Shade&Star(流星の誓い)
13
一連の事件。
未だ確証付ける手掛かりは揃わないが、このまま暗礁入りさせるわけにはいかない。
バルバスは軍部を指した。根拠も証拠も聞いていない。
だが彼の言葉に偽りはない。
それだけは誓って言えよう。それ程に信用している。
これで、少しでも事件解決の道が開けるのなら、一縷の可能性を頼りにして。
そしてそこに、軍部が関与しているのだとすれば…
あまり考えたくはないが、己の属する軍部で何かしらの思惑に渦巻いていると…
疑心は拭えない。
否…今考えれば、不自然なところはあった。
襲撃事件において、通常であれば政府絡みの調査に当たるまで様々なプロセスを踏む必要があるにも関わらず、間もなく調査依頼申請があったこと。
今回だけの話だけではない。
最近に起こった、第4地区停電させた組織テロ。
あの件でも、担当の治安部ではなく、戦闘部に情報の提示と別件の依頼をしていた。
他にもいくつか思い当たる節がないこともない。
ならば…それらを全ての解決を、強く心に抱く。
それは自分のためでもあり、この船、そして人々の将来にも関わってくることかもしれない。
マハジャとミイニが向かう先は高官の収容されるセンターだ。
今回の被害者…高官ならば、知っているはずだ。件の重要な手掛かりを。
そして、残された道もまたこれしかない。
だが、センターのすぐ近くまできて異変に気付いた。
雑踏と飛び交う声。入口に集る人々の姿。
静粛が基本のセンターで、いったい何が起きたのか。
「なんじゃ?」
「シュンカ隊長!」
何事かと人込みに駆け出すミイニをマハジャも追う。
と、僅か数歩踏み込んだところで、マハジャの六感を何かが触った。
緊張する四肢。額に噴出す冷や汗。苦しくなる呼吸。
自分の身体にいったい何が起こったのか。
「この感覚…殺気…?」
対人を相手にする治安部だからこそ、幾度となく経験した嫌な感覚。
死の迫るときの悪寒。
潜んだ何かへと神経を張り巡らせる。確実に感じる気配。近い。
だがそれも、どこか違和感があった。
それからは殺気というには穏やか。殺すという意志も感じられなければ、圧迫するような空気もない。
では、それ以上のこの恐怖は。
絶対とさえ思える死が、押し寄せてきているような。
これまでに体感したことのない、矛盾した何か。
蒼白になるマハジャに気付いたミイニが、不思議と覗き込んでくる。
「シュンカ隊長?」
「そこを動くな中尉。何者かがここにおる…!」
「――!?」
絞り出された言葉の意に、ミイニも即座に構えを取った。
ホルスターへと静かに手を回し、警戒を強める。
しかし、この人込みで発砲は民人を巻き込む危険性がある。
こうした街中での咄嗟の対応に、当然のようにミイニが慣れていないことに小さく舌打しながら、マハジャはミイニの行動を手で抑制する。
だが当のマハジャも、事態の予想もしていなかったため呪符の手持ちも少ない。
裏腹に、空気は更にマハジャを締め付けてくる。
「くっ…」
苦痛に思わずに声が漏れる。
相手は依然と解からないが、マハジャを狙っているのはハッキリしている。
もしもここで戦闘となれば、民人への被害も免れまい。
ミイニへと視線を運ぶ。
彼女は慎重に周囲を観察している。
場馴れはしているようであるが、彼女にこの空気は感じ取れないのか。それとも彼女には向けられていないのか。
どちらにしろ、民人の生命が最優先だ…。
マハジャは相手の動きを捉えるべく、袖口のデバンド(防御テクニック)の符へと手を掛けた。
「姿見せよ!」
「抑えよ、中佐」
マハジャだけに届いた、凍てつく声。それには感情というものがないのか。
人込みから現れた影は、マハジャの言動全てを遮った。
整えられた白髪。装飾を施した、厳つい黒の軍服。左手のみの黒い手袋。
そして、底の見えない漆黒の右眼と、血で染まったかのような深紅の左眼。
右手には、それら全てと不釣合いな花の束。
その人物を前に、マハジャは絶句していた。
左右異なった双眼がマハジャを捉える。
「符を収めろと言ったのだ」
「デュランバイツ…司令…」
峻厳と冷徹。その場の空気を冷気でもって完全に征圧する。
それは軍部において全ての部隊の統率を指揮し、実権を握る人物。
ランザック=デュランバイツ総司令…。パイオニア1に乗船していた総司令の代行を務める、現2番隊隊長。
「任務御苦労。事態収集の目処は立ったかな? 中佐」
何事もないように、尋ねてくる。
マハジャは言葉を返せなかった。
デュランは特に気にした様子もなく、ミイニへと視線を向ける。
ミイニも同じく、司令の姿にその場で固まっていた。
「レーク中尉だったか。崩したまえよ」
実際に幾度と対面の経験はあったものの、ミイニは今日はじめてその瞳を見た。
それだけだった。
突如、呼吸が詰まる。
それは恐怖なのか。
虚無の双眸に吸い込まれてしまうように。
瞳だけで、人でさえも簡単に殺してしまいそうな…
ハルスと行動を供にし、幾多の権力者や猛者とも出会ってきた。
だが、嘗てこれ程まで悍ましい気を放つ者がいたものか。
気圧され、全てを抑えつけられ。しかしなんとか落ち着かせようと深呼吸をする。
そんなミイニの目前に、いつの間にかデュランが立っていた。
「あ、あ……」
竦み上がる身体を戒め、敬礼をしようとその手を上げる。
だが、その細腕を、黒い左手が掴んだ。
「ひぃ…!」
恐怖に犯され、力任せに手を引く。
だが、黒い手はビクとも動かない。
混乱は加速し、ミイニは無心に暴れだした。
「落ち着きたまえよ」
声。
ふと気付くと、掴まれた手に花束が置かれていた。
「え?」
「見舞いの花だ。残念なことだが、全て無駄になってしまったようだ」
彼の声にそれらしい感情はない。
双眸が見詰める先は、一点の人込み。
駆け寄ってきたマハジャに抑揚のない声を放つ。
「杞憂であればと思っていたが、機運とは無慈悲に訪れる」
「何と?」
「徒足となったな、中佐。高官達は冥府へと運ばれたようだ」
耳を疑った。
司令はいったい何を言っているのか。
「永訣の花となってしまったよ」
「まさか…」
「この齢ともなれば、諸事の繋がりもある。同志の仇を討ってもらいたいものだ」
デュランはゆっくりと歩き出し、そして擦れ違いざまにマハジャの肩にそっと黒腕を乗せた。
「期待しているよ、中佐」
それだけを言い残し、デュランは街並みに消えていった。
マハジャは固まっていた。
「ではこの人込み…。シャフトが現れたと申すのか? このセンターに…」
それも、高官達を仕留めに…
これまでの事例を破り、白昼に堂々と…
…有り得るだろうか。
緊張の糸の切れたのか、ミイニはその場で尻餅をつく。
「大丈夫かの、中尉」
「は、はい…。情けないところをお見せしてしまって。…しかし、本当に高官が殺害されてしまったのならば…」
ミイニは悔しそうに俯いた。
…一切の手掛かりを失った。
全て振り出しに…
…いや、本当にそうだろうか…
「訪いだと…申されるか、司令…」
ミイニには聞こえないように呟き…
いつの間にか消えていた先程の気配に再度気を巡らせる。
そしてマハジャは静かにデュランの消えた跡を眺め…そしてミイニの手に握られた花束を見た。
それは百合の花だった。
14
雲は晴れ。陽は落ち。
空には、夜がひろがっていた。
木々を撫ぜる風も、冷たい夜風となり。
何もかわらない情景も、静けさに更ける。
虫の喧噪さえ、聞こえなくなったその場所に、サイとバルバスの姿があった。
サイは草々の上に腰を降ろし、その後で、バルバスは木に背を預け腕組する。
互いに瞳を閉じたまま。
そして、どれだけの時間が経っただろう。
「なぁ、俺たちは…どこを目指し、どこへ行くんだろうな?」
サイが静かに口を開く。
暫く間を置き、バルバスは天を仰ぐ。
「…くだらん。時には、満天の星空でも眺めてみてはどうだ?」
「どうしちゃったのよ、そんなメルヘンチックなこと言っちゃって…」
「星を眺める余裕など、このところなかったのではないか?」
サイはどこか苦笑するも、バルバスに従うようその青い瞳を空へと向けた。
瞳に、虚ろに映る星々がある。
「星たちは、なんであんなに懸命に光り輝いてるんだろうね?」
「己の存在を示したいが故なのだろうか…」
「己の存在か。…なぁ、教えてくれバルバス。俺にはいったい何ができる? 俺の存在はどこにある?」
「………」
「まただ! また救うことができなかった! 俺には何ができるんだ!? この刀で、何が斬れる?! 何が守れる…!?」
「…死しても尚、輝きを失わない彼女の魂を…。そのエンブレムの輝きに、偽りはない。お前はその星を…彼女の光を守り抜いた」
「俺はこんなちっぽけな星を守りたかったんじゃねぇよ。意味がねぇ…」
「ならば応えねばならんだろう? 輝いてみせろ、数多の星々ように」
バルバスは状態を起こすと、サイの背中を後にする。
「…おい、付き合えよ」
「断る」
「ほんとに、お前ってやつは……」
続く言葉がバルバスに届くことはかった。
それは単に聞こえなかっただけか、それとも…
2人の背中を、軌跡を描いた流星が照らし、そして微笑んで消えた…
Shade& Star ……fin
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