Shade&Star(流星の誓い)
12
リップは仮面をつけ、その白い腕を鉄の腕へと通した。
2m以上あろう長腕を前方の地面につけ身体を固定すると、仮面から高縮されたフォトンの光線を“何か”に向けて放つ。
空気を焼きながら飛来する光線を、“何か”は身を屈めるようにしてかわし、四つん這いの状態で疾走する。
並みのスピードではない。瞬時に懐まで潜り込んだ"何か"は、その腕を突き出すようにリップに叩きつけた。
大きな打撃音と共に、リップの身体が後方へ弾き飛ばされる。
だが、リップは空中で身体を反転させると、鳥が舞い降りるが如く緩やかに着地した。
受けた衝撃を一切無にしたかのように。
そして、身を捻りながら上空へと怪腕を伸ばす。
いつの間にか頭上に迫っていた“何か”の腕を、金属の爪が弾く。
一瞬がら空きになった胸部を貫かんと、もう片腕で追撃。
しかし"何か"は、身動きの取れないはずの空中で、器用に身体を捻ってそれをかわすと、捻りを利用した拳をリップの顔面に打ち付けた。
首が千切れそうな程の衝撃に仮面は砕け散り、リップの身体は縦に回転する。
只では済まさんと、リップは未だ空中の“何か”の足を掴むと、腕を一杯に伸ばし地面へと叩きつけた。
更にもう一度、今度は逆方向に“何か”を叩きつけると、後方へと大きくそして軽やかに跳躍して距離を取る。
一連の動作には、まるで重力が感じられないように。
しかし、受けたダメージは深刻だった。
長腕で身体を支えるような状態で、息をつく。
相手のその動き、その力、彼女の予想を遥かに凌駕していた。
仮面が無ければ、間違いなく顔面は潰され、冥府へと行っていただろう。
未だに揺れる視界で、“何か”が立ち上がっていないことを確認すると、サイの方へと目を走らせた。
その場で硬直するサイに、リップは懸命に声を張り上げる。
「兄さん、逃げて!!」
しかし、サイに声は届いていないのか。
瞳は虚ろに、ただその“何か”を見詰めていた。
人型。筋肉が剥き出しになったような身体。その腕、そして五指はやはり長太く、怪腕のそれに相応しい。
背中は丸く、それは明らかに発達した背筋のせいなのだろうか。
膨らんだ大腿は、人の巨木のように太い。
そして、漂う腐臭と死臭。
全身斑模様の不気味なフォトンの光。
何よりも、闇そのものを現したかのように漆黒に染まった。
人の形をした、怪物。
それは、正しく、あの日に見た凶鬼のシャフトの姿。
しかし、ひとつだけ全く異なったものがある。
人であったときのそのものなのか。
風に靡く、長い金髪。
煌びやかに、曇空の下で尚、その美しさは衰えを見せることなく。
どこからか、優しい香りがする。
それは、髪の匂いなのだろうか…。優しく、落ち着く香り。
そして、忘れもしないこの香り…
「ミーティア…さん?」
バケモノを前に、サイは無意識にその名を口にしていた。
有り得ない。それは解かっていながらも、それでも口に出さずにはいられなかった。
囁く声は風に乗り、シャフトの元へと運ばれる。
そして、シャフトは遅れて立ち上がると、ゆっくりとサイへと振り向いた。
絡み合う視線…
時が静止する。
髑髏が剥き出しになった表情。眼球は存在せず、また鼻もない。
しかし、窪んだ目にできた水溜りは、サイの姿を確かに映し出していた。
「ミーティアさん…なのか?」
彼女と判別できるような容姿ではない。
だが面影を感じられずにはいられなかった。
理由はない。だが、決して間違えもしない。
尊く、気高く、そして誰よりも自分のことを認めてくれた。理解してくれた。
彼女の笑顔に微笑んだ。
彼女の涙を掬い上げた。
彼女の想いに心を許した。
そして、彼女に憧れた…
たった1人の人物だから…だからこそ…
「ウ…ァウゥ……」
「…違う……嘘だと言ってくれ…!」
サイは千切れんばかりに首を横に振った。
そのはずはない。認められるわけがない。
そんなサイを庇うように、リップが間に割って入った。
「兄さん! シャフトは私が引き受けるから、兄さんは逃げて!」
肩越しに叫ぶ。
だがサイは動かない。
「なぁ、リップ…あれは何だ?! 誰だ?!」
「違うわ…あれは実験で生まれた生命体。私達が知ってる、あの人じゃない!!」
「どういうことだよ? なんで…なんでだ? どうしてシャフトの姿に…?」
「…だから…関わってほしくなかったの……。今回の実験に使用されたサンプル…それが、軍部で隊長を務めた経験のある者ならば……」
「…どうしてそれがミーティアさんなんだ?! シャフトの事件で脚を不自由にして、今は本星にいるはずだ?!」
「あの人の哀しみは、兄さんが一番知ってるはずでしょ? 全ての部下を失い、最愛の者を奪われ、そして身体の自由までも奪われた。でも、全てを失った彼女が、もう一度自由を得られるというのならば…」
「……悪魔にその身を売ったってのか? 復讐なんて、馬鹿げたことをするために!!」
冗談だろうと、サイは再びシャフトを見詰める。
信じられるわけがない。信じない。信じてたまるものか。
それ程に強い想いを抱いて。
「嘘だろ?! 冗談だって、笑って見せてくれ!!」
闇に対しての、心からの叫び。
しかしそれは、突如として現れた紅蓮の壁に遮られた。
「なっ?!」
眼前で燃え盛る灼熱の炎が、兄妹とシャフトとの間を引き裂く。
そして揺らめく炎の中から、誇ったような笑い声が聞こえる。
「ククク…。たいしたものだな、今回のこれは。完成の情報は確かだったか、シャフト」
「<灼熱>!? あなたが…?!」
炎から人影が現れる。
ボディに、全身炎を纏ったようなフレーム。
肩には鬼面のマグが浮かび、そして、炎の大剣。
全てを深紅の炎に染めた、規格外のアンドロイド。
いくらアンドロイドの体といえど、炎中にいて、只で済むものか。
どういった機甲をしているのか…。
あらゆる点で、逸脱した存在がある。
「ほぅ。驚いたな。キサマ、女だったか」
表情を歪めるリップに、炎のアンドロイド――<灼熱(>のグレンは満足気な笑みを浮かべた。そのような気がした。
「クク…見るからに、状況は劣勢のようだ。まぁ、そこで見物していろ」
「あなた達は、何をやろうとしているの?!」
「キサマには関係ない。言うだけ無駄だ。ヤツを捕えた後、キサマも死ぬからな」
そういうとグレンは、サイにも視線を向けた。
「そこの腰抜けは仲間か? ククク…お似合いだな、おい」
僅かな動作から、グレンは2人向けて炎の剣を一振りした。
「――!! 兄さん、避けて!!」
剣から放たれた、灼熱波。大気をも焦がす熱風が襲う。
早い。だが回避を誤る程のレベルではない。
リップは咄嗟に空中へと逃げる。
しかし、サイは反応できていなかった。否、動ける状態ではなかった。
「――がぁ!」
熱波をもろに受けたサイは、そのまま後方の太木へと叩きつけられた。
鈍い音。木は軋み、大きく揺らした。
追撃もなく、間もなく着地したリップがサイの元へ駆け寄る。
「どうして? 負傷してるからって、兄さんならあれくらい避けれないはずが…」
身体を抱き起こそうとした時、リップはサイの腹部を見て絶句した。
赤い装甲服の上からでもわかる程の出血。
今できた怪我ではない。
「まさか…兄さんまだ再生手術も受けてないのに…!」
「ミーティアさん…」
しかし、それでも尚サイの意識はそこに在らずだ。
健気とでもいうのだろうか。いや…哀傷に堪えない。
彼女の知っている、兄の姿はそこにはなかった。
「兄さん!しっかりして!」
リップの呼び声にようやくサイは焦点を戻した。
「…大丈夫さ。ちょっと傷が開いただけだ…」
「開いた? 嘘! 閉じてもなかったはずよ!?」
「喚くなよ。別にはじめてじゃねぇだろ…」
そういうと、サイはリップの肩を支えに身体を起こした。
しかし、それでやっとという感じだ。頼りがなければ今にも倒れてしまいそうだ。
「もうダメよ! 無茶はやめて! 今度ばかりは本当に死んでしまうわ!」
リップが悲痛に叫ぶ。
だが、サイは炎の壁の向こうにいるはずのシャフトへと、真っ直ぐに視線を向けていた。
「あの人の前で死ねるかよ…。もう悲しませないと、そう誓ったんだ! 俺は…あの人を助けなきゃならねぇんだ!!」
炎の奥で、揺れる人影。
シャフトとグレンの戦闘は既に始まっていた。
ワーカークラスを一瞬で昏倒させる程の実力を持つリップですら苦戦を強いられたシャフトを相手に、グレンは名の通りの灼熱を巧みに操り、シャフトを追い詰めていく。
「…やらせるかよ!!」
サイは刀に手を掛け、一心に炎の壁に突撃する。
だが、それも叶わず、サイの身体は地面に引き寄せられるかのように転倒した。
やはり動けるはずもない。いや、意識があるのも不思議な程だ。
己の精神力のみで、それを保っているのか。
それでも、サイの青い瞳に灯った炎は消えない。
「兄さん、無理よ! そんな体で何ができるの?」
「あの人を助ける。それだけでいい…!」
「もう止めて! 方法はないの! …もっと被害が出る前に、悲劇が繰り返される前に…!」
「ざけんな! だから殺すってのか? やらせるかよ! 俺が止める! あの人を助ける!」
「他に方法があるんだったら、私もやってるわ! 私だって、ミーティアさんにお世話になったもの! だからせめて、私達の手で…!!」
「諦めるもんかよ…!」
必死に足掻くサイを他所に、リップは大きく跳躍した。
人の身体能力の概念を無視した跳躍力が、炎の壁をも飛び越え、シャフトを仕留めるべく舞い上がる。
「羽虫が!」
しかしグレンはシャフトとの戦闘の最中、一瞬の隙をつき、上空のリップへと炎剣を振るった。
熱波はリップを打ち落とす。
「きゃあ!」
なんとか着地するも、その眼前を再び炎の壁が奔った。
「大人しくしていろ。キサマの相手は後だ」
「あなた達には、渡さないわ!」
「安心しろ。こちらの用件さえ済めば、きっちりとトドメは刺してやる」
グレンは火力を強め、シャフトへと一撃を振るった。
刹那、蒼い何かがグレンの剣を弾く。
「何だ?!」
剣を弾いたものの正体は、蒼いフォトンの投刃。
その蒼色に、グレンは見覚えがあった。
一旦シャフトから距離を取り、飛んできた方へと視線を送る。
グレンだけでなく、またリップもサイもそちらに集中する。
佇む人影と、巨大な何か。そして蒼い炎…
グレンは目を細め睨みつけるように、憤った声を上げた。
「また邪魔をする気か?」
「そのように危険な生体を…貴様のような胡乱な輩に渡すわけにはいくまい」
「生き長らえた命、粗末にするか! キサマ!」
「借りを返しておかねばな!」
蒼のフォトンを纏った大剣。それを憤然と担ぐ、黒紫のアンドロイド。
予期せぬ人物の登場にサイも驚き顔だ。
黒紫のアンドロイド――バルバスは一瞬だけ、サイへと振り向いた。
「馬鹿者が! 何を呆けている?!」
「バルバス…?」
「目を離せる程の余裕があるのか? おい」
グレンがバルバスに憤慨した言葉を放つ。
軍部の獅子と深紅の炎とが、衝突するように視線を合わせた。
「ターゲットが前ありながら、キサマとの遊びに興じるほど粋狂でもない。燃え尽きろ」
グレンは剣を構えると、躊躇もなくバルバス目掛けて振り下ろした。
剣から放たれる、渦巻く火炎。
テクニックをも上回る火力が、バルバスを呑み込む。
「ヴァルキリー・バースト!」
だが、蒼はその火炎をも吹き飛ばした。
炸裂した蒼が、再び形成するは大きな突撃槍。
「エンド…ストライク!」
赤と蒼の炎塵の中から、弾けるようにバルバスが飛び出した。
大地を蹴り上げ加速をつけ、爆発的な質量を付加させた突進が、驀進とグレンを定める。
しかしグレンは、迫り来る大質量を前にも全く動じず、己の左手で炎の剣を殴りつけた。
剣を包む炎がその拳にも灯る。
「小賢しい!」
吐き出された気迫と共に、灼熱を纏った手腕を槍先に叩きつける。
凄まじい轟音を鳴らし、赤と蒼が激突。
バルバスの突進を片腕で止めようというのか。
余りに無謀だろう。
考えるのも馬鹿らしく、蒼はその質量を持ってして赤を突き押していく。
だが…
突進は次第に勢いを失い、そして均衡した。
赤と蒼が晴れた先に現れる、2体のアンドロイド…。
そして、愕然の光景。
突撃槍の驀進を片手のみで受け止める、悪魔の風格。
「馬鹿な…」
バルバスの実力を知るものならば、誰しも驚いたことだろう。
彼の突進は、ドラゴンの足を粉砕しても、まだ止まらない突進力がある。
それを体格も違わぬアンドロイドが、その腕一本で止めたというのだ。
「ククク…これが、オレとキサマとの格の違いだ!」
グレンは勝ち誇ったように笑うと、その手に宿った炎を一層赤く滾らせた。
「これまでだ。灰となれ!」
グレン自らも炎を纏う。
灼熱に相応しい熱量が、ヴァルキリーと、そしてバルバスの身体を焼き付ける。
だが、バルバスは怯まない。
「ストライク…!!」
声に呼応して、再びヴァルキリーが輝いた。
「悪足掻きか?! ククク…無能の愚者にはそれしかないか!」
グレンが笑う。
しかし…
ズンッ、と、ヴァルキリーを受け止めるグレンの腕に、これまでにない圧力が掛かった。
先の突進よりも、更に何倍も強い。
押し返されそうになる腕に、力を込める。
「な、何だ…?!」
「こいつは俺が引き受ける! お前達はやるべきことをしろ!」
バルバスがサイとリップに叫んだ。
唖然とする2人であったが、リップは気を取り戻し直ちに動き出す。
両手を広げたと同時に、氷雪系のテクニックが発動し、周りの炎を掻き消す。
そして重力を無視した軽やかな跳躍。目指すはシャフトだ。
「そいつはオレの得物だ!」
グレンが吼える。
「余所見する余裕があるのか?!」
グレンの放った言葉を同じように返し、バルバスは更に力を込め1歩踏み込んだ。
グレンの腕が悲鳴の如く不愉快な音をたてる。
「グゥゥゥ……キサマ…いったい何をした?!」
「見据えた。それだけだ!」
グレンを跳ね飛ばさんと、渾身込める。
「やってくれる! キサマとは違った形で遇いたかったものだが!」
と、その時だった。
バルバスの脇腹に強烈な衝撃が奔る。
正面に全体重を掛けていたこともあり、身体はバランスを失い、大きく傾く。
グレンがその隙を逃すことはない。
ヴァルキリーから手を放すと、炎剣を握りなおし、灼熱を持ってバルバスに斬りつけた。
なんとか斬撃を受け止めては見せたが、その威力は、バルバスの身体を弾き飛ばす。
ヴァルキリーを地面に突き刺し、制止。それをすぐさま引き抜くと、正面へ剣を振るった。
追撃に迫ったグレンの炎剣と激突し、赤と蒼のフォトンの火花が舞う。
「“オーガ”を喰らってまだ反応するか。ククク…まさか軍部にこれほどの敵手がいるとはな。ハンターズには失望してたところだ、丁度いい!」
「攻撃型のマグか…。脅威に値する攻撃力だ…」
バルバスは脇腹を見やる。拳ほどの大きさの窪みから、バチバチと電気が散放電している。
それでもこの傷自体はそれ程深刻なものではないのが、このまま時間が経てば、それなりの機能障害も考えられる。相手が相手だけに、ここでの動作の衰退は死にも等しい。
「存分に愉しみたかったが…仕事中でな。残念だが、オレの炎のエサになってもらう」
逃れる術を考える暇も与えず、グレンは炎剣に更なる灼熱を纏わせた。
空間は揺らぎ…足元の草花でさえ、その熱に焼けていく。
「このまま焼け死ね!」
やがて高温の炎は、バルバスの身体に絡みついた。
鋼鉄の装甲を持ってしても、耐熱の限界点もある。
たちまちに計器は振り切れ、警音が頭を喧しく叩き始めた。
絶対の窮地へと追い込まれる。
だが、火だるまになりながらもバルバスのその双眸はグレンを勇ましく見据えたままだ。
「貴様に小細工は通用すまい!」
力強い何時もの声。
都合がいい。元々、長期戦は考えていなかったのだから。
「ヴァルキリー・デスサイズ!!」
呼応してヴァルキリーの先端から現れる、強大な蒼き弧刃。
それは、外に実刃、内にフォトンの弧刃を構えた、特異な武器。
突き出した蒼いフォトンの剣鎌は、炎の剣を押し返すと絡みついた炎ごと一蹴した。
「馬鹿な…!」
今度はグレンが驚愕する。
自尊する力を、単純な力で押し返され、そして灼熱の炎を消し去った。
この力は何なのか。少なくとも3日前に交戦した時よりも、明らかに上回った力を見せている。
では、あの時は加減でもしていたというのか。
だとすれば、これ以上の屈辱はない。
「キサマ、殺すだけでは済まさんぞ!!」
グレンが吼え、剣を奔らせる。
対してバルバスは悠然と、鎌と化したヴァルキリーを担ぎそして深く構えを取った。
「言ったはずだ。借りは返すと」
そして、地面すれすれ走らせた掬い上げの斬撃と、最頂点からの打ち降ろしの斬撃がぶつかり合い、鈍音を鳴らす。
その音に乗って舞うようにリップは鉄の爪をシャフトに向ける。
鋭利に研がれた一指一指が狙う先は、急所のみ。
しかしそれは、人体の急所であってバケモノとなった者に有効なのかどうかは解からないが…。
だが、それらの攻撃も、全てかわされていた。もちろん御釣りも返ってくる。
腕で防御。それでも、リップの身体は大きく吹き飛ばされた。
何事もなかったように着地し、すぐさま身体をまた別の場所へと跳ねさせる。
今いたその場所に、シャフトの怪腕が叩き込まれた。
地面を深々と抉る。
シャフトの攻撃も恐ろしいほど正確に、そして全てが即死域だ。
冷たい汗が流れる。
しかし、息をつく暇もない。
既に攻撃態勢に入ったシャフトと同じよう、リップも構える。
先手に飛び出そうとするリップを、サイの腕が遮った。
「兄さん! 何のつもり?!」
「落ち着けよ」
何を落ち着けというのか。今にも飛び掛かってきそうなシャフトを前に、リップが戦慄に固くなる。
「離れて! 今の兄さんじゃ避けれない! 死んじゃうわ!!」
「バルバスが炎のアンドロイドは抑えてくれる。大丈夫だ」
「そういう問題じゃない! 何が大丈夫なの?!」
「やっとゆっくり話せそうだな、ミーティアさんと…」
サイは一歩踏み出した。
それが合図となったように、シャフトが跳んだ。
首を刎ね飛ばすだけの威力を持った怪腕が、瞬時のスピードでサイの喉下に迫る。
リップはサイに覆い被さるように、無理矢理地面に伏せさせた。
僅かなところで、怪腕はリップの髪数本を葬り去っていく。
「馬鹿なことはやめて! もう、あの人はいないの!」
「シャフトとあの人を、一緒にしてんじゃねぇよ…!」
妹の声。それすらも、サイには届かないのか。
上に乗ったリップを押しのけると、サイは再びシャフトと向き合った。
「ミーティアさん! 俺だ! サイだ! わかんねぇのか?! そんなはずねぇだろう?」
一心に、サイは言葉を放つ。
信じた人物に。掛け替えのない人物に。願いを込めて。
そんな兄の姿から、リップは目を逸らさずにはいられなかった。
全てを知っている。サイとそして彼女の関係を…。サイの叫ぶ理由を。
いつも大きかった兄の背が、今は何よりも小さく見える。
関わってほしくなかった。
こうなることが、解かっていたから。
「兄さん…もういいの…。お願いだから、もうやめて…」
グッと涙を堪え、サイへと訴えかける。
乗り越えてくれることを信じて。
いつもの兄に戻ってくれることを信じて。
リップはサイを飛び越えてシャフトに迫る。
悲劇に終止符を打つために…。
「まて、リップ! やめろ! 俺が話をつけるから!」
リップは振り向かない。
シャフトを仕留めるために、シャフトに怪腕を模した鉄爪を、巧みに振るう。
シャフトはそれを寸でかわしつつ、同じく的確かつ凄まじい速度をもって反撃を繰り出してくる。
それを何とか回避できているのも備えた特殊な能力と、怪物の定なのか、それとも慣れない怪腕をつかった格闘スタイルであるためなのか、攻撃が大振りであってくれるからこそだ。
それでも、一瞬の気の緩みも許されない。
皮肉だが、これが元軍隊長を素体とした検体であるからなのだろうか。
理性は失われていようとも、それまでの戦闘で築いてきた動きや勘を忘れることはないのだろう。
しかし、そうした攻防にも終わりが見えてくる。
驚くべきことに、シャフトの怪腕は徐々にスピードを上げてきている。
反応、対応、そして相手に合わせて適応進化していっているのか。
殺戮衝動だけの生命が、その術を成長させていこうと…。
やはり、危険過ぎる…。
ここで止めておかなければ、誰にも止めることのできない、正しく凶鬼となってしまう。
「ミーティアさん…ごめんなさい…」
リップはシャフトの放った拳を踏み台に、相手の頭上へと小さく跳躍した。
僅かに、しかし決定的に長さの勝った怪腕を一旦大きく背中まで引き、そこから落下の勢いを付加して突き出す。
狙うは頭部一点。
だが、閉じた両爪はあっさりとシャフトに掴まれた。
上空のリップを強く引き寄せる。
狙っていた。この落下重力と、相手の力を。
拘束された腕を、両腕を絡ませるように捻り、回転力を加える。
爪刃は掴んだシャフトの掌を抉り、そして弾き飛ばす。
そして一点に収束させた爪を、シャフトの胸部へと穿った。
尚も破壊力をつけるため、自分の身体も高速回転させることで、威力を何倍にも重ねる。
回転刃――それは巨大なドリルとなり、シャフトの胸へと突き刺さった。
「リップ! やめろ!」
サイがロクに動かせない身体を引き摺りながら、手で2人を掴むように伸ばした。
届かない位置で、その手は虚しく空を切る。
その目の前で、不快な音と、そして紫の血飛沫が舞う。
「やめろぉぉおおおおおっ!!」
「ァギャヤヤ…!!」
サイの絶叫とおぞましい悲鳴は重なって一帯に響き渡った。
静粛に、悠久に、刻の流れがスローになる。
刃競り合い最中でありながら、静観するバルバス。怒声に吼えるグレン。
絶叫するサイ。
そして再び刻が流れ始めて。
全員の視線の中心に紫の返り血を浴びたリップと、胸部から上下に両断されたシャフトがあった。
そしてその局地に、小さな雨が降り出した。
「ごめんなさい、ミーティアさん…。ごめんなさい、兄さん…」
「……なんで、なんでだよ…」
「これ以外…方法がなかったの…」
リップは紫の血液に汚れた顔を腕で拭いつつ、膝をついて項垂れるサイへと向ける。
「兄さん…」
これから先の未来の為にも、ここで殺めておかねばならなかった。
研究自体を潰しておかねばならなかった。
もう2度と同じ悲劇を繰り返さない為にも。
そして、この先の凶行を防ぐためにも。
これでよかった。これでよかったはずだ。
よかったはずだ。
それでも、ぽっかりと胸に穴を開ける後ろめたさと、そして哀しみと…
兄の前では、2度の悲劇が繰り返されたのだから。
涙を枯らした兄が、今は泣いているのだろうか…?
前髪に隠れ、顔の見えないサイに寄ろうとした
――瞬間だった。
リップは何かに首を掴まれたかと思うと、声も上げられぬまま、近くにあった木へと叩きつけられ、後頭部を強打。そこで意識が飛ぶ。
何が起こったのか。把握できたものは誰もいなかった。
飛び込んできた驚愕の光景。目を疑う状況。
全員の瞳に映し出された光景は、上半身だけになった身体を片腕で支え、そしてもう片腕でリップの首を締め上げるシャフト…。
生命力か、それとも執念か…否、殺戮衝動のみの本能なのか。
バケモノに人でいう死の概念は通用しない。
「ククク…驚異の生命力だ。見たか、おい。素晴らしい生物だな。邪魔なあの女とお前は消え…ヤツも楽に手に入りそうだ。一石三鳥とでもいうか」
グレンが狂喜に笑う。
細首を締め上げ、今にもリップの息の根を止めようとするシャフト。
バルバスはパッタリと動かなくなってしまったリップに舌打ちしサイを見やった。
目の前の状況に呆然と立ち尽くすサイ。信じられないと絶望する彼からは、やはり精気なるものは感じられない。
強い憤りのような感情を抱きながらも、バルバスは剣へと力を込めた。
「貴様の思い通りにはさせん!」
「倒すか? このオレを!」
「貴様を、そしてあのエネミーを倒さねば、この先の安寧はないのならば!!」
「正義論か? 上等だな、おい。だが敗者は語れんぞ! 打破してみせるといい、この状況をな!」
互いの剣は、尚も激しく激突する。
しかし、どれ程の力を込めようとも均衡は崩れない。
視界の脇では、一層に力を込め、今にもリップを殺そうとするシャフトの姿がある。
消えようとする命を前に、バルバスは吼えた。
「錆びたかサイ! 何をしている!?」
サイは動かない。ただ黙って、シャフトを見詰めるばかりだ。
記憶と一致する、あの日の惨劇…
そして蘇る光景。
実娘に手を掛けるシャフト。
ただ泣き叫ぶミーティア。
そして、抜くことを怖れた自分…。
自我を蝕む過去の悔いと過ち…。
刀さえ握れない程に脆く、弱く。
だが、バルバスは認めない。自分の知るサイという人物は、目の前で起こりうる死を素直に受け止められる程、冷めた者でもないはずだ。
バルバスの声が大きくなる。それはまるで、本当に憤怒しているかのように。
「抜け、サイ! 今やつを止めることができるのは、お前だけだ!」
「できねぇよ…俺には。あの人を殺すなんて…」
衰弱しきった声が、聞きたくなかった答えを返した。
「ふざけるな! 妹を見す見す殺す気か?! その刀は何のためにある! 大切なものを守るためにあるのではなかったか?! 」
「俺の刀は大切な人を傷つけるためにあるんじゃない…守るためにあるんだ!」
「では、今守るべきものは何だ?! お前はその刀に何を託す! 何を縋る!」
バルバスの言葉に、胸がズキリと痛んだ。
"守るべきもの"
弱きを守ると誓った刀。では、今何を守る。何を斬る。
妹か。大切な女性か。それとも、鞘に納まった刀か…。
「お前の信念とはその程度か?! 立ち止まるな! 貫いてみせろ! 全うしてみせろ! 己の信じた道を!」
魂そのものを、絞り出さんがように、バルバスは高々く吼えた。
「随分と立派だな!」
だが、グレンの低い声がバルバスを刺す。
「吠えていろ。だが、理も力も全てオレに分がある。キサマ――換装したばかりのその右手、まだ扱いこなせてないようだな?!」
「――!!」
弱みを突くようにグレンは嘲笑すると 今まで均衡を保っていた剣を弾き、バルバスの右腕を狙って剣を突き出した。
しかし、冷静にもそれを上段に弾くと、深く踏み込みグレンの懐へと潜り込む。
「ハンデも何もかも、叩き伏せて往こう!」
フォトンの弧刃で炎剣を抑え、そして防御不能状態での実刃による袈裟斬り。
「喰い殺せ、オーガ…!」
実刃がグレンの肩口に食い込む寸前で、グレンのマグ――オーガがバルバスの左腕へと襲い掛かった。
装甲を纏って尚ボディ部に亀裂を入れる程の攻撃力だ。斬撃を振り抜こうとも、決定的な威力をも少なからず相殺され、逆に致死のカウンターを受ける可能性がある。
超反応で後方へと跳ね、マグの攻撃をかわす。
だが逃がすまいと、炎がバルバスの視界を奪った。
その炎をも消し飛ばす、瀑布の如き轟炎の斬撃。
渾身込めて、バルバスもそれに対する。
激突。
圧し負けたのはバルバスだった。左腕が軋みを上げる。
「キサマを認めようバルバス! だが、現実は覆らん。右腕を庇いながら、オレの相手が務まるなどと驕るな!!」
しかし、バルバスは叫ぶことをやめなかった。
「サイ! 目を叛くな! 抜け! そしてその刀で…斬り啓いていけ!!」
「あのような腰抜けに、何を期待する?!」
激しく燃える炎。その熱についに耐え切れなくなったのか、体中からバチバチと回路が焼け切れていく音がする。先に出来た脇腹の傷も容赦なく疼く。
前身から煙を吹きながら、それでも決して屈さない。
「退けぬ、負けれぬ戦いもある!」
「クク…。愚かしい! 戦いに、論ずる力は必要ない!」
グレンに圧され、ついにバルバスはその場で片膝をついた。
「キサマもよくやったが、所詮これまでだ。全て無駄に終わったな」
「無駄だと…?」
「同情する。あのような腑抜けが頼るべき仲間か? キサマ1人で動いた方がまだよかったな。ククク…もっとも俺の前に再び現れた時点で、あの女共々、キサマも死ぬことは決定していたがなぁ!」
嘲笑するグレン。それに合わせて、窮地にあるバルバスも微笑した。
それは諦めを意味するものではなく、寧ろ、余裕を含んだものだ。
グレンが気に入らないは当然だろう。
「何が可笑しい!!」
「案ずることは何もない…」
「何だと?!」
突如、それまでにない力が、グレンの炎剣を押し上げた。
「キサマ、また?!」
「貴様に屈するつもりはない! 俺の掲げる信念を、この剣ごとへし折って見るがいい!」
ヴァルキリーはそれまでにはない蒼白い光を纏っていた。
バルバスは一気に炎剣を弾き返すと、実刃を大きく振り下ろす。
「ちぃ!」
グレンはバックステップで回避。
しかし、更に一歩を踏み込むと、鎌の弧刃で切り上げの斬撃を放つ。
隙のない連撃に、回避不能と見るや、グレンは再び『オーガ』の名を呼んだ。
凶悪な攻撃力を持つマグが、ヴァルキリーの刀身へと激突し、その軌道を当たらない位置へとずらした。
大振りの切り上げによって、バルバスの懐に隙が出来る。
「終わりだ!」
グレンは炎剣を構え、突進した。
だが…
切り上げたヴァルキリーを背中と平行になるまで振り抜くことで、バルバスの膝の脇から突き出た弧刃が、炎剣を跳ね上げる。
「しまった!!」
「揺るがない事実がある…」
逆に無防備となったグレンに、ヴァルキリーを定め…
「あいつは…サイは、俺よりも強い!!」
そして咆哮を上げ、バルバスは必殺の剣を振り下ろした。
決着の時…
リップの細首にめり込む怪腕。その先にあるのは、妹の死か…
その様子を、静観するサイがいる。
サイの脳を過ぎる、あの日のあの人の言葉…
「…自分の信じた道から叛かないで。どんなに躓いても、遠回りしてもいいから。決して、進むことだけは止めないで、か…」
バルバスの言葉と重なったあの人の言葉と。
瞳を閉じる。
永劫にも思える時間の訪れに、彼女との思い出が溢れてくる。
笑い。
嘆き。
感じ。
迷い。
願い。
そして、幾度となくその星を見上げた。
そして、誓いを立てた。
「弱きを守る…。そんな詭弁に虚勢に、全ては己の刀に縋った、弱き心か…」
青から矛盾した色へと変化した瞳を開き、そして懐から流星のエンブレムを取り出した。
「でも、馬鹿で愚かなそんな俺でさえ、この星はいつも優しい光で包んでくれた…」
それを何度も何度も強く握り締める。
「ぁザ、ザい……ク、ン」
それはシャフトの声だったのだろうか。
ハッと顔を上げる。シャフトはサイを見詰めていた。
瞳のない顔から、雫をこぼしながら…
「ミーティア…さん…?」
もう返事は返ってこない。
それでも、サイにとっては十分だった。
再び俯き、そして、鞘に納まった刀を正面に突き出して。
震えた声で最後の言葉を放つ。
「誓いを! あなたとの誓いを必ず守り抜きます! そしてあなたを越えていく! 強くなる! この刀に、あなたの流星に誓って…!!」
そして、刀を…抜いた。
『ごめんね…』
「もういいんだ。あなたは悪くない…悪くねぇから…だから、何も言うな」
『君がいてくれて、本当に幸せだった』
「俺も同じだ。あなたに出逢えたことを、嬉しく想うよ」
『ありがとう』
「これからも、俺はあなたの分までこの星を背負っていくよ。誓う…」
『ううん…。もういいのよ。君は、あたしにとっての"幸運の星"だったから』
「ダメだ。俺は、あなたに、何ひとつとして…!!」
『必要ないわ。君がいてくれたら、それ以上の全ては…』
「…ありがとう。あなたに恥じないように、生きていきます…」
『うん。がんばってね、サイ君。いつもいつまでも、君のこと見守ってるから』
「…本当にありがとう。あなたのこと、愛していました。どうか安らかに…お眠りください…ミーティアさん」
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