揺らめくのは色彩





 助けてくれた男の人は、ゲオジルクと名乗った。ちょっと硬そうだけど、いい名前だと思ったことを覚えてる。
 彼はわたしを自分の娘って事にして、何だかよく解からないまま、レイトリーっていう名前をつけてくれた。彼が言うにはそういうことは珍しくないらしい。
 わたしは父さんと母さんとで暮らした街を離れて、彼と一緒にとっても高い建物ばかりが建つ街に住むことになった。
 ゲオ――ゲオジルクじゃ長いからそう呼ぶことに決めたんだけど――はハンターズっていう仕事をしている。街の便利屋さんみたいなものだって言ってた。
 軍っていうのは辞めちゃったらしい。少し後になって、それがわたしを娘にしたせいらしいってことを他人から聞かされた。
 なんだか助けてもらってばっかりで悔しかったから、わたしもハンターズとかいうのになろう。それでゲオの手伝いをして、わたしが彼を助けてあげるつもりだ。
そうして、もうちょっとお姉さんになったら、ゲオとケッコンして可愛い女の子を産んで、妹みたいに面倒見てあげるんだ。前から妹が欲しかったから調度いい。




 思い描くのは黄。意志をもつ雷光。
 標的はのっぺりとした顔に、光沢の無い肌をした人型機械群だ。
 ノイリスは脳内で展開するイメージを集中力によって情報変換。情報としてエネルギーをもったイメージが大気中のフォトンによって具現化され、それは彼の力となる。
 テクニック。科学によって生まれた現代の魔術。
「醒!」
 ノイリスの凛とした掛け声とともに、突き出す掌から溢れ出る電撃が瞬きする間もなく標的を直撃。衝撃に吹き飛ぶものもあれば、その場で爆発四散するものもある。
 計五体の人型機械が、一瞬にして無力化されていた。
 それを確認しながらもノイリスが脇に目をやると、ユキが三体目の人型機械を手に持つ武器で上下真っ二つに切り裂いていたところであった。
 ユキから少し離れた所では、右目に狙撃用のスコープをつけたゲオジルクが、赤みを帯びた長銃を手に、遠距離からの牽制射撃を行なっている。ユキに攻撃しようとしている敵を正確に狙っている。息の合った良いコンビだ。
 こちらは大丈夫だと判断し、ノイリスはもう一人の味方へと目を向ける。
 見れば、竜巻がごとき赤い光の軌跡が、三体の人型機械を弾き飛ばしていた。
 機械たちは切り口から盛大な火花を上げ、冷たい床に倒れこむと同時、四散する。
 風切り音を上げながら、竜巻がゆっくりと収まってゆく。
 中には一人の男が居た。
 男はゲオジルクが手配したハンターで――確かヘズとかいう名前だった。
 褐色の肌に緑がかったドレッドヘアー。茶色の目を備える顔は、今は自分の周囲の敵を殲滅したことにご満悦の様子だ。
 彼が手にしているのは筒状の柄の両端から赤いフォトンの刃が展開された、ダブルセイバー、双剣と呼ばれる類の武器であった。さきほどの竜巻状の軌跡はこの武器によって起こされたものであろう。
 抜群とまではいかないものの、なかなかの使い手であるようだ。
 彼から目線を外し、ノイリスは再びゲオジルクたちを見やると、すでに彼ら担当のエネミーは全滅している。新手が現われる気配も無い。
 坑道に入って最初の戦闘は、1分もかからないうちに幕を閉じた。

 坑道――パイオニア1の建設したセントラルドームの地下に存在した洞窟。その最奥にあった地下水路の先に眠る人工の区画がそう呼ばれている。
 セントラルドームと同様にパイオニア1の者たちが建設した工業施設なのだろうか、迷路のように広がるこの地下施設には様々な大きさの電子機械が並び、それが未だ稼動している所を見ると、つい最近まで誰かが何らかの活動をしていたようである。しかしハンターズ、軍部の幾度の調査にも関わらず、パイオニア1の乗組員の姿はまったく発見できなかった。今はただ、主を失い亡霊と化した作業機械群がさまよい、無慈悲に侵入者を排除しようとうごめく迷宮であった。

「終ったようですね」
 ノイリスが確認するように周囲を見渡す。その姿は黄色と赤の奇抜な配色のインナーの上に、緑色のフレームを着込んでおり、右耳には青い宝石をあしらったピアスが揺れている。
「素晴らしく手際がいいな」
 ゲオジルクは驚いた、という表情を隠そうともせずに、感嘆の声をもらす。
「そちらも中々良いコンビネーションでしたよ」
「まあ、組むようになってから長いしな」
 ゲオジルクが照れくさそうに答える。
「親子愛ってやつかい。いいねぇ」
 ヘズがにやけながら独り言のように呟く。その声はどこか軽薄さがある。
「愛する力だね!」
 黒いインナースーツに赤いアーマーを重ね、片手に抜き身の「カタナ」を持つユキが、嬉しそうに反応する。
 ゲオジルクは答えず、装備の再点検と調整に入ったようだ。
 ゲオジルクは右目に狙撃用のスコープを装着し、普通のものよりもさらに長大な赤みを帯びた長銃を両手に構え、腰にはハンドガンを供えている。背中に、ユキのものだろう、刀を一本持たされていた。
 長銃の名はウォルス―MK2。
 伝説の長銃職人ウォルスが製作した高威力のライフルである。現行で市場にごく少数だけが出回っていたのを、今回ゲオジルクがツテで購入したらしい。
「では、特に問題も無いようですから、打ち合わせ通り1−1−2の連携で行きましょうか。ヘズさんもいいですか?」
 ノイリスの問いにヘズは、あいよ、と軽く手を上げる。
「じゃあ、行くか」
 ゲオジルクが促し、ヘズを先頭に次をノイリス、続いてユキ、ゲオジルクと隊列を組み、坑道内を駆け足で進んでいく。
 ノイリスは駆けながら、一人で歌いながら遊戯のごとく赤いダブルセイバーを振り回しているヘズの背中を見る。
「――生きているのかぁ、死んでいるのかぁ――」
 ヘズの歌い声が聞こえてくる。
 奇妙な違和感を持つ男だなと、ノイリスは漠然と感じていた。
 ハンターズは通常、最大四人で一つのパーティを組んでラグオル探査にあたる事が多い。もちろんそれ以上の人数で探査することもできるが、報酬の分け前や連携面で問題が生じやすいとのことで、結局四人までで落ち着くことが多いのである。このため戦闘時は個々の能力が非常に重要となる。
 短時間で敵を撃破できる攻撃力はもちろん重要だが、その他にも複数の敵を押さえ込める制圧力、敵を足止めできる牽制力、長く探索を続けられる持続力、全体の統率力など、パーティそのものの戦闘能力として要求されることは多い。
 ヘズもユキも、比較的少数の敵しか相手に出来ない武器を得手としていたので、出発前ノイリスは多少不安であった。しかし先ほどのヘズの戦いぶりを見て、自分の心配は杞憂だったかと気持ちを改めようとする。
 しかし、ゲオジルクの知り合いらしいが、二人にはどうにも余所余所しい雰囲気しか流れていないみたいだ。
「――笑ぁっているのかぁ、泣いているのかぁ――」
 ヘズは調子外れの音程で満足そうに歌っていた。
 ノイリスの心にはどうしても取れないしこりがある。
 知っているような知らないような、言葉に出来ない感覚。
 その原因は解からないまま、彼はどこからか錆びついた臭いが漂う坑道内を駆けていく。
「あやかしの定めぇぇ――」




 ゲオと二人、楽しい毎日だったのに、やっと料理も少しできるようになったのに、ほかにもいっぱい不満はあるけれど、ゲオと宇宙に行くことになった。
 もうこの街には帰ってこないらしい。
 がっかりだ。
 ゲオも何だか残念そうで、最近はいつも寂しそうな色をしてる。
 だったら行かなきゃいいのに。わたしはゲオが居ればどこでもいいけど、ゲオが寂しそうだったり悲しそうだったりするのは嫌だ。
 行かなきゃいけない訳でもあるのかな。今度ゲオの機嫌のいいときに聞いてみよう。
 それにしても、ラグオルって星はどんな所なんだろう。今よりもっと楽しい所だと嬉しいな。




 目の前には、鋼鉄の扉がある。
 脇にある開閉のランプは赤。施錠された印だ。
 その扉は中央の部分が内側から膨らんでいて、大きな力が中から加わったようである。
 内側に宿る力を必死に閉じ込めるがごとき様相。
「……この先だ」
 ゲオジルクが神妙な声音で呟く。
 大した戦闘も無くノイリスたちは目的の区画までたどり着いていた。未だ誰も訪れていないのか、ゲオジルクがロックした扉はそのままの状態で閉じている。
「俺たちが中に入り込んで少し歩いた所で、部屋の電気が落ちて妨害電波が張り巡らされた。中には四体の戦闘機械がいる」
 苦々しく襲撃の状況を説明しながらゲオジルクは扉のロックを解除し始める。
「そんでできれば、お仲間の遺体を回収しつつ、そいつらを倒したいってことだったな?」
 ヘズが口を開く。
「……そうだ。だが奴らはテクニックのようなものを使っていた。やばくなったら即撤退するつもりだ」
「逃げるのは趣味じゃないね」
 真剣なゲオジルクに対し、ヘズが楽しそうに応じる。
「ばっちり倒して、ばっちりお勤めも果たす。それが俺の美学」
 無意味に勢い良くユキを指差しながら、ヘズは得意げに笑う。
「ねー、ゲオ。この人変だよ?」
「世間ではまともな人ばかりではないのだよユキ」
「ふーん、そうなんだ。うん、ヘズちんは変わった色してるしね。一つが二つ、二つが三つ、三つが一つ、みたいな」
「ユキさんの説明は訳が解からないですね……」
 ノイリスがゲオジルク親子の会話に入り込む。
「あ、ノイノイはね、無色透明っぽいよ?」
「の、ノイノイって私のことでしょうか……?」
「ん? そうだよー」
「ヘズさんも何か言ってやって下さいよ。あなた、ちんですよ?」
「いいじゃないか、面白いなら許す」
 ヘズが余裕をもって答えた。
「でもほとんど変人扱いですよぉ?」
「あんたも同類だろ、<道化>のノイリス」
 ノイリスは疑問符を浮かべる。
「よく私の二つ名なんて知ってますねぇ?」
 マスターレベル以上になると、ハンターズ同士の間で何らかの呼び名がつけられることが多い。だが<豪刀>や<赤輪>などの英雄達ならともかく、関わりの無い者同士が互いの二つ名を知っていることは少ない。所詮はローカルなあだ名のようなものだ。
「ああ、マスタークラス以上のやつらのことは大体頭に入ってるよ」
 ヘズが造作も無い事のように答える。
「それはいったい何十人分なんですか……凄いですねぇ……」
「物を覚えるのが特技なんでね」
「そうなんですか。でも、私の呼び名は覚えなくていいですよ。人を外見で判断するのは気にいりませんからねぇ。愛情を込めてノイリスとお呼び下さい」
「ああ、それ賛成。なら忘れるか」
 軽く笑いながら、ヘズはいとも簡単そうに答えた。
「便利ですねぇ……。ヘズさん学者とかになった方が良かったんじゃないんですかね?」
 ノイリスも口元を緩めながら言う。
「性に合わないな。あんなちまちま日陰でやってるような仕事」
「それって偏見じゃないですか?」
「知らね。俺にとってはそれが真実だよ」
「二人とも、扉が開くぞ」
 ゲオジルクがユキにまとわり付かれながらも、二人に注意を促す。見れば扉のランプは赤から緑へ。開錠を示す色だ。
 ぎこちない金属音を上げながら、扉が左右に開いていく。
 扉の先にあるのは、今まで通ってきた部屋と大差ない、長方形をした部屋であった。
 二人は瞬時に無駄口をやめ、素早く部屋の中へと入り込む。
 ざっと見回しても、視界の届く範囲に敵影は無い。
「ユキ、何か見えるか?」
 ゲオジルクが慎重に天井を監視しながら、ユキに問う。
 ユキは困ったように声を上げた。
「何も居ないよー。ねえねえ、ヒルの首とライチの腕は?」
 ユキには見えないらしい。扉の入り口ところにあった腐りかけの生首と、少し先に落ちているアンドロイドの腕が。
「……非情だが回収は後回しだ。奴らをなんとかするのが先だからな」
「そう言ったって、何もいないじゃないか」
 ヘズがつまらなそうに呟く。
 それに対し、ゲオジルクが抑揚の無い声音を放つ。
「まだ解からん。暗闇のトラップが発動したら気をつけろ」
「へいへい」
 気の抜けた声でヘズがかえした。
 再び皆が無言で歩む中、ノイリスは一人、言いようの無い不安に襲われていた。
 一歩一歩奥に進むにつれて、格段に澱みが深く濃くなっていく。
 部屋の中ごろまで歩いた時、それは吐き気を伴うほどになっていた。
「ゲオジルクさん……、ここは――」
 危険です。と言おうとした瞬間。全てが闇に包まれた。


10

 ラグオルに住めるのかと思ったら、ずっと船の中にいなければならないみたい。
 だからラグオルに降りてゲオとお仕事する時が、わたしの一番の楽しみだ。
 別に戦いは嫌いじゃない。街での雑用にゲオは連れて行ってくれないし、エネミーと出くわしても父さんに教えられたことを守っていれば、あんまり危険なことにはならない。それに危ない敵がいるかわたしには見れば解かる。
 だから、ゲオの力になれていることがすっごく嬉しい。一緒に居れることが凄く楽しい。
 でもゲオは最近疲れてるのか、優しい色にちょっとまじりっけがある。
 早くよくなって欲しいなぁ。

11

 一拍の静寂の後、全てが動きはじめる。
「来るぞ!」
 ゲオジルクが絶叫にも近い音で叫ぶ。
 ヘズが電灯代わりの発光体を三つ、別々に放り投げた。暗闇対策に用意していたものだ。
 強い光が生まれ、室内は再び明かりに満たされる。
 その瞬間、10メートルほど先の床に、転送用のリングが展開されているのが見えた。
 数は四つ。
 輪の中から、人よりも二回りは大きい人型の機械が一つずつ実体化を始める。
「転送だと!?」
 ゲオジルクが声を荒げる。
 姿を現した敵をノイリスは見た。
 カモシカの足にシャープな胴体を乗せ、横に大きく張り出した肩に豪腕を一つずつ。二の腕にはそれぞれ直刀のフォトンブレードが展開されていた。頭部には鋭く角のようなものが備わっている。すべての部位は金属の質感を持ち、彼らはこの坑道に違和感なく存在していた。
 全身濁りのない赤色のものが一体。青色と黄色を合わせた色彩のものが三体。すべてこちらを見据えている。感情があるのか無いのかは解からないが、それは獲物を見る目だった。
「シノワビートとゴールドに似てますが、違う奴らのようですね」
 ノイリスが感想を漏らす。出てきた名前は坑道に現われる人型戦闘機械の名前だ。
「通信はもう妨害されているな。未知のエネミーか、楽しくなってきたね」
 ヘズが通信機を操作しながら言った。ゲオジルクは明らかに嫌そうな顔をしながらも、ぐっと堪えて全員に激を飛ばす。
「作戦通り行く。頼んだぞ」
 ゲオジルクは手元の長銃と目に装備したスコープを接続。
 ノイリスは集中を開始。
 思い描くのは朱。勇猛なる力だ。
「練!」
 加速、質量増加、フォトン濃度強化の膜がノイリスたちを覆う。
 ノイリスの補助テクニック発動と同時、ヘズとユキが突進を開始した。
 敵も進撃を始める。
 瞬間、ヘズたちを追い抜く速さでフォトン弾が赤色に飛来した。
 ゲオジルクの精密射撃だ。
 赤色はほとんどダメージを受けていない。しかしゲオジルクは構わず連続射撃。すべて足のつけ根に被弾させていく。
 射撃に圧され、徐々に赤色と青色の距離が離れていく。
 前回襲われた状況から、赤い影が指令機であると予想をつけて、指令機を機能させないようにしながら各個撃破するというのがゲオジルクの立てた作戦であった。
 青色三体は密集しながら向かってくる。迎え撃つのはヘズとユキだ。
「ユキちゃん、一体よろしく頼むな」
 ヘズが気楽そうに声を放つ。もはや敵との距離は2メートルほどもない。
「わかったー。まかせてまかせて」
 死線にあって、何たる軽さ。ノイリスは苦笑しながら集中を開始。
 思い描くのは青。地を走る氷縛だ。
「縛!」
 ノイリスを中心に冷たい風が吹き荒れる。風が青色たちに触れた瞬間、その足元から突き上げるように氷の柱が生み出され、青色たちを封じ込める。
 テクニックによる凍結。
 同じく風にさらされたユキやヘズ、ゲオジルクには影響のないように、集中を保たなければならない高難易度のテクニックだ。効果は一瞬だが、その一瞬が戦いの場では生死を分ける。
「ナイステクニックだ!」
 ヘズがノイリスに賞賛を送る。そのまま猛烈な勢いで旋回しながら、双剣を連続して青色に叩き込む。
 ユキも手にした刀を五度、ヘズと同じ青色に切り込んだ。
 一拍の間の後、敵の凍結が解けた。
 斬撃を受けた青色は、受けた傷から漏電しながらも、まったく意に介さないがごとく立つ。
 即座に振るわれる豪腕。閃く光刃。
 ヘズに二つ。ユキに一つ。
 ヘズは斬撃を双剣でそれぞれいなす。ユキは屈みこむようにして回避する。
 そのままユキは懐に潜り込み、横薙ぎの一撃を敵の胴体にある関節部分に放った。
 金属の擦れ合う音が強く響く。
 装甲の弱い部分を突かれ浅からぬ傷を受けながら、しかし青色は怯まない。
 懐のユキを叩き潰そうと、腕を揃えて振り下ろす。
 左にサイドステップ。
 振り下ろされた腕が空をきる。
 ユキは飛び退く際に腕に切り上げの一撃を入れておくことも忘れない。
 ヘズは双剣で残撃を受け止め、そのまま勢いを殺さずいなすのを繰り返していた。
 柳のごとく、敵の一撃の裏をつき、滑らかな動きで回り込んでは切りつけている。なんとか注意を自分に向けているようだ。
「短期決戦でいきますよ!」
 そう叫ぶと、ノイリスは切り札を放つために集中を開始。
 脳内に展開するイメージは、緻密な絵画のごとき構成だ。
 思い描くのは白。断罪する天の柱。
「滅!」
 一際凛とした彼の声が響き渡る。
 同時、ヘズが相手にしている、ダメージを受けていた青色に純白の光が輝き始めた。
 それは青色がどれだけ動こうとも、決して離れず光を強める。
 青色を包み込むまでに純白が広がり――
 光が、
 弾けた。
 金属が圧し潰れるような音が鳴る。
 青色が床に崩れ落ちた。その全身は大きく歪み、所々で放電を始めている。
「ユキさん、ヘズさん! 離れて下さい!」
 ノイリスが警告する。
 ユキは攻撃を止め、バックステップ。ヘズは斬撃を避していて反応が遅れた。
 崩れ落ちた青色の放電がさらに強まる。
「こりゃ、ちょーっとやばいかな」
 愉快そうなヘズの声が届く。その瞬間、放電する青色が爆発した。
 破裂音が響く。

 ノイリスはいつの間にか眼を閉じていた。
 爆発の規模は小さかったものの、近くにいたヘズに大量の金属片が降りそそいだはずだ。
 眼を開ける。後ろではゲオジルクが牽制射撃を続けている。
 ユキは、対峙していた青色と距離をとっている。
 ヘズは――変わらずそこに立っていた。爆発の影響もまるで無いかのように、今の一瞬で双剣を対する青色の頭部に深々と突き刺している。
「ヘズさん! 大丈夫なんですか!?」
 ノイリスが叫ぶ。
「見りゃ解かるはずだ。なんとか無事だ……よっと!」
 事もなさげにヘズはかえした。勢い良く双剣を引き抜き、まだ動く青色の反撃をかわし始める。
「あと二体、軽く捻ってやるよ」
 楽しくてたまらないという感じのヘズの声で、ノイリスは我に帰る。
 そうだ、青色はあと二体いる。彼は瞬間的に敵の存在を失念していた。ヘズがどうやって助かったのか、自爆するほどに手の込んだ設計をされたこの敵たちは何者なのか。今考える必要の無いことばかりが頭をよぎっていた。
 だから、ユキの対峙していた青色が屈みこむような動作を見せたときには、手の施しようが無かった。
 鋭い威力の跳躍。展開されたフォトンブレードの残光が線となる。
 狙う先はノイリスのさらに後ろ、ゲオジルク。
「ゲオ!」
 ユキの悲壮な声。そんな義娘の声にゲオジルクは瞬応。
 勘を頼りに右側方に飛んだ。
 ゲオジルクが居た場所を圧倒的な質量が通過していく。
「くそ!」
 ゲオジルクが悪態をついた。
 赤色を、解き放ってしまったからだ。
 後半、赤色の敵はゲオジルクの射撃を立ち止まりながらも尽く腕のフォトンブレードで弾いていた。すでに射撃が途切れると見るや即座に進撃を開始している。その体にはほとんどダメージらしいものが見当たらない。
 ヘズが対峙していた青色が、突如赤色のもとへ跳躍する。
 ゲオジルクを狙った青色が、空間に溶けるように消失する。
「第二ラウンド開始だな」
 ヘズの声と同時。赤色が強化フォトンのテクニックを発動した。
 原理は不明。原因も不明。現実だけが明瞭だ。
 赤色と青色が一体、薄く輝くフォトンの膜に包まれる。その攻防能力は飛躍的に上昇している。
 現にゲオジルクが再び射撃を開始しているが、弾は体まで届かずに消失している。
(テクニックによる攻撃ならば、影響は受けませんが……)
 ノイリスは思考する。この状況で有効な攻撃を放てるのが自分だけ。だが精神的な疲労は表面に現われているよりも深刻だ。
 もう一度切り札のテクニックを使うか。ノイリスは逡巡。
「ノイノイ! どいて!」
 ユキが猛烈な勢いで突進してくる。視力の無い青き眼は、しっかりとノイリスの方向へ。
 ノイリスは飛び退こう、とした。
 体が浮きかけた所で、右肩の辺りに痛烈な打力を感じ、そのまま吹き飛ばされる。
 骨の歪む音がノイリスの中で弾けた。
 一拍遅れて、ノイリスが居た場所へユキが大上段の一撃。
 鈍く響く金属の擦れ合う音が、無の空間に生まれる。
 やがて放電が起き、空間に青色が明滅するように現われる。
 先ほどまでユキと対峙していた青い奴だ。その右腕はたった今切り落とされたようだが。
「……光学迷彩ですか」
 ノイリスが沈痛な声をもらす。
 ユキがさらに踏み込む。
 ひるがえす刀で、胴部の傷口に再び一閃を放つ。
 致命的な深さに達したのか、制御を失ったかのように青色は両膝をついた。放電を始める。
 ユキは崩れる青色をよそに、ノイリスのところへ駆け寄る。背後で小さく爆発が起きるが、ノイリスたちに影響は無い。
「ダメだよノイノイ。ボーっとしてたら死んじゃうよ」
 痛みで満足に集中もできないのに、ユキの気楽さにノイリスは苦笑。
「ノイノイは止めてください。ノイリスがいいんですよ」
 口元をかすかに歪ませながら、ユキの手を借りて立ち上がる。
「うん、わかったよノイノイ」
(……わざとじゃないでしょうねこの人は)
 ノイリスはユキに支えられながら、ヘズたちの様子を見ようとした。本当に危険なのはあの赤色だ。
 瞬間、氷風がノイリスたちの肌を撫でる。
 見ればゲオジルク、その少し前にヘズがいる。そしてさらに先にいる赤色と青色は、完全に氷漬けにされていた。
「死ね」
 ヘズの愉快そうな、それでいて陰鬱な意味の声が響く。
 糸を張り詰めるがごとき音が、ノイリスには一瞬だけ届いた気がした。
 今度は熱風がノイリスの肌を叩く。
 赤色の頭部に朱色と橙色の混ざった球が生まれる。
 球体は別空間に繋がる媒体だ。
 圧縮された空間から、肌を焦がす高熱の炎が、吹き出るように溢れる。
 それはさながら爆発だった。
 火炎が荒れ狂い、青と赤を飲み込んでいく。
 やがて炎はゲオジルクたちの所に届く寸前、生まれた場所に吸い込まれるように消失した。
「ははははは――」
 ヘズの笑い声だけが空間に響き渡る。
 見れば青色は原形を留めず、赤色は両の腕がおかしな方向に溶けて曲がり、かろうじて立っている様子だ。逃走のつもりか、闘争の続きか、再びバックステップの動作に入る。
 瞬間、赤色の頭部に双剣が突き刺さった。
 ヘズが投げたものだ。
 ゆっくりとその場に崩れ落ちると、赤色は爆発四散した。
「はー、笑った笑った。中々楽しませてくれたからな。最後はサービスだ」
 ヘズが愉快そうな雰囲気のまま呟く。背を向けているので表情は見えない。
「ヘズさん……あなたいったい……」
 ノイリスは訳が解からない。ヘズの放ったのはテクニック。それも自分とは比較にならないほど高威力のものだ。マスタークラスのハンターが放てるようなものではない。
「俺か、俺はな」
 ヘズが背を向けたまま問いに答えようとした時、ゲオジルクが滑らかな動きで――
 ヘズを撃った。


12

 ヘズがあっさりと吹き飛んで、前のめりに倒れこむ。それっきり動かない。
「ゲオジルクさん!?」
 ノイリスが批難の声を上げる。
 ゆっくりとこちらに振り返ったゲオジルクの表情は、悲しそうな無表情という矛盾したものであった。
「……ノイリスくん、まずは落ち着いてくれ」
 ゲオジルクは銃を直しながら、一歩一歩ノイリスに近づいてくる。
「それ以上来ないで下さい!」
 ノイリスが声と左手で制す。
「ユキ、こっちに来なさい」
「ダメだよぉ。ノイノイ一人で立てないもん」
「そうか。ならば支えといてあげなさい」
 そう言って狙撃用スコープを外し、一息つくと、ゲオジルクは再び話し始める。
「ノイリスくん、君の質問に答えよう。ジオルグ隊長のことで良かったのかな」
「……ノイリスと呼んで下さいと言ったはずでしょう」
 ノイリスが慎重さだけを頼りに、皮肉げな笑みを浮かべようとする。しかし、心の余裕までは取り戻せない。
「理由を説明して下さい。どんな理由があっても、ハンターズ同士の殺し合いはご法度のはずですけどね……」
 ゲオジルクは仕方ないといった顔をし、言葉を紡ぐ。その眼にはいっさいの光も無いかのようだ。
「彼はハンターズではないよ。ある組織の構成員だ。そして、俺もその一員なんだよ」
「……けれど、さっきまで一緒に戦った仲間でしょう?」
「そうかもしれない。だが、もともとこの探索自体、彼を――いや、その組織を撒くために行なったのだよ。君の申し出は渡りに船だった。計画は早ければ早い方がいいだろう」
 諭すようなゲオジルクの声。
「どうして……」
 ノイリスが聞く。ゲオジルクに宿るのは、理解できない感情。機械よりも獣よりも、解かり合えない怪物がそこにいる。彼は、同じ人類のはずだ。
「どうして? どうしてだろうな。考えたこともなかった。今のままの生活が続けば何の問題も無かったのだが、どうして運命は残酷なんだろうな?」
「そういうことを聞いているんじゃない!」
 ノイリスが声を荒げる。
「どうして、殺す必要があったんだ。あなたの仲間を悼む気持ちに、ユキさんを愛しむ気持ちは嘘じゃないはずだろう! それを利用してまで、どうして彼を殺す必要があったんだ!?」
「ユキのためだよ」
 ゲオジルクが短く告げる。
 ノイリスは二の句が告げない。
 当のユキは今まで興味のなさそうにしていたのだが、突然自分の名前が出て、何事かと首をかしげている。
「あの時ユキと出会わなければ、俺はどこか別の場所に居ただろう。ヒルやライチが死ななければ、ここには来ることも無かっただろう。ユキが力を持っていなければ、組織が関わってくることも無かっただろう。そして――」
 そこで一旦言葉を切る。
 その眼にはいつの間にか狂人の光が宿っていた。ノイリスは目が離せない。
「そしてあの男がユキの監視を代わるなど言わなければ、こんな事は考えなかったかもしれない。……まったく、運命は残酷で、面倒だな」
「……ユキさんに、何があるというんですか」
「知らない方が良いことも在るのだと言ったはずだよ。俺たちは――いや、違うな。俺は平穏な生活がしたいだけなんだ。ユキのせいではない」
「ゲオ、泣いちゃダメだよぉ」
 ユキは心配そうな声。
「ああ、大丈夫だよユキ。……ノイリスくん、騙していたことは謝ろう。今回のことは俺一人の我がままに過ぎないのだからな。今度は君の要求に応じないと不公平だろうな。もう質問はいいのか? 俺は二度と君の前に姿を現さないぞ」
 瞬間、澱みが、膨れ上がった。
「ここで死ぬからなぁ」
 声。
 異質な。快の感情を含む。
 軽薄な声。
 驚愕の顔をしたゲオジルクがハンドガンを抜きながら振り返る。
 だが彼が振り向ききるよりも一瞬早く、横腹に長方形のものが張りつく。
 紙だ。
 そして再び、ヘズの声。
「怨」
 小さな炸裂音が、全ての音を制圧した。





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