Shade&Star(戒めの刀)
4
鳥たちが遠くへ飛び立って行くのが見える。
夕焼けの色。
「あんたか…」
「こんにちは、元気にしてる?」
「………」
「あら、冴えないのね」
「いったい、何だって言うんだ?」
「君の様子を見にきたの。いけなかった?」
「いや、あんたには感謝してる。これ以上ないくらい」
「正当防衛…審判を下したのは、別にあたしじゃないわ」
「あんたが取り繕ってくれた、信じてくれた。こんな薄汚い餓鬼共を…」
「それは訂正しておくわ」
「あん?」
「妹を守る姿、立派だったよ」
「人を殺して立派か。ふざけてんな」
「背徳かしら…?」
「後悔はねぇ」
「複雑ね…」
「君は不思議な瞳をしてるわね…」
「言われたこともねぇ」
「哀しくて、暖かくて、矛盾に澱んでる…」
「白く無くなっていく者達を見過ぎた。焼付いて離れないんだ」
「嘘…あたしにはわかるよ。枯れ果てた涙が…。これまで、何人もの人達に涙を流してきたのかが…」
「そんな、綺麗事じゃあねぇよ」
「いいえ、それだけの哀しみがある…。その若さで…いったいどれだけの苦を乗り越えてきたっていうの? どうやったら、そんな瞳になるの…?」
「環境だ。全てここの…。お偉いさんの作り上げた、栄光の中の陰さ」
「僻んでるのかしら、己の生い立ちに…」
「受け入れなきゃ、今頃とっくに死んでるよ。何もかも、この刀で薙ぎ払ってきた」
「それは?」
「死んだ知人の遺品だ。唯一の親友だと思ってたんだが、そうでもなかったらしい」
「…それでも、それに縋ってるのね」
「今は妹がいる。あいつが支えてくれる」
「嘘…」
「何?」
「その刀がなきゃ怖くて生きていけない。それがなきゃ何もできない」
「何が言いてぇんだ…?」
「やっぱり前言撤回するわ。妹の為なんて、詭弁ね」
「ここは弱肉強食の世界! 得物なくて生けていけると思うな!」
「片っ端から抜いては、命を奪ってきたんでしょ? それは命の上に立つなんて言わない。自己の満足を得るための傲慢じゃないの?」
「あんたは…俺に何を問い正したいんだ?」
「足掻らってみたらどうなの?」
「何で俺達に構う? 馴れ合うつもりはねぇよ!」
「そんなに住み心地がいいの? 満足してるの? 口ばかりじゃなく、自分から動き出してみたら?!」
「説教かよ! そこまでしてくれって頼んだ覚えはねぇよ!」
「黙って抜きなさい。その刀、へし折ってあげるわ」
「なっ!? …本気か…? 死ぬぜ?」
「それは自信? 自分が強いとでも思ってる? 刀がなければ、何もできないくせに。何ひとつ守り抜けないくせに」
「テメェ!――」
「やっぱり…君は弱い」
「…クソったれ!」
「ただ、臆病に震えてただけ。恐怖を振り払いたくて武器を振り回してただけ。そんなんじゃ、何も守れないわよ?」
「………」
「何かを守り抜こうとする強さっていうのは、腕力だけじゃないの。わかる?」
「…っと、なんだこりゃ?」
「我隊のエンブレムよ」
「…流れ星か?」
「そう。あたしの名前から取ったものよ。流星のエンブレム…」
「これが何だってんだ?」
「それを守り抜ける? 今の君に…」
「あ?」
「『死神』…。あたしが背負った死神の異名よ。私の部隊に入った者は、必ず命を落とす…」
「………」
「枷みたいなものよ。あたしはその星の数だけの命を背負う…」
「…馬鹿かよ。弔いか? それこそ自己満足じゃねぇのか?」
「そうかもね。星に願っても、何も返ってこないのに…」
「偉そうに吠えたわりに、随分と弱きなことを言う。星は裏切らない…そう言ってなかったか?」
「…軽蔑する? あたしも口だけだって」
「いや……こいつを守り抜ければ、俺は強くなれるのか?」
「君には無理だと思うけど」
「そうか…じゃあ受け取っておくよ」
「期待していいのかしら?」
「このエンブレムに誓う。俺は強くなる。あなた以上に…」
5
見事なまでに直線を描いた剣の軌道は、十分な速さと正確さ、そして圧倒的な質量をもって男の頭上へと振り下ろされた。
男は冷静にも半身を捻り、額の辺りで己の剣を水平に構える。
しかし、だれから見ても受け止められるような易しい一撃ではない。
互いの剣が激突。
だが不思議なことに、振り下ろしの剣戟は男の剣ごと叩き伏せることはなく、地面へと叩きつけられていた。
男は絶妙ともいえるタイミングで斜めに剣を引き、自分にかかる衝撃を受け流していた。
更にその勢いを利用して素早く身を回転させると、遠心力の乗った剣を相手の懐へと打ちつける。
完璧ともいえる高速のカウンター。巧みな動きだ。
しかし驚嘆すべくは、相手がそれに反応していたことである。
打ち下ろした状態から半歩間合いを詰めると、回転途中の男の肘を力任せに掴み、強引に回転を止める。
間を与えず、片手に持った剣で男の足元から切り上げた。それは虚しく空を切る。
寸前に関節を捻ることで掴まれた肘をはずした男は、後方へと跳んでいた。
5度目の攻防がここで終わる。
「今の回転を片腕で止めちまうのかよ。可愛くねぇやつだぜ…」
「カウンターを取ったつもりだったか? 小細工だ」
2人の視線が激しくぶつかり合う。
激闘を繰り広げる両雄を、その場に居合わせたものは呆然と見詰めていた。
基地内のトレーニングルーム。
肉体面や精神面を鍛える場として設けられた施設であり、ルームランナーやベンチプレスといった器具や、シューティング、座禅場、更にはヴァーチャルシュミレーターまで完備されている。
その各々が想いのまま己の鍛錬を積む場で、向かい合う2人。
ダークアッシュのストレートヘアを両分けにした青い瞳が印象的な若い青年と、黒紫色のボディカラーのアンドロイドによって、先刻より激しい死闘が繰り広げられていた。
それは訓練と呼べるような生易しいものではない。
両名が握る訓練用のセイバー。極限までフォトンの濃度を落とし威力を最小限まで治めたもので、触れれば軽い電気ショックに似た症状を与える武器である。
だが打ち合いをする2人は、その訓練用セイバーで、器具を叩き割り、見事なまでに切り裂くといった芸当を見せていた。
安全性を認められた筈の武器であったが、達人が使えばそれも殺傷能力を持った凶器他ならないようだ。
数度の打ち合いであったが、室内は半壊の状態にあった。
「まったくよ、久々トレーニングルームに来たらこれだ。勘弁願いたいもんだね、なぁバルバス中佐!」
「久々と聞いて少々不安だったが…安心しろ、サイ。鈍りは見当たらない」
「お前が言うなよ。だいたいなんだ? 一息ついてたところに、Ladyが持ってきてくれた差し入れが、まさかお前からのプレゼントの訓練用セイバーとは…。お前がナンパしたLadyを利用するようになったとは、笑えねぇにもほどがあるぜ!」
「笑止」
「テメェのせいだろうが!」
サイは駆ける。
一瞬にして剣の間合いまで接近すると、腰に構えた剣を突き出した。
その動きは尋常な速さではない。
周りで彼等を見守る兵士達の瞳からは、既にサイの姿が消えている。
だがその神速の攻撃すらもバルバスは余裕を持って回避した。
間髪入れず、伸びきっていない腕と腰を器用に捻り、2撃目を放つ。
疾風怒涛の連撃。今度ばかしは回避不可能だったか、剣で受け止めた。そのままサイの剣を跳ね上げる。
アンドロイドの腕力だからこそ可能な業…。傍から見ればそのように映るかもしれない。
しかしバルバスは、剣と剣のインパクトの瞬間に己の剣を引き、威力を相殺していた。
そうでもしない限り、受け止めることは可能であっても、跳ね上げるまでは不可能だ。
サイの一撃は、その速さだけでなく威力も伴っている。
攻撃を弾かれ一瞬無防備なったサイの懐に、バルバスは自分の肩を潜り込ませた。
肩が見事に鳩尾を打ち抜き、サイの身体は大きく後方へと飛ぶ。
呼吸が止まる。そのせいで姿勢を立て直すことができず、サイは飛ばされた先にあった器具で背中を強打する。
「…ぐっ、クソがっ!」
ダメージに顔を顰める。だがすぐさま状態を戻すと、反射的に真横へ身体を跳ねさせた。
次の瞬間、質量を持った一撃が今サイのいた場所へと叩き込まれていた。
セイバーが金属性の器具を鉄塊へと変えていく。
尚も逃がすまいと、側面のサイに追撃を掛ける。
だがサイはそれよりも速く、いつの間にか腰に構えていたセイバーを一閃させた。
並ならぬのは、その剣速と威力。
武器を持ったバルバスの右腕は弾かれ、そこに小さな亀裂が入る。
更に、ボディのがら空きになったバルバスに再び刃を煌かせた。
形勢逆転。トドメの横一文字。
しかしそれは、バルバスの身体を打つよりも前に空中で何かに接触し、威力と速度を落とされた。
それでも僅か、瞬きの時間にも満たない次元。
その時間を使い、手持ち替えたセイバーで、無理矢理剣戟を受け止める。
だが態勢が不完全な状態にあったため、バランスを崩し後方へと転倒した。
それがバルバスの意図したことであり、サイとの距離を取る結果となっていた。
6度目の打ち合い。ここにきてはじめて両者共にダメージを負う形となった。
互いに肩で一息つく。
「足癖悪いねぇ、バルバスちゃん。まさか壊した器具の破片を蹴り上げて俺の剣を止めるたぁ思わなかったぜ」
「お前こそ、静に欠いた時は動きが粗くなるようだ」
「違うね。俺はLadyがいねぇと、真の力を発揮できないのよ」
「笑止」
「…憎ったらしいやつだぜ」
次こそ決着をつけるべく、サイは居合いの態勢に、バルバスは担ぎ構えに、それぞれセイバーを構える。
「今日こそ決める!」
「望むところだ!」
2人が同時に動き、必殺となるべく一撃を放つ。
互いの剣と剣が打ち据えるその瞬間…
「隊長! 任務です」
トレーニングルームに慌てた女性の声が駆け込んできた。
その声に反応した2人の動きがピタリと止まる。
動き、剣速、共にやはり人の目を超えていた。それでいて声に反応できる2人は、どこまで達しているのか…
関心と感嘆と驚愕の混じった息が周りの兵士達から漏れる。
だが2人にとって、今の女性の声だけは聞き逃しは許されない、絶対に反応しなければならない声であった。
何故ならば…
「…って、隊長…。サイ少佐殿と何をされてるんですか……?」
「実戦訓練だ…」
バルバスの静かな返答に関心するように頷き、女性は2人の傍へと歩み寄った。
未だ剣と剣のぶつかり合う瞬間で止まっている2人に視線を送り、そして半壊したトレーニングルームを見渡した。
「なるほど…。でも実戦訓練も結構ですが、これはちょっとやり過ぎよね」
笑顔で注意を促す女性。
2人もそれに曖昧な肯定を返す。
しかし次の瞬間、女性はバルバスの機械の両眼にその細い指を立てていた。
「ゾンデ…」
バチッという音が鳴ったと思うと、その指先から電撃が迸りバルバスのカメラアイを焼き切る。
「む、ぐぬっ……」
手にあったセイバーを落とし、煙を吐き出す瞳の部分を抑えながらバルバスはその場に膝をつく。
そのバルバスを目の当たりにし、サイの顔から血の気が引いていく。
「いったい、何度言えば解かるの…?」
「そ、そうだよな、まったく…。オタクの隊長にはホトホト呆れるぜ…」
サイはワザとらしく頷きながらセイバーを戻し、何事もなかったかのようにその場から去ろうとする。
それを少女が腕を掴んで制止した。
「待って」
恐る恐る振り返り、そしてサイの顔は恐怖一色に染まった。
「ちょ、ちょっと、何だその手にした物騒な金属棒は?! Ladyには似合わないよ? ほら捨てて捨てて」
「そうよね。だったら、すぐに終わらせるから」
満面の笑顔でサイに答える。
その笑顔を見る余裕は、既にサイにはなかった。
腕を振り払うと、一目散に駆け出す。
「バータ」
だがその足を凍てつく冷気により束縛され、逃走が不可能となる。
テクニック…、船内ではその使用を制限されている科学的に解明された魔法である。
一般的にテクニックを修得している者はハンターズのフォースと呼ばれる者達が主とされているが、軍部においてもテクニックを主体にする者も多少なり存在するため、このトレーニングルームにおいては、低級のテクニックの使用までは許可が為されていた。
そして、身動きの取れなくなったサイに、女性は静かに近づいた。
「ちょっと待てよ! テクニックとは卑怯じゃねぇの?! 足冷たいし! つうか幾ら許可されてるつっても、人に対して使うのもどうかと…。それにこの場所で使っちゃ折角のトレーニング機器が壊れちゃうって?!」
必死に叫びながらバタバタともがく。
「これ以上壊れることがあるのかしら?」
「いや、だからな、それは不可抗力というかなんというか……ま、待て! 落ち着けメリー!メリ……」
「何やっとんじゃぁぁぁ!あんたたちはぁぁぁぁあああああああ!!!!」
「ぎいぃぃぃやぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!」
彼女の声にだけは反応しなければならない。
何故ならば……
その先には死が待っているからだ。
基地内に木霊する悲鳴。
屈強の戦士達の死闘は、メリーの乱入によりここに決着した。
6
基地に戻ったミイニがはじめに出会った人物は、顔の変形した36番隊隊長だった。
「サイ隊長?! その顔、いったいどうなされたのですか?!」
「やぁ、ミイニ中尉。今日も一段とcuteでprettyだね」
「先輩。自業自得なんですから、中尉殿に絡むのはやめてください」
痛々しそうにウィンクしてみせるサイの背中から、小柄な女性が姿を覗かせた。
ブラウンのパーマがかった髪と大きく丸い瞳。歳はそれほど変わらないのだろうが、若さとあどけなさが残る。
フィーリング=ベルドーク。36番隊副隊長を務める准尉である。
「俺は本当のことを述べただけだぞ?」
プクッと頬を膨らませて怒って見せるフィルに、サイは顔を顰めた。
「女難ってのはこのことかね…」
「も〜、だから中尉殿に失礼ですって」
親しげに会話する2人に、ミイニは顔を綻ばす。
軍部…
一言での説明は難しいが、誰もが抱くイメージは戦闘集団といったところだろうか。
平和のため、名誉のため、人類のため…。それぞれが掲げるその旗も、血と屍の上に掲揚される。
時には英雄とも称されることもあるが、本質を言えば殺戮集団の他ならない。
内部は、絶対の名のもとの上下社会。上の者は安全な場所から己の手を汚すことなく下の者達に命令を下す。
それは、古来から何ひとつ変わっていない。
戦争でおいて真先に死ぬのは軍人だろう。だが、その死者を生み出す者も軍人に他ならない。
どれだけ綺麗事を並べても、決して覆らない嫌悪を浴び続ける。
それすらも、当然である哀しき定なのであろうか。
そうした軍属という集団の中で、明るく気ままに振舞うサイ達の姿がミイニの瞳にはいつも輝いて見えていた。
「あ! ひでぇの…。ミイニちゃん俺の顔見て笑ったな?」
「あ、いえ! そ、そういうわけでは…!」
何時しか微笑んでいた顔を突っ込まれ、無理矢理に真顔に戻そうとする。
しかし気に入らなかったのか、サイは膨れた顔をさらに膨らまして見せた。
それもやはり痛そうだ。今度は別の意味の笑いが込み上げてくる。
それを誤魔化すように、ミイニはサイに尋ねた。
「その顔の傷は、やっぱりまたメリー中尉に?」
「あ〜そうですよ、やっぱりまたメリーにやられましたよ!」
「あ、す、すみません…」
不味いことを言ってしまったのだろうと、思わず口に手を当てる。
「ちょっと、先輩! 申し訳ありません、レーク中尉」
子供のような反応をするサイを叱りつつ、フィルは苦笑しながらミイニに頭を下げた。
その隣で壁に向かってブツブツと呟いているサイは、完全にふてくされてしまっているらしい。
少しだけ申し訳なさを感じながら、ミイニはサイに一礼した。
それを見て、気にするなと言わんばかりに手を上げてみせる。
なんなのだろう、この人は…。 よく解からないところは多いが、とりあえずはいい人なのだろう。
「んで、中尉はまたまたボスに仕事でも押し付けられちゃってんのかい?」
「いえ、そういうわけではないのですけれど…」
ボスというのは、ミイニの上司であり6番隊長でもハルスのことだ。
常識外れの巨体と、それに似合った豪快磊落な性格の人物である。
それ故誤解されやすいのか、サイの質問に首を振って否定する。
「11番隊に協力を要請されまして…」
「11番隊?」
思いもかけない答えに、驚きの声を上げる。
隣のフィルも不思議な顔をしている。
軍部11番隊と言えば、治安部の精鋭隊だ。対してミイニの所属する6番隊は戦闘大隊である。一間して、繋がりがない。
思案に険しくなった顔を近づけてくる2人に、ミイニは慌ててその理由を述べる。
「昨夜の高官襲撃事件において、セキュリティシステムログの調査を依頼されたもので」
それを聞いて納得したのか、フィルが大袈裟に手を打って納得を表す。
サイもそういわれればそんな報告が今朝上がってきてたなと、のんびり構え直している。
サイらしいところではあるが、一隊長としては、多少なり不謹慎か…。
「なるほどね。それで電子の天才レーク中尉に、シュンカ中佐からわざわざお声が掛かったわけだ」
ミイニの高い電子能力は軍部内でも有名である。
今回のように、他隊から応援の要請が掛かることも稀にあった。
それは決して軍部直属の解析班を信用されていないわけではないのだが、彼女の存在は一種のブランドのような感じだろうか。
「高官を襲ってくれるとは、どこの義賊か知らないが、こちらとしては爽快な気分だな」
「え?」
意外な言葉にミイニとフィルがサイを見る。
「襲われるってことは、何かそれらしき悪さしてるんでしょ? 怨恨か怒気か正義感か自己満足か…。ま、皆目見当もつきませんが、殺しじゃないってことは少なくとも何かしらの意図があってのこった」
「は、はぁ…」
「せ、先輩!? 基地内でそんな発言はマズイですってば!」
慌てて口を抑えようと、フィルが飛び跳ねる。
フィルの身長ではサイの口まで手が届かないらしい。
「マズイもんかよ。本当のことでしょ? コソコソと会議なんて開いちゃって、そのくせ事件が起きても内容の開示はないんだろ? 怪しい話してたんだろうよ」
逆にフィルの頭を抑えつけ、何の感慨もなく言葉を続ける。
「しっかしその事件、軍部が駆り出されてるのか…」
だが急に、それまでどこか満足げに話していたサイの表情が嶮しくなった。
「ど、どうしました?」
明らかな急変に、不思議にミイニが尋ねる。
とは言っても一連の表情の変化も、傍から見れば顔の腫れで気付くものではない。
ミイニが変化を感じたのは、サイが発っする雰囲気からだ。
「軍部が動くってことは、犯人やその他の勢力への牽制にも繋がるからな。政府に手を出せば軍が出てくるってね」
「政府が絡めば私達が動くのも当然なのではありませんか?」
「実際口で言うのと行動に出るのとでは、明らかに効果が違うよ」
現在パイオニア2の核でもある総督府。惑星ラグオルの衛星軌道上到着直後の謎の大爆発後、その調査に軍部でなくハンターズの重用に乗り切った。
本星政府、組織…様々な思惑と疑念が渦巻くラグオルにて、ハンターズの先行は、政府管下の軍部の行動を政治的抑制する結果となった。
それにより、軍部の政治的立場は薄い存在になりつつある。
しかし政府高官襲撃という事件を受けての軍部介入は、改めてその存在を公示するには好機であった。
「だけどそれだけじゃなさそうだ。情報の漏洩防止か…」
青い瞳に深みを増して、意味深にぽつりと呟いた。
1人で話を進めていくサイに、2人はついていけないといった感じだ。
「実質、パイオニア2の主権は総督府にあるからね。今や警察的立場にある軍部治安隊も、テロでもない限り、総督府若しくは政府重役介した依頼・許可の申請がないと船内では自由に動けない。今回は極秘裏の会議ってことになってんだから、政府が関与してくるのが筋道だろう。それにしちゃ対応が早すぎる…。どこが軍を動かしてるまでは解からねぇが、総督府と軍部は犬猿だもんな。タイレル総督ならハンターズを使うだろう」
「では、政府重役が直接軍に?」
「そうだな。それが妥当だろうが…」
「それでは、総督府に知られては都合の悪い重要な事項を、襲撃にあった高官…いや、政府及び軍部が所有しているということでしょうか?」
「随分鋭いところまで突いてくるが、そこまではわからねぇよ。ま、可能性がないわけじゃないだろうけど…」
腕組みながら思案に小さく唸る。
「深いな…考えすぎじゃなきゃいいが…」
そこに険しい表情は消え、薄っすらと笑みを浮かべる。
不気味な笑みに、たじろぐミイニ。だが隣のフィルは、サイの笑みの理由を理解していた。
「先輩? むやみやたらと他隊の任務に首突っ込むのはやめてくださいよ…?」
「な、なんだよ? まだ誰もそんなこと言ってないでしょうが」
「その顔でわかります。興味深々じゃないですか」
「何…お前はついに、俺の顔色まで解読できるようになったのか…?」
見事に隊長の思惑を見抜いて見せるところは、副隊長だけのことはある。
呆れた顔を向けてくるサイに、ミイニは困った笑みでそれに返す。
「とはいえ、察するに難航してるようだね、この事件」
「え?」
「ミイニちゃんの表情を見たら、そんな気がしてな。掴めないのか? 犯人の手掛かりが…」
どこで読み取られたのか…
これがサイの洞察力なのだろう。
敵わないとばかりに、珍しくも小さく息を吐いた。
「犯人は高層階に位置する現場に、セキュリティシステムを完全に抜け侵入しています…それも窓の外から。セキュリティ掻い潜ることも極めて困難でありながら、空路という最も限定された行路を用いて…」
「………」
「それでいて部屋を荒らすようなことはなく、警備員が来るまでの僅か数分で犯行を遂げている…。大した能力…としか言いようがありません」
ミイニは先の現場とセキュリティのログを思い出し、どうしても信じられないというように頭を振った。
ミイニの真剣な見幕に、フィルも腕を組んで考え込む。
「有り得ないと思うから有り得ない…。コンピュータと自分の観点ばかりを当てにしちゃいけないよ」
「どういう意味ですか?」
「ま、考えようってことさ」
いつものことではあるが、肝心な言葉が一言足りない。
言っていることが解かりそうで解からないのは悔しいものである。
サイの含みは狙ってやっているというより癖に近いのであろう。
「視覚さえ奪えれば、セキュリティを抜けれないことはないようですが…それでも、あの高度までどうやって達したのか…。ステルス仕様の飛行車両か何かなのでしょうか…」
「シノワを例に高度な光学迷彩機能を持つ兵器もある。それほど不思議でもねぇだろうが…」
迷彩を施した飛行車両…それが妥当だろうか。
本当にそう考えていいものか。どこか単純過ぎるような気がする。
再び思考に時間が過ぎる。
ふとミイニがあることを思い出した。
「そういえば、他にも不可解なことが…」
「なんだ?」
「室内から異常とも言える程の残留フォトンが検出されました…。小さなビルの照明程度を賄う程の量の…」
それを聞いたサイの眉が、大きく跳ねた。気付いたフィルが問いかける。
「ど、どうしました? 先輩」
「そういうことか…」
裏腹に随分と表情は険しい。
不思議に覗き込む2人から逃げるようにサイは歩き出した。
「情報をサンキュ、中尉。さ、行くぞフィル」
「せ、先輩。どうしちゃったんですか?」
「仕事に戻るぞ。こりゃお前のいったように軽い気持ちで首突っ込まないほうがよさそうだ…」
「サイ隊長。それはいったいどういうことですか?!」
意味深な言葉、ミイニが慌てて聞き返した。
「警告さ。もしかすると、空を翔ける人間もいるのかもしれない…」
「サイ隊長?」
彼から感じ取れる動揺。間違いなく何かを知っている。
だがそれ以上を追えなかったのは、彼の背中が語る困惑と哀愁からだ…
儚くも、炎に飛び込む蝶のように…
どうしてそう感じたのかは判らない。
ただひとつ、巻き込んではいけなかった…。そう思えて仕方がなかった。
しかし、歩き出したサイを、ミイニに引き留めることはできなかった…
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