響くのは銃声




 人工の石畳に、人工物の壁。
 巨大な外壁にはあちこちにヒビが入り、爆発のすさまじさを物語る。
 眼下に広がる深緑の風景とはあまりにミスマッチな、セントラルドーム周辺部を取り囲む高台。
 その上に立つ、二つの人影がある。
 ミリニアとノイリスだ。
 二人は途中幾度か原生生物と遭遇しかけたが、ノイリスの超人的な勘によってほとんどの戦闘を避け、ほぼ無傷の状態でセントラルドーム外周部分へとたどり着いていた。
 今二人の目の前には、巨大な外壁が立ちふさがっている。正門とは違う、搬入用の入り口だろうか。そこには少し大きめの門があった。脇にある操作端末のシグナルは赤。閉門の状態を示している。
「困りましたねぇ」
 ノイリスがポツリと呟く。
「私、機械類は苦手なんですよねぇ。どうもこう、やる気が伝わってこない」
「私に任せて。開けれるか試してみる」
 ミリニアは管理端末に近寄り、操作を始める。
 その姿を後ろから眺めながら、ノイリスは思考を巡らせていた。
 元来「石橋を叩いて渡らない」性格の彼は、すでに十分すぎるほど神経質になっている。それは自覚している。だがそのおかげで自分の危機関知能力が驚くほどに飛躍していることもまた、感じ取っている。
 その警報機が、このドームに近づくにつれてどんどん大きくなっているのだ。
 彼は今まではこんなところまで決して近寄らなかった。行き道は知っていたが、ドーム近隣にある端末から情報を持ち帰るだけでも、それなりの報酬は出ていたのだ。だが最近はそういった情報も価値が低くなり、より良質の情報が求められるようになっていた。
 ミリニアの父親の安否や、事件の真相などには興味は無い。だが、生きるためには稼がねばならず、稼ぐ為には危険を冒さねばならない。それ以外の方法を自分は知らない。
 まさに冒険こそが、ノイリスの生きる手段であった。
 だが、ミリニアの激情、悲しそうな顔、皮肉げな表情。その意味するところの中心に、彼の知らない感情がある。それが彼女の生きる糧になっている。
 彼女には、生きる意味があるのだ。
 それがどういったものなのか。生きるために生きる自分とはどう違うのか、見極めたいと思った。
 ならば、石橋をわたってみなければならないのかと、漠然にではあるが考える。

 意識を外界にもどしてみれば、ミリニアの操作は順調のようであった。
「いけそうね……よし、よし……これでどう?」
 操作端末のシグナルが赤から緑へ。開門の合図だ。
 門は引きずるような音を立てて左右に分かれ、中には外壁とはまた違った材質の通路が姿を現す。
「やった!」
 ミリニアがガッツポーズを決める。
「うまいものですねぇ。ワーカーレベルでもこう上手くはいきませんよ」
 ノイリスが誉めると、ミリニアはまんざらでもない様子だ。
「小さい頃から機械を扱うことが多かったから、ちょっとは自信があるの」
「あなたと組めば、今よりうまく稼げるかもしれませんねぇ」
「やっぱり、お金が大事なんじゃない?」
「あっても、困らないですからねぇ」
 ノイリスは口元を弛ませ、ミリニアに笑顔をみせる。
「遠慮しとく。あなたみたいに強情な人は苦手なの」
「おやおや、強情なのはどっちですか」
 ミリニアは微笑を浮かべ、告げる。
「ノイリスの場合見た目とのギャップが問題よ。変だし、気楽に行きましょうとか言っておきながら、相当慎重なんだもの」
「痛いところを突いてきますねぇ」
「私だって、言いたくないこと言わされたんだから、おあいこでしょ」
「貸し借りなし、というわけですか」
「そう。お互い対等に行きましょうってこと」
「それは益々、頼もしい相棒になりそうです」
「まったく、冗談も好きみたいね」
 そういうとミリニアは顔に真剣さを取り戻し、目の前の通路を見やる。
「行きましょ」
 ミリニアがうながし、警戒しながら中へと歩を進める。ノイリスも後に続く。
 二人が奥まで進んで行くと、再び音をたてながら門はピタリと閉じた。

 セントラルドーム内部は、凄惨たるありさまであった。
 爆発の影響であちこちがへしゃげ、配線は剥き出しになり火花をあげている。まだ電気は生きているのか薄く明かりがついてはいるが、床や壁は雨水のために湿りきっている。
 さきほどの入り口はやはり搬入用だったらしく、居住区からは少し離れているようであった。整理中の資材や荷物が立ち並び、人に運ばれるのを静かに待っている。
 だが、ノイリスに人の気配はいっさい感じられなかった。それどころか、パイオニア1の乗組員の死体すら見当たらない。
 通路や階段を使い、二人は奥へと進んでいく。
 かろうじて生きていたエレベーターを見つけたころには、すでに2時間がたっていた。

「外はそろそろ夜ですかね」
 冷えだした外気を感じ、ノイリスは言葉に出した。
「そうみたいね」
「この中に良い情報があるといいですねぇ」
 ノイリスはそう言いながら、3枚のデータディスクを荷物入れに仕舞いこむ。先ほど訪れた部屋が警備管理室であったらしく、生きている端末をつかって抜き出した情報が入っていた。
 再びノイリスが、目の前のエレベーターを見ながら呟いた。
「さて、とりあえず下に行って、何も無かったら今日は外に出て転送してもらいましょうか」
「悔しいけど、また来ればいいか」
「出来れば今日で依頼達成と行きたいのですけれどねぇ」
「だめ。依頼はきちんと完遂しないと信用を落とすでしょ?」
「やれやれ、それじゃ脅しですよ」
「着いていくって言ったんだから、責任は持ちなさい」
「お姫様は手厳しいですねぇ」
 そう言いながら二人はエレベーターに乗り込む。

 程なくしてエレベーターが一階にたどり着き、ドアが開く。
 そこには今まで以上に凄惨な光景が広がっていた。
「……ある意味、清々しいわね」
 呟くようにミリニアが言葉を吐き出す。
 二人の目の前には二、三歩分くらいの通路を残してぽっかりと空いた、巨大な空間があった。床はすでに地表部分が丸見えになっているのか、二メートルほど下で赤茶けた土が顕わになっている。どうやら天井部は一階のものではなく、二階の天井が突き抜けて見えているらしい。見渡せる範囲では解からないが、どこかであの外の穴に繋がっているのだろう。今までよりも強く外気を感じることが出来た。その外気に混じって、ノイリスはかすかに何かの臭いを感じる。だが、何の臭いまでかは判断がつかない。
「これは、すごいですねぇ」
「このエレベーターもよく生きてたものね。一体どれだけの爆発だったのかな……」
 ミリニアの言葉にノイリスは少し考え込む。
「……これ、爆発のせいなんですかねぇ」
「どういうこと?」
 疑問の表情でミリニアはノイリスに振り向く。
「いえ、地下階と一階をこれだけえぐってしまうほどの爆発なら、全体でもっと吹き飛んでてもいいと思うのですけれどねぇ」
「うーん、そうなのかなぁ」
「爆発で吹き飛んだにしては綺麗過ぎる傷跡ですし、それに衛星軌道からの映像などから解析された報告では、爆発はセントラルドームの外であったとされているんですよ」
「解からないなら、降りて見てみましょ」
「……気が進みませんね」
 仕方なし、といった表情でノイリスは応じる。
 ミリニアは飛び降り、ノイリスが後に続く。
 空間はセントラルドームの平面積にして3分の1以上はあるだろうか。遠目にはかろうじて一階部分の天井が残っているような場所も見えるが、広すぎて何かがあるようには見えなかった。
 周囲を見渡しながら、ノイリスは声をだした。
「なんだか変な臭いがしますねぇ」
 だがミリニアはそれに答えず、ある方向をじっと見つめている。
「どうしました?」
 言いながらノイリスがおなじ方向に目を向けると、少し離れた別の壁際に視線が届く。
 何かが小さく盛り上がるように積み上げられている。
 それは、動物の骨だった。
「……どういうこと? 今までネズミの死体すらなかったのに」
 その時になってノイリスは、ドームに進入する前、とてつもなく強い澱みを感じていた事を思い出した。
 探索に集中してしまった弛緩。
 帰れるという油断。
 それが迫る巨大な危険を察知しきれなかった原因だろうか。
 ノイリスが突如空間を支配した、押しつぶされそうな空気に気がついた時には、全てが手遅れだった。

 風が舞い上がる。
 ミリニアとノイリスは室内にもかかわらず帽子が飛びそうになるのを必死で抑え、風の吹く方向、外壁に突き抜ける穴へと視線を向ける。
 そこから大きな影が、ゆっくりと降りてきた。
 まず見えたのは、赤褐色の表皮。そして人間などたやすく踏み殺せそうな大きさの足。そこに生えるのはブーマたちとは比べ物にならない巨大な爪だ。さらにノイリスの体よりもさらに太い尻尾。先ほどから空間内に風を巻き起しているのは、舞い降りるために勢いよく羽ばたかれる大きな翼だ。
 地面に着陸した途端、揺れがドームを軋ませる。
 ドラゴン。
 どの獣よりも巨大で、その性質は凶暴。大空を自在に飛びまわり、炎を吐き、一説では言語を解するものさえいたと言う、最強最悪の獣。
 母星でも伝承やお伽噺にしか伝わっていない、太古に存在したとされる獣王。
 その伝説の中だけの存在な生物が、今二人の目の前で口から火焔を撒き散らしながら、大音量をあげて雄々しく鳴いていた。
「ミリニアさん! 逃げますよ!」
 ノイリスは彼女を引っ張り駆け出そうとするが、ドラゴンの突然の出現に恐慌したのか、ミリニアは予想以上に動かない。
「そんな、こんなのがいるなんて……」
 ミリニアは完全に上の空だ。
 ドラゴンはその相貌に強烈な殺傷本能を灯し、巨体を震わせながら二人へ向ってくる。巣への侵入者を見逃すつもりは無いようだ。
「父さんは……? こんな化け物が……嘘よ……母さん」
 ノイリスはミリニアを無理矢理自分に振り向かせると、平手を一発。
「ミリニア、しっかりしろ! このままじゃ死ぬぞ!」
 頬を叩きようやくミリニアの目の焦点が定まるのを見て、ノイリスは手を引っ張り、エレベーターへ駆け出す。
 先に壁をよじ登りミリニアに手を伸ばそうとしたとき、視界の端で足を止めたドラゴンの、大きく息を吸い込むの動作が見えた。
 吐き気がするほど危険察知能力が反応する。
 ノイリスはとっさに地面へ飛び降り、ミリニアを抱きかかえながら、真横へと飛ぶ。
 次の瞬間、ノイリスが放つものとは比べ物にならないほどの大きな火球が、猛スピードで二人の上を通過していく。
 炸裂音。
 降りそそぐ破片を振り払いながらノイリスが仰ぎ見ると、エレベータードアーがあった辺りは赤く染まっていた。すさまじい熱気が肌を包む。
 ドラゴンの放った炎のブレスが直撃した結果である。
(よりにもよって逃げ道を……)
 ノイリスは愕然とした。このままではいくら動きは緩慢といえども、火竜になぶり殺しにされてしまう。
 当の火竜は連続でブレスは吐けないのか、再びこちらに向ってきている。
 とにかく、次の攻撃を回避しなければ。そう判断しノイリスはミリニアと一緒に立ち上がる。だが、見ればミリニアは意識を保っているものの、意思がまるで感じられずうつむいたままだ。落とした帽子を拾おうともせず、その赤い髪で表情は見えない。
 彼女は確認ばかりして渡ろうとしない自分に、石橋を渡る勇気をくれた。しかしその橋は崩れてしまい、自分たちは成す術も無く濁流に飲み込まれそうになっている。健気なこの娘のために何とかしたくとも、ノイリスにはそのイメージが思い描けず、自分も彼女もただ立ち尽くしたまま、確実に時間だけが流れていく。
 動かなくなった獲物をみてそれを観念と判断したのか、ドラゴンはゆったりとした動作で近づいてきている。焼き殺すよりも、胃袋に納めるつもりになったらしい。
 ノイリスは迫りくるドラゴンを見上げながら、最後までそんなことを判断する自分が少し可笑しくて目を閉じる。
(これで、終わりか)
 生きる意味など、本当は必要なかったのか。
 思い描くのは漆黒。無限の闇、死のイメージ――
 一筋の光がそれを引き裂いた。
 ノイリスが驚いて目をあけると、十数歩先で地団駄を踏んで怒号をあげ、のたうつドラゴンの姿があった。
 振り返れば前髪をかきあげ、意志のこもった表情で立つミリニアがいた。
「こんなことで、父さんが死ぬはず無い。まだ私はたどり着いてない!」
 長銃を構え、しっかりと敵を見据え、高らかにミリニアが叫んだ。
「負けるもんですか!」
 ノイリスは唖然として彼女を見つめる。
「こらノイリス、何諦めてるのよ! 最期まで付き合うって言ったでしょう!」
 ミリニアはノイリスに激を飛ばし、駆け出しながら再び長銃で射撃を開始。そのまま振り返らずに再度叫ぶ。
「ノイリス、支援しなさい!」
 ノイリスは苦笑。そして声高に応ずる。
「了解!」
 言うなりノイリスも疾走。
「まったく、少しも遠慮が無い」
 薄い笑みを浮かべ呟きながら、巨獣へと向う。
 多少の落ち着きを取り戻したのか、叫ぶのをやめたドラゴンの片目からは血が流れていた。先ほどのミリニアの射撃で右目を撃たれたようだ。
 ミリニアはドラゴンの向って左側面へと周り込み、移動しながら射撃を続けている。しかし、恐ろしく硬質の表皮に銃撃はほとんど通じない。
 巨大な尻尾とその足で、巨獣は右目の仇を取ろうとミリニアを追い立てる。
 その様子を見たノイリスは、ドラゴンの右側に回り、意識を集中。
 思い描くのは青。疾駆する氷風。
 突如としてノイリスの掌から無数の氷柱を含んだ冷気が放出され、ドラゴンに飛来する。
 次々と氷柱が突き刺さるが、浅い。
 再び巨大な怒号が上がるが、ノイリスはお構いなしにイメージを繰り返し紡いでゆく。
 ミリニアの射撃はドラゴンをひきつけてはいたが、その尾と足蹴りから身をかわすので次第に手一杯になっているようであった。彼女の肉体では、一撃でももらったらアウトだろう。
 やがて煩わしさも頂点に達したのか、ドラゴンはやおら翼で空を叩きながら飛翔準備。ミリニアは近くにいたためその風圧に堪えきれず、後方に転倒する。
 帽子が飛ぶのもお構いなしに、ノイリスは飛ばれたらまずいと直感的に感じていた。恐らく、空からのブレスで狙い撃ちにされてしまう。
 石橋はとっくに崩れている。生きる意味はどうあれ、生き延びたいのなら濁流の中でも足掻くしかない。
 思い描くのは一面の黄。荒れ狂う雷の陣。
 意志の力をもって不可能を可能にする技術。脳内にはじけたイメージが、この世に具現化する。
「させるか!」
 裂帛の掛け声とともに放たれた電撃が、飛び上がりかけたドラゴンの巨大な体を駆け巡る。
 落下。
 着地の自重を支えきれずに、ドラゴンは地響きをあげて倒れこむ。
 すさまじい衝撃が地を打つが、離れていたミリニアとノイリスには影響が無い。
畳み掛けて止めを、とノイリスが近寄りかけたその時。のたうつ尻尾が彼を横薙ぎに痛打した。
 肺から無理矢理空気を押し出され、悲鳴もあげられないまま弾き飛ばされる。
 世界が反転し、うつぶせに地面に叩きつけられた。
 ノイリスは飛びかける意識をなんとか持ち前の精神力で引き戻したが、体は激痛で動かすことも出来ず、精神集中もままならない。
 見ればドラゴンは、重たい体を起き上がらせようともがいていた。
 ミリニアのライフルでは止めを刺しきれない。
 けれどノイリスは諦めることなく、脳をフル回転させる。
 様々な策が思い浮かんでは消え、動かぬ身体を必死にひねる。
 だが目の前の手負いの獣王は、とうとうその首をもたげようと最後の力を入れ始めた。
(この程度か。私には何も、守れないというのか!くそっ、くそっ、くそっ!)
 こみ上げてくる悔しさを、ノイリスは抑えきれない。
 その瞬間、赤いイメージが目の前に広がる。
 それはイメージではなく、振り乱されたミリニアの長い髪であった。
 今まさにもたげられようとするドラゴンの頭に飛び乗ったミリニアは、片手で角を掴んだまま高々と持ち上げられる。バランスを崩しながらも、腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。
 「あ」という音の連続。
 ミリニアの叫びは、ドラゴンの雄叫びよりも痛烈にノイリスの耳に届く。
 彼女は片目となった竜を眼前に、叫びながらも迷うことなくトリガーを引いた。
 鈍く乾いた音が六つ。
 潰れた目を。
 残った片目を。
 頭蓋を。
 眉間を。
 角の根元を。
 そして再び頭蓋を。
 全ての弾丸が突き抜け、脳内をかき回しながら、その内で爆ぜる。
 一瞬の間。
 突如何か割れるような鈍い音がしたかと思うと、頭蓋から噴水のごとく脳漿を撒き散らしながら、ゆっくりと獣王は大地に崩れ落ちた。




 巨獣の骸が横たわる側らで、うつ伏せのまま起き上がれないノイリスと、ドラゴンの倒れこんだ衝撃で、偶然ノイリスのすぐ側まで吹き飛ばされ、仰向けのままのミリニアが転がっていた。
 天井部分にあいた穴を眺めながら、脳漿にまみれたミリニアが口を開く。
「ねえ、ノイリス」
「……なんでしょう?」
「テクニック、まだ使えそう?」
「初級のものなら」
「癒しのテクニック、頼んでいいかな?強く打ったみたいで、動けないの」
「ありません」
 一瞬の沈黙のあと、ミリニアが聞き返した。
「……へっ?」
「だから、ありません」
 うつ伏せのノイリスの顔は、ミリニアからは表情が見えない。だが、絶対笑ってるとミリニアは確信していた。
「……さも当たり前のように言うけど、なんで?」
「癒しのテクニックよりメイトの方が色々便利ですし、あれは発動するまでに集中と時間が必要なので、必要ないかなぁって思ってました」

 テクニックは「テクニックディスク」と呼ばれるものにその情報が圧縮されており、その起こす現象によって種類が分かれている。癒しのテクニックを発動するためには、その種のディスクを使用し、データを習得している必要があるのである。

「普通は持ってるでしょ……」
「すいませんねぇ。合理主義なもので」
「それ絶対意味間違って使ってる」
「そうですか? こりゃやられましたねぇ」
「……もう、メイトでもいい。体が痛くて動かせないのよ」
 疲れきった顔を上に向けたまま頼むミリニアに、ノイリスは地面に向かいながら告げる。
「残念。それも、ありません」
「…………」
「さっきの休憩の時に私の分は使い切ってしまいましたからねぇ。すみませんが自分のを使ってください」
 ミリニアは大きくため息。
「……私のはあそこ」
 そういってミリニアはあごでドラゴンを示す。
 ノイリスがなんとか首を曲げてそちらを見る。
 かなり離れた所にあるミリニアの長銃のわきに、小さなポシェットも転がっていた。
「……しばらくは、このままって事ですかね」
 自分は河を渡りきった。自分の意志でやりたい事を果たした。だから、少しくらいの休みがあってもいいだろう。
 そんなことを考えながら、ノイリスは口元に乾いた笑みを浮かべる。
 ミリニアは弾奏の空になった拳銃をノイリスに向け、忌々しく呟いた。
「……弾が残ってたら、撃ち殺してやるところね」
「いえいえ。依頼料貰うまでは、死んでも死にきれませんねぇ」
「……残念。ありません」
 今度は、ノイリスが沈黙する番であった。
「……あのー、どういうことでしょう?」
「休憩したときの話、覚えてる?」
 もちろん、と呟いたノイリスは、小さく叫び、徐々に顔色を青ざめさせていく。
「計六発、十二万メセタ。大赤字ね」
「だからブーマの時に躊躇ったんですか……」
「おかげで死にかけたけどね」
「そのせいでメイトを使い切ったんですよぉ?」
「ケチって大損か。なんだか間抜けね」
 ミリニアが乾いた笑い声を上げる。
 小さかった声が次第に大きくなり、それを呆けたように見ていたノイリスも、やがてつられて笑い出す。
 ひとしきり笑った後、しばらくの沈黙が訪れる。

 外の雨はやんだのか、ミリニアから仰ぎ見える穴からは星が輝いていた。
「やっぱり、メイト拾ってきます……」
 そういうなり、ノイリスは腕を使ってポシェットまで体を運び始める。
「落ち着くまで転がってればいいのに、本当に強情ね」
「とりあえず今日中には帰りたいですからねぇ。よっと……。転がってて危険が無いわけでもないですし……痛たたっ」
「おまけに慎重。まったく……バカねぇ」
「もう少し敬意を払って下さい。これでも、先輩なんですから……おっとっと」
 必死なわりにはちっとも進んでないノイリスを見やり、再び夜空に視線を向けてから、ミリニアは告げた。
「いいの。今日から相棒なんだから、気楽に行かなくちゃ」
 突然の発言に驚いたのか、バランスを失って顔から倒れこむノイリスを見て、ミリニアはまた笑い出す。
「自分で組みたいって言ったんだから、喜びなさいよね」
 ノイリスは土を飲んだのか、咽て言い返せないでいる。
 ミリニアは面白くて、身体が軋むのをこらえながら笑いつづける。
(依頼料はこのままうやむやにしてしまおう)
 そう星空に誓いながら、ミリニアは両親との思い出に身を燻らせる。
 思い出の中の父は、なんだかとっても優しかった。




第一話 完

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