Fantastic&Fairytale
12
祭典当日。
街衢はこれまでにない賑わいを見せる。
立ち並ぶ出店に足を止め、流れる音楽に耳を傾け、曲に合わせて身体を揺すり。
雑踏に溢れる歓声と笑い声。
全て人々が、この一時を待ち望んでいたかのように。
船内は、喜びの一色に染まる。
そんな中、独り陰を引き摺って歩く女性がいた。
足取りは鈍く、その顔もずっと下を向いたまま。
歓喜に逆らいながら…
「せっかくなんだから、楽しまなきゃ損よね…」
暗いイメージを断ち切るように、自分に言い聞かせる。
それでも、言葉にそれ程の効力はない。
覆い被さる負の情は、辛辣に、彼女の気分を晴らすことはない。
女性は手の中に握る小さな青い石を見詰める。
輝き放つその石は、変わらぬ光で少女の頬をそっと照らす。
穂のかに優しく。
彼の瞳の色…美しく、大好きな。
博士と言葉を交わす時の彼の表情、楽しそうに見えた。
苦手と言っていたものの、そのような仕草は感じられなかった。
苦手…それは博士の方向音痴のことだけを示していたのではないだろうか。
確かに、彼は面倒臭がり屋だから。
でも、確証されたことではない。それでも絶対に自信がなかった。
勝っているところはないのだから。
少しでも弱気を見せれば、不安は忽ち感情を呑み込む。
蝕まれた感情から、正に思考を傾けるには容易ではなく。
立ち直るには、どれ程の時間が掛かるだろう…
「一緒に、きたかったな…」
今、彼は何をやっているんだろう。
火薬花火打ち上げに差し当たっての立会いだろうか。
尚も俯く彼女の背中に、大きな歓声が湧き上がった。
そして破裂音。
大砲の砲撃音等に聞こえないこともない。
だが、それはもっと美しく、煌びやかなもの。
歓声に押され、ようやく重たい首を上げた。
そして空を見上げ……彼女の口からも思わず感嘆の声が漏れる。
「綺麗…」
夜空を彩り豊かに飾る光の華。
神秘的でいて、それで鮮やかに。
病んだ心の闇をも吹き飛ばす魔力を、それは持っていた。
打ち上がるフォトンの花火たちに、目を奪われる。
いや、目だけではない。その心さえも。
視界いっぱいに拡がる色彩に、勝るものはない。
ただ、見詰めることしかできない。
花火とは、それ程に美しい。
微笑んでいるのが自分でも解かった。
そうだ、終わったこと。
今はこの花火に酔いしれよう。
ふっと一度目を閉じて、そして再び空へと視線を向ける。
だが…
光景の中、彼女が捉えたもの。
それは花火以上に鮮やかに、瞳の奥へと焼き付いた。
あり得ない。あり得ないはずだ。
しかし、それは自分勝手に決め付けてしまっていたことなのだろうか。
夢や幻の類でないのであれば…
「うそ…?」
打ち上がりはじめたフォトンの花火を見るや、マハジャは路地のビル壁にそっと背を預けた。
顔には疲れの色が見える。
軍治安部として、巡回警備に就く彼女。
今朝から何時間立ちっ放し歩きっ放しの状態だろうか。
計算してしまえば、更なる疲れが襲ってきそうだ。
考えるのをやめ、マハジャもまた、人々と同じように空を仰ぐ。
「随分と疲労の様子だな」
横からの声。
マハジャはゆっくりと視線をそちらへ向ける。
「12時間程このような状態じゃ。修練の不足かの」
今計算は止そうと考えていたとろであったが。
疲れた笑みを相手に返す。
「ここ一週間は毎日そのような状態だろう? 身体にも限界はある」
「そうは言え、任務じゃからの」
「勤勉なことだな」
「そうかの。祭典だと言うに、連日から騒ぎを起こすハンターズもおるようじゃがな。…して…主は今宵も赴くまま、と言うやつか?」
マハジャの質問に沈黙が答える。
変わらぬ笑みのまま、マハジャは再び空へと視線を戻した。
「バルバス…主はどう感ずる?」
「何がだ?」
「風流なことじゃよ…」
「花火か…」
バルバスも同じくして、空を見上げる。
輝くフォトンの花は、彼の無機質な身体に反射する。
「美しいとは、このことか…」
「花火を見てそう思うか?」
「いや…」
一拍。
「船に留まる澱んだ空気は清浄されたか…。人々の心中に渦巻く、不信も懐疑も確執も、全ては空を彩るこの花々が清めてくれたのだろうか」
「フフッ…」
マハジャが声を出して小さく笑った。
バルバスが不思議そうに彼女を見詰める。
「何か、可笑しかっただろうか?」
「そうじゃな。アンドロイドらしからぬ、と申すかの」
「ぬ…」
そのまま暫く花火を見入る2人。
そしてマハジャが口を開いた。
「決心したよ。9番隊への話、辞退とする」
「どうしてだ?」
「情けなき話じゃがの…我はもう離れられそうにない。この人々の笑顔からの…」
どこか恥ずかしそうに、マハジャは言った。
バルバスは瞳を閉じて…
そして彼なりの意見を、答えを、彼女に告げる。
「同感だ。俺もこの一時を、崩したくはない。花火以上に美しく彩る人々の笑顔を……お前は内から、そして俺は外から、互いに誓って護り抜かんことを…」
バルバスはそう言って、己の拳をマハジャへと突き出した。
「やはり変わったの…主も…」
マハジャは同じく、自分の拳をバルバスのものと合わせた。
彼等の誓いを讃えるかのように、歓声は一層大きくなり。
そして、より大きく鮮やかで、美しい花火が打ち上がる。
爆発音を聞き、ミイニは椅子から飛び上がった。
「どこから?! テロ?!」
テレビモニタの電源を入れ、急いで通信回線をオンにする。
通信に間もなくしてオペレータが出た。
『こちら管制ルーム』
「こちらミイニ=レーク中尉です…」
そこまで言って、テレビモニタに目を向ける。
映し出されている映像は、船内に花広げる光のオブジェ。
それを見て、自分がどれだけ馬鹿げた行動を取ったのかに気付く。
『はい、中尉。どうなされましたか?』
「あ、いえ…。なんでもありませんでした…すみません…」
恥ずかしながら回線を切った。
落ち着かせるために、何度か深呼吸をする。
「今日は祭典の日…か…」
外では祭典が行われているにも関わらず、何時ものようにミイニは自室にて端末のキーを叩いていた。
テレビモニタ越し、花火を見る。
闇空に燦々と咲く花火は、優艶に彼女の意識を包み込んでくる。
ミイニは作業していた端末の電源を落とすと、暫くテレビモニタだけを見詰めることにした。
本来であれば、今日の休暇を利用して、自分も祭典に行く予定ではあったのだが…
4日前、彼女は勇気を振り絞り、ボスを誘ってみることにした。
しかして、やっとのことで絞り出した言葉だったのだが、ボスの姿は既に目の前から消えていたのだった。
悲しくも情けなくも、結局は今日も1人。祭典に足を運ぶこともなく、休暇を使い所用にキーを叩く1日を過ごしている。
やっぱり自分にはこれが合っている。
そんなことを考えながら、それでも花火を見詰める瞳はどこか儚げに。
「せっかくだし、展望室にでも行ってみようか…」
ふとそう思い立ち、ミイニは勢い良く立ち上がる。
そこに、けたたましいアラート音。通信機が彼女を呼んだ。
発信主を確認し、通信を開く。
「はい、ミイニです」
『こんばんは、ミイニ。リッシュよ。今は何処に?』
通信の主は同席6番隊副隊長リッシュからだ。
矢次に、それも慌てた様子でミイニに訊ねる。
「今は自室ですが? 出動でしょうか?」
『何言ってるの。ボスが上で待ってるわ。早く行きなさい』
「はい?」
『展望室よ。ミイニから誘ったんだろう?』
ミイニの頭に疑問符が浮かぶ。
「どういう意味でしょうか?」
『はぁ…何寝呆けてる? 急ぎなさい。いいね』
そういうとリッシュは通信を切った。
茫然に佇むミイニは、リッシュの言葉の意味を整理する。
「ボスが展望室で待ってる? 私から誘った…?」
思い出されるのは4日前の、あの行為。
しかしボスには伝わっていなかったはず。
いや、もしかしてちゃんと聞いてくれていたのだろうか…?
そこまで考えて、ミイニは頭を振った。
「急がないと…!」
事の流れは、今はとりあえずどうでもいい。
ボスが待っていてくれるんだったら…急ごう。
転送式のクローゼットから、数少ない服を全部引っ張り出し、鏡の前で色々と身体に照らし合わせはじめた。
「どうしよう…急がないといけないのに! こんなことなら服買っておくべきだった…!」
困った悲鳴を上げるミイニ。
それでもその表情は、とても嬉しそうだった。
パタパタと動き出したミイニの後で、映像の先の夜空は、華やかに着飾っていた。
「よっ! こんばんは、中尉」
サイはいつもながらの軽い挨拶にウィンクをつけ加えて答えた。
どうして目の前にサイがいるのか、メリーには解からない。
「どうしちゃったの? そんな驚いて」
「だって…立会いとか必要なんじゃなかったの? 博士と一緒だと…」
そう思っていた。
不思議な眼差しを向ける。
しかしサイは、大袈裟に両手を上げて見せた。
「勘弁してくれ。博士は苦手っつったろ? 祭典の時くらい楽しまないと、勿体ないじゃないの」
「じゃあ…」
「抜け出してきた」
「ちょっと!」
常識的一般的に考えれば、任務の放棄とも取れる行為である。
メリーが非難の声を上げる。
「固いこと言いっこなしだ」
しかしそういってサイは、嫌らしい笑みを浮かべて見せる。
メリーはため息を吐いた。
隊長ともあろう者が、何を考えているのか…
しかし、それ以上にメリーの心を満たす安堵。
サイと博士の関係はよく解からない。
でも今回は、博士の元から離れて、この人込みの中を探しに来てくれたのだろうか…
いや、それすらもどうでもいいこと。
今は目の前にサイがいる。
それだけで、満たされた想い。
「あの時から元気ないな…?」
と、そこに突然サイが覗き込んできた。
ハッと顔を隠す。
「…お前…泣いてんのか?」
「なんで私が泣かなきゃいけないのよ!?」
サイがふっと微笑む。
「なんだぁ、寂しかったのか? もしかしてあの時の俺の勇姿に惚れちゃったとか?」
メリーは目元を拭い、サイへと笑顔で振り返る。
「うん、カッコよかったよ」
逆に怪訝な顔をするサイ。
「何よその表情は?!」
「いや、お前に褒められるなんて、気味が悪ぃ…」
「失礼ね! そんなことないわよ!」
今日はねと付け加え、メリーはサイの腕に思い切りよく飛びついた。
メリーの笑顔に負けたのか、渋々とした表情でサイはそれを受け止める。
「ねぇサイ。この人込みの中、私を探してくれたの?」
上目遣いに先程思った疑問を口に出す。
「さぁてね…。でも、ま、より楽しいものにしたいじゃあないの」
「それって…?」
そういった時、メリーの掌から青い石が零れて落ちた。
サイがそれをゆっくりと拾い上げる。
「セレスタイト…この青い石が、空を何色に染めるか知ってるか?」
サイは石を空へと放り投げた。メリーはそれを目で追う。
その石の奥で…
空が赤く染まった。
遅れて耳に届く爆発音。
「……レッドリング…?」
メリーは呆然と秀麗な花を見上げる。
それは今までのフォトンの花火ではなく、それ以上に美しい赤。
艶やかに。赤い赤いひとつの輪。英雄の輪。
繊細で、それでいて力強く。
優雅に耽美に、夜空にその存在をいっぱいに示す。
そして焼きつく赤は、やがて透き通るように闇へと消えた。
「今のが、火薬花火…?」
「天を映す青い石は、希望を宿す赤い花へと変わりましたとさ」
「す、すごい…」
輝きに瞳を、感動に心を奪われて。
そしてメリーは笑顔いっぱいに、サイの手を引き駆け出した。
「お、おい」
「ねぇサイ、こんな時はなんて言うか知ってる?」
打ち上がる彩り豊かな火薬花火の数々は、人々の歓声と感興と…そして感動を煽る。
淡いで切なく、華やいで脆く、そして強く、儚く。
夜空一面に咲き乱れる花々に、願いを託して…
「た〜まや〜〜〜〜〜〜!!!!」
第四話 完
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