Shade&Star(流星の誓い)





 暗闇の中に石畳の歩廊がある。
 今時大変珍しい蝋燭を炊いたのみの照明。
 足元さえ見ることの叶わないその通路で、正確な律を刻む足音がある。
 それに混じれて、金属を掻き毟るような耳障りな音。
 石畳に擦り付けているのか、それとも金属そのものの軋みなのか。
 中央をゆっくりと進む、人影。
 否、人ではない。
 その姿は異質。禍々しく。
 黒く鈍色の、長く延びた2本の腕。人の身長よりも更に長く、多関節に亘る。
 そして、五指に見える、凶悪に伸びた爪。
 身体を覆う闇。
 奇怪な仮面。
 存在を表す暗黒。
 凶鬼と呼ばれた闇は、歩廊の終点を目指し歩いていく。

「生きていくのが――定めならば――」
 歌が聞こえる。朗々と、だがどこか滑稽に。
「――っと、単身でくるとは、なかなか面白いことするね」
 闇の前に突如現れた人影。
 声質は軽く、快を含んでいる。
 闇は静かに足を止めた。
「なんだ、闖入者の正体はお前かぁ。今日はうちへ襲撃にきたか?」
 何が楽しいのか、今にも笑い出しそうな。
 それらを無視し、闇は再び歩き出した。
 何の感慨もなく、脇を抜けていく。
「無視かよ。そういうのは……嫌いだぞ」
 闇の背中目掛けて、何かを投げつけた。
「怨」
 "何か"は小さな閃光を放ち、闇の場所で爆発した。
 暗闇の歩廊に灰煙が漂う。
 その暗闇も灰も貫き、躍り出るのは鋭い鈍色。
 研ぎ澄まされた闇の爪は、人影の喉一点を狙う。
 だがそれは、間髪のところで、"何か"に弾かれた。
 チッという擦れる音に合わせて、小さな火花が散る。
「……<鋼鉄(シュタール)>…」
 闇が声を発する。機械の音声。それは、アンドロイドのものとも異質で露骨な。
「こんな所にやってきて、死ぬ気か? なあ、シャフト」
 人影の手元に宿る、危険な光。そして、危険な笑み。
 闇はその長腕を戻すと、再び踵を返して歩き出した。
 人影は、ため息のようなものを吐いた。
「残念ながら、御大は留守だ」
 背中から聞こえた留守という言葉に、闇は足を止める。
「ミズカラガ…?」
「恋人同士でもあるまいし、行く場所までは知らねーよ」
「ドコニイル…」
「……人の話は聞くもんだぞ?」
 険悪な間。
 そして
「…オロカ」
「今度は説教か。人の話を聞かないお前の方が愚か者だなぁ」
 人影は腹を抱えて笑い出した。
「まったく、襲撃ご苦労さまだなあ。腐った犬共を更生させようとでもしてるのか? そんなん無駄だ無駄無駄。3、4人襲ったくらいじゃ、もう止まらないだろうよ。頭を叩かないとな」
「………」
「今回のアレはよくできてるらしい。御大も興味津々だったよ」
「テヲヒケ…」
「うちも色々とあるからね。確かにあれはなかなかの出来栄えだ。腕もいいしな。見所がある。そんな貴重なサンプル、見逃すと思うか?」
「…カンセイシテイル」
「へぇ。さすがに情報が早いねぇ。<空操(シャフト)>の名は伊達じゃあない」
 再び気味の悪い笑い声が響く。
 闇は静かに元来た道を戻り始めた。
「まてよ。あんた等に邪魔されると、何かと面倒。ここで見逃したのが解かったら御大に対しても罰が悪い。そうだな、やっぱりここで死んどくか?」
 "何か"が一層危険に輝く。
 だが…闇の姿は既に消えていた。
「発」
 手元に残された光は、声に呼応して炸裂した。
 再び灰煙の舞う中、人影は依然としてそこに佇む。
「シャフト対シャフトか。まったく、いっつもこんな役だ……グレンに面白いところを取られてばかりだな」
 人影は一人、ぼやいている。だがその声はどこまでも軽い。
「……忘れ去られて河原で石を積み――鬼を待ちわび待ちぼうけぇ――ってかぁ」
 歩廊に木霊する歌い声はどこまでも、愉快に。




 白は全てを清めてくれる。
 何よりも、無事に感謝したい。

「気づいたか。ミーティアさん」
「…サイ君? ……ここは?」
「センターさ」
「センター? …あ……サイ君! あの人は?! セフィは?!」
「………」
「サイ、君…? ……そっか…」
「すまない…」
「どうして謝るの?」
「…俺は、ミーティアさんの旦那さんを……」
「………」
「すみません…! 本当に!本当に…!」
「そう…サイ君がやってくれたんだね。…ありがとう。あの人を救ってくれて…」
「救った? 違う、殺したんだ!」
「いいのよ。顔を上げてサイ君。君は正しいことをしたのよ」
「人殺しが正しいことなもんかよ!」
「あれは人じゃないわ。あの人とあれを一緒にしないで!!」
「ミーティアさん……」

「ふふふ…。結局…『死を運ぶ星』だったのね」
「…ミーティアさん…?」
「わかってたのにね。どうして変な夢を見ちゃったんだろ…」
「変な夢なもんか! 幸せを望んで悪いことなんてない!!」
「あたしに関わった人は、みんな死んじゃうのよ!」
「お、おい」
「ねぇ、サイ君、お願い。あたしを殺して…?」
「な、何馬鹿なことを…」
「殺して! あたしがいると、みんな不幸になるの! 死んでしまうの!」
「マジで言ってんのか…? よしてくれよ」
「本気よ! 君ならわかるでしょ? セフィもあの人も、あたしが奪ったのよ!」
「わかんねぇよ! やめてくれ! そんなこと…冗談でも言うなよ…」
「もう嫌なのよ! あたしはそのうち君の命まで…。だから、殺して。あたしを……」
「ふざけんなよ! 俺に殺しをやれだってのか?! 俺はまだ、ちゃんと生きてるじゃないか…!」
「サイ君…?」
「そんな、悲しくなるようなことは言わないでくれ…」
「……ごめんなさい…」

「情けないもんだな、俺は。誓いも何も、守れなかった…」
「…え?」
「肝心なところで、抜けなかった!」
「…もう、いいのよ…」
「何がいいんだ! やっぱり強くないと、守りたいものも守れないじゃねぇか!」
「サイ君…」
「恐かったんだ、抜くことが…。あなたに心をへし折られて、そこで止まってしまった。尚も恐れた。自分の弱さを晒したくなくて…だから何癖つけて封印した…!」
「違うわ、サイ君。人はみんな弱いの…。弱くていいの…」
「結局臆病者だったわけだ…。頼りを失っただけで、崩れちまってたんだ…」
「今回のことは君のせいじゃないわ!」
「エンブレムを守り抜くと誓った。だが、今はどうだ? 守るなんていい言葉じゃない。ただ持ってるだけ。それで強くなれると、俺は一歩すら踏み出すことを諦めた…」
「自分を責めるのはやめて!」
「…今度は逃げない。背負うよ、俺が。このエンブレムを、贖罪を…」
「…どういうこと? サイ君、いったい何を考えているの?」
「あなたは死なせない! 俺も死なない! 入隊するよ。これまでの全てを斬り裂いて、そして手にしたものを守り抜くため…」
「サイ君!?」
「この星に誓う! あなた以上に、強くなると! 必ず、必ずだ!」




 恐ろしい真実を抱え、足早に歩を進める。
 事件の真相を。事件の解決を。
 それを探っているうちに、とんでもないものを見つけてしまった。
 それは、にわかに信じられるようなものではなかった。
 震撼する情報。
 いったい何処まで本当なのか。それを確かめねばならない。
 少しでも真実に近づける情報を、手掛かりを求めて。
 恐怖を乗り越え、使命を貫くため。

 ミイニの向かう先はマハジャのもとだ。
 軍の深淵に眠っていた事実。少しでも事件を知っている者がいるのであれば、今のところマハジャ以外の当てはない。
 人通りは少なく、また、擦れ違う兵士達に曖昧な礼を返しながら、迷路のように張り巡らされた基地の廊下を抜けていく。
 歩は早く。何かを求めるように。何かから逃げるように。
 何度目かの角を曲がったところで、廊下脇に蹲る白い人影を見つけた。
 不審な目を送り。そして一歩一歩近づくにつれ、疑問は焦りへと変わっていった。
「サイ隊長?!」
 ここにいないはずの人物。
 ミイニは急いで駆け寄ると、サイを抱き起こした。
 そこですぐに異常に気付く。通常では有り得ない汗。
 センターから抜け出してきたのであろう、その白装束の腹部の辺りには、赤い滲み。
「すごい熱…。隊長! しっかりしてください!!」
「あぁ、大丈夫。起きてるよ…」
 ミイニの呼びかけに、サイは気のない返事をした。
「どうしてサイ隊長がこのようなところに?! すぐに衛生班に連絡します!」
 大丈夫なわけがない。
 今朝までは昏睡していたはずだ。
 もし意識が回復したところで、再生手術を受けていない重傷の身体が動くわけもない。
 それ程に酷い傷を負っている。
 ゆっくりと壁を背に寝かせると、右手の通信機を呼び出す。
 だが、その右手をサイが掴み、通信を遮った。
「待った、必要ねぇ…」
 サイはそういうと、壁を頼りにゆっくりと立ち上がった。
 そして、いつもながらのウィンクをつけ加えて見せる。
「サイ隊長、いったいどうされたというのですか!? 手を放してください!」
「まぁ、落ち着いて…。っとその前に、ミイニちゃんが助けにきてくれたんだってな? 命の恩人だ。ありがとう、礼を言うよ」
「でしたら、早急にセンターに戻ってください! このままでは本当に隊長が死んでしまいます!」
「大丈夫さ。野暮でね…俺ゃ死ねないんだ」
「無茶です! 致死の重傷ですよ!?」
俺は死ねないんだ
 弱々しく、呟くように。
 それでも何故か、ミイニはそれ以上何も言えなくなった。
 彼の言葉に込められた魔力が如く、ミイニの身体は制止している。
 訴えかける青い瞳に、射刺されて。
 今までに感じたことのない感覚。サイが纏うが意志の炎。
 このような人物だっただろうか。
 普段の気さくな彼はどこに行ったのだろうか。

 サイはミイニの腕を解くと、小さく敬礼し、よろよろと歩き出した。
 何故か怯んでいたミイニだったが、我を戻し、慌てて彼の前に回りこむ。
「やはり駄目です。その身体で、いったい何処へ行こうと言われるのですか?!」
「通してくれミイニちゃん。行かなきゃいけねぇんだ…」
「またシャフトに接触を試みようとでも言うのですか? そのような傷を負わされたばかりだと言うのに!」
「どいてくれっつったんだ、レーク中尉(・・・・・)
「―――!!」
 すまない、の言葉を後に付け加え、サイはミイニの脇を抜けていく。
 立ち尽くすミイニ。
 どうしても行かなければならない理由があるのか。
 シャフトにいったい何があるのか…
 この人は…
 ミイニは手に持つ端末を力強く握り…そして思い切りよくサイへと振り返った。
「闇の凶鬼…シャフトは、元は人間だったと聞きます!」
 サイは足を止め、肩越しにミイニを覗いた。表情と背中から伺える驚き。
「なんで、それを知ってる…? マハジャから聞いたのか?」
「私は…事実を、真実を知りたいだけです。 事件の真相と…そして、これからの私達の未来を…」
 決心も強く、サイに頷いて見せる。
 対するサイは、暫く難しい顔で何かを考えていた。
「どこまで知ってるんだ?」
「過去の事件のことは、おそらく全て…」
「秘匿事項だったはずだ。どこでそれを?」
「潜り込みました」
「……たまげたな…」
 サイは小さくため息を吐くと、いつもの表情へと戻った。
「知らなきゃいいこともある…」
「既に引き返せないところにいます。だからこそ、今の状態の隊長には任せられません」
 サイはもう一度小さなため息を吐き、近くにあったブレーカー室へ入っていった。
 周りに人が居ないことを確認し、ミイニもそれに続く。

 室内は思った通りに狭くて暗い。電子音。
 基地内の電源を管理する小さな部屋に、2人は身を隠す。
「少々やばい話になる」
「はい」
 サイは壁に背をつけて座り込み、そして静かに話し始めた。
「パイオニア計画…新天地の開発なんて謳ってるが、ラグオル移民の経過は本星に落下した隕石が発端になったらしい」
「ええ、それはなんとなくですが、聞いたことがあります」
「ラグオル宙域から飛来した隕石さ。それには亜種の細胞が付着してた」
「亜種の細胞と言うのが、Dと言われる…」
「そうさ。シャフトを作った施設は、そのD細胞の研究をしてた…」
 そこまで言うと、サイが咽る。
 口を抑えた手が、赤く染まった。
 ミイニが駆け寄る。
「隊長、やはりお体に障ります」
 しかし、ミイニの心配も片手で振り払い、サイは続ける。
「洞窟のエネミー達の調査結果から解かるよう、D細胞は生物を凶暴に進化させる力がある…。人も例外じゃなかった…」
「…それがシャフトだったと…」
「研究員の1人が化け物となった。何かしらの実験は失敗したのか…それとも成功したのか、そこまでは解からない…」
 そこで話が一旦止まる。
 ここまでの話は、ミイニがメインコンピュータから探し出したそれと一致していた。
 どこかで疑っていたのか。しかしそれは確証され、改めて恐怖に似た震えが起こる。
 Dという危険性を持った検体の実験…
 フォトン自体、どのような可能性があるのか未だ解明されていない部分があるにも関わらず、それの亜種となる別世界の因子に手をつけた。
 起こらんがはずの事は、起こるべくして起きたのか。
 シャフトの存在が偶然にしろ、必然にしろ、怖れるべき実験は存在していたのだろう。
「シャフトは、サイ隊長が撃破したと聞いています」
「それも事実さ。俺はやつをバケモノと称し、元は人間であったはずの命を殺めた」
 サイの声からは悲愴感が伺えた。
 凶鬼と呼ばれた怪物に情けを抱いているというのか。
 この人らしいといえば、そうなのかもしれない。
「お言葉ですが。シャフトは無差別に殺戮を尽くし、100余名の命を奪いました。当時の治安部分隊隊長も殉死したと…。それがどのような理由であったとしても、決して許される行為ではありません。サイ隊長が背徳に胸を痛められることでは…」
「わかっては…いるんだけどね…」
 サイは虚ろに天井を見上げる。
 ミイニには、彼が考えんことを想像もできない。
 しかし、悲しい目は変わらなかった。
 命を削ってまでシャフトを追う姿勢。そして、今のこの表情…
 彼にとっては、思い出したくもない過去の記憶だったのかもしれない。
 しかし…そのシャフトは、運命か因果か、再び彼の前に現れた…
「どうしてシャフトは高官の前に現れたのでしょうか…?」
「…用事があったんだろう。やつらによ」
 高官の証言から、襲撃者はシャフトであることがわかった。
 しかし…それにも証拠はない。
 今回のシャフトは、過去の殺戮に狂ったシャフトとは違い、高官だけを狙い、しかも殺すことなく残酷な傷をつけることを目的としている。
 ほぼ間違いなく、過去にシャフトと呼ばれたバケモノではなく意思をもった何かがシャフトを装っているのであろう、と推測がいく。
 では、偽のシャフトの真意は…?
『復讐にきたんだ…!』
 怨恨ならば説明がいく。
 しかしそれが本当に復讐であれば、高官に傷を負わせるだけで済むだろうか…?
 非情な恐怖を与え、精神面に傷を負わせることが目的なのだろうか…?
 それは何故?
 思考はぐるぐると回る。
「危険なリスクを冒してまで侵入し、傷をつけるだけ…。理解できません」
「ま、どんなマニアックなサディストでも、そこまではしないだろうね…」
「憎悪や嫌悪感からの犯行であれば、殺害するのでは…? いえ、もしも口封じ等の目的であっても、殺害した方が事は確実です。それ程の能力は持ち合わせているのに…どうして…?」
「できないんだ、人殺しが…。あいつのことは、俺が一番よく知ってる…」
「え?」
「もう御免だ。俺も、あいつも…」
「隊長、何を言って…?」
 よく知ってる?
 相手を、偽シャフトの正体を知っているのか。
 ミイニの思考は更に混乱へと加速する。
「た、隊長。まさかシャフトの正体を…?」
「あぁ、大切な人物だ」
 尚も弱々しい声。それを誤魔化すように、悪戯にいつものウィンクをつけ加えた。
 だが裏腹に、その意志が言葉に乗り、伝わってくる。
 どういうことなのか。サイと偽のシャフトは知り合いだと…。
 未だ思考が定まらないミイニを前に、サイはよろよろと立ち上がった。
「ミイニちゃん。襲われた高官達から、何か手掛かりになるようなこと、聞けなかったかい?」
「え? いえ、特には何も…。過去の研究に襲われた高官達が関わっていたことは事実のようですけれど…」
「過去の研究か…」
 焦って答えるミイニに、サイは難しい顔を返す。
「口封じか…? それとも、別の何かか…。何を考えてるんだ、あいつは…」
「何かしらの思案があり、それを知った犯人がシャフトとなり襲ったと?」
「シャフトの姿を装ったのは、その4名が事件に関わってたのを知ってるからだろうな。もしかすると、シャフトの姿じゃねぇと、いけなかったのかもしれない…」
「それは、あの研究に関連しているかもしれないということですか? しかし、私の入手した資料では、あの事件以降研究は打ち切られ、施設も閉鎖されたと…」
 確かにそう記されていた。それも軍部のデータベースの深層にだ。
「それは知ってる。施設も取り壊された。だが…本当に打ち切られたかどうかは、解かんねぇか…」
「資料にも記されていない、事実があるかもしれないと?」
「考えてみれば、この件を隠蔽したのは政府側だ。ミイニちゃんが見つけた資料ってのは、つまりは政府側の資料でしかない」
「政府でない別の勢力が研究を続行している可能性があるということですか?」
「この星はDの元凶だ。あの研究を見す見す手放すもんかね」
「シャフトの研究が持ち込まれているとしたら…また、凶鬼が…」
 ミイニはここであることを思い出し、表情を濁した。
 それは襲撃事件を受けた翌日に報告に上がってきた、地表での事件。
「…関連の根拠はありませんが…3日前…、20番隊が森地帯にて不可解な死体を発見したと…」
「不可解な死体?」
「怪死体です。人為的なものではないと判断されました。現在森地帯で確認されているエネミーを凌駕した戦闘力を持った"人ではない何か"の存在が予想されています。エネミーとの見解が有力ではありますが…」
「森か。引っ掛かるな…」
 無茶なこじ付けだろうか。
 しかし、ミイニもサイと同じ気持ちであった。
 何かが気に掛かる。不安で仕方がない。

 それを確かめるため、ふらつきながら1人歩き出すサイをミイニは再び呼び止める。
「その身体で行かれる気ですか?」
 サイは肩越しにミイニを覗く。
 その顔に先の悲しみはなく、優しい表情だった。
「貴重な情報と気遣いありがとう。でも、やっぱり俺が行かなきゃならねぇだろ」
「どうして…どうして隊長は、1人で背負われようとするのですか?!」
ミイニは怒鳴りつけるように、声を荒げた。
 前日といい今回といい、知っておきながら、人に頼ることなく独り向かっていく。
 死にそうになりながらも、それでも独りで…。
「私には判りません。隊長はシャフトを知っているといいました。しかし、そのシャフトに殺されかけ…それでも今度は、更に危険な場所へ乗り込もうと言うのですか? 自分の命よりも優先しなければならない事なのですか?!」
 サイがシャフトに執着する理由は、やはり解からない。 
 一度は死にかけ…。それでも、炎中に飛び込む蜉蝣のように…。
 彼の見詰める先に、何があるというのか…。
「背負ったもんがあるんだ。血に染まった流星を、守らなきゃならない。輝かせなきゃならない。それがLadyとの約束じゃ破れねぇだろ?」
 彼は優しく応えた。
 今であれば、戦闘が決して得意でないミイニにも、サイを力ずくで止めることは容易だろう。
 それ程に脆く、消えてしまいそうな彼の背中…。
しかしそれを、またも見ていることしかできないのか…。
「隊長が死んでしまっては、何もならないではありませんか! 私では…力になれませんか? 何か出来ることはないのですか? 私では、信じるに値しませんか?!」
「いや、頼りにしてるよ、ミイニちゃん。だから君に話たんだ」
「そんなのって、ずるいです」
 どうしてこの人はこうなのだろう。
 悲しい感情が溢れてくる。
「御武運を…などとは言いません。無茶はしないで…絶対に生きて戻ると約束してください!!」
「そりゃ…Ladyとの約束は破れないな」
 サイが明るく笑う。
 そして、懐からあるものを取り出して見せた。
 それは小さな小さな流れ星。
 紋章なのだろうか。煌く星に、靡く軌跡を模った。
「こいつに誓って…」
それでも敬礼を返すことしか出来なかった自分に、涙を流す。




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