Fantastic&Fairytale
10
再び浮遊感を味わい、そして大地に足をつき。
またも真先に反応したのは嗅覚だった。
しかし、今度は死臭などではない。
鼻に突く不快な臭い。
そして、聴覚が聞き取った音は、水流のせせらぎ。
最後に視覚化されたその世界は、暗く、大口を開けた空洞世界だった。
足場が不安定に揺れる。
水流は彼女等を飲み込まんと、うねりながら襲い掛かる。
それを隔てる助けの船は、彼女等の足場。筏の様な大きな浮き板だ。
「あらあら…」
メリーの耳に、博士の困ったような声が届いた。
ここはどこだろう?
メリーも状況の理解に必死と思考を巡らせる。
見る限りは、洞窟深部から繋がっているという地下水道。
ここに目当てのセレスタイト石があるのだろうか?
ようやく冷静さを取り戻す。
「博士、順路はこちらで間違いないんでしょうか?」
不審に思ったメリーが博士に問いかける。
博士は相変わらず笑顔のまま、メリーへと振り返った。
そして、予想通りの聞きたくはない言葉を発した。
「申し訳ありません。迷ってしまったみたいです…」
「あ、やっぱりですか…」
『グウォォォォォォォォォォ………!!!』
メリーの落胆を表す小さな呟き。
しかしその声は、何者かの大きな呻き声で遮られた。
咄嗟に全員が、異系の声のした方を向く。
(もしかして……)
メリーの背筋に冷たい汗が流れた。
この場所、あの声…
メリーの予想を確信へと導くように、水流はやがて奔流へとかわる。
「どなたか、お腹の虫が鳴っていますわね」
博士のすっ呆けた声。
冗談か、本気か、誰にも解からないが。
「お腹の虫じゃありません! あれは……」
真面目に突っ込んでみる。
しかし、的確なツッコミを入れたことに悦を感じる状況ではない。
水面上に顔を上げた異系の声の主は、メリーの予想を裏切った。
見るからに凶悪な一本角が突き出た頭部。
過去に出会った『デ・ロル・レ』だと思っていた。
「ダル・ラ・リーですわ」
博士が叫ぶ。
最近になって報告に上がってきた『デ・ロル・レ』に酷似した生物。
しかしその凶暴具合はそれを上回る新種だ。
異形は彼女達にどこか扇情的な笑みを向けているようにも見えた。
悲鳴を上げる、助手や兵士達。
メリーはひと呼吸ついて、背中の得物へと手を掛けた。
今となって思い出されるサイの言葉。
『端末から目ぇ離さないことだ…』
そして、サイは先頭に、自分を最後尾につけた訳。
今この場この状況…
冷静に、これらの言動と状況から導き出される結論はーー
「博士って、もしかして人並み外れた方向音痴?!」
「あら、お恥ずかしい…」
頬を高潮させて、もじもじと身体をくねらせてみせる。
妙に色っぽいの仕草ではあるが、今は気にしてる場合でもない。
「では、ここまでの順路はどうして? 適当とかですか?」
「ええ、勿論です」
ここでメリーに別の感情が生まれた。
(恋敵ではあるが…以前に、私も博士は苦手なタイプかもしれない)
メリーは心中で囁く。
そんな思考も意識も断ち切る如く。
異形『ダル・ラ・リー』は、遠慮なくその鋭い4本の触手を船へと叩きつけた。
11
触手のうち1本は、隊員の1人を真っ直ぐに襲った。
咄嗟に腕のシールドを展開させ防御体制にはいる。
しかし強烈な触手の衝撃に、あっさり吹き飛ばされ、船外へと弾き出された。
そのまま水流へ消える。
「ローバー君…!」
博士の声は小さな悲鳴となり、隊員の名を叫ぶ。
そんな時間さえ与えないとばかしに、異形の触手は続けて動いた。
次の狙いはメリーだ。
襲い来る触手をメリーは横転してかわすと、無駄のない動きで腰から弓を展開させ、矢を射据えた。
「色染めて、ワイパ!」
掛け声に呼応して、メリーの太陽型マグ『ワイパ』が輝きはじめる。
「ギゾンデ…!」
続けて呪文を唱える。
左腕に装備した彼女の細腕とは不釣合いの籠手に黄色い稲妻が迸り、たちまち黄色は無色半透明のフォトンの矢を同じ色に染め上げた。
テクニックをフォトン属性に変換し、フォトンに付加させる。
それがメリーのマグ『ワイパ』の能力だ。
躊躇いなく弓を弾く。
矢は一線を描き異形の頭部へと飛翔。そのまま突き刺さった。
刹那、矢から電撃が解放される。
高圧高温が異形に絡みつき、道内に気味の悪い悲鳴が響き渡る。
それでも異形を沈黙させるにはとても至らない。
今の反撃に逆上したのか、異形は更なる加速をつけた触手を全てメリーへ向けて放った。
逞しく鍛えられた30番隊の精鋭でさえ容易く吹き飛ばされる威力だ。それが4本、単純に4倍の威力。
シールドを展開させたところで、その衝撃はどれ程のものになるか想像に易い。
小柄で細腕のメリーでは、腕ごと持っていかれそうだ。
そこまで思考して、無難に回避を選択。
後方にステップを踏む。
それと同時に集中。勢いよく掌を前に突き出す。
「デバンド!」
呪文に応じて、腕から生まれた魔法陣が青い光を放ち消散。
青はメリーを、そして博士達その場全員の身体を覆った。
フォトンによる障壁と身体的強化を施す防御テクニックだ。
テクニックは基本的に術者の能力に比例して効果効力が高くなる。
こう見えてメリーは軍部内でも優秀なテクニックの使い手。この防御テクニックの防御力もかなりのものだろう。
これで少しは安全だ。
過信でも矜持でもなく、確かにそれだけの防御力があるはずだった。
だが触手は、それをも打ち砕く。
メリーへ放たれたはずの触手は、急激に軌道をかえ無防備の博士を襲う。
「え? 博士!」
メリーの声に反応したのか、隊員1人が触手と博士の間に割って入った。
シールドを構える。しかし今度はメリーのテクニックの恩恵がある。
完全にとは言えずとも、かなりの威力を殺げるはずだ。それが『チーズ』こと『デ・ロル・レ』の触手であったならば。
触手は隊員の身体をそのまま道内内壁まで運んだ。
鈍い音。加えて何かが砕ける音。そして声にならない絶叫。
そして隊員は壁にめり込んだまま間もなく意識を失った。
有り得ないはずの状況を前に、メリー達の動きが止まる。
「…とんでもない化け物だ」
助手の1人が呟いた。どこか嬉しそうに感じたのは気のせいだろうか。
メリーは余計な思考を吹き飛ばすように頭を横に振ると、次の動作に移る。
ここでの静止は死に繋がる。ともかくあの触手は危険すぎる。
一刻も早く倒さなければ、全員異形のエサだ。
「困りましたわねぇ」
博士がちっとも困ってなさそうな声を出す。
それでも両手は身体の前へ突き出されていた。
何時でもテクニックを唱えられる体制にあるようだ。
メリーはそちらを一瞬見やり、そして弓を構えた。
狙うは頭部への一撃必殺。
矢に込めるは、最強最大のテクニック。
「グランツ……!」
聖なる光が奔流するように籠手に集中し、そして矢をそのまま染め上げた。
しかしそこでは終わらない。
「グランツ…!!!」
再び同じ呪文。
白色はより輝きを得て、矢を包み込んだ。
更に博士も詠唱を開始。
放つは同じく聖なる光の矢。
「これで…!!」
メリーと博士が同時に光を放つ。
3発分のグランツが、異形の頭部に集中し…炸裂した。
視界を無にする白。音はなく。
光だけの空間が作り出される。
「やったかな?」
先の見えぬ空間で、異形のあった場所に眼を凝らす。
やがて徐々に回復していく視界と視覚。
その先で白を否定する色は紫。
収縮していく紫、それがフォトンであると理解するには時間は要さなかった。
メリーの背筋が凍りつく。
「まだです! レーザーブレスがきます!!」
やがて光は去り、異形の姿が明白に現れる。
頭部を覆っていた奇怪な外甲は剥がれ落ち、凶悪な角も折れたのか、そこには見当たらない。中から見えるのは、更に奇怪なその表情。大きなひとつ目が彼女等を見詰めている。
大口に控える死を呼ぶ光。
異形の口内に収縮されるフォトンは、メリーが過去に見た『デ・ロル・レ』のそれよりも数倍濃い色だ。あの時はデバンドのテクニックで防げたが、今回のあの触手を見た後ではとても自信がない。
回避しか方法はない。
しかし触手ならばまだしも、広くもない筏の上で無差別に発射されるフォトンの光線を全員が無事に回避できようか。
博士、隊員ならまだしも、明らかに戦闘員ではない助手達が反応することができるのか?
どうするか…
博士と共に防御テクニックを重複させるか。
それとも口内にグランツを宿した矢を射るか。
その時だ。
「おいおい、いったい何匹いるんだよ、チーズってのは…」
ぐるぐると落ち着かない思考の中へ割って入ってきた新しい声。
窮地の中、強く、鮮明に。
その声は道内に響き渡る。
「…サイ?」
メリーが異形の頭部の上へと視線を送る。
赤と鈍色がある。両目に宿る深い青色。浮遊する侍甲冑。
何処からどうやって現れたのかは解からない。
しかし異形の頭上で確かに佇む人影は、間違えようもなく、待ち望んだサイであった。
「アウリス博士、セレブライトは見つかりそうですかね?」
「セレスタイトです、サイ隊長。申し訳ありませんことに、また迷ってしまいました」
状況が状況でありながら、2人は余裕綽々だ。
「そんなこと言ってる場合じゃない! ブレスがくる!」
サイが頭の上にいるのにも動じずに、その間に溜積させたフォトンを吐き出そうと更に大きく口を開いた。
「慌てんなよエネミーちゃん。俺ゃ今日はすこぶる機嫌が良いんだ。ジーニアスな俺を讃えてくれよな!」
サイが訳のわからない言葉を放つ。
表情はどこか満足気。しかしその表情も一瞬で鈍色が切り裂く。
「幻閃術・爆式 八――焔虎、鎚!」
サイの正銘の武器、刀が一閃に煌いた。
彩りは彼と同じ赤。
事は瞬間だった。
サイと、そして異形の頭部を中心にあり得ない大爆発が巻き起こる。
それはテクニックとも違う、正しく爆炎と言う名の悪魔。
あらゆる物を破壊、破裂、焼失させ、空間すらも脅かし嘲笑うかのように揺らめく熱の衝撃。
小型ミサイル並の威力はあろう爆発は、容易く異形の頭部を跡形もなく消し飛ばしていた。
戦いは一瞬で結した。
何が起こったのか。
唖然と棒立ちになる全員の前に、先の満足気な笑みを浮かべたサイが降り立つ。
「中尉、パイプ開いてもらえるかい? 負傷者をセンターに運ぼう」
サイがさらりとメリーに指示を出す。
「博士、任務の方もさっさと片付けちゃいましょう」
刀を鞘に戻し、のんびりと余裕いっぱいに博士に告げる。
「あ、は、はい。しかし、不慮の事態が起こりましたし、ここは一度帰還して体勢を整えましょう」
ここまでくると、さすがの博士でも冷静な判断を下すようだ。
しかしサイは指を横に振って否定した。
「大丈夫、全て整えてます。俺が先に目的地に行って、パイプの座標をセットしておきましたから」
サイはこれでもかと言うくらいに胸を張って答えた。
博士の表情も、いつもの笑顔に戻る。
「さ、さすがですわ、サイ隊長! その手際の良さ。本当に素晴らしいの一言に尽きません!」
「博士のためならなんのその!」
本当は自分の為ではあったが。
そこは厭味混じりにも、賞賛を得たサイは満悦にも笑う。
言われた通りパイプを開き終えたメリーは、そんな2人のやり取りを、数歩離れて見ていた。
「そっか…」
小さく呟くメリーの声は、誰にも聞こえない。
やがて、パイプへ歩む一行。救急班を呼ぶためにいち早く隊員が消え、続いて助手達が消え、博士も続いて乗り込んだ。
残るサイとメリー。
サイも表情豊かなまま、メリーの脇を抜けパイプへと歩いていく。
メリーは彼と何も言葉を交わすことなく、それどころか顔さえも見ることができなかった。
「どうした? 元気ねぇな。疲れたか…?」
と、サイが背中から声を掛けた。
「うん、さすがにね」
振り返らないままメリーが答える。
疲れたとはいっても、いつもらしからぬ態度に、サイは小さな息をついてメリーへと歩み寄った。
「今回は色々と悪かったな。騙しちゃったし、やっぱりお前でも博士の相手は疲れるか…」
「別にサイは悪いことなんてないよ。私こそ場違いみたいだったし、それを教えてくれたんじゃないの…?」
「何いってやがる?」
「だって…!」
メリーは涙をぐっと堪え、サイの方へと振り返った。
そこに、サイが何かを弾く。
綺麗な弧を描き、それはメリーの掌へと向かって落ちる。
メリーはすんなりと受け取ると、その物を見詰めた。
「これって…?」
「セレスタイト…天青石とはいい名だな」
「セレスタイトでしょ?」
「間違ってねぇだろ?」
メリーの手の中でそれは宝石の如く青く、輝く。
「お礼さ。ま、物で機嫌を取るつもりはねぇが、受け取ってくれ。プレゼントだ」
「……こんな物で…」
「やっぱ、気にいらねぇか。そんなんじゃ…」
「…ううん、ありがと…」
サイは肩を竦め、そしてパイプの中へと消えた。
メリーはそれ以上言葉を発せなかった。
それ程に、青い石は美しい。
サイの瞳と同じように…
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