響くのは銃声
1
喧騒が聞こえる。
直径30mほどのドーム状の部屋。壁面の半分が窓であり、部屋の外を透かしている。そこには、無数の星が輝く夜空があった。
大きく広がる闇と、無秩序に光る点。そして大きな惑星が風景の3分の1を占めている。
外に広がるのは、真空の世界だ。
目の前の惑星「ラグオル」の衛星軌道上に、この部屋は存在している。
長距離惑星間航行用の移民船「パイオニア2」のハンターズギルド。部屋の奥のカウンターでは小さな人だかりが出来ていたが、それにはまったく興味も無いという風に、少し離れた窓際に一人の女性が立っていた。
女性はじっと窓の外、ラグオルを見つめている。
女というには幼すぎ、少女というにはあどけなさが少ない。いわゆる思春期と呼ばれる微妙な年頃であることが、傍目から見ても解かる。
喧騒の元である人ごみから、人影が二つ離れ、窓の方に近づいてくる。その内の一人が窓の外を見つめる女性に近づき、声をかける。
「ミリニアさん?」
ミリニアと呼ばれた女性はふりかえり、軽く頷く。
ミリニアに声をかけた制服姿の女性は、こちらの方ですと一緒に来た男にうながし、それでは、とその場を後にする。
ほんの少しだけ間を置いて、男がミリニアに話し掛けた。
「あなたが依頼者さんですか」
「依頼を受けてくれたハンターズですか?」
「ええ、ハンターズのノイリスです」
「私がミリニア=ウィーバーです。よろしくお願いします」
ハンターズ――――「パイオニア2」で行政を司る総督府公認の、荒事専門家の名称である。ハンターズライセンスという独自の資格を持ち、その資格の獲得のためには実技、筆記の両試験にパスせねばならず、その門は難関である。その分習得すれば様々な権限を与えてくれるが、正規の仕事はハンターズギルドという同業組合に全て管理されている。
ハンターズの仕事内容は一言で表すなら「便利屋」といったところであろうか。探偵業めいたことから、手間のかかる雑用まで、要請があれば犯罪以外はなんでもギルドが仲介し、ギルドカウンターにクエストとして並べられる。それをハンターズが選び、請け負うのが基本のシステムになっている。先の制服姿の女性はギルドの構成員であり、ミリニアはギルドにクエストを依頼した依頼者であった。
ノイリスと名乗った男は、細身の体にゆったりとしたローブのような服をまとい、すっぽりと頭をおおう黄色の帽子を被っている。表情は薄く微笑みを浮かべているが、まさにその薄さがその笑みを意味のないものにしているようであった。
微笑みながらノイリスは、ミリニアを素早く観察して一つの事実に気がつく。背中まである赤いストレートの髪、少しの幼さを残すブラウンの相貌。しかしその身にまとう雰囲気、物腰は一般市民のものではなかった。
「ミリニアさん、堅気じゃあないでしょ?」
「わかります? まだ新米なのですけどハンターズをやってます」
「ハンターズがハンターズに依頼とは珍しいですねぇ」
「どうしても調べたいことがあったんです。でも、一人での調査に行き詰まってしまいまして」
「そうでしたか」
「自分の無力を示してるみたいで嫌だったんですけれど、なりふり構ってられなくなっちゃいました」
ミリニアは照れるように笑う。ノイリスは微笑を浮かべたままだ。
「あ、依頼料の事は心配しなくてもいいですよ」
ミリニアの慌てたような言葉に、ノイリスは笑みを深めてから答える。
「そうですか。それは安心して仕事に専念できます。やっとまともなご飯が食べられますよ」
「ノイリスさんも大変なんですね」
「ハンターズなんて皆そうでしょう? ハイリスクローリターン。スリルを楽しむだけの方などもいらっしゃいますしね」
「辛口なんですね」
「食えるものなら、甘くてもいいんですけどね。それで、お仕事の内容は?」
聞かれたミリニアは少し迷うような仕種を見せ、やがて気持ちが固まったのかノイリスの目を見つめながら話し出した。
「……父の。ラグオルに行った父の消息が知りたいんです」
2
八割の青と、二割の白が点在する空。
大地には包みこむような森の緑。
二日後、セントラルドーム周辺部の森にミリニアとノイリスは降り立っていた。
ハンターズたちには先のセントラルドーム爆発事件以来、総督府から原因調査の依頼が登録者のほぼ全員に出されており、ラグオル地表にて活動する権限が与えられている。だが、ハンターズの調査が始まって幾日か経つのだが、原因究明はまったく進んでいない。
それは彼らが、凶暴なラグオルの原生生物に行く手を阻まれているからであった。通信が途絶える前、パイオニア1から危険生物の報告など無かったのだが、事実として目の前には襲ってくる敵がいる。現在何の備えもせずにラグオルに降りることは、怪物の胃袋に飛び込むようなものなのである。
ミリニアは背中に自身の身の丈半分ほどもある長銃をかつぎ、戦闘服の上からアーマを着こんでいる。腰には皮製のホルスターがあり、そこには少し大きめの拳銃が入れられている。
長い髪はやはり邪魔なのか、頭にはグリーンのベレー帽を被り、赤い髪が前にかからないようにしているようだ。
対して、ノイリスの格好はかなり奇抜なものであった。
武器らしきものは何も携帯していないが、黄色いとんがり帽子をかぶり、同じく黄色のインナーの上から真っ青に塗られた軽めの装甲防具、フレームを装備している。帽子から出た紫の髪は鮮やかで、その髪から先がとがった耳が飛び出している。
その耳は、ノイリスが「ニューマン」と呼ばれる遺伝子操作によって生み出された人類種であるという証であった。
ニューマン――人の手によって創られた命。
元は母星において、来るべき宇宙開発時代にむけて、宇宙環境に人類を遺伝子的に適応させるための実験の途中に、偶発的に生み落とされた人工人類であった。だが闇から闇へとその製法が流れていき、労働力や欲望のはけ口として制限もなしに生み出され、いつしか人口の何割かを占めることとなる。
人類代表たるヒューマンよりも平均的に小柄で、腕力や器用さで劣るものの、その精神力、集中力は数段優れており、直感的な能力を持つ者も多い。社会でのヒューマンとの差別は激しいが、主に学術面や商業などで成功した者たちによってその人権が確立されていっている。
しかし、神の秘術を冒した故の悲劇か、生物としての限界か、彼らの寿命はあまりに不安定であった。さらに成長スピードが一定ではないため、10代で突然寿命を迎える者も多いのである。
ただ当のノイリスは、そんなことは気にもしていないという風に漂々としている。
「それでは打ち合わせ通り、ノイリスさんは後方に注意していて下さい。私が前を固めますから」
ミリニアが長銃を手に構えながら言った。
「だからミリニアさん、昨日から言ってる通り、私のことはノイリスで良いですから。レベル差があるといっても、これから戦闘になったら敬意なんて払っていられませんからねぇ」
変わらぬ薄さの微笑を浮かべたまま、ノイリスは答えた。
「だったら、私のこともミリニアでお願いします」
「私、育ちが良いものでして。この喋り方は癖なんですよ」
「それってなんだか、不公平じゃないですか?」
「本当の公平なんてありませんから、安心してくださいミリニアさん」
「……じゃあノイリス、よろしくお願いしますね」
「承知いたしました。では行きましょうか、お姫さま」
「…………」
ノイリスは相手の反応に口元をほころばせながら、今回の依頼について考える。
一昨日からミリニアに聞いた話を整理すると、彼女はパイオニア1に乗っていた軍人である父親の安否を気遣い、ハンターズの権限を利用して地表を探索していたそうだ。しかしその探索は進むどころか、むしろ手持ちの資金が尽きそうなほど行き詰まっているようであった。小さなクエストをこなしながら日銭を稼いで凌いでいたが、パイオニア1についての情報の少なさに業を煮やし、この依頼に踏み切ったらしい。
「何ニヤニヤしてるんですか? まだ日の高いうちに急ぎましょう」
そういって、ミリニアは周囲を警戒しながら小走りで駆けていった。
ノイリスも思考を止めないまま、後に続く。
(こういうのを健気というんですかね)
多くのニューマンがそうであるように、親の存在しない孤児として育ったノイリスには、親を探す気持ちは理解できなかった。だが、彼女の気持ちの強さには感じ入るものがある。
こんな依頼をしなくとも、同業の友人に同行してもらえばよかったのではないか、というノイリスの質問に彼女は、
「私よりレベルが上の方に手伝ってもらった方が効率は良いでしょう?」
とあっさり言ってのけた。
あくまでも自分で真実を知りたいのであろう。効率を重視しながらも、安全のために他人に全てを頼むなどという発想は微塵も出てこないようであった。
(単に、友達がいないだけかもしれませんね)
そう思ったが、口に出すのはやめておいた。
ハンターズライセンスのレベルとは、実務経験の有無やその功績、定期的に行なわれる追試験などでハンターズの能力を評価したものである。ミリニアのレベルは一番下の『初級者(ビギナー)』であり、ノイリスのレベルはその一つ上の『上達者(ワーカー)』であった。その上に『熟練者(マスター)』と、設定されている最高のレベルとして『到達者(ハイ・マスター)』がある。到達者としてはパイオニア1に搭乗していた英雄的ハンターズ、赤輪の(レッドリング)リコがその代表である。
ギルドの規則では、クエストはギルドの事前に調査した内容によって目安のレベルが設定されていたり、レベルによってパイオニア2やラグオルでの活動区域が制限されたりする。ラグオルでの制限はあくまで安全上のためというのが名目であるといっても、実際は機密保持のためだろうというのがハンターズの大方の考えであった。
セントラルドームの周辺には、調査開始からこの数週間で何人かのハンターズが到達していたが、非常に多くの原生生物たちが闊歩しており危険、という情報しか流されていない。肝心のセントラルドーム内部の様子は厳罰を伴う箝口令が布かれており、たどり着いた誰もが黙して語らない。
ミリニアに、いやパイオニア2の人々にとって、このまま調べても良いことなど無いのかも知れないと、ノイリスは考えている。だが、依頼人の意志に従うのもハンターズの大切な仕事だ。だからノイリスは黙って彼女の後をついていく。
十分ほど駆けただろうか。
駆ける足音。風が木々を揺らす音。それ以外は、変化のない森の風景。
その中で一瞬だけの、空気の澱み。
その雰囲気を察知したノイリスは駆けるのをやめる。気がつかないミリニアは駆けたままだ。
「ミリニアさん!」
声をかけることでようやく足を止めたミリニアが、こちらを振り返る。
「……どうしたんですか?」
彼女が辺りの雰囲気を察知しきれていないことに小さく落胆しながらも、ノイリスは警戒を止めない。
肌にまとわりつく湿った風。
いつの間にか雲が空を覆い始めている。
突如木々の間から、何かの影が鋭さをもって側面からノイリスに飛び掛った。
影が自分に届く寸前に気づいたノイリスはそちらを見ようともせず前方に回避。振り向きながら飛び出してきたものを視認する。
「きゃ!」
小さくミリニアが叫ぶ。
現われたのは四足歩行の原生生物、全長はノイリスよりもさらに大きいだろうか。肉食の獣特有の牙や爪を取り揃えたそれは、サベージウルフと呼ばれる種であった。
ようやくエネミーの存在に気がついたミリニアが慌ててライフルを構えるが、偶然にもノイリスが射線をふさぐ形になっていた。
ミリニアが迷いを見せる間で、狼は獲物を仕留めようとノイリスに飛びかかる。
ノイリスはその場で直立し、その掌を狼に突き出し、短く掛け声をかける。
その瞬間、猛烈な冷気がミリニアを吹き抜けた。
「ミリニアさん、とどめを!」
ノイリスが叫びながら横に飛びのくと、狼の氷像がそこにはあった。
言われるままに連続射撃。
表面を氷漬けにされたサルベージウルフは成す術もなく全身に弾丸を浴び、絶命した。
その様子を見守りながら、ノイリスがつぶやく。
「まだ気を抜かないで下さい。隠れているかも」
通常、サベージウルフは集団で行動していることが報告されている。幸い一命を取り留めたが、その肉食の爪や牙で全身ずたずたにされたハンターズもいる。
「どうやら一匹だけのようですね……。今のうちに移動しましょう」
「は、はい!」
先ほどから緊張の解けないミリニアを強くうながしながら、ノイリスは再び駆け出した。
行けども行けども変わらない森の中。
かろうじて木の間から覗き見える空は、すっかり雨雲に覆われていた。
しばらくして、ミリニアがノイリスに話し掛ける。
「ノイリス、さっきはごめんなさい」
ノイリスはミリニアには振り向かず、駆ける速度を落として答える。
「はて、謝るようなことがありましたかね?」
「だって私、前衛を担当するって言っておきながら、エネミーにも気がつかなかったし、とっさに動くことも出来なかったから……」
深刻な顔のミリニアに対し、ノイリスは口元をにやつかせながら告げる。
「そんなことをいちいち謝られていたら、これから先お互いに謝りっぱなしですよ。怪我も無かったんだし、重く考えすぎないことです」
「だけど、さっきみたいなテクニックだって無限に使えるわけじゃないでしょ?」
テクニック――――古代に存在したとされる超能力「マジック」を科学力によって解読し、様々な現象を分化、圧縮データ化することによって一般にも使えるようにしたものである。精神力をエネルギー源として発動するようになっており、物質界に物理的な現象を引き起こすが、特殊な精神集中を必要とするため無限に使えるというわけではない。さきほどサベージウルフを凍結させたのも、ノイリスのテクニックが起こした現象であった。
ギルドではこのテクニックでの戦闘を得意とするハンターズのことを便宜上フォースと呼ぶ。ノイリスもそのフォースの一員である。ちなみに、ミリニアのように銃を武器の専門として戦う者をレンジャー、近接戦闘の専門家たちをハンターと呼び区別している。
「私は大丈夫ですよ。これでも場数はこなしているつもりですから、ミリニアさんよりは危機に対応できます。どんどん身代わりにしてくれていいですよ」
皮肉ではなく、素直に言っているようであった。
その気楽さに、自然とミリニアの顔にも笑みが戻る。
「身代わりって……。格好から予想はしてたけど、ノイリスって変な人?」
「おやおや、少しは敬意を払って下さいよ」
「気さくにいけって言ったのはあなたでしょ」
「そういえばそうでしたねぇ」
「前にあったワーカーレベルの人は、もっとトゲトゲしてた気がしたけど」
「その人、余裕がないんですよ。冒険なんだから楽しまなきゃ損です」
「そういったって、死ぬかもしれないのは嫌でしょ?」
「私は育ちがいいから、スリルを求めてしまうんですよぉ」
「……やっぱり変な人」
ミリニアが笑顔を取り戻したのを見て、ノイリスはひとまず安堵する。セントラルドームまでの道はまだ長く、あの雰囲気のままでは次襲われたときに危険だった。事実、先ほどから狼の遠吠えが断続的に聞こえてきている。気は抜けないが、緊張しすぎるのもまた危険だ。
ノイリスが見たところ、ミリニアの実戦経験はまだまだ少ないように思えた。多少の訓練は受けているようではあったが、それでは命のやり取りという、容赦の無い現実に触れたときの対応までは学べない。
ギルドが介するハンターズのクエストも、このように実際に戦闘することは非常に少なく、ほとんどが住民間のトラブル処理やお使い、探偵業のようなものである。ラグオルに降りるようになってからが初めての実戦という者も幾人かいるが、ミリニアもその口だったのであろう。
(軍人の娘ってんですから、少しは違うのでしょうけれどね)
母星の腐りきったスラム街で、生きるために日々闘わなければならなかった自分などとは、根っこから違うのだろうなとノイリスは考えていた。
ミリニアはそんなノイリスの物思いに気がついた様子も無く、息を弾ませながら森を駆けている。
その時、再びノイリスは空気のよどみを感じた。
幼い頃からこの澱みは、何か危険が迫っているときに彼が感じるものであった。ノイリスはこの直感を常に信じてきたし、だからこそ生き延びてきた。
「ミリニアさん、またエネミーのようです」
ミリニアは驚いて急停止。
それとほぼ同時に、数メートル先の地面から何かが飛び出した。
直立した巨大なモグラを思わせる体つき。前に突き出した口にはいかにも鋭そうな牙が並び、土を掘り進むためか両腕にはまっすぐに長い爪があった。
ブーマと呼ばれる、原生生物の一種である。
次々と前の地面から飛び出す影、その数は八体。それらが示し合わせたかのように一斉に雄叫びをあげ、二人の獲物に向って前進する。もともと地中で生活しているせいか、動きは決して早く無いが、その分動きが力強い。
ミリニアは長銃を構えながら、ノイリスを見やる。
「数が多いわ、どうするの?」
ノイリスが静かに片手を上げながら、落ち着いて答える。
「行き道を塞がれてしまいました。撃退します」
「やるしかないって訳ね」
答えると同時、ミリニアは射撃を開始。
ノイリスは移動しながら精神集中を始める。テクニックの発動には集中が必要だが、そのやり方はそれぞれ異なっており、これといった決まりはない。
ノイリスは頭の中で起こしたい現象を強くイメージ。
思い描くのは赤。高温の炎だ。
気合とともにイメージを呼び起こすべく、彼は短い叫びを放つ。
「発!」
途端ブーマの集団に向けた掌から、怪物の半分ほどもある火球が現われる。
ノイリスから打ち出されるように放たれた火球は、最前列にいたブーマを直撃し、その体を炎で包む。
肉の焼ける臭いが辺りに広がる。だが、同朋が死んでも気にも留めずにブーマたちは突き進んでくる。その目は、獲物を狙う獣ではなく、狂気に満ちているように輝いている。
ノイリスは同じ行動を繰り返し、もう一体を火葬。その間にミリニアが集中射撃で一体を屠る。
ノイリスがまた一体を火の海に沈めたところで、二人ともブーマに接近された。
敵の数は四。その内三体がミリニアに向っていた。獣の本能でノイリスを危険だと判断したのだろうか。
ノイリスに迫った勇敢な一体が腕を振り上げ、その地中を掘り進む頑丈な爪で優男を切り裂こうと腕を振るう。
風を切る音をたてながら振り下ろされる爪を、ノイリスは潜り抜けて回避。そのブーマは無視したままフォローのためにミリニアへ駆けよろうとする。
ミリニアは迫る三体のうち一体を射撃で撃破したようだが、長銃が取りまわし辛いのか、二体に肉薄されていた。ミリニアは反射的に腰のホルスターに手を伸ばそうとしたが、なにかに気がついたように顔をゆがませ、慌てて回避を選択。
一体目が攻撃。体さばきで横に避ける。そこへ待ち構えていたかのように二体目の腕が振り下ろされる。
避けきれない。
ミリニアはとっさに腕のシールドを構えるが攻撃の勢いまでは殺せず、短い悲鳴をあげながら彼女の体は後方に吹き飛ばされる。
一連の様子を見ながらも、ノイリスは冷静に意識を研いでいた。
思い描くのは黄。意志をもつ雷光。
脳内で展開される情報量を意志力で押さえ込み、定められた奇跡を具現化する。
「醒!」
勢いよく前に突き出した指先から、瞬く間に高圧の電撃がノイリスの目の前にいた二体を貫く。雷は意志をもつかのようにノイリスの脇を走り、後ろの一体を直撃する。
三体の猛獣は眼窩や口など穴という穴から煙をあげて、その場に崩れ落ちる。
ブーマの体から立ち昇る煙が、森の中に溶けて消えていった。
3
暗雲が空を覆っていた。
雨音が一つ、すぐに二つ。
やがて葉を打つ音が森全体に響きだす。
雨水に緑は深みを増しながら、さらに打楽器の大演奏が始まる。
物陰で座りこんで雨を避けながら、ミリニアはじっと目の前の開けた風景を見つめていた。
ふと、視線を天井へ。
そこには周囲のものと明らかに違う、人工的な質感を持った屋根。
もとは作業用の資材置き場か何かだったのだろうか。屋根と、それを支える四本の柱だけで出来た建築物の下に彼女はいた。
再び視線を前に戻す。森が変わらずそこにある。
ただ、森の木々から顔を覗かせるように、一つの巨大な建造物が見えていた。
「セントラルドーム」
声に出してみる。
「……母さん、もうすぐだよ」
視線だけを険しくして、抑揚無くミリニアは呟いた。
演奏は強く、激しく鳴り響いていく。
ミリニアが待つのに飽きはじめた頃、ノイリスが木陰から姿を現した。
「……お帰りなさい」
「いやー、降りだしちゃいましたねぇ」
ノイリスのおどけた調子には合わせず、ミリニアは真顔のまま尋ねる。
「何か見つかった?」
「……直入ですねぇ」
ノイリスは少しだけ悲しそうな表情。それを見てミリニアは気まずそうに視線をそらした。
「結論から言います。調べてみましたが、とりあえずここの周囲に危険は無いようですから、少しはゆっくり出来そうです」
「そう……」
安堵した、という表情でミリニアがため息をつく。
「ミリニアさん体調はどうです? メイトが少しは効いてますか?」
「ええ、少しは良くなったみたい」
「そうですか。よかった」
安心した、という表情でノイリスは微笑む。
あの時、吹き飛ばされたミリニアはそのまま木の幹に激突し、気を失ってしまっていた。
ノイリスはとりあえずミリニアを起こすよりも先に場所の移動が優先と考え、担いで移動を開始した。だがしばらくして気がついたミリニアのダメージは、打ち所が悪かったのか思っていたよりも深く、テクニックを連続して使用したノイリスの消耗も激しかったため、都合よく見つけたこの場所で休憩をしようということになった。それで先ほどまで安全確保のため周囲の状況をノイリスが探っていたのであった。
メイトとは、ハンターズや軍など、戦闘に従事する者が愛用することの多い、携帯応急処置薬である。高カロリーで強壮効果のある油性の液体であり、味は別として食料の代わりにもなるし、傷口にかければがまの油よろしく傷口部分を保護する効果もある。高価なものになるとナノマシンが注入されており、普通のメイトでは治せない深い傷を塞いでしまうこともできるらしい。
ミリニアは再びセントラルドームの方を向き、黙ってしまう。
話しづらい雰囲気ではあったが、ノイリスには聞いておかなければおかないことがあった。薄く笑みをうかべ、重苦しさを振り払うために口を開く。
「ミリニアさん。ちょっといいですか?」
「……なに?」
ノイリスは立ち上がったままミリニアの側へ。
「あと一時間も進めば、目的地に着くでしょう。セントラルドームへの侵入口まではよく解かりませんが、聞いた話では正面ゲートは故障していて開かないようです」
ミリニアはドームを見つめたままだ。
「中がどうなっているかも解かりません。何があるのかも。正直、お勧めしたくないんですよ。セントラルドームを探りに行って、帰ってこなかったり、死んでしまったハンターズは解かっているだけでもう11人もいます」
「それでも」
ミリニアが眼差しを強めながらつぶやく。
「それでも私は行かなければならないの」
「それほどにお父上が心配ですか?」
「……そうよ」
「あなたの命を賭けるほどのものですか?」
「何が言いたいの?」
「このままでは、危険だということです。あなたにはあそこに行く力が無い。依頼人を死なせるわけにはいかない」
ミリニアが勢いよくノイリスへ振り向く。その表情は険しく、浮かぶのは悲しみとも怒りとも取れない。
「これは私の問題なの!あなたが行きたくないというのなら、私一人でも行くわ!」
突然の激昂にもノイリスは気圧されることなく、だが真剣な表情で彼女を見据える。
「無理ですよ。一人では死ににゆくようなものだ。そういうのは勇気ですらない」
「だからって、私は諦めるわけにはいかないの」
「だったらもう少し人数を増やすとか、他人に頼むなどすればいい。あなたが行く理由が私には解からない」
「…………」
ミリニアは無言。ノイリスは浮かべた笑みを濃くし、ミリニアに告げる。
「あなたが行くというのなら私も着いて行きます。あなたが未帰還では寝覚めが悪い」
「結局お金なのね。別に――」
「違う!」
ノイリスが強い調子でミリニアの言葉を遮った。ミリニアは驚いたような表情で、ノイリスを見つめる。
「私はね、解からないんですよ。それほどまで、父親を求める心が」
「……だって、娘が父親を心配するのは当然のことでしょ?」
「私には親も、ましてや娘もいません。当然、では解かりませんよ。なぜ心配で、それほどに想うのはどうしてなのか」
「それは……」
「答えて下さい。私にはその蛮勇を認める心が無いんです。そうしなければ、あなたを行かせることは出来ない」
「…………」
「答えられないのなら、私はあなたと一緒に強制帰還を実行します」
ノイリスがミリニアの腕を握りしめながら、真顔のまま伝える。
強制帰還とは、緊急時にハンターズが一瞬でパイオニア2へと帰れるように設定された転送機能である。もちろん片道切符で、通常の転送と違い瞬間性を重視しているため、装備品などが転送されないというトラブルも多い。ただごく近くにいる人間は意図すればまとめて転送できるので、今のように握りしめたままだったりすると二人ともパイオニア2に帰ることになる。
「…………」
辺りは雨音だけという静寂。
お互いに沈黙が続く。
やがて諦めたかのようにミリニアが険を弛める。
「手を放して。痛いわ」
「すいません」
ノイリスは手を離し、少し距離をおいて座る。
一つため息をついたミリニアは、腰のホルスターに手を回し、そこから銃を抜き出す。
それは現行の銃器とは違い、重たそうな質感を持った拳銃だった。
「これを見て」
「見たことも無い銃ですね」
「フォトン式じゃないから、破壊力は今のものとは比べ物にならないほど高いの」
フォトン式とは、現在採用されている武具のほとんどに使われている方式である。その中心となるフォトンと呼ばれるものの正体は、ごく微量の質量をもつ素粒子である。発生から僅かな時間を置いて崩壊し、その時に光子となってエネルギーと光を放つ性質をもっている。近年になって発見されたこの素粒子は、その安定性と手に入りやすさから極めて有用なエネルギー源となり、様々な方面に流用されていった。実際、ミリニアの長銃もシールドもフォトン式のものだ。
フォトン式の武器は鉄などのものに比べて破壊力は多少落ちるものの、非常に軽くて扱いやすく、安価で耐久力に富み、しかも安全であった。銃器も弾芯となる鉱物一つで何発も弾を発射できるなど、利便性が高い。
フォトンに関しては生命活動と関連があることが最近発表されたりと、研究者でもよく解かっていない部分が多い。だが便利なものであることに間違いはなく、使っている者達には勝手がよければどうでも良いことであった。今では旧式の武器などは数を減らし、フォトン式の天下といってもよい。
ノイリスは先ほどの気まずさも忘れたように、大いに驚いて見せた。
「それは珍しいですねぇ」
「そう。弾も貴重でね、おいそれとは撃てないの。初めて撃ったあとに弾が一発2万もするって聞いたときは、思わずガンショップのおじさんに吹いてたわ」
黒く鈍い光をはなつ銃を、懐かしさをこもった眼差しでミリニアは眺めている。他にも色々思い出があるのだろう。
「この銃は、代々軍人だった我が家で曽祖父から祖父へ、祖父から父へ、戦争とともに受け継がれてきた。でも父はパイオニア1に乗り込むとき、まだ子どもだった私にこれを渡したの。何故だか解かる?」
ノイリスはきっぱりと首を横に振る。
ミリニアは微笑し、銃を目の高さまであげる。
「祖父も曽祖父もその前の代もね、戦争とか病気とか、それぞれ場合は違ったらしいけど、死ぬ間際に子孫へこの銃を受け継がせてきたのよ」
口元の微笑は、皮肉げなものへと変わっていた。それはミリニアの顔にはあまりに不釣合いで、だからこそ際立って見える。
「父は自分が、この事件に巻き込まれると知っていたのかもしれない。病弱だった母と、幼い私を置いてでも行かなければならなかったほどの何かが、パイオニア1とラグオルにはあった」
ノイリスは視線をそびえ立つ巨大な建造物へと向ける。ぼろぼろになった外壁に、おそらく爆発のせいで空いた穴。生活感などまるで無く、ひたすらにドームは無言をまもっているようであった。
「あれは、ああなる運命だったってことかもね」
そう言うとミリニアは銃をホルスターに直し、ノイリスを見ながら再び告げる。
「私は真実を知りたいの。父がどうなったか、何故そうならなければならなかったのか。どうして母を……」
途中から言葉にならなくなったようだ。
ノイリスは笑みをすでに消し、真剣な面持ちでミリニアを見守る。
ミリニアは一息ついてからあとを続ける。
「……母は父を待ち続けて、母星で死んだの。私がラグオルに来れたのはそのため」
「そうだったんですか」
「父は死を覚悟して、この星に来た。どんな理由があろうと、母を置いてね」
ミリニアの表情は、一切の変化がなく、ただ目の光だけが強まっていた。
「父はこの星で起きていた何かを知っていた。だったら私が、そして母が、父のしていた事を知らなければならない。他の人には任せられないのよ」
言いたいことは出し尽くした。という風にミリニアは口を閉じる。ノイリスはしばし空を仰ぎ、再びミリニアに視線を戻した。
「……説得は無理みたいですね。仕方ないので、あなたが納得するまで着いて行きますよ」
ノイリスは口元に笑みを浮かべるが、その笑みは今までのとは違い、悲しさを帯びて歪んでいた。
「なんか今回は、他人のために頑張ってみようって気がしますから」
「……こんなに問い詰められたのは、父さん以外では始めてよ」
「それは、会って謝らないといけませんねぇ」
そう言うとノイリスは立ち上がり、装備の点検を始める。
ミリニアは座ったままセントラルドームの方を向き、真剣な目をして見つめる。ただ一言ノイリスに聞こえないような大きさで、ごめんね、と呟く。
その後出発の時まで、辺りは再び雨音の沈黙が支配するのであった。
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