺達は軍属だ。警察等とは違って、情けで心を動かすような甘い集団ではない」
「人殺しも許されるってのか?」
「殺しの権能はない。人民の暮らす街や国を守ることが俺達の役目だろう? おいサイ、今日のお前はおかしいぞ?どうしたんだ?」
「じゃあ権謀とでも言うつもりか。俺がおかしいんじゃねぇだろ。情報捜索の令が出ておきながら、拷問しただけでどうしてそれ以上を追わない?それも不可解だぜ、大佐」
「こちらとて忙しい身だ。それなりの都合もある」
「戦闘大隊に声が掛かるってことは、それ程やばい相手なのかね?あいつを殺さなきゃいけない理由でもあったのか?司令代行と何をつるんでやがる?軍の重要機密は、さすがに俺達にも話せないってかい?」
 先程以上に緊迫した空気が、部屋中を漂う。
 鋭い眼差しを送るサイに、ハルスは悠然と視線を返した。
 一服。
 やがてハルスが重々しく口を開いた。
「…暫く前、胡乱な学者がある学説を発表した。それは当時、至って馬鹿げたものとして批評されたものだ」
「………」
「内容はこうだ。『異常フォトンに身体を蝕まれた挙句、人に在らぬ能力を身につけた者達が存在する』と。学者はその者達を『能力者』と呼んだ。だが、実例はなく、パイオニア計画の初案が表明されたこともあり、この学説は世の隅へと消えていった…」
「能力者…?」
「しかし数年前、政府がある少女を保護した。一見なんの変哲も無いニューマンの少女だったが、その子にはある特異とも言えるべき能力を宿していた。その能力とは、声音により電子機器を破壊する能力… 声紋結果により驚くべきこと、その少女の声からは未知のフォトンが発せられていた」
「おかしな話だ」
「そうそう信じられるようなものではないがな。だが、事実として記録がある。電子機器のみに作用するフォトン…今までの研究でもそのような特殊なフォトンの開発に成功した者はいない。存在しない特殊なフォトン音源だ。実験や改造を可能とするニューマンであっても、技術がないのであれば、それを生み出すことなど不可能だ」
「それが能力者だと?」
「経緯はともあれ、学説に当てはまらないことはない。こちらも非公式ではあるが、嘗ての宇宙海賊:Another Zoon のキャプテン キャンディー=ビー も周囲の生命体の新陳代謝能力を著しく低下させる眼を持っていた」
「それで、その政府が捕まえたニューマンの少女ってのはどうなったんだ?」
「行方不明だ」
「…つまりは組織のその少女とやらが、その少女じゃないかと?」
「そういうことだな」
 サイは大きく息をつき、強張った体を解した。
「信じ難いね。いくらフォトンが解明されてないからって、武器に使われるようなエネルギーだぞ?それに侵されたら死ぬのが普通でしょうが。能力が身につくなんて、そんなことが有り得るかよ」
「だから非公式といったろう。しかし、少女の話が本当であれば、野放しにしておくにはあまりに危険すぎる。船の動力でも止められると、もはや手のうちようがない」
「公にしちゃ不味いってのもわからないでもない。ま、だれも信じないと思うがね」
「確かにそうかもしれんな。学説を発表した学者は現在消息不明。追求は出来なくなってしまったものだしな」
「そっちの学者の方が怪しい。そいつが未知のテクノロジーを生み出しているのかもしれないじゃないの。下手な情報に錯綜されるなんて情けないぜ」
「学者はこの船に乗船していたという記録も残っている」
「じゃ、隠れてるんでしょ。まさかとは思うが、能力者とやらに消されたとでも言うつもりか?」
「胡散臭いがな。こうも事が重なると、能力者を信じてみたくもなる。それにマハジャのあの質問…接触したのか、能力者に…」
「言ってろよ」
 サイはバカバカしいと言わんばかり両手を上げ肩を竦めると、出口の方へと歩き出した。
「騒がせたな」
「全くだ。2人して何事かと思ったぞ」
「…お前が胡散臭ぇのはまだかわらねぇよ。それと、もう1つ聞いていいか?」
「厳しいやつだな。なんだ?」
「俺に喋ってよかったのか?」
 ハルスは煙を吹かす。
「…信頼している」
「…そりゃどうも」
「俺からもひとつ…」
「あん?」
「先程の学者とやらは、そのもとに8人の能力者を従えていたらしい。お前、何か知らないか?」
 サイが動きを止めた。
 ほんの僅かな沈黙。
「それは俺に聞くことか?」
「愚問だったか…」
 蔭に隠れた表情は、サイの位置からは見ることができない。
 静寂に包まれたその部屋で、葉巻の炎が妖しく揺らめいていた…





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