Shade&Star(戒めの刀)
9
そしてその日、再び夜闇に悲鳴が響いた。
10
「やられたわ…」
殺風景な室内。円卓に椅子が並べられており、部屋の上座の方にはスクリーン上映機器がある。その他に見当たるものは特になく、簡素に用意された会議室といった感じだ。
照明は消えており、そこに数人の人影。
夜景を映すガラスは外部から破られており、破片が床に散らばっている。
只それだけが唯一室内に起こった異変を表していた。
「無事かの?」
暗闇の中、遠目から見ても解かった男の震えは、近くで見ると不自然なほどに揺れていた。
隣に屈み、男の顔色を確認する。
真っ青に染まったその色からは、痛みや苦しみのそれではなく、何かから逃れ足掻き苦しんでいるような印象を受ける。
観察すれば、両手に亘る十指の爪は剥ぎ取られており、人体において骨折した時最も痛みを感じるといわれる鎖骨の辺りが陥没している。
「惨いことを…」
辺りを見回す。
同様に蹲る者は、同じような仕打ちを受けているのであろう。
倒れているのは護衛の者か。動きはないが、死んでいるとも思えない。
昨夜の事件と全てが一致している。
「隊長!」
遅れて隊員達の声がする。
「遅い。負傷者をセンターに運ぶ、急け。24番隊、29番隊に伝達。一帯に捜査網を張れ。状況の次第シールドも許可する。この地区から虫の子一匹逃さんとせよ!」
マハジャが気迫のこもった指示を飛ばす。
それに慌てるように兵達が動き出した。
指揮統率は流石である。
「レーク中尉」
「は、はいっ!」
隊員達と共に到着したミイニは、マハジャに名を呼ばれ慌てて返事をする。
「残留フォトン値の計測を頼む。間もなくすれば部下からセキュリティログが届くはずじゃ」
「了解!」
ミイニが携帯の端末を立ち上げ、すぐに残留フォトンの計測をはじめる。
「申し訳ない、レーク中尉。今宵は、眠れぬ夜となるやむしれん…」
マハジャが申し訳なさそうに小声で囁いた。
「とんでもありません。事件解決に私で何か力になれることがあるのであれば」
階級が下である者に対しても気遣うマハジャの態度に、逆にミイニのほうがどこか申し訳なさそうに頭を下げた。
昨日に続いての怪事件。早急に解決せねば、市民に混乱を招くことになる。
ただでさえ閉鎖された空間で、心のゆとりが失われつつある、この時期に…
キーを弾く指は次第に加速していく。
しかし、またも異常な数値が返ってくるだろう事を、ミイニは直感していた。
いや、ミイニだけではなかっただろう。マハジャも同様に感じているに違いない。
モニタに映る数字は、もの凄い速度でカウントされている。
暫く凝視していたミイニだったが、やがては未だ上がり続ける計器から目を離し、マハジャのほうへと顔を向けた。
「フォトン、3800カウントをオーバーしました」
これ以上のカウントは無意味だと、ミイニが首を横に振る。
マハジャはそれに頷き返すと、蹲る男の肩にそっと触れた。
「軍部11番隊のシュンカ中佐と申す。貴殿の身柄の保護に参上した。顔を上げてはくれまいか?」
正常な精神を保てていないのは、状態を見れば一目瞭然だ。
だからこそ、それを刺激しないように、最小限の声音で優しく呟く。
マハジャの声が耳に届いたのか、男が恐る恐る顔を上げた。
「安心されよ。救助に参った」
「…きゅ、救助…?」
「左様。落ち着かれよ、もう大丈夫じゃ」
マハジャがそっと手を伸ばす。
だが男はそれを乱暴にも振り払った。
「無理だ…! やつはまた現れる、私達の前に…。私達を殺しに…!」
「どうされた? やつとはなんじゃ? ここで何が起こった?」
「…復讐にきたんだ…! だれかやつを殺してくれ…! 一刻も早く! 金なら幾らでも払う!」
錯乱している男に、いまひとつ要領を得ることができない。
これ程怯える原因はいったい何なのか。
ミイニは困惑する。
対して、マハジャは冷静だった。
「了承した、我等が討伐に向かおう。して、その者はいったい何者じゃ?」
「闇だ…。闇が現れた…」
「闇とは、何のことじゃ?」
「……バケモノだ。闇の凶鬼が…」
「闇の凶鬼じゃと?」
マハジャの表情が驚きと困惑に染まった。
闇の狂鬼…。しかし、ミイニには聞き覚えがない。
「シュンカ隊長殿。闇の凶鬼とはいったい…?」
ミイニがマハジャに問う。
マハジャはゆっくりと立ち上がると、穴を開けたガラスへと歩み寄り、外を眺めた。
夜の摩天楼が広がっている。
「シュンカ隊長殿?」
「一部の機密事項故、中尉が知らぬも当然かも知れぬ…」
「……?」
「パイオニア1が出航し幾分月日が経った時期、本星にて起こったバイオハザードじゃ。突如出現した生物兵器が、一般市民を含む100余名を皆殺しにした」
ミイニは首を斜めに傾けた。
「そのような事件…耳にしたこともありません」
「その生物の研究をしていた場所が、政府公認の施設であったからの」
「では、その時の生物兵器と言うのが…」
「左様…それが闇の凶鬼≠カゃ。別名をシャフト…漆黒を纏った人型の狂気」
「ではまさか、その生物がこの船に乗り込んで!?」
「それは有り得ぬ。闇の凶鬼≠ヘその場に居合わせた民間人が撃破しておる」
「民間人? 軍やハンターズではなくて、ですか?」
「中尉も耳にしたことはあろう?<鬼斬>の異名を…」
「<鬼斬>? …まさか、サイ隊長が…?」
サイの名を聞き、ミイニの中で止まっていた歯車が回り始めた。
昼間に彼の背中を見たときに感じた違和感…
まさか、これのことだったのだろうか。
どうも落ち着かない。根拠のない不安が一杯に溢れてくる。
「シュンカ隊長…。サイ隊長を…」
「ぬ? サイが何じゃ?」
「サイ隊長を止めてください! 何かすごく、嫌な予感がするんです!」
「どういうことじゃ…?」
拭いきれない何かがある。
それは、夜の闇が煽っているのか。
ミイニは星々にへと切に祈った。
11
小さな機械に耳をあて。
しかし、あの人の声はハッキリと届いてくる。
怒っているんだろうか。
「悪ぃ、連絡遅くなっちゃって…」
『もう、何してたのよ! 式が始まっちゃうじゃないの!!』
「どうしても離せない用があってよ」
『今日の日は空けてくれるんじゃなかったの?』
「悪かったよ。…あら? 後の鳴き声はセフィちゃんか?」
『そうよ。サイ君の連絡がないってごねてたの』
「そんなことがわかる歳でもないでしょうが…」
『それで、間に合いそうにないのね?』
「妹のことでちょっとね…」
『そう……それならそうと、もっと早く連絡くれたらよかったのに』
「遅れるが、必ず行くさ。俺もミーティアさんのドレス姿を見てみてぇし」
『…そっか。じゃあわかった。仕方ないからサイ君がくるまでドレス着ておいてあげるわ』
「じゃ、できるだけ遅れていきましょうかね」
『どうして?』
「ドレスなんて着れるの、最初で最後でしょうから」
『失礼よね! まぁ確かに、ドレスなんて着なくてもあたしの美貌は変わらないけど…』
「はいはい。じゃあその変わらない美貌を拝みに行くよ」
『口の減らない子…! いいわよ、無理してこなくても!』
「そうはいかない。あなたとの約束は破れないよ」
『…ふふっ…君、元気になったわね』
「あ?」
『ううん、なんでもないわ。期待して待ってる』
「あぁ。ミーティアさんの晴れ舞台だ、盛大に祝わなきゃな」
『ありがと。サイ君が来てくれるんだったら、あたしも安心して式を挙げられるわ』
「安心?」
『流星のエンブレムを持つ人が、あたしを祝ってくれるんでしょ?』
「…あぁ、誓って」
12
高層のビルの屋上に、闇はその身を現した。
どこにいたのか。いや、どこからきたのか。
夜に溶け込むその姿が、人目に晒されることはないのだろうか。
光さえ届かない暗黒は、どこまでも深い。
星空を眺める。
いつもと違わぬ神秘の世界が、手の届きそうな距離にあった。
「星が好きかい? …気が合うね、俺もさ…」
突然、闇に人の声が届いた。
驚くこともなく、ゆっくりとそちらを振り返る。
「探したぜ。あんたは空でも飛べるのか? 一般的に最も困難な空路が、あんたにとっては、最も容易な行路だったわけだ」
設置されたタンクのような物陰から、声の主が姿を見せた。
肩まで伸びたストレートを両分けにした端整な顔立ち。
赤いジャケットのようなスーツを着ており、腰には刀を下げている。
両肩の後には、侍の甲冑のような容姿のマグが浮いている。
そしてその瞳は美しく、青い。
「驚いたな。その黒マントが、光を無効化してるのか?」
やはり闇から返事はない。それでも淡々と続ける。
「高官襲撃…いったい何が目的だ?」
闇は男へ身を返し、そして完全に夜の闇へと同化した。
「あくまで黙りかい? つれないじゃあないの…。ま、通じる相手じゃないと予想してたけどね…」
そういって男は腰の刀に手を添えた。そのまま深く腰を落とす。
「軍部36番隊、サイだ。ちょっと痛い目みてもらうぜ、能力者さんよぉ!」
暗闇に何かが煌いた。
次の瞬間、闇の背中から数メートル先にあった金属の手摺りが真っ二つに切断される。
しかし、闇の気配はそこにはない。
「やっぱりそう簡単にはいきませんか」
サイが後方に跳ねる。それを追いかけるように、鋭利なナイフのようなものが上空から降り注ぐ。
それらを巧みに避けると、相手の着地点を狙うべく駆ける。
「襲撃場所から検出された異常な数値の残留フォトン。適合者はフォトンを体内に飼い、多種多様な能力を身につける。その桁外れの跳躍力…脚力に依存してるわけじゃなさそうだ。跳躍限定…重力か浮力か、それとも斥力とか物理力の操作能力か…」
サイには闇に隠れた相手の姿が見えていない。上空の相手が何処にいるのかも解からないはずだ。しかし、相手は空を飛んでいるわけではない。今の攻撃の入射角から、それを正確に読み取っていた。
それどころか、相手の高度、スピード、位置までも的確に捉えていた。底知れない能力を見せ付ける。
「視覚効果を奪っても無駄さ。かくれんぼは得意なんだ。終いにしよう」
再びサイの刀が神速に煌く。
秀麗な線を描き放たれた斬撃が、空中の闇を一閃する。
確かな手応え。サイの一撃は、見事にマントを切り刻んでいた。
空中にいた闇がサイの背後に着地し、その後から黒布の残骸が降る。
「姿見えずとも、俺にゃ関係ねぇ。義賊もいいが、手を引けよ。異端者は、利用されるか迫害されるかで、ロクなもんじゃねぇぜ? 隠居してな」
ゆっくりと振り向くサイの前に、闇が本当の姿を現す。
マントの下に同じく黒のローブのようなものを羽織り、身体までは見えない。
そこから異様に伸びた腕。両腕共に異常に長く、その長さは2m以上あろうか。関節は人の腕よりもひとつ多い。そして五指から大きく突き出た黒く輝く爪。それもまた40、50cmはある。
その手を地面に付け、獣が獲物を狙うかのように構えている。
顔面は、奇怪な仮面に覆われていた。髑髏ともピエロとも取れる仮面が不気味にフォトンの光を宿している。
明らかに奇妙な姿。人ともアンドロイドとも判別がつかない。
正しく、狂気と呼ぶに相応しい。
だが、その姿にサイは見覚えがあった。
片隅に伏せておいた記憶が逆流してくる。
「どういうことだ…?」
無意識のうちに一歩下がる。
蒼白になった顔が示すのは困惑だ。
「シャフト…」
記憶にある相手の名。
出来ることならば、もう二度と見たくはなかった…
「ジャマヲスルナ…」
サイに答えるように、アンドロイドとも似つかない機械の音声で言葉を放った。
不意を打つように、異形の仮面にフォトンが集積されていく。
異変で我に返ったサイは、すぐさま危機を察知し、身体を捻った。
直後、仮面から発射された収束フォトンの光線が肩を掠める。
それによりバランスを崩したサイに、異形の爪が襲い掛かる。
「クソッ!」
異形の姿からは想像できないほど早く、そして軽やかに。
放たれた爪は的確に急所を狙う。
精度、速度、威力…どれを取っても申し分ない。
計十本に及ぶ爪。しかしサイは、不利な態勢にありながらも、それら全てを刀一本で流れるように捌いていく。
「なんだっていうんだ! お前は何者だ!?」
十本目の爪を弾ききり、後方へと距離を取ったサイが再び刀を構えた。
「ジャマヲスルナ…」
「クソがぁっ!! 意味がわかんねぇよ! 何でシャフトがここにいる? 真似事かよ?!ワケを教えろ!!」
一直線に駆ける。異形もそれに合わせて動く。
渾身込めた刺突に対するべく、長い腕が槍の如く突き出された。
刀と爪がぶつかり合う。
だがサイは、その瞬間に刀を捻り、相手の爪を外に受け流した。
昼間にバルバスとの戦闘でも見せた動きだ。
更に勢いを殺さないまま一歩を踏み込み、懐へと潜り込む。
銀の刀身が閃く。
剣の軌跡は、異形の仮面を捉えている。
しかし、その斬撃が達するよりも早く、仮面から再びフォトンの光線が発射された。
「やべぇ!」
すぐさま刀の軌跡を修正し、光線に向かって斬撃を放った。
刀身とフォトンがぶつかる。
その衝撃の勢いを利用して、弾くように身を反らし光線をかわす。
加えて完全にがら空き状態となった身体を狙われまいと、腰を回転させる。
そのまま再びカウンターへと転じるつもりだ。
しかしそこで、サイの背中に鈍痛が走った。
昼間の戦闘で打ちつけた所だろうか。苦悶に顔は歪み、僅かに動きが止まる。
それを逃さず、異形の爪がサイの腹部を貫いた。
「が、はっ!」
そのまま異形が長腕を一杯に伸ばす。サイの身体が軽々と宙に持ち上がった。
抵抗するように刀を振るうも、相手の長腕のせいでそれも僅かに届かず、惜しくも仮面を掠っただけに終わった。
「ぐっ…クソったれ……」
大量の血液が喉から吐き出され滴り落ちる。
その血は、異形の黒腕を更に黒く染め上げた。
「ムカシカラカワラナイ……」
「…なんだ…と?」
「カンジョウテキニナッタトキハ、ウゴキガアラクナル…」
異形の仮面にヒビが入る。
先程の僅かな抵抗が、しかし仮面を破壊するまでのダメージを与えていた。
やがて崩れ落ちた仮面の下から、素顔が露わになる。
その顔を見てサイは絶句した。
「いつもそう…。どんなに強くても、感情任せに突進していった時は、傷だらけになって帰ってきた」
機械の音声でなく、美しい旋律を奏でた魅惑的な女性の声音。
その顔は、それに見合うだけの魅力を持っていた。
これが異形の怪物の正体だとだれが想像できるだろう。
その女性は、哀しそうな瞳をサイへと向けている。
「ごめんなさい…怒られるのは承知の上だけど…」
「…どういうことなんだ…? さっぱりだ…教えてくれ……」
「やるべきことがあるの。お願い、今回だけは関わらないで」
「馬鹿…言ってんじゃねぇ…よ……」
サイが女性の顔へと手を延ばす。
だがそれは届くはずもなく…やがては力を失い、だらりと落ちた。
女性は爪を引き抜くと、ぐったりとなったサイの身体を仰向けにそっと寝かせた。
栓を失った身体から、夥しい量の血液が流れでる。
このままでは何分も経たぬうちに死んでしまうだろう。
女性はローブの中から何かのパックを取り出すと、それの中身を口に含み、サイの唇と自分の唇を合わせた。
メイトと呼ばれる携帯の回復剤を、口移しでサイの体内へと流し込む。
それを飲み込んだことを確認すると、女性は身体を反転させ、眼下に広がる摩天楼へとその身を向けた。
「…待てよ…」
「ごめんなさい、兄さん…」
小さく言い残し、漆黒を纏った女性は闇空へと消えていく。
朦朧とする意識の中、サイはその彼女の消えた場所を見詰めていた。
その先に見えるのは星…
「…冗談じゃねぇ…よ。こんなに綺麗な夜だって…のに」
既に意識はなかった。
最後に呟いた言葉も、自身の耳にさえ届いていないのか。
「ミーティア…さん…」
その青い瞳を閉じたサイの上を、ひとつの流星が流れた。
流星の光の軌跡は、意識を失っても尚強く握る刀の刀身に煌びやかに反射していた…
to be continued
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