Fantastic&Fairytale
4
湿地帯を歩く一行。
先頭を行くのはサイだ。
どうしたのか、彼の足取りは幾分激しい。
その背中を軽い足取りで続く博士達一同。
博士が頻りに、サイへ何かしら話しかけているのが見える。
先程までの澱んだサイの表情も、幾分晴れているように感じる。
メリーはそんなことを思いながら、彼等の様子を最後尾から眺めていた。
『協力してくれ』
そういってサイは、メリーを最後尾に行くよう指示した。
メリーにそれの意味は未だ解からないが、普段から空かしたサイが先頭を切って歩く姿は、彼女に取って面白くない。
「なによ…デレデレしちゃって…。アウリス博士にかっこいいところでも見せようと思ってるのかしら…」
先程の会話の中、博士が見せたサイに対する態度。
あの口調、あの目の輝き、あの笑顔…。
博士の性格なのかもしれない。というかそれっぽい。
しかしそれが、どうも気になって仕方がない。
サイに協力して貰って、あの心底嬉しそうな笑顔。
博士にとってサイはどんな存在なんだろう?
サイもサイだ。
地表に降りてからずっと気だるい表情だったにも関わらず、今は先頭を歩いている。
だいたい、昨日のあの言い振り。
祭典に誘われていると勘違いした自分も悪いのかもしれないが……やっぱり酷い。
可憐で無垢な純真乙女を口車に乗せるなど、もってのほかだ。
相手がサイでなければ怒りのボルテージはもう限界を突破していたかもしれない。
まぁ、逆を言えば、サイでないと引っ掛からなかったのかもしれないが…
「そりゃ祭典行きたかったんだから、仕方がないじゃないのよぉ…!」
誰にも聞こえない声量で叫ぶ。
「任務を完了して、火薬花火できたら博士と見に行くのかな? やっぱり一応最後まで立会いみたいなのいるよね…?」
ちょっと悲しい気分になる。
ブンブンと頭を振り、思考を弾き飛ばすと、再び先頭のサイを見やった。
サイは端末と睨めっこ中だ。
何が気になるんだろう。さっきから端末を見ている回数が多い気がする。
「そういえば端末から目を離すなって言ったっけ?」
自分の端末を見れば、周辺の地図の画面に現在位置が赤い光点で映し出されている。
それ自体に何の変わったこともない。
と、そこで、モニタの右下に表示されている時間を見る。
「かれこれもう2時間も歩いてるのね…」
そういわれてみれば、幾分疲れたような気がする。
ともあれ、まぁ、それほど重い装備をしているわけでもないし、メリーもこれでいて訓練を積んだ軍人だ。2時間程度の歩行で疲労に喚くほど軟でもない。
でも、今はそんなことはどうでもいい。
サイの動向が気になる。
先頭のサイを探るべく、世話しに視線を動かす。
と、その視界に隅で微かに何かが動いた。
そちらへ意識を集中する。
そこにいたのは、鮫の頭に手足の生えたような異形のモンスター。
両腕は鎌のように弧を描いた刃物のように形成されている。
ここ洞窟に巣食うアルタードビースト種『エビルシャーク』だ。
丁度サイの位置から側方に当たる場所にそのエネミーの姿がある。
周囲への警戒を怠っていたのか、サイは未だ端末と睨めっこ中だ。
博士やその他もまだ気付いていないらしい。
エネミーはゆっくりと彼等の列に向かって行進を始めた。
メリーは咄嗟に腰のホルスターから短銃を引き抜くと、エネミーへと狙いを定める。
「サイ! ……隊長! エビルシャーク!」
叫ぶと同時に引鉄を弾いた。
銃口から発射されたフォトンの光弾は、吸い込まれるかのようにギルシャークの右肩部へとヒットした。炸裂。右腕の動きを完全に停止させる。
しかし、それでも行進は止まらない。着実に列へと足を進めようと動き出したところ、今度は左腕が宙へと吹き飛んだ。
大口を開け、奇怪な悲鳴を上げる。更に、その口内へと光刃が突き込まれる。
サイだ。
メリーの声に反応した彼は、手にしたセイバーで一瞬にしてエネミーを沈黙させた。
「メリー中尉、いい反応だぜ! さすがは20番隊副長ってかい?」
サイがメリーに賞賛する。
「それはどうも! サイ隊長こそ、油断しすぎじゃないんですか?」
「ちゃんと気付いてたさ。剣ってのは銃ほど間合いが広くないんだ。近づいてくるまで待ってたのよ」
メリーに向かって叫ぶサイの顔は、いつもの顔だ。
ちょっとだけ安心。何に安心したのんだろう。
しかし現状は、そんな場合でもなかったらしい。
「各員戦闘態勢へ! エネミーちゃんたちのお出ましだ」
今のエビルシャークの断末魔を合図にしたかのように、周囲から多数のエネミーたちが現れた。
数にして30は楽にくだろう。
エビルシャークをはじめ、それの進化型『ギルシャーク』やカマキリに似た大型の生物『グラスアサッシン』、更には小型の翼竜の姿をした『ナノノドラゴ』まで確認できる。
「数が多いな。ザコの相手ほどめんどくせぇものもねぇ…テレスナイトまで一点突破で切り抜ける! よろしいか、博士?」
「セレスタイトですわ」
互いに合図を交わすと、サイは腰からもう1本セイバーを引き抜いた。
「中尉、遅れるなよ!」
メリーにも一声掛けると、両手のセイバーを横に大きく展開させた。
直線に駆ける。
目指すはゲート。鉄の扉さえ抜けてしまえば、エネミーたちは追ってこれない。
旋風が舞う。
サイの光刃は、間合いに触れたもの全てを瞬時に切り刻んでいく。
例外はない。巨躯であろうとも、相手が上空にいようとも。
後続も彼の背中を追いかける。
しかし、剣の間合いから逃れたエネミーたちが博士達を襲った。
「ギバータ…」
博士の唱えた呪文は瀑布の如く叩きつける雹風となり、脅かす者たちを迫撃する。
跡に残るのは氷塊のみ。並外れた威力のテクニックだ。
博士の表情からは、余裕が伺える。
やはり隊長の名は伊達ではないということを、ここにもって証明された。
「すごい…」
驚嘆が漏れる。
おそらく自分と違わぬほどのテクニックの使い手だろう。
それでもって天才。そして美人…。
メリーでは一歩も二歩も及ばない。
「はっ! でも、もしかしたら!!」
何を思いついたか、メリーは顔の前に指で『』印を作ってみせると、その穴から博士を覗いた。
視線の先が目指すは胸元。
「う〜ん…私のほうがちょこっと大きい??」
「おい! 危ねぇだろうが!!」
サイの絶叫。
腕を掴まれたと思えば、肩が抜けそうなくらい強烈な力が、身体を前へと引っ張った。
バランスを崩し転倒しそうになるところを何とか堪えてみるも、やはり支えきれずその場で派手に転げてしまう。
「痛った〜い…」
腕と転倒の痛みに素直な悲鳴。
「…油断してるのはお前だろ? お前に怪我でもさせてみろ、バルバスになんて言やいいんだ」
腕を引っ張った張本人、声の方へと見上げる。
そこにはカマキリ型のエネミー『グラスアサッシン』の鋭利な鎌を、セイバーで受け止めているサイの背中があった。
「ここは俺が片付けるから、ほら、先にゲート潜ってろ」
サイは鎌を片手で受け止めたまま、空いている手で3本目のセイバーを引き抜いた。
さっきまでは両刀であったはずだが、残り1本は既に所在不明だ。
よく投擲する癖? があるので、エネミーに投げつけたっきりなのかもしれない。
光刃を展開させ、そのまま流れる動作でカマキリの腹部を切り裂く。
裂傷からの呻きに鎌が軽くなったと見るや、一瞬にその鎌を根元から斬りおとし、喉下から脳天に向けてセイバーを突き立てる。
カマキリは腹を地に付けて絶命した。
サイが背中を向けたまま肩越しに見詰めてくる。
「弓も使わずに、何に狙いを定めてたんだ?」
「いや、あれはなんでも…あははは」
ぼっと顔が紅くなるのが自分でも判った。
先の行為は幼稚低脳極まりない。
それで命を晒したんだ。サイが助けてくれないと、一生の傷ものだったかもしれない。運悪ければ自分がカマキリと同じ立場になっていたことも十分考えられる。
反省。
それでも、気になることがある。
まぁ、命と比べれば軽いものかもしれないが、それでもどうしても譲れないこと。
「ほら、置いてかれるぞ」
エネミーたちを何の障害にもせず、ゲートに向かう博士たち一行に続くよう、サイが顎で指示する。
「ねぇサイ…。隊長に申し訳立たないから…だから助けてくれたの?」
「はぁ? 何訳解かんねぇこといってやがる。ほら、行った行った」
そういってサイは背中を押す。
わかってる。そういうつもりで助けてくれたわけじゃないこと。
わかってるけど、聞かずにはいられなかった。
メリーは黙って立ち上がると、そのまま博士たちの後を追った。
振り返らずに。
サイから声が掛かることはなかった。
5
30匹目のエネミーにトドメを刺すと、サイは周囲を見渡し全員の姿が見えなくなったのを確認した。一度大きく伸びをする。
「ったく、いったい何匹出てくんだか…。こんなところで無駄に体力使いたくなかったんだがな…」
当初に現れたエネミーたちは粗方片付けたはずだが、それにも関わらず未だ同じだけのエネミーたちがある。
「キリがねぇな。それに、俺もすぐに合流しないとね。道案内してやんねぇと、また十数時間彷徨うのはゴメンだかんな」
足元で四肢散乱するエネミーの死骸から刺さっていたセイバーを拾い上げ、ゲートへと状態を向けた。
手前には壁のように立ちはだかるエネミーの群がある。
軽く首を鳴らすと、両手を交差させ剣を正面に突き立てるように構えた。
その状態で姿勢を前に傾けると、群に突進を開始する。
サイの身体からは想像もつかない爆進が、エネミーの群を弾き飛ばしながら無理矢理に道を抉じ開けていく。
一点突破の言葉そのものを表すように、突進は難なくエネミーの壁に穴を開け、サイはその奥へと飛び込んだ。
無事にゲートを潜る。だが尚警戒は怠らない。
すぐに状態を起こすと、セイバーを再び構えなおし、周囲に目を配る。
今のところエネミーの気配はない。
一旦安堵をつくと、両手のセイバーをホルスターへと戻した。
「無事かな、全員…」
と、そこで異変に気付いた。
「あ、ありゃ…?」
疑問符を頭に浮かべたまま、サイは必死に首を振る。
「ど、どこいった?」
いるはずの博士やメリーの姿がない。
もう先に進んでしまったのか。
いや、それはない。視界の先に見えるゲートは赤色――ロックの状態だ。
隠れてでもいるのか…
いや、それもない。だだっ広い空間。ここに身を隠す場所はどこにもない。
ならば、どうして一行の姿が見当たらないのか。
サイは端末を食い入るように見詰めた。
地図上に赤い光点。これは現在の自分の位置である。
そこから北東の地点に黄色の光点。これが今件の目的地に当たる。
順路的に自分に間違いはないはず。
では…
青い光点――仲間たちの位置を探す。
それは予想した場所で見つかった。
赤から南西の位置…ここまでくるのに歩いてきた道である。
「あの人は…どうして一本道を180度回転できるんだ…!」
サイは端末を切ると、大きく深呼吸。
「これじゃ、俺が迷子になったみてぇじゃねぇかよ!!」
これこそが、5時間の任務を13時間にした理由だ。
天才的方向音痴…
天性の方向感覚は、広大な草原であろうと行く先の見える砂漠であろうと、それは巨大なラビリンスと変貌させる。
「畜生…先頭で案内くらいじゃこの問題は解決しねぇのか……」
サイはガックリと肩を落とすと、腰のセイバーを再び引き抜く。
どこかフラつきながら、サイは今潜ったばかりのゲートを戻っていった。
「いや、先に行かせたのが間違いだった…! 今度は絶対に先頭から離れねぇ! セルフアイトの在り処まで、きっちりとついてきてもらうからな!」
『キシャーーーー』
「やかましい! お前等のことじゃねぇよ!!」
ゲートの中はなぜか賑やかそうだ。
6
単調な旋律。
彼女にとってそれは最も聞きなれた旋律であり、一番安らぐ音楽だ。
奏でられた音楽は、彼女の手を取りそっとその腕と指を動かしてくれる。
その度に高調し、そしてまた旋律も一層高潮していく。
演奏はいつからか止まることをしらない。
観客はない。奏者本人のみ。
彼女だけの世界は無限に広がっていく。
これが端末のキーを弾く音とは、だれが思うだろう。
「邪魔するぞ」
ビクッ身体が跳ねる。演奏はそこで止まった。
彼女の世界に突然割り込んできたのは、柄の悪そうな声と煙の臭い。
彼女は声の主を見上げる。
「ボス、この部屋は禁煙です」
「次からは気をつけよう」
「この瞬間から実施してくだい」
軽く睨まれ、ボスと呼ばれた人物は渋々と咥えていた葉巻の火を消した。
CPUルーム。
OPルームより、更に精密で大掛かりな機器の取り揃えられたその部屋は狭小である。
より高度で大量の処理を行うに当たっては、この部屋以上の場所は存在しない。
もっともその分のスキルは必要になり、ここの機器を容易く扱える者がいるとすれば、ミイニと他数名の者だけであろう。
その部屋で唯一明かりらしい光は、彼女が前に座る端末の光だけだ。
その光に照らされ、眼鏡を掛けた彼女の顔が浮かび上がる。
「お疲れ様です」
慣れない眼鏡を外しながら、彼女――ミイニは、報告から戻ってきたボスに小さく敬礼した。
「なに、いつものことだ」
ボスは鼻で大きく息を吐く。
普段から常時葉巻を咥えている彼に取って、今の行為は無意識の癖にも近い。
「もう少し広くならんのか、ここは」
ボスは今更悪態をつきながら、窮屈そうにミイニの座る場所までのそのそと歩む。
「我慢してください。これで限界なんです」
確かに狭い。そう見受けれる。部屋自体の広さは、機器のせいで正確なところまではわからない。加えて天井も低めだ。とはいえ、大人5人くらいは余裕に入室できるスペースはある。
ミイニも一般女性より長身とはいえ、ここでの作業に障害を感じたことはない。
その部屋に対応できないのはボスだ。
身長は220cmを超え、200kgを超える体重も全て筋肉で占められている。
その腕、その脚は巨木を思わせる程に太い。
縦横にアンドロイドをも凌ぐ巨躯から、軍部内では巨人と呼ばれていた。
「あ、ボス、あんまりぶつからないでください。コンピュータはデリケートなのですから」
「俺もコンピュータとは仲良くなりたいと思っているんだがな」
ボスは不服そうにもそこで仕方なし足を止めると、手持ちの書類とディスクをミイニ放った。
慌ててそれを受け取る。
「これは?」
「提出を頼まれた資料だ。非常に面倒をかけるが、現行資料の数値0.2を0.5まで引き上げて再算出してもらえんか。明日の任務、お前は出動せずにこいつをやってていい。夕方までには終わるだろう?」
ミイニは手早く資料とディスクに目を通し始めた。
ボスのいった通り、確かに膨大な量の修正である。
常識的に考えれば、とても1人で作業できるような内容ではない。
しかし、ミイニのずば抜けた電子能力を持ってすれば、それほど大袈裟な時間は掛からないはずだ。
「ボス、これならば5、6時間でやれます。明日の朝には上げれると…」
「今やってる作業はどうなんだ?」
「本日中にはなんとか片付けます」
それを聞き、ボスは鼻で大きなため息をついた。
その仕草に、ミイニが首を傾げる。
「今の計算でお前の睡眠時間はどこにあった…?」
「え?」
「だれが徹夜しろといった?!」
「え、あ…」
ボスが嶮しく眼光を光らせる。
その迫力と凄みに思わず口詰まった。
もう一度鼻でため息。そしてボスは普段の表情へ戻った。
「どうしてお前は身体の心配もせずに仕事を優先するんだ…」
ミイニもなんとか言葉を紡ぐ。
「し、しかし、休暇でもないのに私だけ任務に出動しないわけにも…。参謀として、隊員に顔が立ちません」
ボスの言い分に負けまいと、胸を張って見詰め返す。
ボスは頭を掻いた。
「明日も地表のエネミー掃討になる。寝不足ではまともに動けんだろう」
「大丈夫です。慣れてます」
「馬鹿が…慣れるな。嫁入り前のその歳だ。仕事熱心なのは悪いとは言わんが、お前は息抜きを知らん。少しは肌なんかのことも気遣ってやったらどうなんだ?」
ミイニは目を丸くした。
「な、なんだ?」
「ボ、ボス…。サイ隊長のようなことを言われるんですね?」
磊落…それの言葉がピッタリのボスが、女性の肌の心配を口にするとは、想像にもできない。
それ程に珍しいことだった。
「馬鹿な…ヤツと一緒にするな」
影になっていてボスの表情は見えないが、少し怒っているのか。
しかしそれだけでもなさそうだ。
「ともかく、そいつを明日の夕方までに頼む。しかし、徹夜だけは絶対に許さんからな」
ボスはそういうと、やはり窮屈そうに入ってきた扉へと向かう。
「肌よりも、やっぱり仕事が大切です。私達がラグオルを開拓すれば、それだけ市民が早く地表に降りれる…。このパイオニア計画の進展も、ハンターズや私達軍属の活躍次第ではありませんか」
「市民のことを考えているのか? 結構だ。だが、その俺達が潰れてしまっては、お前のいう開拓は成功せんぞ?」
「私の心配はいりません」
「俺が心配している!」
強い口調でボスが言う。
またも次の言葉に詰まった。
ボスにとっては、ちょっとばかし強く言っただけなのかもしれない。
しかし、先程もそうだが、彼の迫力は獲物を狙う猛獣のそれを感じさせる。
よくて兎のミイニでは、その咆哮に身を震わせずにはいられない。
でも、それ以上に顔が熱いのは何故だろう。
「お休みであれば休暇の時にしっかりと頂きますので…」
なんとか言葉を絞り出せたのは、付き合いの長さからだろうか。
「当たり前だ」
そういうと、ボスは何を思い出したか小さく頭を傾けた。
「…お前、次の休みはいつだ?」
「え?」
ミイニは端末から自分のスケジュール帳を呼び出す。
「4日後になります」
「祭典の日か…。いい機会だ。祭典にでもいって、市民と一緒になって騒いでくるといい」
祭典…。仕事以外のことには無頓着であるが、そういわれてみれば、数日前から広報をよく見かける。
お祭り…いったいいくつの時ぶりだろう。
幼少時代に親に連れられて行ったことがあった気がするが、それ以降は記憶にない。
しかし、あの日の歓喜、喜悦は忘れもしない。
楽しくて、快かった。
ボスのいうように、祭典に行ってみようか。
そんな気分は、すぐに決心へとかわった。
(着ていく服はどうしよう)
普段は全くといっていいほどファッションや化粧に興味のないミイニだったが、ここにきて珍しくそんなことを考える。
それと、もうひとつ…祭りならば、重要なこと。
1人で行ってもいいだろうが、やはり誰かと一緒に騒ぎたいものだ。
あてを探す。
しかし、誘える人物の節がない。
人見知りが激しいわけでもなく、人付き合いがそれほど苦手なわけでもない。
だが、普段仕事に持ちきりの彼女には、こんな時に声を掛けれるような友人と呼べる人物がいない。
あるいは、唯一親しいとして上げられる人物がいるとすれば、36番隊サイ隊長や20番隊メリー副長辺りだろうか…
…野暮すぎる。
あの2人のことだ。祭典にも勿論一緒にいくだろう。
邪魔が出来るものか。
(2人で一緒…?)
何故かそこで思考が働いた。
誘えるような人物はいない。だが、一緒がいいと思う人物ならいる。
忙しいかもしれないが、でも夜なら時間は空いてるかもしれない。
思い切って誘ってみようか…
(誘いの声を掛けるくらいなら、大丈夫、よね…?)
たかだか一言。難しいことではないはずだが、次第に心拍の回数が多くなっていく。
ここまで人生を送ってきて、人を誘うなど、何度目の経験だろう。
緊張。掌に汗を握る。
「ボ、ボス…」
顔が熱い。今の自分はどのくらい赤面しているのか。
耳先まで真赤になっていることが、自分自身でもハッキリとわかる。
恥ずかしくて、穴があるならそこに入ってしまいたい。
しかし、あともう一言。肝心な一言。
懸命で必死に、勇気を振り絞り、そしてミイニは顔を上げた。
「あの、4日後の祭典……よろしかったら私と一緒にいってくれませんか?」
7
どうしてこんなにイラついてるんだろう。
何が気にいらなかったんだろう。
サイには騙された。
でも、それでも、彼と一緒にいられるだけで嬉しかった。
それなのに、どうしてこんなに気分が悪いんだろう。
自分でもよく解からない。
どうしてあんなことを言ってしまったのだろうか。どうして聞いてしまったのか。
そんなつもりはなかったのに…
自分が悔しい。
厭世観か。ともかく気分が悪かった。
1人泣き出してしまいそうな、きっとそんな顔をしているんだろう。
「サイ、遅いな」
彼と別れて、まだあまり時間は経っていない。
それでも永く感じるのは、色々な思考が頭の中を駆け巡っているからだろうか。
しかし、彼の姿を見たら、また少しは落ち着くかもしれない。
この嫌な気持ちは自分の心の持ちようだ。
サイのせいじゃないはずなんだから。
再び先頭に立つ博士の足取りは、やっぱり軽やかだ。
1人置いてきたサイのことなど、何も心配していないように。
確かに、一騎当千のバルバス隊長と違わぬ実力の持ち主…のはずだ。
ここらのエネミーが何匹出てきたところで、彼の相手ではないだろう。
加えて、博士の戦力も相当なものだ。
効率を考えたとしても、あそこでサイが1人残ろうともそうでなくても、あまり状況に変化はなかったかもしれない。
だとしても、少しくらい足を止めて彼を待ってもいいように思う。
同じ任務を遂行する仲間なんだから。
それとも、サイのことを信頼してが故の行動なのか。
なればいったい、どれくらいの仲なんだろう。
意識が逆戻りする。
気分が悪い理由。それはきっと、こんなことを考えてしまうから。
サイと博士がどんな関係でも、自分には関係ないことではないか。
それに、サイだって博士に対して露骨に嫌そうな顔してたし。
でも、自分にだってああいう顔はする…
堂々と巡りに巡る思考には終わりがない。
これではダメだ、と首を横に振り、意識を現状へ戻そうとする。
(任務中なんだから、集中しなきゃよね!)
空の気合をいれ、博士の後を続く。
これ以上何も考えないように。
そしてメリーは、一度背後を振り返った。
彼の姿は見えない。
大丈夫、すぐに追いつく。
自分にそう言い聞かせ、メリーは何枚目かのゲートを潜る。
その先に構えていたトランスポーター。
博士達の姿がその中に消える。
最後になったメリーは、もう一度だけ振り返った。
「早く追いついてよね…」
一縷の言葉を残し、メリーもやがてはトランスポーターに消える。
残滓となって残る彼女の韻は淋しげに。
8
「おぉい! 目的地はこの階層だろうが! なんで下に行っちゃうわけだ?!」
端末から博士達の反応が消失した場所に到着し、サイはその場で怒号と嘆息の混じった声をあげた。
もはや方向音痴等という次元ではない。
あの人には目的地すら把握できないのか…
「って、目的地の座標割り出してるのは博士自身じゃねぇのかよ!」
自分の思考に大声で突っ込みをいれる。
愚かしいことだと解かっていながら、叫ばずにはいられないところが悲しい。
「クソったれ! めんどくせぇ!」
ひどく落胆しながらも、また当たり所のない怒りを投げながらも、仕方なしサイ最善の策を思案する。
どうすれば最短でこの廻廊を抜けれるか…。
このまま追いかけるよりも、もっと早く効率よく事を済ませる方法があるのではなかろうか…
(落ち着け俺…。このままじゃまた帰還は明日になっちまうぞ)
それだけは嫌だ。溜まってる仕事はある。前ほど忙しくはないにしても、それでもとりあえず嫌だ。
如何にして迅速に、且正確に博士を目的地に導くか…。全てはそれだけだ。
「なんだよ、めんどうにはかわらねぇが、意外に単純な方法があるじゃねぇか!」
良い案が思いついたのか、サイは微かに笑みを浮かべると、一目散に駆け出した。
「ジーニアスだな、俺ってやつは!」
呟いた言葉はどこか自信ありげだった。
9
フォトンが光り輝いたかと思うと、身体が浮遊感に包まれる。
そして間もなく、メリーの足は別の地へと立っていた。
天然洞窟という場所にありながら、人工的に作られた装置などが幾つも見当たる。
パイオニア1の者達が、惑星開発のため手を加えたのだろう。と一般世間では言われ博士場所である。
人工洞地帯。
トランスポーターを降りてから真先に反応したのは嗅覚だった。
死臭…
眼前には、エネミーの死骸群。
その中央には博士等の姿がある。
物理的外傷が少ない死体の山々から、テクニックで葬ったであろうことがよく解かる。
「嘘…一瞬で片付けちゃったの…?」
メリーが少しばかり遅れたといえども、1・2分の次元ではなかろうか。
確かに、サイのような直接攻撃よりも広範囲高威力に及ぶテクニックは、複数の敵を相手にするには優れている。
更にも、隊長の名を持つ博士のテクニックの威力は、先程証明されたばかりである。
しかし、それでもこの手際の良さ。脱帽ものだ。
認識を撤回。自分よりも優れたテクニックの使い手かもしれない。
(敵うところがないじゃない…)
と、ここでまたもや湧き出しそうになる思考を自重する。
「アトレイト中尉、参りましょう」
博士がふっくらと笑顔を向け、歩き出した。
「は、はい」
慌てて後を追いかける。
その表情がどこか引き攣っているのにも気付かず。
「サイ隊長、遅いですわよねぇ…」
博士は不意にメリーへと話かけた。
予想にもしていなかったためか、焦る。
「あ、そ…そうですね」
ぎこちない返事だ。変に思われただろうか?
少しばかり恥ずかしい思い。
しかしそんなメリーの思いを全く介さず、博士は感慨なく続ける。
「サイ隊長とアトレイト中尉は随分と仲がよろしいそうですね?」
「え?」
「私もいくら離隔されたラボの人間とはいえ、サイ隊長とアトレイト中尉の噂は耳にしますわ」
「う、噂ですか?」
どんな噂がたっているのだろう。
心臓が高鳴る。ちょっとした期待。唾を呑む。
博士はやはり笑顔で話し出した。
「サイ隊長が彼のバルバス中佐と乱闘騒ぎを起こした時は、決まってアトレイト中尉が鎮静に向かわれるそうですね。素敵ですわ」
「あ、あぁ、うちの隊長と…」
がっくしと肩を落とした。
今や軍部名物となった彼等の喧嘩を、改まった噂話として上げられるとは思ってもなかった。
情報が古い。いや、ラボとはそれ程に離隔された場所なのか。
だと考えるとちょっと可哀想かな、などと思ったりもする。
と、それ以前に、素晴らしいっていうのはどこら辺のことを言ったのだろう。
博士と話していると、疑問はまだまだ出てきそうだ。
「羨ましいですわ。アトレイト中尉とサイ隊長は、いったいどれ程のご関係なのでしょう?」
今度はさらりととんでもないことを質問してくる。
「う、羨ましいって…! どれ程の関係でもありませんよ! ただサイ…少佐はうちのバルバス隊長とよく喧嘩してるってだけで…!」
とりあえずは否定する。肯定できないのは確かではあるが。
「あらあら、それは大変失礼致しました。」
「あ、いえ…」
博士は申し訳なさそうに非礼する。
しかし、今の博士の発言。やはり、自分の考えは間違ってはないのではなかろうか。
メリーは他の目も憚らず、思い切って博士に質問を返した。
「博士もサイ少佐とは親しい関係にあるように見えましたが、どういう間柄なんですか?」
質問のあとで後悔。思い切りすぎたか。
「サイ隊長には色々とお世話になっておりますわ」
博士はそれだけいって笑った。
誤魔化されたのか、それとも素なのか、未だにこの人は理解できない。
ただ色々ということは、今回の任務が二度、三度というわけではなさそうだ。
やはりメリーにとっては気に掛かる人物としての認識は解けなかった。
「でも…」
「はい?」
博士が後から付け加える。
「頼りになる素敵な方です。いつも一緒にいて頂ければ思っています」
メリーに電撃が走った。
今の発言はどういう意味だろう。
考えすぎであれば、誤解であればありがたいが、そう考えれるほどにメリーには余裕がなかった。
「そう…ですか…」
それが一杯の返事。
メリーは出切るだけ自然に最後尾へと戻ると、誰からも表情を見られないように俯いた。
未だ戻らぬサイのことを考える。
思えば、彼はどう思っているんだろう。自分のこと、そして博士のこと。
普段は軽く軟派だが、人受けはいい彼。ルックス面でも、聞く人9割は認める好青年だ。
しかし実際、彼が女性と2人で歩いているようなところは見たことがない。
加えて、部内の評判でも気さくな人物だとは認識されているようだが、彼のことが気になる等と言う女性の声も聞いたことがない。
それ故か、どこか安心している節があった。
しかし今回博士の出現によって、メリーの抱いていた安心は吹き飛ばされた。
強力なライバルの出現。
前向きな自分がこうも落ち込むのは、自分に敵うところがないことを認めてしまっているからだ。
才色兼備の博士に勝っているところなど何もない。
おまけに普段は彼を困らせたり、嫌々ながら付き合わせたりと、ちっとも配慮もなにもなかった。
それも自己の満足のため。自分が一緒にいたいから、それだけだった。
どう思われているのか…。決していい思いはしていないだろう。容易に予想できる。
今更の叙情も遅いだろう。
謝ったところで、彼は許してくれるだろうか…
これまでにない、罪悪と不安。震える身体と。
深に落ち込む。
願わくば、彼の帰りを。
メリーは背中を振り返る。やはり彼の現れる様子はない。
「サイ、早く戻ってきてよね」
しかし、遅い。
幾ら自分の意識が混迷しているからといって、それでも暫く時間がたつ。
エネミーとの交戦が長引いているのか。
先の戦いから見るに、ここらのエネミーが束になったとしても、相手にならないだろう。
じゃあいったい、何をやっているんだろう。
今はどうしても顔が見たいのに…
自然と振り返る回数は増えていた。
その度に期待は裏切られ…
そしてサイと合流することなく、メリー達は、新たなトランスポーターへと乗り込んだ。
続きへ 草書 前へ