Shade&Star(流星の誓い)
8
報告を受けたバルバスが目的の部屋に入れば、1人を除いて皆揃っていた。
「メリーはどうした?」
「副長は呼んでませんぜ。それが大将のご希望でしょ?」
中年の髭面が、気さくに高めの声で答える。
バルバスは何も言わず、そのままモニタの前に立った。
「状況を」
矢次に用件を聞いてくるバルバスに、髭面は参ったと言わんばかりに両手を上げてみせた。
「お忙しいこった」
「時を許せば被害は拡大しよう」
「へぃへぃ…今回は2人」
髭面は手元のキーボードを叩き、モニタに画像を呼び出した。
現れた映像には、気味の悪いモノが映し出されている。
嫌悪に目を逸らしたくなるほどのそれを、バルバスは黙って凝視した。
「死体の発見は30分程前。地表に降りたハンターズがこれらを見つけなさった」
「身元は?」
「これで解かれば苦労しませんさ。今は2ラボが怪死体の解体に顰めっ面だろうよ」
髭面もどこか痛々しそうに顔を歪めた。
怪死体は2つ。刺殺体と斬殺体。
共に鈍器か何かでメッタ刺し、メッタ斬りにされている。
前日バルバスが見たものと殺害方法は微妙に違えど、その特徴は酷似している。
同一犯と見て、まず間違いないだろう。
「前回の4人組の身元は判明しました。大将の言った通りハンターズでしたぜ」
「そうか…」
「ワーカー4人組み。ちょいと調べてみると、あの日とその前後日に、ギルドでのクエストを受理したような記録がない…。地表調査の申請は出てましたがね」
「総督、又は最近動き出した政府ラボ直の依頼か?」
「そこまで確認は取れちゃいませんが…その辺は大将、察しがあるんでは?」
「<灼熱>のグレンか…」
「ハイ・マスターは権限が緩いのなんのって…この短期間じゃ足は掴めませんぜ」
「そうか…」
「今回の2人も、4人と同じような回答が返ってきそうですなぁ」
死体の山。ハイ・マスターランクのハンターズの動向。
今更ではあるが、こうまで謎が重なるものだろうか…
強い疑念は一層濃くなるばかりだ。
「解決させるには、やはり捕えるしかないか…」
小さく呟き、バルバスが踵を返す。
「もうよろしいんで?」
「ここで云々言い合おうと、出口は見えまい」
「相変わらず、淡白なお考えで…」
「…ナックス」
「冗談ですよ。そう睨みなさんな」
バルバスがここではじめてナックスと呼ばれた髭面と目を合わせた。
ナックスはそれだけでバルバスの言わんがことを理解したのか、ふっと笑って見せた。
「申請手続きは済ませてまさぁ。いつでも降りれやすぜ」
「単独で行く」
「なぁ?!」
とんでもない発言に、ナックスは驚きに声を上げ、そして周りの兵士達もざわめく。
「ちょっと待ちな、大将。死地に単身で乗り込むってですかい? そりゃいくら大将でも過ぎますぜ」
「他は船内で待機。いつでも出動できるようにしておけ。以上だ。掛かれ」
兵士達の非難も耳に入れず、バルバスが指示を飛ばす。
ナックスは困った顔で、バルバスを小突く。
「またまた暴君を見せ付けてくれる。嬢ちゃんには何て説明する気で?」
「全て任せる」
「あらら…折れることばかり押し付けてくれる…」
そんなにも構わず、バルバスは今にも駆け出しそうな勢いだ。
ナックスは大きなため息を吐き、そしてバルバスを呼び止める。
「大将、こいつを…」
ナックスはポケットから何かを取り出すと、それをバルバスへと放った。
「これは?」
受け取ったバルバスが、疑問を返す。
「死体の近くに落ちていた物らしいですぜ」
「遺品か?」
「それはそいつを見たらわかるでしょ? 大将なら、知ってるはずだ…」
バルバスは掌のそれを、凝視した。
泥と血のり。
それでもそれは煌びやかにも輝いているように見える。
「何か、手掛かりが見つかったですかい?」
「こういう物は、もっと早く出せ!」
叱咤するように言うと、バルバスは早足で部屋を出た。
残ったナックスがその背中に手を振る。
「無茶はせんでくださいよぉ…」
ふっと目を閉じ…
「ほら、全員準備に掛かれ。大将が怒り出しちまう」
20番隊参謀ナックスは、兵士達にバルバスの指示を繰り返した。
「こういうのが副長の役目なんでしょうが、うちの大将は嬢ちゃんにだけは甘いんだから…」
当の本人は、やはりぼやきながらではあったが。
9
今日2度目の政府高官襲撃事件の緊急対策会議を終え執務室に戻ったマハジャは、疲れた身体をようやく自席に投げ出すことができた。
吐く息は全てため息のように重い。
それもそのはず。事件が起こって以来、事件の調査、対策会議、船内監視警備、高官護衛と、これらは全て治安部に任されていた。
治安部隊全3隊で動いてはいるものの、流石にこれだけの軍務をこなすには、人員が足りない。
治安部総官代理を務めるマハジャに、一息をつける暇もなく…事件からかれこれ3日間、一睡もしていない状態であった。
主人と同じように項垂れる髪を束ね直し、デスクのソファに背をもたれる。
襲撃事件の解決を…考えることはそればかりだ。
シャフト…犯人までは特定できている。
しかし、それ以上の手掛かりが何もない。
シャフト…。
入隊してからこれまで、多くの難事件と直面してきたが、あの事件は中でも最悪部類に入る。
元軍部隊長の新郎を被って結婚式場に現れたバケモノは、そこにいた罪のない100名以上もの命を奪った。
しかし、バケモノは当時民間人であったサイに討伐された。
当時から治安部務めだったマハジャは原因追求に走ったが、政府の圧力により突き止められぬまま、研究機関封鎖という形で呆気なく…そして後味の悪い幕切れとなった。
未知のフォトンが絡んでいたとう情報もあったが、それも定かではない。
元が懐疑な事件であったため、今件にも関わりがあるのではないかと…。
事件から2日の沈黙…
シャフトの目的は果たされたのか。それとも、新たなターゲットを狙い定めているのか。
別の目的があるのか…
マハジャは瞳を閉じる。
解決への糸口を…
しかし、途端に襲ってくる睡魔。
瞳を閉じるだけで、いつでも睡眠に入れる状態にあったらしい。
寝ている場合ではないと堪えようとしたが、それ以上に、身体は睡眠を欲した。
マハジャの意識はそのまま夢へと堕ちる…
「マハジャ、いるか!」
そこへ遠慮のない声が飛び込んできた。
マハジャの眠気も、そこで無理矢理に醒めさせられる。
「なんじゃバルバス…そのように慌てて、らしくもない」
ノックも無しに執務室へ声の主へと、呆れたものを返す。
だがバルバスは非礼もなく、ずかずかと寄ってきたと思うと、マハジャのデスクの上にその大きな掌を叩きつけた。
あまりの衝撃に、デスク上の小物達が、一瞬浮き上がる。
マハジャが怪訝な目を向ける。
「随分と、虫の居所が悪いようじゃの…」
「そういうわけではない。これを見てもらいたい」
バルバスの掌の下から、小さな勲章のようなものが覗く。
マハジャはそれを見詰めるや否や、不思議そうな顔をした。
「これは…?」
「見覚えはあるか」
「忘れもせんよ。あの方には随分と世話になったものじゃ。しかし、これをどこで?」
「現在これの所持者はいるか?」
「馬鹿を申せ。主も噂くらいは知っておるじゃろう?」
「これは地表で…例の怪死体の付近から発見されたものだ」
「未知のエネミーと言うやつかの…?」
「どういう関係がある?」
「行き成りじゃの。我に申されても解からぬよ。それを持っている者は船には…否、どこを探してもおらぬはず。無論パイオニア1にも…」
それではいったいどういうことかと問いただしてくるバルバスに、マハジャは腕を組んで思考する。
「シュンカ隊長殿…よろしいでしょうか?」
そこへ、新しい声。
マハジャが短い返事を返すと、ミイニが部屋へと入ってきた。
ミイニは視界に、大柄なアンドロイドを捉えるなり、敬礼する
「これはバルバス中佐殿。ご苦労様です」
「ご苦労、中尉」
「失礼致しました。改めます」
「構わぬよ。何か掴めたかの?」
すぐに退室しようと下がったミイニだったが、そこでマハジャに呼び止められる。
部内では厳格な性格と通っているバルバスに、少し気まずさを感じながらも、ミイニは端末を持ってマハジャの前へと出る。
それと同時に、バルバスは一歩下がった。
ミイニを気遣ってなのか、それとも他隊の任務事項が記されているであろう端末の中身を、覗かないようにとの配慮だろうか。
どちらにせよ、そのような些細な行動もミイニにとって余計な緊張に繋がった。
しかし、そんな場合ではないだろうと我を戻す。ハッキングから得た真実を伝えるため。
と、そこでミイニはバルバスの持ってきた小さな物を見つけた。
不思議そうにそれを覗き込み、凝視する。
「ぬ? どうした中尉」
「いえ。あの、これは…?」
「地表で発見された物だ」
ミイニにバルバスが付け答える。
「地表の怪死体事件の…?」
「そうだ。何か心当たりがあるのか、中尉」
「心当たりと申しますと…」
ミイニはもう一度それを凝視した。
やはり間違いない。
「サイ隊長も、これと同じ物を…」
あの時に見せた、小さな流星のエンブレム。
それと同じものだった。
しかしこれはいったいと、ミイニが顔を上げると、マハジャは険しい表情のままで固まっていた。
「シュンカ隊長?」
「なるほど…確かに、サイならば所持しておるかもしれぬ……」
「中尉、情報は確かか?」
マハジャに代わってか、バルバスがミイニに訊ねる。
「は、はい。間違いないと…」
バルバスはミイニの隣までやってくると、再びデスクを叩いた。
「マハジャ!」
気迫のこもったバルバスの言葉に、思わずミイニも飛び上がる。
バルバスに圧されたか、エンブレムを見詰めたままマハジャが話し始めた。
「このエンブレムは、過去に<死神>と呼ばれた女性隊長と、その部隊の者が掲げていたものじゃ」
「<死神>?」
「ミーティア=ライト少佐――現欠番である14番隊元隊長。制圧部隊であったが、隊長を除きこのエンブレムを持つものは、皆任務中に不遇の死を遂げておる」
「ではサイ隊長がそのエンブレムを所持していたということは、過去にその部隊に?」
「いや…サイの入隊前のことじゃ…。あやつは部隊と関係ない」
「それでは、いったい…?」
マハジャの表情が濁る。
「あやつとエンブレムとの接点…。サイは何故か、その隊長殿と親しい関係にあったようじゃ…」
「それでサイ隊長も、このエンブレムを…」
「おそらくの…。そして、彼等の前にシャフトが現れた…」
「え?」
「100以上の命を奪ったシャフトとは、その隊長の伴侶のことじゃ」
驚愕に、電気のようなものがミイニの全身を奔った。
驚いているのは、ミイニだけではない。
同じくバルバスも固まっているように思える。
「生物学の研究者であった。何らかの研究で危険な菌に感染。そしてシャフトと化した伴侶は、嫁娶(という日を、崩壊させた…」
サイがシャフトに執着する理由。
では、その隊長の旦那を殺したのが自分であると…。
贖罪を背負っているのだと。
明らかになった、サイとシャフトと、そして流星のエンブレムの秘密。
「マハジャ、もう一度問う。このエンブレムの所持者はいないのか?」
バルバスが重々しい口調でマハジャを問い詰める。
「申した通りじゃ。サイは例外としても、これを持つ者は皆亡くなっておる」
「ライト少佐殿はどうだ?」
バルバスの問いに、マハジャは苦々しく返事を返す。
「確かに…ミーティア殿ならば未だ所持しておるかもしれぬ。じゃが彼女は彼の件で足の自由を失い、現在は本星のはずじゃ…」
そこまで言って、マハジャは自分が大変な矛盾を口にしていることに気付く。
「馬鹿な…」
ありえない話である。
地表の事件が起きた時、サイは基地に。ミーティアに至っては、船内にすら居ない。
だが、自分の知る中では、この2人以外にエンブレムを持つものは存在しないはずだ。2つのうち、サイが片方を所持していたというのならば…
「では、このエンブレムはミーティア殿の物じゃと…?」
マハジャの記憶に過ぎるのは高官の言葉。
『復讐にきたんだ…』
まさか、復讐の為にミーティアが船に乗り込んでいたとでもいうのだろうか。
シャフトと流星のエンブレムが、船内と地表2つの事件を不明瞭に繋ぐ。
「これの所持主がライト少佐殿であるのならば…それが被害者か。それとも加害者かだ…」
バルバスはエンブレムを指し、冷静にも核心に迫る。
加害者の言葉にマハジャは疑問をあげた。
「待て、バルバス。加害者とはどういう意味じゃ? ミーティア殿が高官等に恨みを抱き船内の犯行に至ったのであれば納得もするが、地表で殺人を行う目的には見当がつかぬ」
「まってください」
ここまで黙っていたミイニが割り込むように声を上げ、2人の前に端末を差し出した。
恐ろしい真実の暴露を。過去の事件の事実と今回の事件を、結び付けるため。
「これは…?」
「私が入手した情報の全てです。過去のシャフトの事件には、Dが関係しています」
室内に再び激震が奔る。
「Dじゃと…? 真か中尉? この星は宝庫ではないか!」
「シャフトとは、Dを人間に投与して生まれたモルモットか…? では、そのシャフトの研究が持ち込まれている可能性は高いな」
「殺戮尽くした凶鬼の研究が、船内で未だ行われておると…」
マハジャが苦しげに呟く。
だが、見詰めねばならない。これ以上の被害を、混乱を出さないためにも。
「では、地表に現れた存在はシャフト…。して船内のシャフトは、やはり船に乗り込んだミーティア殿じゃと…?」
不可解な両事件が一本になりつつある。
同時に起こった衝撃は、過去の悲劇から生まれた必然の産物なのか…
「では、ミーティア殿は地表のシャフトに…」
そして2度目の悲劇も浮き彫りになる。
「きっと、違います…」
ミイニの掠れた声が、推論を否定した。
あの時のサイの様子と言葉が蘇る。
船内のシャフトはサイの知る人物。だが、それは本当にミーティアだったのだろうか。
復讐等という言葉は、サイの口からは出てこなかった。
正体を知るサイであっても、船内のシャフトの行動は理解できなかったのだろう。
だとすれば、それはミーティアではなく、そして復讐等の類ではない。明瞭な目的のある第三者。シャフトの件とは違った角度から関わる人物でなかろうか。
この事実と、そして今までの推移から導き出される答えに…。ミイニは口を抑え、その場で崩れた。
「どうされた、中尉?」
「違うんです、きっと。船内のシャフトはミーティア殿ではありません…」
「どういうことじゃ? どうしてそれを?」
「サイ隊長のあの様子…。サイ隊長は復讐だとは考えられなかった…。政府は関与していないはずです。研究には別の勢力が関係していると思います」
「サイがそう言っておったのか?」
「はい…。そして…」
途方もない負の波がミイニに押し寄せる。
こんなことになるのならば…いや、こうなることがわかっていなのではないか…
「…隊長は、シャフトを追って…」
「追う? あやつはセンターで寝ておるはずじゃが…?」
どうして止めなかったのか。
凶鬼に飛び込むサイを。これでは見殺し同然ではないか。
ここにきて、またも巻き込んでしまったのか…
「いえ…そのサイ隊長が、です…」
「……あの瀕死の身体で抜け出した、と…?」
ミイニは静かに頷く。
マハジャとバルバスの顔が戦慄に歪んだ。
「あやつ…どこまで嗅ぎ付けておるのじゃ。やはり問い詰めておくべきであった。愚かな真似を仕出かすつもりではあるまいな!?」
「馬鹿者がっ…!」
バルバスがその場でサイを叱責する。
マハジャも勢いよく立ち上がった。
「中尉の話が真であれば、相違った見解も上がってくる。船内の犯人がミーティア殿でないのならば、地表で発見されたエンブレムは…相見えたシャフトに返り討ちとされたか時のものか。それとも…バルバスの申したよう、加害者か…」
復讐が繋ぐ、もうひとつの推論。
冷静にも、それでも最悪の事態を想定し表情も曇る。
それをも切り裂かんと、バルバスは脱兎の勢いに駆け出した。
「バルバス! サイと地表の方は頼む! 我等は研究の方を探ってみよう」
「了解した。面倒だが、見舞いを通り越してあいつの墓を拝むつもりは毛頭ない!」
そこで急にバルバスが足を止めた。
思い出すのはグレンの台詞。
あれが軍部のことを指しているならば…
一瞬の間を置き、そしてマハジャへと振り返る。
「…マハジャ、軍部だ。この軍部に何かしらの手掛かりがある!」
「ぬ? 主、それは真に申しておるのか…?」
バルバスは既に走り出していた。
その背中に、マハジャは小さく頷く。
「了承した。我等も参ろう、中尉!」
だがミイニは、俯き肩を震わせていた。
マハジャはふっと息を吐くと、優しい表情でミイニの肩に手を乗せる。
「中尉が悪いのではないよ」
「し、しかし…今回も引き留めることはできたんです! 私が…私のせいで…! エンブレムのことを知っていれば…」
「中尉はサイも死んでしまうと思っておるのか?」
「………」
「そのような迷信…あやつが斬り裂いてくれよう」
マハジャはエンブレムを差し出す。
ミイニはそれを黙って受け取ると、掌に翳す。
零れた水が、エンブレムに落ち…それは微かに、輝きを取り戻した。
10
決心と旅立つ。
あなたは笑った。どこか陰を宿して。
「じゃ、先に行ってる」
「ほんとに行っちゃうんだ…」
「あぁ。ミーティアさんがくるまでに、ラグオルを綺麗にしとくよ」
「………」
「大丈夫さ。パイオニア1の連中が、既にテラフォーミングしてくれんてんだし」
「でも、死んだあの人は…ラグオルの亜種フォトンを研究してて、あんなことに…」
「…それも、解決させる…」
「いいえ、駄目よ。君だって、その瞳。事件以来に宿った特殊な力のことがあるのよ?! 研究者にバレたら、大変なことになる…。お願い、危険なことはしないで」
「わかってるよ。……あんたも、復讐なんて馬鹿なこと考えんじゃねぇぞ?」
「う、うん…わかってるわ…」
「そんじゃ、行ってくるよ」
「待って。もうひとつだけ、約束して」
「あん?」
「自分の…自分の信じた道から叛かないで。どんなに躓いても、遠回りしてもいいから。決して、進むことだけは止めないで」
「………」
「君は…あたしの最後の希望だから…」
「……わかった。何があっても、目の前の事から逃げ出さない。俺の刀は弱きを、道を、守るためにある。斬り開いて行こう、この刀で」
「うん」
「誓って、この流星に…」
11
緑で包まれた森に、一点映える赤。
鮮やかに、焼きつくその赤の色でさえ、まるで哀れむかのように、空は無情の灰色をしている。
瞳を閉じ、坐禅を組み、微動無く。
ただその時が訪れることを、じっと待つ。
未だ危険の消えない森にて、その身なりは刀の一振り。
フォトンという機構が確立された今の世で、その鈍色は異彩に、儚く力強く矛盾を抱えた光を放っている。
か細い鉄に、何を託すのか…。
空と森と赤に、暖かくも冷たくもない風が撫ぜる。
風に木々が揺れ、緑の葉は幾枚か、音も無くひらひらと地に落ちた。
葉はそこで黒く染まった。
その黒は全てを呑み込んでしまう闇だ。
闇はいったい、どこからどのように現れたのか。
音も気配もなく、それを唯一の闇を纏って。
闇の向き直る先は刀と背中。
「ドウシテ…ココニ…」
無骨な声は、風に乗って背中に届く。
「勘さ。ここにいりゃ、会えるかな…ってね」
坐禅を解き、立ち上がった男は瞳を開け、闇の方へと振り返る。
その瞳は青く印象的に光り、緑の中でその存在を放っていた。
対面には全身を覆った漆黒のマント。異様なまでに伸びた腕。そして、奇怪な仮面。
「ナゼワカッタノ…?」
「その前に、その醜い仮面を取れよ」
一拍の間を置き。
マントの下から現れたのは、真っ白な人の腕。
その腕を仮面の後へ回すと、少量の煙を吐き出し、少し浮き上がった仮面が首下までスライドした。
腕と同じく真っ白な肌をした女性の顔が、黒に強調され、美しく浮かび上がる。
腰まで達した透き通る銀髪をアップにまとめ、尖った耳は小さな顔を際立たせる。
一点冴える色はガーネットを思わせる紅の瞳。
それを見て男は、どこか安心したような表情で微笑んでみせた。
「かわらねぇな、お前は。まだ、裏の情報屋やってんのか? 癖は直ったか?」
「冗談はよして。どうしてここにいるの?!」
対して女性は、厳しい声、厳しい眼差しで男を見詰めている。
「何言ってんだか…。お前を…シャフトを止めにきたんでしょうが」
「関わらないでと言ったわ。それに、再生手術を受けたにしても、まだ動けないはずよ…」
「心配で仕方ねぇんだよ、お前のことが。自分の身体よりもね。兄の気持ちも察しろよ」
男はそういって腹部を擦ってみせる。
「ま、いつかお前に刺されるかもと覚悟はしてたが…ロクな兄貴じゃねぇのは認めるよ」
「そうじゃないわ、兄さん! 今回だけはどうしても…兄さんにだけは関わってほしくなかったの!」
「そりゃ残念だったな…」
「サイ兄さん!?」
サイは女性の訴えを容易く払いのけるようにひらひらと手を振るった後、近くにあった木へとよろよろと歩み寄り、背中を預ける。
「積もる話は沢山ある。お前が今まで何処で何してたのかとか、お前の能力はどんなものなのかとか、恋人はできたのかとか…」
そして再び女性へと視線を向ける。しかしその表情に先程の微笑みはなく、鋭かった。
「でもそんな話、今はいい。説明してくれリップ。何が起きてる? お前がシャフトに変装してる理由はなんだ?!」
「………」
返ってきたのは静寂。
ただ風だけが流れ…
サイは女性――リップを見詰めたまま。そしてリップは俯いている。
永い時間が訪れ…それでもサイは、その視線を放すようなことはしなかった。
どれだけ時間が経っただろう。堪忍したのか、リップは俯いたまま静かに口を開いた。
「ミーティアさんを巻き込んだ、悪夢のような事件…。あの事件を巻き起こした原因に当たる研究…。未知の検体の解剖解明の為の研究だった」
「22年前に落下した隕石に付着してた特殊な細胞。フォトンに酷似した因子を備えており、まるで意志を持った生態であるかのように、全く未知の検体だった…だろ?」
「そう、分裂、融合、侵食、干渉によって現れる新たな因子…。それに目をつけた科学者は、医療を名目に、解析もされていない細胞を使った人体への有効性の研究を新たに開始した」
「そして、シャフトが誕生した…ってか?」
「あの事件は研究員達、そして政府にとっても予想外だった。あのようなことになるとは思ってもなかったでしょうね」
「政府に取っちゃ、美味しい出来事だったんじゃねぇのか」
「面目上の施設閉鎖。改めて危険性を示唆されることとなった政府は、そこで医療研究を打ち切った」
「それでもこの星から離れようとしない理由は…可能性を見出してるからか…」
「そうでなければ、この星を移民の対象には選出しないわ」
サイは悲痛に顔を歪ませる。
「政府の飼犬(や32番隊:WORKSがコソコソと動いてるのは知ってる。だが…お前がそんな格好してるってことは、それらとは別に…未だ行われてるのか、あの研究が」
「細胞は魔物達の欲求を満たしたわ。あの事件、全ては必然だったの」
次第に低くなる声に、サイの顔も次第に険しくなっていく。
「狂ってやがる…」
「兄さんも、Dのことは知ってるでしょ? オスト博士やゾーク…そして<赤輪(>リコですら呑まれていった…」
「権威や英雄達でさえ、叶わなかったそれを、手に負えると思ってんのかよ」
「Dに侵されたモノは、殺戮衝動を宿した危険な生命体へと化す。洞窟や、遺跡のエネミーがそれを証明してくれているわ」
「それを人体に無理矢理に感染させてるってか…。あの凶鬼の生産をしてるってことかよ?!」
「感染なんてものじゃない、あれは融合…。シャフトの研究は本星で従順に進行した。そして、政府とは別に、独自に細胞を得ることにも成功した」
「独自に? どういうことだ? 隕石から発見された細胞は全て政府管下にあるんじゃねぇのか? 研究を行ってんのは、政府伝手の連中じゃないのかよ?」
「政府との関わりがあるのは確かよ」
「だったら…!」
「政府とは別に、新たに細胞を…この星から本星に持ち帰った人物がいるの…」
「なっ…!!」
驚愕と疑惑。
謎の爆発以来、これまでにパイオニア1の生存者は確認されていない。
だが、そのパイオニア1から本星への帰還者がいると…
そのような事実があると…
「…全滅したはずのパイオニア1の搭乗員達…。なのに生存者がいるってか? 」
「そう。本星での研究を経て、そしてラグオル到着を持って、遂に実験は最終段階へと移行した」
「……全滅じゃない…。例外にもラグオルでの報告の為、本星に帰還した者達がいた…。じゃあ何か?! やつらが…!?」
サイが困惑の怒号を上げる。
あのような悲劇が起こし、尚、何をやろうというのか。
だが、リップは淡々と続ける。
「だから私は…狂行を防ぐため、シャフトに変装して、研究の真相を知る高官を襲撃した…。これ以上の研究を阻止するため。でも、遅すぎた。高官を抑えただけじゃ、もう止まらないわ」
「凶鬼が…あんなものを生み出して、許されるってのか?」
「…実験体は地表に放たれた。その成果を収めるために。 悲劇がまた繰り返される…。お願い兄さん! すぐに船に戻って! 手遅れにならないうちに…兄さんだけは、関わらないで!!」
「冗談じゃねぇ! いるってことかよ! あれが、シャフトがここに!」
そしてその瞬間、森の中から、黒い“何か”が飛び出した。
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