折れぬのは大剣





 空がある。
 そこは快晴で、心地良い光が差し込んでいる。
 広がるのは理想的な雲量に、理想的な青。
 しかし、それは誰の理想だったのだろう。
 街並みは建ち並ぶ高層ビル。
 ビルの根元では人々がまばらに行き交っている。
 その人々の頭上をいくのは高速道路だ。
 だが聞こえてくるはずの車の騒音はほとんどない。
 そこらの窓に跳ねかえる陽光は優しく、街ゆく人々にほとんど日に焼けた者はいない。中には遺伝的に肌の黒い者もいるが、その数はやはり少なかった。
 頭上から注ぐ太陽光は人工のもので、有害な紫外線はほとんど含まれていないのである。
 ここは惑星間航行移民船「パイオニア2」の内部にある、一般市民居住地区。
 空を覆う青も白も、言わば母星を模した擬似でしかない。
 その計算された陽射しの合間を、一人の男が早足で抜けていく。
 男は短めの黒髪をしており、髪は眉毛までかからず、その黒目の視界を覆うことは無い。男が着込む黒のタンクトップから覗く腕はしっかりと太く、肌は間違うことも無く日に焼けていた。無駄な肉の無い清閑な顔立ちは、今は無表情に目先を見据えている。
 まさに理想と言える肉体労働者の体つきをしたその男は、どこか目的地を持って急いるようであった。
 男の行く先に一つの小さな露店が現われて、男は足を止める。
 その店はよく見れば車輪がついており、構造はさながら立ち食い蕎麦屋の移動屋台といった風情である。
 屋台の側には人影が二人。
 一人は店主――この場合は屋主かもしれない――であろう。かなりの大柄で頭にはねじり鉢巻きなぞをしている。
 もう一人は客だろうか、こちらは長身ではあるが、細めの体つきをしている。手には丼を持ち、店主と向かい合い会話をしている様子であった。
 だが二人の肌つきは店主がベージュ、客がグレーと、自然の色つやではない。そもそも生物のものですらなく、機械の光沢を放っている。
 街並みをやって来た男は、屋台の前にその機械人の姿を見受けるとため息を一つ。その後に息を吸い込み、そのまま溜めた息吹を放つ。
「ランディ! こんなところに居やがったか!」
 ランディ、と呼ばれたグレーの機械人は男の方を振り向きもせず、抑揚の無い声をもって応じる。
「ギイス、10分03秒の遅刻ですね」
 ギイスと呼ばれた日焼けの男は、声を怒りに染めて答える。
「当たり前だ! テメエが待ち合わせの場所にいねえから間に合うわけねえだろ!」
「屋台前、と言ったのですから、ここが正しいはずですが?」
「3番地の屋台前って、そもそも移動物を待ち合わせ場所にするなっ」
 ランディはそれには答えず、中身が空の丼を店主に返す。
「店主、良い味でした。旨み成分が多量に含まれている」
「単純思考野郎のくせに俺を無視するんじゃねぇ!」
 ギイスは怒鳴るようにしてランディに挑みかかろうとする。
 そこへ見かねたのだろうか、ようやく店主が口を開く。
「おう、お前ら。仲がいいな! だったらお前も俺の飯を食え。うまいぞ!」
 ちっとも見かねていない、なんとも威勢のいい店主であった。
「仲がいいとは違います。私たちはそれほど長く一緒に居るわけではありません。たまに仕事で組む程度です」
 ランディが相手の冗談に生真面目に口を挟む。
 ランディとギイスはハンターズであった。
 ハンターズとは政府公認の荒事屋の名称である。依頼があれば探し物から喧嘩の請負まで、法に触れなければなんでもやる便利屋たち、というのが一般市民のハンターズに対する印象だ。そして、概ねそれは間違いではなかった。
「おう? そうか。まあ細かいことは気にするな」
 間違いをさほど気にする様子もなく、店主は豪快に笑いながら料理を作るためか後ろを向いてしまった。
 ギイスは苦い顔をしながら、ランディの側に近づく。
 並んでみれば、ギイスよりもランディの方が頭一つ分高い。
 ランディの流れるような造りのボディはグレー。頭、腕、足に入っているラインはブルー。人間のものに近いフォルムの頭部は顎の部分を細くしたようになっており、頭部の正面に光るメインアイ二つはイエローである。その他にも頭部の左右に一つずつ、後頭部にも一つ、アイカメラが備わっていて、先ほど微動だにせずギイスを関知したのもこの複数の眼のためであった。
 店主はさらに横にも大きく、ギイスが丸々二人は入りそうであった。
 彼ら機械人は、アンドロイドと呼ばれる人型機械である。

 アンドロイド――――人類の宇宙進出の課程により、真空空間での危険な労働を人間に変わり請け負うために発達したロボット工学。その人工知能と機械工学の産物として、ニューマンよりもはるかに前に産まれた、人を模した存在。それが彼らである。もとはただの作業機械であったが、想定できない危険への対処の必要性、混迷する戦乱への安定した戦力投入のためなどの経緯により、飛躍的に向上した科学はやがて一種の自我に近いものを持った人工知能を産みだすまでになる。それは一個人を主人としてその命令のみを聞き入れ、それを基準として他は独立した判断で行動、学習するマスターシステムと呼ばれるタイプの人工知能である。
 現在では人間とアンドロイドが作った「アンドロイド協会」が主導となり、彼ら機械人たちのメンテナンスの技術権完全獲得や行動制限を取り払うために活動している。だが、人間のアンドロイドに対する捉え方はまだまだ「勝手に動く道具」である。御せないものを忌諱する人類にとって、その戦闘能力、生存力は脅威、と考える者も少なくは無い。

「それで、なんだってこんな屋台に呼び出したんだ? まさか一緒に飯を食いたかったなんて言うんじゃねえだろうな? 第一俺は油なんか飲めないぜ」
 ギイスは屋台に片肘をつきながら、ランディを見据えて軽口をたたく。
「いいえ。ここは油屋ではありません。それにアンドロイドは油を飲んで活動するわけではないのです」
「んなこたぁ解かってるっつの。テメエはホント冗談の通じねえ奴だな。感心するぜ」
「ありがとうございます」
「誉めてねえよ。んで、結局要件は何なんだ?」
「はい。あなたにクエストを手伝って頂きたかったので、呼び出したのです」
「はぁ?」
 ギイスは訝しげな表情をしながら、言葉を続ける。
「俺に頼むってことはテメエ、まさかまさか溝さらいとか探し物とかじゃねえな。ピンチのお姫様を助けてその後は報酬たんまりっていうようなやつか?」
「パイオニア2にお姫様はいませんよ。王政ではないのですから」
「ものの例えだっつーの!」
 その時屋台からチンッという音がして、店主が振り向く。異常に太いその両の腕には、湯気をたてる丼が乗っていた。
「おう、出来たぞ。客人、食え!」
 ギイスは不思議そうな顔をし、店主に尋ねる。
「……食えって言ったっておっさん、俺は頼んでねーぞ?」
「いいから食え。うまいぞ!」
「あのなぁ、俺は今仕事の話してんだよ。ただでさえこいつから聞き出すのは時間が掛かるんだ。少し待っててもらえるか」
「おう。その話か。クエストは俺が依頼した! だから俺が説明してやる。聞きながら食え!」
 ギイスは呆れたような顔でランディに振り向くが、彼は相変わらずの鉄面皮であった。




 ハンターズたちのラグオル探索開始から3ヶ月が経とうとしている。
 森と呼ばれるセントラルドーム周辺の原生林と、セントラルドーム自体の探査は軍やハンターズたちの手によってほぼ終わり、セントラルドーム地下に発見された巨大な洞窟も7割方は彼らの手が入っている。だが事件の真相が待っているかと考えられた長い長い洞窟の先にも、明らかに人の手によるものと思われる工業施設が発見され大きな話題となっている。そこでは制御を失った作業機械の群れが冒険者の行く手を遮り、またも探索は足踏みをしている状態であった。また、森に住む凶暴化した原生生物たちは未だ確実な脅威であり、まだまだ一般市民が地表に降りる目処はたっていない。
 そんな深刻さを持つパイオニア計画だが、意外にもパイオニア2の食糧事情は良くも悪くも無い。一部の趣向品などの料理は材料の関係上、数が出回らないものもあるが、普段に食事をする分にはさほど困る事は無いのである。統制された生産の下でも飲食業というものはそれなりに繁盛するようであった。
 だがやはり材料が配給製であるため、品数や一日に出せる量が豊富とはいえないという実状もあるようで、店主の悩みもまさにそこであった。曰く、
「もっと俺の料理を沢山の人に食べてもらいたいからな!」
 とのことで、ラグオルに行って、何か新しい料理に使えそうな材料を探してきて欲しいというのが彼の出したクエストの内容だった。
 結局色々と理由をつけて丼には手をつけず屋台を後にしたギイスは、ランディと並んでビルの森を歩いていた。
 木陰ならぬビル影を縫って差しこむ安全な陽光を浴び、統制された高層ビルの谷間を歩きながらも、ギイスは一人愚痴をこぼしていた。
「何を採ってくりゃいいんだこれは……」
 店主から渡された「今まで食材にした材料メモ」を見て、再び何度繰り返したか解からない呟きをもらす。先ほどの丼の中身が何なのか出来れば知りたくない。それほどにその内容は過激であった。頻繁にラグオル地表に降りるギイスが、原生林で今まで見た植物、死闘を演じたエネミーのほとんどがそのメモには書かれていたからである。
 二人の向う先はハンターズの同業組合本部であるハンターズギルド。ラグオルへの降下許可を申請しに行くためである。
 ハンターズがラグオル地表に降りるときは、ギルドで申請手続きさえすればたいていはすぐに許可が下りるようになっている。だがよほど緊急の場合以外、ハンターズたちは万全の準備を整えてからラグオルに向う。功を焦って裸同然でラグオルに向かい、最初に出会ったブーマに殺された間抜けの話は先輩ハンターズが新人に聞かせる笑い話として有名であるが、実話だというのだから始末が悪い。自分の命を守るための準備と打ち合わせに時間をかけるから、申請しても降下は次の日というのが通例である。
「半端じゃない悪食だな。大丈夫なのかあの店主はよぉ」
 そう一人愚痴るギイスに対し、ランディが応じた。
「いいえ、ギャザーの性能に異常はありません」
 初めて聞く名前にギイスは思考を巡らし、問う。
「……あぁ、あの店主の名前か? なんだ、知り合いなのか?」
「はい。パイオニア2出港時に知り合いました」
「なんだ、俺よりも付き合い長いわけか」
「あなたと私は付き合っているわけではありませんよ」
「テメエとは産まれたときから敵同士だったしな」
 ランディはしばし考え込むかのごとく黙ると、やがて答えが見つかったかのように再び話し始める。
「あなたと私が敵対したことは一度もありません。ギイス、記憶の食い違いですか?」
「もういい。冗談も通じねえテメエは口を開くな」
「私は口を開いて音を出すわけではありませんが」
 ギイスは面倒臭さそうに頭を掻きむしる。
「この間からちっとも成長してねーなテメエ。まるで捻りってもんがねえ。少しは冗談とか、軽口とか理解したらどうなんだよっ。何でもかんでも額面通り返しやがって……」
「出来れば私も、理解したいと考えています」
「だったら努力しやがれ。いいか、せっかく今から小粋な俺様と組んで仕事するんだ。その間にちっとは進歩して見せるんだな」
「具体的にどうすればよいのでしょう?」
「知るか。テメエで考えてろ」
 ギイスそう言うとランディを無視して歩を早める。ランディは少しも慌てず、その速度にピッタリと合わせてついて行く。抜きつ抜かれつ、結局最後はハンターズギルドまでのかけっこになった。ランディの勝ちだった。




 人間とアンドロイドにどれだけ記憶のプロセスとシステムに差があるのかは知らないが、ランディが一番初めに覚えている記憶は、自分たちを産み出した者たちが己に語りかける場面であった。

 暗闇の中、何であるか判断がつかない幾種もの細かな音と、言語として意味をもつ声が伝わってくる。
「たとえ感情のレンジは抑えてあっても、思考のレンジは解除してあるのだから、暴走の危険もあるのではないのかね」
 聞こえてきた声は無機質な響きを持ち、されど厳しく相手に問うような強さがあった。
「大丈夫大丈夫、私の有能なAIはそれくらいでは破綻しないのよ。人類ならば疲労を伴う無限の演繹も帰納も、どんな証明も苦痛なくやってのける。そんな機械脳だからこそ、私たちの哲学的疑問を決着させるには好都合ってこと〜」
 問いに返した声は弾むようであり、"愉快"という感情が感じうけられる。
 それは、ランディがこの世に生を受けて始めて得た感情であった。
「戦闘時になれば余計な感情など意味を成さぬ。人々の力となるために産まれる我々にとって、生きる意味などを考える思考は不要ではないのか? それが性能の向上に繋がるのか?」
 無機質な声はなおも厳しく問いを続けるが、弾む声は少し波長を細かにしながらも答えを出す。
「君の使う武器に芯がなかったら、す〜ぐ折れて困るよ? 折れる剣は使い物にならないよね。この子は人類の力にならなければならないんだから〜、途中で挫折するようでは困るわけなのよ」
「だったら、悩む事などさせずにマスターシステムを使えばいいのではないか?」
「君はまったく面白みがないのねぇ〜」
 それっきり会話は停止。
 数刻の間を置いて波長を持った声は再び波うつ。
 その振幅は少なからず険を含んでいた。
「確かに、依頼人の要求はあれだけど、私はそれ以上の物を産みだしたいの。ただ強いだけ、望まれた性能を引き出せるだけでは、より高性能の新しい物が出たときこの子はバイバイよね。自分の子どもにそんな運命は課せるわけないでしょ」
「そういった感情は、我には理解しかねる……。だが、あまり遊んでいる余裕はないぞ。計画は開始間近だ。戦力としてAX−Rの完成は間に合わなければならない。汝の進退にも関わることだ教授」
「はいはい、脅さなくても解かってるわよ〜」
 無機質な声は言いたいことを言い終えたのか、乾いた音を響かせながら遠ざかっていくようであった。
 こそりと小さな低い波が吐き出される。
「……そんな風だから使い捨てられるのよ君は」
 再び無限の静寂が訪れるかと思えとき、波を持つ声が自分に向けて再び揺れ始めているのを、ランディは闇の中で感じとった。
「ランディ。あなたは、あなただけは死なないでちょうだい……。私の可愛い坊や……。もう二度と、私の前から居なくならないで……」

 初めての記憶はそこで終っている。
 だがランディはそれ以来、「考える」ことを止めたことは無い。自分の生きる意味を。




 ほんの一瞬、意識だけが宙を彷徨う感覚。
 転送の途中に目を閉じている必要など無いのに、つい閉じてしまう自分をギイスは少し苦々しく思う。彼にとって、必要性の無いことはやるべきではないからだ。
 熱を帯びた空気を肌に感じ、ギイスは目を開ける。そこにあったのは岩の壁であった。続いて自分の手、足先、体を確認する。問題は無い。
 ぽかりと開いた小空間。
 パイオニア2とラグオルを結ぶ物質転送装置「トランスポーター」の設置された場所は、四方を岩で囲まれていた。
 パイオニア1の建造したセントラルドーム地下にある、広大な洞窟だ。
 ギイスが周囲を認識していると、後から来たランディも実体化を終える。
 二人の降下申請から28時間、ようやく二人はラグオルに降り立った。
「ガチンコ装備すると、さすがに暑さはしのげねえなぁ」
 そう言うギイスも、同じくランディもフル装備でこの依頼にのぞんでいる。その装備は古代で言うなれば甲冑を着込んだ騎士のようなものだ。
 ギイスは黒のインナースーツに藤色のアーマーを着込み、腕にはシールド発生装置を付けていた。腰からはセイバー系と呼ばれるフォトン式の武具が左右に一本ずつ下がっている。
 対してランディがその身に着けるのは、自身のボディと変わらぬ色のアーマーであった。いくら戦闘用アンドロイドと言えど、鎧を着なければ攻撃を受けたときに危険である。だがランディのアーマーは、ギイスのそれよりも身体を守っている部分が少なめだ。鎧というよりは胸当て程度と言ってもよい。腕にはギイスと同じくシールド発生装置がついており、攻撃を受けたとき任意にフォトンの防壁が展開されるようになっている。
「お互いなんともいかつい格好だがよ、おめえのマグは笑えるな」
「どういった感性がその笑いを生むのか、できれば教えていただきたいです」
「人に笑いを説明することほど寒いことはねえな」
 ランディとギイスの両肩の後ろ辺りには、それぞれ違ったフォルムの物体が浮いていた。
 ギイスの後ろには銀のトゲがいくつもついた、黒塗りの肩パットを思わせるフォルム。それは音も立てずに彼に付き従っている。
 ランディの後ろにも同様に、妖精の二枚羽を思わせる物体が浮いている。いずれもバレーボールほどの大きさをもつそれらは、ギイスの言ったマグと呼ばれる兵器であった。

 マグ――――天才的な科学者たちによって開発された、生体可変装甲の総称である。独自の人工知能を持ち、マスターシステムによって定められた主人の命令によって行動し、マスターからの命令方法には音声認識や生体波動によるシンクロが用いられている。主な役割はレーダー機能と演算処理であるが、その他の機能は使い手しだいで非常に多岐にわたると開発者達は言う。ハンターズたちは手探りでその機能を解明していっており、まだまだ未知数な部分も多い。
 機能の不透明さから実用性を疑われ、ハンターズに導入された当初は皆倉庫に置いていたというエピソードもあるが、ラグオルでの実戦研究により、現在では徐々にその有用性が認められ、戦闘の補助機械として欠かせない存在へとなりつつある。
 マグは言葉こそ喋れないものの、実は言語を詳しく解しているという説もあったり、何も食わなくても死なないのに、適度に食わせるとやがて進化してその形状を変えたりと、小さな機体は人々にとって未知の最新技術の塊であった。

 そしてそれら最新の武防具の中にありながら、そのどれよりも目を引くのはランディの背負う大剣であった。
 ランディの身長ほどもあるその巨大な鉄の塊は、片刃のナイフに柄をつけてそのまま巨大にしたかのような形をしており、現在の武具の主流であるフォトン式が使われている形跡がまったく無い。無骨、という言葉がしっくり来るフォルムである。
「まさか人を呼び出しておいて、腕は錆びつかせてねえだろうな」
 実体化を確認したギイスがランディに軽い調子で問う。
「ご安心を。常に万全の状態です」
 そう言ってランディは腕をスムーズに動かしてみせる。
「そりゃ何よりで。ならとっとと行きますかね」
 ギイスは何も無い岩の壁に歩み寄ると、一つだけ出っ張った石を掴み、回す。
 岩の壁に二つ並んだ大きな長方形の線が入り、自動ドアのごとく左右に開いていく。
 天井までは10メートルほどだろうか。隠しドアの先にはやはり岩肌の空間がどこまでも広がっていた。地面は黒みのかかった土で、その所々から熱気を発する、赤茶けた水が沸いている。岩盤の成分が溶け込み、地熱で暖められた高温の地下水であった。それにより洞窟全体が高温多湿になっており、不快指数は高めである。
 遠くから小さな地響きと、何か硬いものを打つ音が聞こえてくる。
 二人はとくに周囲を警戒するでもなく、無造作に空間に歩を進めていく。
「いつ来てもやな所だよな。なんつーか、情緒も華もねえしよ」
「情緒とは何なのか解かりませんが、花ならあるはずです」
「ありゃ毒吐くから駄目だ。俺はおしとやかな方が好きだしな。それにその花じゃねーよ。戦場に咲く一輪の華だ」
「死人の血を吸って咲くという、マンドラゴラのことですか」
「なんでそんな陰険なやつしか出てこないんだよ」
 ギイスは呆れ顔でランディを見やる。
「まあお前に女の良さを語ってもしょうがねえが、女は男にとっての華なんだよ。覚えとけ」
「女性は植物として語られるのですか。卑下というやつですね」
「そういう意見もありか……」
 無駄とも言える言葉を吐き出しながら、二人は空洞の中を歩く。

 空間の中ごろまで来たあたりで、二人の歩みは同時に止まった。
 あたりは変わらず、熱水の湧きだす音と、遠くから地響きが小さく鳴っている。
 その雑音の中にわずかに含まれる唸り声。
 ギイスは軽くため息をつき、腰にさげた筒状のものをそれぞれ片手に持つ。
「めんどくせえなぁ」
 言いながらフォトンを展開。黄色の刃がそれぞれ筒の先に生み出された。
 一般にフォトン式の武器はフォトンの純度で破壊力が決まる。硬度、破壊エネルギーが純粋に高くなるからだ。通常手に入る武具、すなわち量産体制が整っているものの中では、黄色のフォトンは最も純度が高い。
 それを一本ずつ、ギイスは片手に下げていた。
「ランディ、お出迎えは盛大か?」
「反応は20……、30を超えましたね」
「俺の守備範囲は27までなんだが。まあいい、向うは老若男女揃ってるか?」
「個々の反応は一定ではありませんから、複数種いる模様です。年齢性別までは解かりません」
 ギイスが軽く笑い声をあげる。
「ったく、歓迎されてるねぇ」
「食欲だけはあるみたいですからね」
「食材探して胃袋入りか。ミイラ取りがミイラより語呂が悪いな」
「来ました」
 現われる敵影。
 どこに潜んでいたのか、ランディとギイスの周辺を無数の怪物がゆっくりと包囲しつつある。
 大ぶりな三つの角と、大きな口。頭部には左右三つずつ、目らしきものが輝いている。鋭角的な外郭をもつその頭に似合わず、奇妙なまでに細すぎる胴部分と二足歩行の足は、森のブーマ達にはない鋭敏さを予感させる。腕は鎌の刃ように鋭く、獲物をバラバラに切り刻むのに適応しているようであった。
 その顔立ちからシャーク系と呼ばれる、洞窟に生息する異形のものたちである。
 表皮は緑のもの紫のもの、茶のものが混在していて、体格もまばらである。だが、総じてギイスよりも高く、二回りは大きそうだ。
 シャークたちは住処への侵入者を細切れにせんと、今でははっきりと聞こえる不快な金切り声を上げながら、包囲を狭めている。
 だがギイスたちは、どこか余裕であった。
「さて、どうするよ?」
「無益な戦闘は避けるべきですね」
「でもたぶん、無視したら追って来るぜこいつら。人気者は辛いね」
「ではセオリー通り、一点突破後に各個撃破しましょう」
「なら突破は任せたぜ、切り込み隊長さん」
「私たちは部隊ではありません。ギイスは私の部下になりたいのですか?」
「それだけは親に泣いて頼まれても勘弁して欲しいな」
 ランディは背の大剣を両手に構える。
「それでは、突撃します」
「オーケイ、狩りの開始だ」
 短い爆音。
 突進を開始したランディの踏み出し音である。
 その後をギイスも続く。
 前方には四体。
 ランディは疾風のごとく間合いを詰める。
 一瞬で眼前に迫った獲物に対して、シャークたちがようやく攻撃動作に入った。
 遅い。
 ランディは前進の勢いを殺さず、右上から斜めに大剣を一閃。
 密集していた三体のシャークは、一瞬にして合計六つとなり弾き散る。
 残った一体は無視して、ランディはそのまま疾走。
 ギイスも包囲を抜けようとしたとき、ランディの残した一体がギイスに近寄ってきた。
 振り下ろされる鎌の一撃を、ギイスは向って右側面へ転がるように回避。
 同時にシャークの右足を切り払う。
 片足になったシャークは地面に崩れ、悲痛な泣き声をあげる。
 あっさりと包囲を抜け出したランディとギイスは、充分な距離をとってからシャークの群れに向き直った。
 しかしまだまだ、敵の数は減っていない。
「めんどくせえな。数が多い」
「ハンター二人では、破壊力に欠けますね」
「<生残者>みたいなのを振り回しておいてよく言うぜ」

 ハンターズの中でも近接戦闘を得意とする者をハンターと呼ぶが、ランディとギイスは四段階あるハンターズ実力認定レベルのうち、第三段階にあたる『熟練者(マスター)』レベルに到達している。とくにランディの戦闘力はマスターレベルでも指折りとされ、第四段階に最も近いと言われている。どんな危険なクエストからでも帰還するため、他のハンターズたちから<灰色の燕>とあだ名されている。その象徴となっているのが背中の大剣<生残者>であり、それは彼のもう一つのあだ名でもあった。

「一度に多くを無力化できませんから、制圧力が足りないということですね」
「贅沢なやろーだ」
 言いながらギイスは集中を始める。
 足りないものを補うように、技術を自らの力とする為に。
「宿れ」
 途端、ギイスとランディを赤く薄い光が包む。
 ギイスのテクニックによる、フォトン強化であった。
「俺が制圧の手助けしといてやるよ」
 言うが早いが、ギイスはシャークたちにむかって掛けだす。
 その速度は先ほどよりも格段に増している。
 風をはためかせるほどに伸びのある走りを見せつつ、ギイスは再び神経を集中させる。
 己の無力を押しつけるように、全てを思い通りにする為に。
「鈍れ」
 ギイスが呟くと同時、シャークたちの体に青色の光がまとわりつく。
 まとわりつかれたシャークは目に見えて動きが鈍くなる。
 フォトン劣化だ。
 これらのように直接破壊力を持つものではなく、戦闘補助系のテクニックはギイスの得意技であった。己を高め、敵を弱らせることで確実な勝利をものにするのである。
 ギイスは動きが鈍った一番手近なシャークに瞬時に接敵する。
 低姿勢から右下より上へ伸び上がる一撃。
 同時に左から右上へ。
 さらに体を回転させながら回転力を生かして左下から右上へ。
 そして、腕を交差しながら×に斬りつける。
 ここまで、すべて一瞬。
 五本もの黄色い軌跡が、シャークの体に走る。
 深々とその身を刻まれた怪物は、悲鳴もあげずにその場に倒れこんだ。
 ギイスはひるがえす動きで手近のシャークも二度三度斬りつけ、叩きふせる。
 だがシャークたちは前に進むことしか知らないのか、まったく動じた様子は無い。
 めんどくさそうに舌打ちした瞬間、ギイスは背中に怒涛の圧力を感じた。
 背後から灰色の可視風が飛燕のごとき勢いで通り抜ける。
 ランディだ。
<生残者>の一振りごとに爆発がごとき音が響き、怪物たちが肉片となって散っていく。
 ギイスと同じくわずか五太刀で、十四体ものシャークが細切れになって散乱していた。
 その間にもギイスは、側面からランディに回り込もうとする敵を確実に始末している。
 二分と経たないうちに、二人以外に生きている者は居なくなった。
「ま、こいつらならこんなもんか」
 ギイスが当たり前のように言う。
「シャーク系の戦力では、私たちを上回る確率は少ないでしょうね」
 ランディも何の感想も無いといった様子で答える。
 マスタークラスのハンターの、圧倒的な強さであった。
「ここのエネミーや鉱物、植物ではすでに大半がリストに載っていますね。ここではなく、第二層に行けば何か見つかるかも知れません」
 ランディがメモを暗証しながら言う。
「こんな奴ら料理にしちまって、悪い影響とかでたら俺らも責任とらされないか?」
「毒性があると判断したら、商品にはしないそうです」
「してたら犯罪だっつーの」
「いえ、現行の法には触れませんが?」
「……マジ?」
「はい、憲法にそんな記述はありません」
「今度の政策評議会で改正させるように署名活動しないとな」
「それが合理的ですね」
「民主主義ってのは政治家のまやかしだな」
 咽かえる血の臭いの中で、二人は平然と怪物の臓物を踏みしめながら、実りのない会話を繰り広げて歩を進める。
 洞窟内の澱んだ空気が血の臭いを薄れさせ、さらに澱みは濃度を増していった。




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